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祭り
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学生は夏休みに入り、客層が主婦やOLに加えて、高校生や大学生が増えてきた。それに加えて、イートインのデザートにジェラートを加える。アイスクリームよりもさっぱりしているのにミルクの味が濃く、それもまた桃のコンポートを乗せたケーキとよく合っていた。
「可愛い。写真撮ろっと。」
「コーヒー。マジ美味い。」
「パフェも可愛い。ねー、有紗。あたしと撮ってよ。」
そんな声が店内にずっと続いている。お祖父さんがしていた「古時計」という喫茶店には、こんな声はあまりなかった。奥まっていたからかもしれないが地元の人が常連で、こういう若い人が一気に集まることはない。
「頭が痛くなりそう。」
キッチンスペースにやってきた響子はそう言って、水を飲んだあと壁にもたれ掛かった。それを見て真二郎は、少し笑う。
「慣れだよ。響子。オーナーはほくほくじゃん。」
「あー……。商売人だもんねぇ。」
その時表から声が聞こえた。
「響子。オーダーあげて。」
「はい。今行きます。」
声が意地になっているようだ。少し息抜きをさせてあげればいいのに。そう思いながら、真二郎はパフェの生クリームを盛りつける。
「アイスココアと、アイスコーヒーね。」
鍋に火をつけてココアを練る。純粋なココアは意外と手間がかかるのだ。最近は牛乳を入れるだけとか、お湯を入れるだけでココアになるモノもあるが響子はその辺も全く手を抜かない。
見た目で派手なコーヒーとは全く違う飲み物なのだ。
「お前さぁ。ラテアートとか出来ねぇの?」
閉店後、床を拭きながら圭太は響子にきく。アレ以来、圭太は響子と前と同じように接していた。一時の気の迷いなのだ。響子はそう思うようにして、また一緒に働いている。
「出来ないことはないわ。でも時間がかかるのよ。カフェラテは。」
「そりゃ、うちにはマシンはねぇけど、ほとんどの店って別にマシンとか使ってねぇじゃん。」
「それをカフェラテなんて言って売ってるのがちゃんちゃらおかしいのよ。本場の人が来たら、呆れてモノが言えないわ。この国以外の国で作られている冗談のような寿司を笑えない。」
しかし圭太も引き下がらない。タウン誌を持ってくると、床を拭いている響子に見せた。
「ほら。コレさ。」
「……何このおままごと。」
別の店のカフェラテが載っている。そこには立体に盛りつけられたミルクの泡があり、そこの上にはクマや猫の顔が描かれていた。
「ここまでしろとは言わないけど、せめてこう……ノーマルなヤツで良いよ。ハートとか葉っぱとか。」
「くだらない。」
ばっさりと言い捨てて、響子はまた床のモップを動かした。
「お前なぁ……。」
「そういうのをしたいんだったら、そういう人を雇いなさいよ。私はしたくないから。」
するとキッチンスペースから、真二郎が出てきた。奥のキッチンでは機械音がする。どうやらジェラートを作っているようだ。
「何の騒ぎ?」
「あー。見ろよ。真二郎。コレすげえよな。」
そういって圭太はタウン誌を見せる。すると真二郎は苦笑いをして、そのページを見ていた。
「確かにすごいね。最近のラテアートはよく目立ってる。」
「だろ?」
「けど、コレはお客さんに媚びていると思うな。」
「は?」
真二郎はそういってその雑誌をテーブルに置く。
「肝心の味ってどうなの?今のケーキの種類は、こってりしたモノよりもさっぱりしたモノが多いよね。ムースとか、ババロアとか、最近のイートインはパフェもよく出るけど、一番でているのはコーヒーゼリーだろ?」
「まぁな。」
「飲み物だって今はホットよりもアイスだし、最近はレモンスカッシュもよくでる。カフェラテはこってりしたチョコレートなんかにはよく合うかもしれないけれど、そういうさっぱりしたモノにはあまり合わないよ。」
その言葉に圭太の言葉が詰まった。確かにそうかもしれない。チョコレートは暑い中で持って帰ると溶けている可能性があるのだ。だからあまり今の時期はチョコレートが出ない。
「やるなら冬だと思う。」
「だったら響子。冬までにマシンを入れるから、ラテを作れるようにしろよ。」
「えー……?」
結局作らないといけないのか。響子はため息を付いて床を拭いていた。するとその背中に真二郎は少し笑った。
「響子のラテアート、久しぶりに見たいな。作ってよ。」
「は?」
驚いたように圭太がきくと、響子は真二郎の方を見ずに首を横に振った。
「ここ、マシンがないでしょ?カフェラテのコーヒーはエスプレッソじゃない。」
「だから、カフェオレで。上に泡を載せてよ。」
そう言うと、響子はため息を付いてモップを立てかけた。
「何だよ。お前出来るのかよ。」
「出来ないとは言ってないわ。やる気にならないだけ。」
そう言って響子はカウンターに戻ると、手を洗った。そしてカフェオレ用の濃いめの豆を取り出す。お湯を沸かしている間に、牛乳を温めてカップに入れる。そしてその牛乳を泡立てる。
お湯が沸いたらコーヒーを淹れて、それに牛乳を注ぐ。そしてカップに入れると、その上に泡立てたミルクを注いだ。
「はい。出来たわよ。」
そう言ってカップを三つ、カウンターにおいた。すると圭太はそのカップを見て、驚いたように響子を見る。
「綺麗じゃん。何でしてねぇのかな。」
「時間みた?普通のカフェオレを入れるよりもすごく時間がかかるのよ。」
「それでもさぁ。ほらすごいじゃん。綺麗なハートだ。」
「リーフも綺麗だね。細かい。響子はこういうの上手いよね。」
そう言って真二郎はそのコーヒーに口を付ける。
「アレか?泡立てるときのあの小さい泡立て器みたいなのがあればもっと時間短縮になるか?」
「まぁね……。でも気は進まない。」
「だったらクリスマス時期に出そう。」
「は?クリスマスなんて、ケーキ屋が一番忙しいときじゃない。そんなときにそんな手間をかけられる?」
「忙しいから、手間をかけるんだ。そうしてもらった方が客も喜ぶんだよ。人ってのは対価にあったモノよりもそれ以上のことをされるとまた来ようって気になるんだ。商売の基本だろ?」
「……そりゃまぁ……そうだけど。」
「ってことでクリスマスな。それまでにレパートリー増やしておけよ。」
「ハートだけで良いでしょ?クリスマスのバカ騒ぎなんだし。」
そう言ってカップのカフェオレを口に入れる。その口元をみて、圭太はすっと視線をそらせる。
あの唇にキスをしようとした事もあったのだ。響子が拒否しなければしたかもしれない。だが好きかと言われると微妙だ。
ただ真子を忘れたかっただけかもしれない。
「可愛い。写真撮ろっと。」
「コーヒー。マジ美味い。」
「パフェも可愛い。ねー、有紗。あたしと撮ってよ。」
そんな声が店内にずっと続いている。お祖父さんがしていた「古時計」という喫茶店には、こんな声はあまりなかった。奥まっていたからかもしれないが地元の人が常連で、こういう若い人が一気に集まることはない。
「頭が痛くなりそう。」
キッチンスペースにやってきた響子はそう言って、水を飲んだあと壁にもたれ掛かった。それを見て真二郎は、少し笑う。
「慣れだよ。響子。オーナーはほくほくじゃん。」
「あー……。商売人だもんねぇ。」
その時表から声が聞こえた。
「響子。オーダーあげて。」
「はい。今行きます。」
声が意地になっているようだ。少し息抜きをさせてあげればいいのに。そう思いながら、真二郎はパフェの生クリームを盛りつける。
「アイスココアと、アイスコーヒーね。」
鍋に火をつけてココアを練る。純粋なココアは意外と手間がかかるのだ。最近は牛乳を入れるだけとか、お湯を入れるだけでココアになるモノもあるが響子はその辺も全く手を抜かない。
見た目で派手なコーヒーとは全く違う飲み物なのだ。
「お前さぁ。ラテアートとか出来ねぇの?」
閉店後、床を拭きながら圭太は響子にきく。アレ以来、圭太は響子と前と同じように接していた。一時の気の迷いなのだ。響子はそう思うようにして、また一緒に働いている。
「出来ないことはないわ。でも時間がかかるのよ。カフェラテは。」
「そりゃ、うちにはマシンはねぇけど、ほとんどの店って別にマシンとか使ってねぇじゃん。」
「それをカフェラテなんて言って売ってるのがちゃんちゃらおかしいのよ。本場の人が来たら、呆れてモノが言えないわ。この国以外の国で作られている冗談のような寿司を笑えない。」
しかし圭太も引き下がらない。タウン誌を持ってくると、床を拭いている響子に見せた。
「ほら。コレさ。」
「……何このおままごと。」
別の店のカフェラテが載っている。そこには立体に盛りつけられたミルクの泡があり、そこの上にはクマや猫の顔が描かれていた。
「ここまでしろとは言わないけど、せめてこう……ノーマルなヤツで良いよ。ハートとか葉っぱとか。」
「くだらない。」
ばっさりと言い捨てて、響子はまた床のモップを動かした。
「お前なぁ……。」
「そういうのをしたいんだったら、そういう人を雇いなさいよ。私はしたくないから。」
するとキッチンスペースから、真二郎が出てきた。奥のキッチンでは機械音がする。どうやらジェラートを作っているようだ。
「何の騒ぎ?」
「あー。見ろよ。真二郎。コレすげえよな。」
そういって圭太はタウン誌を見せる。すると真二郎は苦笑いをして、そのページを見ていた。
「確かにすごいね。最近のラテアートはよく目立ってる。」
「だろ?」
「けど、コレはお客さんに媚びていると思うな。」
「は?」
真二郎はそういってその雑誌をテーブルに置く。
「肝心の味ってどうなの?今のケーキの種類は、こってりしたモノよりもさっぱりしたモノが多いよね。ムースとか、ババロアとか、最近のイートインはパフェもよく出るけど、一番でているのはコーヒーゼリーだろ?」
「まぁな。」
「飲み物だって今はホットよりもアイスだし、最近はレモンスカッシュもよくでる。カフェラテはこってりしたチョコレートなんかにはよく合うかもしれないけれど、そういうさっぱりしたモノにはあまり合わないよ。」
その言葉に圭太の言葉が詰まった。確かにそうかもしれない。チョコレートは暑い中で持って帰ると溶けている可能性があるのだ。だからあまり今の時期はチョコレートが出ない。
「やるなら冬だと思う。」
「だったら響子。冬までにマシンを入れるから、ラテを作れるようにしろよ。」
「えー……?」
結局作らないといけないのか。響子はため息を付いて床を拭いていた。するとその背中に真二郎は少し笑った。
「響子のラテアート、久しぶりに見たいな。作ってよ。」
「は?」
驚いたように圭太がきくと、響子は真二郎の方を見ずに首を横に振った。
「ここ、マシンがないでしょ?カフェラテのコーヒーはエスプレッソじゃない。」
「だから、カフェオレで。上に泡を載せてよ。」
そう言うと、響子はため息を付いてモップを立てかけた。
「何だよ。お前出来るのかよ。」
「出来ないとは言ってないわ。やる気にならないだけ。」
そう言って響子はカウンターに戻ると、手を洗った。そしてカフェオレ用の濃いめの豆を取り出す。お湯を沸かしている間に、牛乳を温めてカップに入れる。そしてその牛乳を泡立てる。
お湯が沸いたらコーヒーを淹れて、それに牛乳を注ぐ。そしてカップに入れると、その上に泡立てたミルクを注いだ。
「はい。出来たわよ。」
そう言ってカップを三つ、カウンターにおいた。すると圭太はそのカップを見て、驚いたように響子を見る。
「綺麗じゃん。何でしてねぇのかな。」
「時間みた?普通のカフェオレを入れるよりもすごく時間がかかるのよ。」
「それでもさぁ。ほらすごいじゃん。綺麗なハートだ。」
「リーフも綺麗だね。細かい。響子はこういうの上手いよね。」
そう言って真二郎はそのコーヒーに口を付ける。
「アレか?泡立てるときのあの小さい泡立て器みたいなのがあればもっと時間短縮になるか?」
「まぁね……。でも気は進まない。」
「だったらクリスマス時期に出そう。」
「は?クリスマスなんて、ケーキ屋が一番忙しいときじゃない。そんなときにそんな手間をかけられる?」
「忙しいから、手間をかけるんだ。そうしてもらった方が客も喜ぶんだよ。人ってのは対価にあったモノよりもそれ以上のことをされるとまた来ようって気になるんだ。商売の基本だろ?」
「……そりゃまぁ……そうだけど。」
「ってことでクリスマスな。それまでにレパートリー増やしておけよ。」
「ハートだけで良いでしょ?クリスマスのバカ騒ぎなんだし。」
そう言ってカップのカフェオレを口に入れる。その口元をみて、圭太はすっと視線をそらせる。
あの唇にキスをしようとした事もあったのだ。響子が拒否しなければしたかもしれない。だが好きかと言われると微妙だ。
ただ真子を忘れたかっただけかもしれない。
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