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子供
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コーヒーカップを取り出して、その出来たコーヒーを二つ淹れる。そしてその上に生クリームを載せて、ウィンナーコーヒーを作るのだ。
そう思いながら響子はカップを取り出そうとした、そのときだった。
「良いですよ。」
真二郎の思わぬ答えに、思わずカップを落としそうになった。だがカップは間一髪割れずにすむ。
「お前、そんなちゃらい企画……。」
圭太がそういうと、タウン誌の女性は目を輝かせてカウンターに近づいてきた。
「映えると思うんですよ。写真写りとかも良いと思うし。遠藤さんって、ハーフですか?」
「クォーターです。」
「だったら尚更良いですねぇ。撮影の日とか、いつが良いとかありませんか?」
圭太にそう聞くが、圭太は断ると思っていたので思わず首を傾げてしまった。
「うん……。いつって言っても……まぁ、ここが休みじゃなきゃ……。」
すると真二郎は少し笑って言う。
「俺、仕事ここだけじゃないけど良いんですか。」
「別の仕事ですか?ホストとかではなければOKです。」
「ウリセンに居るんですけど。」
「ウリセン?何ですか?それ。」
ゲイのカルチャーに全く無知なのだ。首を傾げて、真二郎を見るだけだった。
「はい。ウィンナーコーヒー。二つと夏みかんのムース二つ。四番。」
千鶴にそういって、響子は涼しそうな顔をしている。
「つまり……男相手の風俗です。ボーイをしてます。」
風俗という言葉に驚いて、女性は真二郎を見ていた。
「性風俗ってことですか。」
「えぇ。ホストよりもたちが悪いですかね。」
「……あ……。すいません……オーナーさん。この話はなかったことにしてもらえますか。」
「えぇ。まだ口だけですし。焼き菓子、どうします?」
「あ……キャンセルで。すいません。お邪魔しました。」
そういって女性はそそくさと出て行く。
「あの人最初っから、真二郎目当てだったのね。罪づくり。」
「それほどでも。」
真二郎は少し笑って、またキッチンに戻っていった。
アレが真二郎のやり方だ。響子は何度もこう言った場面を見かけている。容姿があの調子なのだから、いつでも声をかけられそうなのに「ゲイだ」というだけで女は去っていく。
本当は男でも女でもいけるバイセクシャルだ。そして女は響子しか見ていない。そんなことは圭太でもわかる。だからこそ一刻も早く、この二人を離したい。そうではなければ嫉妬しそうだ。
最後の客も満足そうに帰っていく。夜二十時までの営業時間だ。ショーケースには、ほとんどケーキが残っていない。天候や気温を敏感に真二郎は感じて、いつもケーキを焼いている。だから本来あまり廃棄はない。
今日残っているのは、夏みかんのムースとイチジクのタルト、カボチャのモンブランだけだ。真二郎の読み通り、シューはもうない。シュー生地のケーキは、この店で人気の一品になる。中のクリームはカスタードや生クリームもあるが、一番人気は生クリームとカスタードクリームを合わせたディプロマット・クリームというものだ。カスタードクリームよりもふわっとした触感で重くないと、圭太はそういって売り込んでいた。食べたことはないのだが。
そのとき、一人の男が店内に入ってきた。さっきは耳にしなかった水の音がする。どうやら雨が降り出したらしく、男が来ていた白いシャツが濡れていた。どこかのサラリーマンに見える。圭太も数ヶ月前はこういう格好をしていたのだ。今はギャルソンの格好をしている。様になっているのは昔、こういう格好をして店内を駆け回っていたからだ。
「すいません。閉店ぎりぎりで。」
「いいえ。まだ営業時間内ですから。お持ち帰りしかできませんし、ケーキも限られてますけどよろしいですか。」
「えぇ。」
圭太はタオルを手にして、男に差し出すと頭や肩を拭く。そしてショーケースを見ると、少し笑った。それを見て、響子はお湯を沸かす。
「イチジクのタルトと、カボチャのモンブランをもらえますか。」
「はい。」
裏に回ってショーケースを開けると、ケーキをトングで取り出そうとした。そのときキッチンから、真二郎がやってくる。残っているケーキを破棄しようと思ったのだ。だがまだ客が居るようで、またキッチンに入ろうとした。そのとき、響子がお湯を沸かしているのに気が付く。
「どうしたの?」
「んー……雨が降っているみたいね。」
確かにジャズの音と混ざって水の音がする。
「え……ケーキ三つ?」
男は携帯電話を取り出して、何か話をしていた。その言葉に圭太の手が止まる。
「あぁ。何でも良いんだね。わかった。」
男は携帯電話を着ると、圭太に言う。
「すいません。そっちの……夏みかんのムースももらえますか。」
「はい。大丈夫ですよ。」
何かイレギュラーなことがあったらしい。圭太はトレーにケーキを三つ載せた。コレでケーキは破棄することなく、全部はけてしまったことになる。
すると響子は、紙コップを用意して淹れ終わったコーヒーをそこに注ぐ。
「お客様。コーヒーはお飲みになりますか。」
響子が珍しく男に声をかけると、男は少し笑って言う。
「えぇ。」
「今度の新製品です。まだ実用化するかは迷っているんですけど、飲まれませんか。」
「良いんですか?」
すると圭太は驚いたように響子を見る。こういうことをするのは初めて見るからだ。
「ノンカフェインのコーヒーなんです。妊娠中の方でも飲めるようにと思ったんですけどね。」
「あぁ……うちの妻が妊娠中で、こういうのがあると助かりますよね。コーヒーが好きだから、飲めないとなるとストレスみたいで。」
そういって男はコーヒーを受け取るとそれを口にする。
「これって本当にノンカフェインなんですか?」
「えぇ。メーカーが持ってきたモノなので、焙煎もしてあるものだから、どう淹れるかまだ試行錯誤しているんですけど。」
「本当のコーヒーみたいだ。コレなら妻が満足すると思います。是非、メニューに加えてください。妻と一緒に来るから。」
「お待ちしてます。」
圭太はケーキの入った箱をビニール袋に入れると、その男に手渡した。
「ありがとうございます。試飲までしていただいて。」
「いいえ。役得でした。雨も降ってて、少し寒いと思っていたし、良い店ですね。妻の妹が気に入るのもわかります。」
響子はこう言うところがある。温かい飲み物を淹れたのも、タオルを圭太に手渡したのも、響子の気遣いだ。人に対して気が回る。なのに誤解されるのは、響子に表情がないからだ。
その表情が変わった時を知っている。キスをしたとき。その表情がまた崩れるのをまたみたい。だがいつになるだろう。もやもやしながら、圭太は客を見送った。まだ雨は降り止まない。
そう思いながら響子はカップを取り出そうとした、そのときだった。
「良いですよ。」
真二郎の思わぬ答えに、思わずカップを落としそうになった。だがカップは間一髪割れずにすむ。
「お前、そんなちゃらい企画……。」
圭太がそういうと、タウン誌の女性は目を輝かせてカウンターに近づいてきた。
「映えると思うんですよ。写真写りとかも良いと思うし。遠藤さんって、ハーフですか?」
「クォーターです。」
「だったら尚更良いですねぇ。撮影の日とか、いつが良いとかありませんか?」
圭太にそう聞くが、圭太は断ると思っていたので思わず首を傾げてしまった。
「うん……。いつって言っても……まぁ、ここが休みじゃなきゃ……。」
すると真二郎は少し笑って言う。
「俺、仕事ここだけじゃないけど良いんですか。」
「別の仕事ですか?ホストとかではなければOKです。」
「ウリセンに居るんですけど。」
「ウリセン?何ですか?それ。」
ゲイのカルチャーに全く無知なのだ。首を傾げて、真二郎を見るだけだった。
「はい。ウィンナーコーヒー。二つと夏みかんのムース二つ。四番。」
千鶴にそういって、響子は涼しそうな顔をしている。
「つまり……男相手の風俗です。ボーイをしてます。」
風俗という言葉に驚いて、女性は真二郎を見ていた。
「性風俗ってことですか。」
「えぇ。ホストよりもたちが悪いですかね。」
「……あ……。すいません……オーナーさん。この話はなかったことにしてもらえますか。」
「えぇ。まだ口だけですし。焼き菓子、どうします?」
「あ……キャンセルで。すいません。お邪魔しました。」
そういって女性はそそくさと出て行く。
「あの人最初っから、真二郎目当てだったのね。罪づくり。」
「それほどでも。」
真二郎は少し笑って、またキッチンに戻っていった。
アレが真二郎のやり方だ。響子は何度もこう言った場面を見かけている。容姿があの調子なのだから、いつでも声をかけられそうなのに「ゲイだ」というだけで女は去っていく。
本当は男でも女でもいけるバイセクシャルだ。そして女は響子しか見ていない。そんなことは圭太でもわかる。だからこそ一刻も早く、この二人を離したい。そうではなければ嫉妬しそうだ。
最後の客も満足そうに帰っていく。夜二十時までの営業時間だ。ショーケースには、ほとんどケーキが残っていない。天候や気温を敏感に真二郎は感じて、いつもケーキを焼いている。だから本来あまり廃棄はない。
今日残っているのは、夏みかんのムースとイチジクのタルト、カボチャのモンブランだけだ。真二郎の読み通り、シューはもうない。シュー生地のケーキは、この店で人気の一品になる。中のクリームはカスタードや生クリームもあるが、一番人気は生クリームとカスタードクリームを合わせたディプロマット・クリームというものだ。カスタードクリームよりもふわっとした触感で重くないと、圭太はそういって売り込んでいた。食べたことはないのだが。
そのとき、一人の男が店内に入ってきた。さっきは耳にしなかった水の音がする。どうやら雨が降り出したらしく、男が来ていた白いシャツが濡れていた。どこかのサラリーマンに見える。圭太も数ヶ月前はこういう格好をしていたのだ。今はギャルソンの格好をしている。様になっているのは昔、こういう格好をして店内を駆け回っていたからだ。
「すいません。閉店ぎりぎりで。」
「いいえ。まだ営業時間内ですから。お持ち帰りしかできませんし、ケーキも限られてますけどよろしいですか。」
「えぇ。」
圭太はタオルを手にして、男に差し出すと頭や肩を拭く。そしてショーケースを見ると、少し笑った。それを見て、響子はお湯を沸かす。
「イチジクのタルトと、カボチャのモンブランをもらえますか。」
「はい。」
裏に回ってショーケースを開けると、ケーキをトングで取り出そうとした。そのときキッチンから、真二郎がやってくる。残っているケーキを破棄しようと思ったのだ。だがまだ客が居るようで、またキッチンに入ろうとした。そのとき、響子がお湯を沸かしているのに気が付く。
「どうしたの?」
「んー……雨が降っているみたいね。」
確かにジャズの音と混ざって水の音がする。
「え……ケーキ三つ?」
男は携帯電話を取り出して、何か話をしていた。その言葉に圭太の手が止まる。
「あぁ。何でも良いんだね。わかった。」
男は携帯電話を着ると、圭太に言う。
「すいません。そっちの……夏みかんのムースももらえますか。」
「はい。大丈夫ですよ。」
何かイレギュラーなことがあったらしい。圭太はトレーにケーキを三つ載せた。コレでケーキは破棄することなく、全部はけてしまったことになる。
すると響子は、紙コップを用意して淹れ終わったコーヒーをそこに注ぐ。
「お客様。コーヒーはお飲みになりますか。」
響子が珍しく男に声をかけると、男は少し笑って言う。
「えぇ。」
「今度の新製品です。まだ実用化するかは迷っているんですけど、飲まれませんか。」
「良いんですか?」
すると圭太は驚いたように響子を見る。こういうことをするのは初めて見るからだ。
「ノンカフェインのコーヒーなんです。妊娠中の方でも飲めるようにと思ったんですけどね。」
「あぁ……うちの妻が妊娠中で、こういうのがあると助かりますよね。コーヒーが好きだから、飲めないとなるとストレスみたいで。」
そういって男はコーヒーを受け取るとそれを口にする。
「これって本当にノンカフェインなんですか?」
「えぇ。メーカーが持ってきたモノなので、焙煎もしてあるものだから、どう淹れるかまだ試行錯誤しているんですけど。」
「本当のコーヒーみたいだ。コレなら妻が満足すると思います。是非、メニューに加えてください。妻と一緒に来るから。」
「お待ちしてます。」
圭太はケーキの入った箱をビニール袋に入れると、その男に手渡した。
「ありがとうございます。試飲までしていただいて。」
「いいえ。役得でした。雨も降ってて、少し寒いと思っていたし、良い店ですね。妻の妹が気に入るのもわかります。」
響子はこう言うところがある。温かい飲み物を淹れたのも、タオルを圭太に手渡したのも、響子の気遣いだ。人に対して気が回る。なのに誤解されるのは、響子に表情がないからだ。
その表情が変わった時を知っている。キスをしたとき。その表情がまた崩れるのをまたみたい。だがいつになるだろう。もやもやしながら、圭太は客を見送った。まだ雨は降り止まない。
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