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子供
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自分たちに何があってもお客様には関係ない。そう割り切って圭太も響子も働いているように見えた。だが不自然に見えない程度の会話しかしていない。前のように「男女」だとか言うことはなくなったが、それはそれでやりやすい。
「何かあったの?」
千鶴が皿をキッチンに持ってきて、真二郎に聞く。ホイップを絞りながら、真二郎は涼しい顔で答える。
「何が?」
「オーナーと響子。」
千鶴は敏感にその空気を感じているのか、頬を膨らませて言う。
「別に何もないよ。」
「何かぎくしゃくしててさ。必要なこと以外話してないようだし。元旦那と暮らしていた家みたい。」
千鶴がシングルマザーになったのは、子供を産んで一ヶ月ほどだった。仕事が忙しいからと言って夜遅くに帰ってきたり、酔っぱらって帰ってくることもあった。当然夫婦の会話は全くなくなる。
離婚届を差し出されて、やっと気がついた。旦那は子供の存在が嫌だったのだ。乳臭く、夜中だろうと何だろうと泣きわめき、何より千鶴が旦那にかまわず子供にばかり気をかけているのに耐えきれなかったらしい。
「子供じゃないんだから。話し合ったり出来ないの?」
「何もないんだから、話しようがないよ。」
すると千鶴はふと真二郎に近づいてきた。女の匂いがすると、少し距離をとる。千鶴が嫌なわけではなくて、響子以外の女にはずっとこうしているのだ。それも千鶴はわかっていて、それに嫌悪感を示すことはない。
「何かあったでしょ?」
「しつこいな。」
「オーナーって響子のことが好きじゃない。」
「……。」
「あなたみたいに、「幼なじみ」の距離を保ち続けるんだったら、オーナーに幸せにして欲しいと思うな。きっと響子もそっちの方が幸せになれるだろうし。」
すると真二郎はホイップを絞るのをやめて、千鶴を見た。
「オーナーには幸せに出来ないよ。」
「何で?」
「……響子がそれを望んでないから。」
そう言ってフロアの方をみる。相変わらず騒がしい店内を、圭太は動き回り響子はコーヒーを淹れているのだろう。
「いらっしゃいませ。」
入ってきた客を見て、圭太は驚いたようにそっちをみる。
「瑞希。」
その声に響子も驚いたようにコーヒーを淹れるポットを離した。そこには「flipper」でバーテンダーをしていた瑞希と、その後ろには小さい女性がいた。まるで高校生のように見える。
「よう。一度遊びに来たぜ。」
「何だよ。彼女か?」
すると後ろの女性は少し笑う。
「違うよ。彼女の妹。夏休みで、こっちに遊びに来たんだ。彼女は今仕事に行っているから、観光に連れて行ってやれって。ちょっと休憩でこっちに来てみたんだよ。」
「そっか。悪いな。こんな古びた店で。」
「すごい。いい匂いがする。コーヒーかな。」
女性はそう言って店内を見渡す。そして置かれている柱時計に近づいていった。
「香ちゃん。そこの席にしようか。」
「うん。」
時計に一番近い席に座ると、瑞希はメニューを見た。
「ふーん。ケーキ以外もあるんだ。」
「うん。アフタヌーンティーセットな。今日のセットはアボガドとエビのサンドイッチ。焼きたてほかほかのカボチャのスコーン。夏野菜のしゃきしゃきサラダ。ドリンクと、ケーキが付いてくる。」
「ケーキも美味しそう。すごーい。」
ショーケースに入っているケーキを見て、香という女の子はうなづいていた。だが顔を上げて少し驚く。女性がコーヒーを淹れていたのだが、その表情は変わることなく無愛想だったからだ。
そそくさと席に戻ると、圭太は響子に声をかけた。
「挨拶くらいしろよ。」
その言葉に耳を貸さず、響子はカップを取り出すとコーヒーを注ぎ、その上から生クリームを乗せた。
「ウィンナーコーヒー。二つ。ケーキが二つ、四番。」
「ちっ。愛想がねぇ。」
トレーにそのコーヒーを乗せると、女性二人が座っている席に近づいた。
「お待たせしました。ウィンナーコーヒーと、タルト・オン・シトロン、イチジクのタルトです。」
「わぁ。美味しそう。」
「イチジクって良いわねぇ。そっちはレモン?」
「さっぱりしてる。コーヒーも見た目よりも濃いのね。とても美味しい。」
高評価だ。確かにあのコーヒーは見た目がいい。ウィンナーコーヒーというのは確かに昔からあるものだが、それにしては見た目が綺麗だ。丁寧な仕事をするのだろう。その上ケーキもまた可愛らしくて、若い女性はこういうのが好きだろう。
「香ちゃん。何が飲みたい?ケーキセットにする?」
「ケーキも良いけど、お腹が空かない?」
「そうだね。アフタヌーンティーならケーキも付いてくるし、そうしようか。」
値段を見てもバカ高いものではないようだ。圭太はこういうところがある。あまり自分の利益を考えないのだ。
「アフタヌーンティーセット二つ。」
「あぁ。飲み物とケーキはどうする?」
「俺、コーヒーとクラシックショコラ。香ちゃんは?」
「アイスココアとエクレア。」
見た目よりもさらに子供っぽい。それに少し違和感を持った。その時千鶴が裏から戻ってくる。
「オーナー。紙ナプキンが切れそう。」
「だったら今日、発注するわ。明日届くだろ。」
「お願いね。ん?アレ?香ちゃん?」
「千鶴さん。こんにちは。」
「こっちに来てたんだ。」
「うん。お姉ちゃんの彼氏に連れてきてもらった。」
どうやら知り合いらしい。千鶴は嬉しそうに瑞希にも挨拶をしていた。
「大きくなったね。成長期だからかな。あたしは追い越されちゃったな。」
「へへ……。あたし、クラスで一番後ろだよ。」
どうも違和感がある。そう思いながら響子はその二人を遠回しに見ていた。
「何の知り合いだよ。」
千鶴に圭太は聞くと、千鶴は少し笑っていう。
「兄は田舎にいるんだけど、そこでの同級生。」
「お前の兄って、俺と歳があまり変わらなかったくねぇか?」
「三十二。香は一番上で、小学校五年生の十一歳よ。」
その言葉に、思わず響子もポットを落としかけた。背が高く、細身で胸の膨らみすらあるようだが、十一歳だという。成長が早すぎる。
「何、圭太唖然としてるんだよ。」
「するだろ。高校生くらいだと思ったし……身長どれくらいあるんだ。」
「百六十五センチ。」
モデルか。そう思いながら、ポットを持ち直してそれをシンクに置く。アフタヌーンティーセットのスタンドを出したのだ。それに真二郎が作ったサラダや、サンドイッチを並べていく。ケーキは後でもって行くのだ。アイスココアとコーヒーを淹れて、カウンターに置いていく。その手さばきは見事なものだ。
「慣れてるなぁ。」
「あのお姉さん。怖いね。」
「そんなことはないよ。香ちゃんの姉さんに比べたらそうでもない。」
「姉さん。怖いもんねぇ。いつも瑞希君、怒られてるじゃない。」
「ははっ。そんなところまで見なくてもいいんだ。」
我が子のように接しているな。そう思いながら、コーヒーとアイスココアをトレーに乗せると、テーブルに運んだ。
「とりあえず飲み物な。」
「ねぇ。圭太君。この上にクリームって乗せられないの?」
「乗せた方がいい?」
「うん。」
すると出しかけたアイスココアを手にすると、カウンターに持ってきた。
「生クリーム乗せてやれよ。」
「良いけど、その分もらわないと割に合わないわ。」
「良いよ。セットで頼んでんだから。」
「だったら作り直すわ。濃いめが良いから。」
そう言って響子はそのグラスごと下げてしまった。そしてまたココアを火にかける。
「お前なぁ……。」
「最高のモノを最高の状態で出す。別に子供だろうと大人だろうと、関係ないでしょ?」
そうしているとアフタヌーンティーセットが出来上がった。スコーンとサンドイッチとサラダ。どれも美味しそうだ。
「わぁ。タワーだね。」
香は上機嫌にそう言うと、そのサンドイッチに手を伸ばす。これで高評価なら、問題はない。
「何かあったの?」
千鶴が皿をキッチンに持ってきて、真二郎に聞く。ホイップを絞りながら、真二郎は涼しい顔で答える。
「何が?」
「オーナーと響子。」
千鶴は敏感にその空気を感じているのか、頬を膨らませて言う。
「別に何もないよ。」
「何かぎくしゃくしててさ。必要なこと以外話してないようだし。元旦那と暮らしていた家みたい。」
千鶴がシングルマザーになったのは、子供を産んで一ヶ月ほどだった。仕事が忙しいからと言って夜遅くに帰ってきたり、酔っぱらって帰ってくることもあった。当然夫婦の会話は全くなくなる。
離婚届を差し出されて、やっと気がついた。旦那は子供の存在が嫌だったのだ。乳臭く、夜中だろうと何だろうと泣きわめき、何より千鶴が旦那にかまわず子供にばかり気をかけているのに耐えきれなかったらしい。
「子供じゃないんだから。話し合ったり出来ないの?」
「何もないんだから、話しようがないよ。」
すると千鶴はふと真二郎に近づいてきた。女の匂いがすると、少し距離をとる。千鶴が嫌なわけではなくて、響子以外の女にはずっとこうしているのだ。それも千鶴はわかっていて、それに嫌悪感を示すことはない。
「何かあったでしょ?」
「しつこいな。」
「オーナーって響子のことが好きじゃない。」
「……。」
「あなたみたいに、「幼なじみ」の距離を保ち続けるんだったら、オーナーに幸せにして欲しいと思うな。きっと響子もそっちの方が幸せになれるだろうし。」
すると真二郎はホイップを絞るのをやめて、千鶴を見た。
「オーナーには幸せに出来ないよ。」
「何で?」
「……響子がそれを望んでないから。」
そう言ってフロアの方をみる。相変わらず騒がしい店内を、圭太は動き回り響子はコーヒーを淹れているのだろう。
「いらっしゃいませ。」
入ってきた客を見て、圭太は驚いたようにそっちをみる。
「瑞希。」
その声に響子も驚いたようにコーヒーを淹れるポットを離した。そこには「flipper」でバーテンダーをしていた瑞希と、その後ろには小さい女性がいた。まるで高校生のように見える。
「よう。一度遊びに来たぜ。」
「何だよ。彼女か?」
すると後ろの女性は少し笑う。
「違うよ。彼女の妹。夏休みで、こっちに遊びに来たんだ。彼女は今仕事に行っているから、観光に連れて行ってやれって。ちょっと休憩でこっちに来てみたんだよ。」
「そっか。悪いな。こんな古びた店で。」
「すごい。いい匂いがする。コーヒーかな。」
女性はそう言って店内を見渡す。そして置かれている柱時計に近づいていった。
「香ちゃん。そこの席にしようか。」
「うん。」
時計に一番近い席に座ると、瑞希はメニューを見た。
「ふーん。ケーキ以外もあるんだ。」
「うん。アフタヌーンティーセットな。今日のセットはアボガドとエビのサンドイッチ。焼きたてほかほかのカボチャのスコーン。夏野菜のしゃきしゃきサラダ。ドリンクと、ケーキが付いてくる。」
「ケーキも美味しそう。すごーい。」
ショーケースに入っているケーキを見て、香という女の子はうなづいていた。だが顔を上げて少し驚く。女性がコーヒーを淹れていたのだが、その表情は変わることなく無愛想だったからだ。
そそくさと席に戻ると、圭太は響子に声をかけた。
「挨拶くらいしろよ。」
その言葉に耳を貸さず、響子はカップを取り出すとコーヒーを注ぎ、その上から生クリームを乗せた。
「ウィンナーコーヒー。二つ。ケーキが二つ、四番。」
「ちっ。愛想がねぇ。」
トレーにそのコーヒーを乗せると、女性二人が座っている席に近づいた。
「お待たせしました。ウィンナーコーヒーと、タルト・オン・シトロン、イチジクのタルトです。」
「わぁ。美味しそう。」
「イチジクって良いわねぇ。そっちはレモン?」
「さっぱりしてる。コーヒーも見た目よりも濃いのね。とても美味しい。」
高評価だ。確かにあのコーヒーは見た目がいい。ウィンナーコーヒーというのは確かに昔からあるものだが、それにしては見た目が綺麗だ。丁寧な仕事をするのだろう。その上ケーキもまた可愛らしくて、若い女性はこういうのが好きだろう。
「香ちゃん。何が飲みたい?ケーキセットにする?」
「ケーキも良いけど、お腹が空かない?」
「そうだね。アフタヌーンティーならケーキも付いてくるし、そうしようか。」
値段を見てもバカ高いものではないようだ。圭太はこういうところがある。あまり自分の利益を考えないのだ。
「アフタヌーンティーセット二つ。」
「あぁ。飲み物とケーキはどうする?」
「俺、コーヒーとクラシックショコラ。香ちゃんは?」
「アイスココアとエクレア。」
見た目よりもさらに子供っぽい。それに少し違和感を持った。その時千鶴が裏から戻ってくる。
「オーナー。紙ナプキンが切れそう。」
「だったら今日、発注するわ。明日届くだろ。」
「お願いね。ん?アレ?香ちゃん?」
「千鶴さん。こんにちは。」
「こっちに来てたんだ。」
「うん。お姉ちゃんの彼氏に連れてきてもらった。」
どうやら知り合いらしい。千鶴は嬉しそうに瑞希にも挨拶をしていた。
「大きくなったね。成長期だからかな。あたしは追い越されちゃったな。」
「へへ……。あたし、クラスで一番後ろだよ。」
どうも違和感がある。そう思いながら響子はその二人を遠回しに見ていた。
「何の知り合いだよ。」
千鶴に圭太は聞くと、千鶴は少し笑っていう。
「兄は田舎にいるんだけど、そこでの同級生。」
「お前の兄って、俺と歳があまり変わらなかったくねぇか?」
「三十二。香は一番上で、小学校五年生の十一歳よ。」
その言葉に、思わず響子もポットを落としかけた。背が高く、細身で胸の膨らみすらあるようだが、十一歳だという。成長が早すぎる。
「何、圭太唖然としてるんだよ。」
「するだろ。高校生くらいだと思ったし……身長どれくらいあるんだ。」
「百六十五センチ。」
モデルか。そう思いながら、ポットを持ち直してそれをシンクに置く。アフタヌーンティーセットのスタンドを出したのだ。それに真二郎が作ったサラダや、サンドイッチを並べていく。ケーキは後でもって行くのだ。アイスココアとコーヒーを淹れて、カウンターに置いていく。その手さばきは見事なものだ。
「慣れてるなぁ。」
「あのお姉さん。怖いね。」
「そんなことはないよ。香ちゃんの姉さんに比べたらそうでもない。」
「姉さん。怖いもんねぇ。いつも瑞希君、怒られてるじゃない。」
「ははっ。そんなところまで見なくてもいいんだ。」
我が子のように接しているな。そう思いながら、コーヒーとアイスココアをトレーに乗せると、テーブルに運んだ。
「とりあえず飲み物な。」
「ねぇ。圭太君。この上にクリームって乗せられないの?」
「乗せた方がいい?」
「うん。」
すると出しかけたアイスココアを手にすると、カウンターに持ってきた。
「生クリーム乗せてやれよ。」
「良いけど、その分もらわないと割に合わないわ。」
「良いよ。セットで頼んでんだから。」
「だったら作り直すわ。濃いめが良いから。」
そう言って響子はそのグラスごと下げてしまった。そしてまたココアを火にかける。
「お前なぁ……。」
「最高のモノを最高の状態で出す。別に子供だろうと大人だろうと、関係ないでしょ?」
そうしているとアフタヌーンティーセットが出来上がった。スコーンとサンドイッチとサラダ。どれも美味しそうだ。
「わぁ。タワーだね。」
香は上機嫌にそう言うと、そのサンドイッチに手を伸ばす。これで高評価なら、問題はない。
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