彷徨いたどり着いた先

神崎

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営業

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 連日の雨は梅雨に入ったことを意味している。だがその日の日曜日は晴れの天気だ。立派なそのホテルのガーデンテラスで、白いウェディングドレスと、黒のタキシードを着た花嫁と花婿が幸せそうに愛を誓っている。
 その周りを呼び出された客がほっとしながら見ているようだった。
「どうでも良いけど、あの客ってみんな身内だよね。」
 ホテルの宴会会場でセッティングを手伝っていた真二郎が、やはりそのセッティングを手伝っていた響子に話しかける。
「そうね。いかにもって言う人が混ざってた。」
 圭太の身内のモノばかりだ。あとは花嫁の友達や職場の上司、花婿の友達や上司。やはり普通に見えるが、暑いからと上着を脱いでいた男の白いワイシャツに薄く柄が見える。おそらく入れ墨なのだろう。
「オーナーの実家って、金融会社を経営していると言っていたね。」
「金融ってことはローンとかでしょ?つまりヤクザみたいなものね。たぶん、風俗やホストなんかも経営しているわよ。」
 圭太も最初はその道を歩ませようとしていたらしい。だが圭太が食いついたのは脅して金をむしり取るようなことではなく、自分で経営するやり方の方が性に合っていたのかもしれない。
「だったらあの叔母さんって人もそうかな。」
「だと思うわ。だからって気を負うことはない。あなたのケーキはいつでも美味しそうよ。ほら。文句を言っていた人も写真を撮っているわ。」
 持ってきたケーキを一番上座の花嫁と花婿が座るところの隣に据えた。ぱっと華やかな黄色のケーキは高く積み上げられて、色とりどりの花がちりばめられている。
 あまり甘いモノを好まないだろうという客に合わせて、さっぱりと食べられるように工夫しているのだ。
「あなたはキッチンを手伝うんでしょう?」
「響子はフロアだっけ。いける?」
「営業なら愛想笑いもする。お祖父さんが言っていたことよ。」
 笑顔はプライスレスのサービスだ。そう言い聞かされていた。だから今日は慣れない笑顔になるしかない。

 おおむねケーキもドリンクも好評だった。
「見た目はこってりしているけれど、さっぱりしてるわ。生クリームが軽いのね。」
「この味、ヨーロッパの方で食べたことがあるな。このホテルのケーキではないのだろう。」
「お代わり欲しい。」
 その声を聞いて圭太は少し笑う。そしてコーヒーを口に入れた。相変わらず響子のコーヒーは美味しい。
「圭太。コーヒーだけでいいの?せっかくあなたのお店のケーキなんでしょう?」
「甘いモノは苦手でね。」
 母親に促されたが、圭太はそれに手を付けることはなかった。
「甘いモノが苦手なのにケーキ屋か。」
「商売だからしているんだよ。おおむね好評だし、二号店を作ろうかとパティシエと話をしててね。」
「ローンが終われば考えればいい。」
 父親は割と現実主義だ。こういう仕事をしているから女関係にも派手かと思いきや、妻しか見ていないようで愛人の一人の噂もない。それは母も同じだった。
 会社は圭太の兄である信也があとを継ぐ。圭太と似ていて、すらっとした体と長髪の髪はヤクザのようには見えないが、こういうタイプが本当のヤクザに見える。その隣に座る妻はとても可愛らしい人で、ほんわかしている。だがとても芯はしっかりしていて、何度も自分の息子たちをしかりつけているのを見たことがあった。
「圭太は二号店の前に、身を固めたらどうだ。」
 信也は自分のケーキを子供達に食べさせて、コーヒーを飲みながら圭太に聞く。
「あー……。俺はまだ良いかな。」
「三十にもなって何を言ってるんだ。俺が結婚したのは二十五の時だぞ。」
「へーへー。そうだったな。」
「あのまま「ヒジカタコーヒー」にいれば安定した収入が得れたはずなのにな。」
 「ヒジカタコーヒー」を辞めたのは、あの会社の内部が見えたからだった。社長はヤクザの関係で、何度もそういう関係の人と一緒にいるのをみた。このままだと身内と敵対するかもしれない。そう思って辞めたのだ。それもまた理由の一つである。
「オーナー。」
 響子がフロアでコーヒーのサーバーを手にしたまま、圭太に話しかける。普段見たことのないほど笑顔だった。
「何だ。お前、気持ち悪いな。」
「営業スマイル。顔がひきつりそうだわ。」
 そういって顔に手を当てる。普段しない顔をずっとしているからだろう。
「どうした。」
「店のリーフレットが無くなりそうなの。人数分だけと思っていたんだけど、他の人にも配りたいからって余計に持って行かれたから。」
「そっか。だったらこれを。」
 そういって圭太は床に置いていたバッグから名刺入れを取り出した。
「名刺なんかあげていいの?」
「良いよ。どうせ店に帰ればあるから。」
「ふーん。わかった。」
 その会話を聞いていたのだろう。信也が圭太に声をかける。
「圭太。従業員か。」
「あぁ。」
 身内になど挨拶をすることはないと思っていたのだが、響子は一応頭を下げる。
「「clover」のバリスタをしてます、本宮響子です。」
「あぁ。圭太の兄で、新山信也だ。これをあなたに。」
 そういって信也は名刺を響子に差し出す。するとそれを受け取って名刺をみる。専務と書いているが、おそらく次期社長なのだろう。
「頂戴いたします。すいません。こちらは名刺は作っていませんから……。」
「かまわない。」
 するとその隣にいた妻が響子に声をかける。
「少し真子さんに似てるわね。」
「……真子?」
 すると圭太は首を横に振る。
「似てねぇよ。小百合さん。」
 一気に不機嫌になった。そして信也が焦ったように言う。
「小百合。止さないか。」
「あぁ。ごめんなさい。悪気はないのよ。」
 小百合はこういうところがある。波風が立たないように気を付けているのに、いらない一言を言うことがある。
「……ではリーフレットが切れたらこちらを渡すから。」
「頼んだ。」
 ケーキもコーヒーも評判がいい。これで顧客がついてくれればいいのだ。それだけを考えていたい。昔のことはもう海に流したのだ。
 だがどこかで引っかかっている。
「信じられない。」
 そういった真子は、絶望していた。そして圭太の前から姿を消したのだ。
「……。」
 新郎新婦が互いにケーキを食べさせている。それを見て、圭太は席を立った。
「どうした。」
「トイレに行ってくる。」
 いつもと変わらない表情で、圭太は行ってしまった。それを見て母はため息をついた。
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