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淹れ終わったコーヒーをカップに注ぐと、隣にいる圭太に手渡した。そして響子も自分の分のカップを手にする。香りも良いが、口に入れるとわずかに甘く、コーヒー本来の豆の味がした。
「美味しいコーヒーね。」
「あぁ。これはこのくらいの焙煎が良いな。豆自体が良い豆みたいだ。売り出すとしたら少し高めに設定しても良いかもしれない。」
「まだそんなに入れていないらしいのよ。だからそれで良いと思う。どうやって売り出すかはあなたが考えることだけど。そうね……ここのコーヒーにこだわっている人なら、気に入るかもしれないわね。」
ふと横に置いてある紙袋をみた。それはコーヒー豆が欲しいという客のために、響子が用意しているモノだった。コーヒーが好きな客なら、自宅でもこういうコーヒーを飲みたいと思うだろう。同じ味には到底ならないだろうが、マシンでもそれなりの味になるように響子が焙煎して売り出している。自宅で入れるだけだから、そんなに多くは売り出していない。
いつか、レストランのシェフが響子に直談判をしに来た。ここのコーヒーを食後に出したいので、豆をおろしてくれないかと言ってきたのだ。だが響子はそれを断っていた。
「コーヒー豆の卸はしていないから、どうしても出したいなら自分で焙煎をしたらいい。」
そう言っていたのだ。だがレストランはあくまで食事がメインでコーヒーはおまけみたいなものだ。そこまで手をかけれないだろうと思っていたのは見え見えだ。
「さっきさ……お前の祖父さんは、進んで喫茶店をしていたわけじゃねぇって言ってたじゃん。」
「うん。」
「なのにこういう飲み物とかを、どうしてここまで淹れようと思ったんだろうな。」
「……お祖父さんは、元々商売をしていた人なの。セールスマンだった。そのとき、言っていたのは「人は期待以上のことをされると、信用される」ってこと。」
「客を掴むために、期待以上のコーヒーを淹れていたということか?」
「それがお客さんを掴む一番の方法だった。それは真二郎も同じことを思っていると思う。」
見た目も綺麗だが、味はそれ以上だ。真二郎もそれをずっと思いながらケーキを作っていたのだ。
「商売の基本だな。俺もそう思いながらコーヒー豆を売ってたよ。」
「セールスマンだったものね。」
「あぁ。」
圭太もそれをずっと思っていた。だからトップでいれたのだろう。
「でもお前は、人には期待してねぇな。」
「……人は裏切るから。」
「真二郎は裏切らないか?」
「真二郎は、どちらかというと……もう諦めている感じ。」
「諦め?」
すると響子はカップを置いて、ため息をついた。
「遊び人で、人に本気になることはないから。」
「お前のことは本気だろう?」
「……。」
「手を出されたことはないのか。」
「無いわね。」
「それくらい本気なんだよ。お前さ、気づいてやれよ。それとも何か?お前別に好きな奴とか……。」
「いないわ。」
即答で、少し笑えてきた。
「何よ。」
「イヤ。そんなにすぐ答えると思ってなかったから。」
「……イヤなのよ。どうせ、したいだけなんだから。」
「何を?」
「セックスしたいだけじゃない。」
卑屈になっている気がする。それは性を売り物にしている姉や、同じく性を売り物にしている真二郎を見て思っていることだろうか。それが他の人も同じだと思って欲しくない。
今まで本気で好きになった人もいるだろう。二十八年間生きていたのだ。それをずっと無視して生きてきたというのだろうか。悲しい生き物だと思う。
「恋愛が出来るのは、限られた生き物しかないって知っているか?」
「……。」
「人間は知能が高いから、感情がある。ただ生み、育てるだけなら別に人にこだわらないだろ?」
「そうね。」
コーヒーを飲み終わってシンクにカップをおく。すると響子もそのカップを置いた。
「あなたもこだわっていたのね。」
「え?」
「その真子って言う人にこだわっていた。だからまだ忘れられないんじゃないの?」
圭太はその言葉に少し顔色を青くした。昔のことを思い出したからだ。
「……忘れたいよ。」
「無理に忘れることはないと思うけど。」
カップやドリッパーを洗いながら、響子はそう言った。
「その真子って人やあなたの全て受け入れるような人が出てくればいいわね。」
その言葉に圭太は少し笑う。年下なのに、年上のようなことを言う女だと思ったのだ。
女と寝るのは正直イヤだ。どうしても響子がちらつくから。だがたまには女と寝ないと、自分が女で反応しなくなる気がする。
今日あのホテルで結婚式をしたのは、圭太の親戚だけではない。他にも数組のカップルがいた。その中の招待客の女が、真二郎を誘ってきたのだ。
場末のホテルで、女といる。女だって相当遊んでいるようで、ホテルの部屋に入るなりいきなり真二郎を押し倒してきたのだ。そこで主導権を握ろうとしていたのかもしれないが、結局失神するまで絶頂に達したのは女の方だった。
意識が戻り女を送ったあと、真二郎はタクシーに乗る。その車内で残ったのは罪悪感と思い出すのは響子の顔だけだった。
響子はきっと女と寝ていることなど知れば、軽蔑するだろう。それだけはされたくなかった。
家に帰ってくると、リビングはもう暗かった。時間的に、もう響子は寝ているのかもしれない。シャワーを浴びて、寝室へ向かう。するとベッドの上で響子は眠っていた。
「出来れば広いベッドで寝たい。せっかく寝室とリビングで分けているのよ。大きいベッドが置きたいわ。」
そう言って買った広めのベッドはダブルサイズ。なのにそれに手足を伸ばして眠ることはない。いつも小さく丸まって眠っている。
真二郎はそのベッドに腰掛けると、眠っている響子の額をそっと撫でた。すると響子は寝返りを打つ。今日は深く眠っているようだ。
たまに響子は眠りながらうなされていることがある。そのときいつもしているように、真二郎は響子の手を握る。落ち着いて欲しいと、あのころとは違うのだと言い聞かせるように。
ベッドに乗り上げると、眠っているその響子の唇にそっと触れた。この唇に何度触れたいと思っただろう。この体だけを求めているのに、響子はこちらを見ることもないのだ。
「美味しいコーヒーね。」
「あぁ。これはこのくらいの焙煎が良いな。豆自体が良い豆みたいだ。売り出すとしたら少し高めに設定しても良いかもしれない。」
「まだそんなに入れていないらしいのよ。だからそれで良いと思う。どうやって売り出すかはあなたが考えることだけど。そうね……ここのコーヒーにこだわっている人なら、気に入るかもしれないわね。」
ふと横に置いてある紙袋をみた。それはコーヒー豆が欲しいという客のために、響子が用意しているモノだった。コーヒーが好きな客なら、自宅でもこういうコーヒーを飲みたいと思うだろう。同じ味には到底ならないだろうが、マシンでもそれなりの味になるように響子が焙煎して売り出している。自宅で入れるだけだから、そんなに多くは売り出していない。
いつか、レストランのシェフが響子に直談判をしに来た。ここのコーヒーを食後に出したいので、豆をおろしてくれないかと言ってきたのだ。だが響子はそれを断っていた。
「コーヒー豆の卸はしていないから、どうしても出したいなら自分で焙煎をしたらいい。」
そう言っていたのだ。だがレストランはあくまで食事がメインでコーヒーはおまけみたいなものだ。そこまで手をかけれないだろうと思っていたのは見え見えだ。
「さっきさ……お前の祖父さんは、進んで喫茶店をしていたわけじゃねぇって言ってたじゃん。」
「うん。」
「なのにこういう飲み物とかを、どうしてここまで淹れようと思ったんだろうな。」
「……お祖父さんは、元々商売をしていた人なの。セールスマンだった。そのとき、言っていたのは「人は期待以上のことをされると、信用される」ってこと。」
「客を掴むために、期待以上のコーヒーを淹れていたということか?」
「それがお客さんを掴む一番の方法だった。それは真二郎も同じことを思っていると思う。」
見た目も綺麗だが、味はそれ以上だ。真二郎もそれをずっと思いながらケーキを作っていたのだ。
「商売の基本だな。俺もそう思いながらコーヒー豆を売ってたよ。」
「セールスマンだったものね。」
「あぁ。」
圭太もそれをずっと思っていた。だからトップでいれたのだろう。
「でもお前は、人には期待してねぇな。」
「……人は裏切るから。」
「真二郎は裏切らないか?」
「真二郎は、どちらかというと……もう諦めている感じ。」
「諦め?」
すると響子はカップを置いて、ため息をついた。
「遊び人で、人に本気になることはないから。」
「お前のことは本気だろう?」
「……。」
「手を出されたことはないのか。」
「無いわね。」
「それくらい本気なんだよ。お前さ、気づいてやれよ。それとも何か?お前別に好きな奴とか……。」
「いないわ。」
即答で、少し笑えてきた。
「何よ。」
「イヤ。そんなにすぐ答えると思ってなかったから。」
「……イヤなのよ。どうせ、したいだけなんだから。」
「何を?」
「セックスしたいだけじゃない。」
卑屈になっている気がする。それは性を売り物にしている姉や、同じく性を売り物にしている真二郎を見て思っていることだろうか。それが他の人も同じだと思って欲しくない。
今まで本気で好きになった人もいるだろう。二十八年間生きていたのだ。それをずっと無視して生きてきたというのだろうか。悲しい生き物だと思う。
「恋愛が出来るのは、限られた生き物しかないって知っているか?」
「……。」
「人間は知能が高いから、感情がある。ただ生み、育てるだけなら別に人にこだわらないだろ?」
「そうね。」
コーヒーを飲み終わってシンクにカップをおく。すると響子もそのカップを置いた。
「あなたもこだわっていたのね。」
「え?」
「その真子って言う人にこだわっていた。だからまだ忘れられないんじゃないの?」
圭太はその言葉に少し顔色を青くした。昔のことを思い出したからだ。
「……忘れたいよ。」
「無理に忘れることはないと思うけど。」
カップやドリッパーを洗いながら、響子はそう言った。
「その真子って人やあなたの全て受け入れるような人が出てくればいいわね。」
その言葉に圭太は少し笑う。年下なのに、年上のようなことを言う女だと思ったのだ。
女と寝るのは正直イヤだ。どうしても響子がちらつくから。だがたまには女と寝ないと、自分が女で反応しなくなる気がする。
今日あのホテルで結婚式をしたのは、圭太の親戚だけではない。他にも数組のカップルがいた。その中の招待客の女が、真二郎を誘ってきたのだ。
場末のホテルで、女といる。女だって相当遊んでいるようで、ホテルの部屋に入るなりいきなり真二郎を押し倒してきたのだ。そこで主導権を握ろうとしていたのかもしれないが、結局失神するまで絶頂に達したのは女の方だった。
意識が戻り女を送ったあと、真二郎はタクシーに乗る。その車内で残ったのは罪悪感と思い出すのは響子の顔だけだった。
響子はきっと女と寝ていることなど知れば、軽蔑するだろう。それだけはされたくなかった。
家に帰ってくると、リビングはもう暗かった。時間的に、もう響子は寝ているのかもしれない。シャワーを浴びて、寝室へ向かう。するとベッドの上で響子は眠っていた。
「出来れば広いベッドで寝たい。せっかく寝室とリビングで分けているのよ。大きいベッドが置きたいわ。」
そう言って買った広めのベッドはダブルサイズ。なのにそれに手足を伸ばして眠ることはない。いつも小さく丸まって眠っている。
真二郎はそのベッドに腰掛けると、眠っている響子の額をそっと撫でた。すると響子は寝返りを打つ。今日は深く眠っているようだ。
たまに響子は眠りながらうなされていることがある。そのときいつもしているように、真二郎は響子の手を握る。落ち着いて欲しいと、あのころとは違うのだと言い聞かせるように。
ベッドに乗り上げると、眠っているその響子の唇にそっと触れた。この唇に何度触れたいと思っただろう。この体だけを求めているのに、響子はこちらを見ることもないのだ。
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