彷徨いたどり着いた先

神崎

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営業

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 圭太が住んでいるのは、店を構えた住宅街からほど近いマンションだった。十階建てのマンションの六階。2DKの部屋は割と広く、独りで住むには充分すぎるものだった。
 実家の目が届くようにと母が紹介してくれた物件で、圭太はそれに従うしかなかった。圭太は自由に見えて選択肢はあまりないのだ。
「あー。うん。淳子叔母さんのところの、文香ちゃんね。わかる。うん。あぁ。結婚式の?」
 実家の母からの連絡にうんざりしていた。だがこれも仕事だ。どうやら真二郎のケーキと響子のコーヒーの噂は実家にも知られているらしく、それで母の実家の親戚である女性が結婚をするので、ウェディングケーキを作って欲しいのだと言ってきた。
「今度こっちに来てよ。本人が。どんな風に作ればいいのか打ち合わせをしたいし。うちのパティシエと相談したいと思うし。」
 けたたましく、母は用件を伝えて切る。圭太はソファに携帯電話を投げて、ため息をついた。
 圭太の実家は代々続く金融会社で、金を貸して利息でもうけているのだ。払えない奴には力付くで払わせる。つまりヤクザと変わらないやり方だった。というか、ヤクザなのだろう。小さい頃の圭太がよく目にしていたのは、サングラスをかけたスキンヘッドの男が、父親にみっともなく頭を下げている姿だった。
 他に兄弟がいたし、兄の嫁もその道の人だ。だから圭太にはその道に入らせることはなかったのだが、「ヒジカタコーヒー」もまたヤクザの関連だと言うことを知って、やっぱり自分はここから抜けられないと半分諦めていたのだ。
「新山君の家ってヤクザなんでしょう?怖いねぇ。」
 学生の時にそうやって噂をされたことがある。だがそんな声はずっと無視をしていた。事実だし、怖いと思うなら勝手に怖がっていればいいと思っていた。
 だがそんなことを気にしないで、小さい頃から仲良くしていた男がいた。それが神木という男だったのだ。大学まで一緒にいたし、学部もサークルも一緒だったが、就職した資産運用会社で軽い鬱になったらしく、大学の時から付き合っていた女性と結婚を機に田舎に引きこもったのだという。
 今でも繋がりはあって、たまに野菜が送られてくる。代わりに響子の焙煎したコーヒー豆や真二郎が焼いた焼き菓子を送ることも忘れない。神木にとって農業は天職だったのかもしれない。そう思いながら、冷蔵庫に入っているまだ残っている野菜を目にしていた。
「何か食うか。」
 腹は減った。ビールだけでは腹は満たされないだろう。そう思いながら、卵チャーハンを作ろうと冷凍していたご飯を取り出す。
 その前に一件、連絡をしないといけないところがあった。そう思ってソファに近づいて携帯電話を手にする。だがそれを手にしてふと思い出した。
「そうだっけ……今仕事中かな。」
 カフェの仕事が終わって、ウリセンの仕事へ行ったと言っていた。時計を見て、まだ仕事中だろうと思い立ちまずは響子に連絡をしてみようと携帯電話のメモリーを呼び出す。
「あーもしもし?起きてた?悪いな。ちょっと相談があるんだけど。」
 響子の家は繁華街の中にある。一階は大人のおもちゃやソフトが売っている店。二階はイメージクラブだった。繁華街の中でもあまり柄がいいところではない。場所によっては居酒屋やバーがあるところだが、奥まっているところにはソープランドなどの風俗店、半裸の女性が接客をするクラブなどがあるのだ。
 そこは夜が稼ぎ時で三階以降の住居スペースは割と静かだ。電飾が眩しいが遮光カーテンをつけていれば気にならない。なのに家賃は格安だった。そこが響子が気に入ったところでもある。
「コーヒーを?」
 どうやら圭太の身内が結婚式をするので、ウェディングケーキとそれに合わせたコーヒーを入れて欲しいと申し出てきたのだ。
「うん……いつ?あぁ……で、打ち合わせには来てくれるの?それともそのホテルだか、結婚式の会場だかに行かないといけないのかしら。」
 圭太のことはあまりわからない。だが身内だからと言って手を抜きたくなかった。だがウェディングケーキの打ち合わせというのは、少し引っかかる。何せ真二郎は女性が怖いのだ。あの容姿だから黙っていても女がついてきそうだが、小さい頃から常に響子の後ろに隠れている。その理由はわからないでもない。
「わかったわ。今度私たちもそのホテルへ行けばいいのね。そうね。食事との折り合いもあるでしょうし。」
 そう言って響子は電話を切る。そして目の前の食事に箸をつけた。鶏のもも肉を朝つけ込んでいたものを焼いたもの。それに併せて野菜を炒めたものを食事にしている。普段の食事には気を使う。手は込んでいないが、なるべく何でも食べるようにしていた。そうしないと体が資本で、体を壊したりすれば食いっぱぐれるのは自分だ。
 そして食事を終えると、風呂にはいる。湯船をためてゆっくりと体を温めるのも、自分の中の免疫を高めるため。
 健康は全てではないが、健康ではないと何も出来ないと言うことは身にしみてわかっていた。そのとき玄関のドアが開いた。そして少しすると脱衣所のドアが開く。
「ただいま。」
「お帰り。ご飯は?」
「あっちでご馳走になったよ。俺の分、残してくれてた?」
「かまわないわ。明日のお弁当にするから。」
「俺の分でいいよ。」
「男がまめに弁当なんか持ってくると変に思われるわ。辞めておきなさいよ。」
 響子はそう言うところも気がつく女だ。湯船からあがると、風呂場をでて脱衣所へ向かう。するともう男の姿はない。体を拭いて部屋着に着替えると、髪をドライヤーで乾かした。
 そして風呂場をあとにするとリビングへやってくる。
「お帰り。」
「ただいま。」
 キッチンで米をといでいたのは、真二郎だった。明日の分のご飯を炊くためらしい。
「お客さんは何を食べさせてくれたの?」
「焼き肉。」
「その割には匂いがないわね。」
「ホテルにそのあと行ったから。でも焼き肉って、もう胃がもたれてくるよ。歳かな。」
「若いつもりでも三十だもんね。」
「二つしか違わないのに。」
 少し響子は笑うと、冷蔵庫からレモンを採りだした。そしてそれを絞り始める。
「レモネード?」
「ホットね。」
「俺の分も入れてくれる?」
「いいわよ。」
 といだ米を炊飯器にセットすると、カップを用意した。蜂蜜や砂糖を加えて、お湯を注ぐとレモンのいい香りがした。
 二人がこうして同居生活を始めたのは一年ほど前だった。
 真二郎が男の元に転がり込んで同居していたが、ある日、真二郎の荷物も男の荷物も一切合切無くなっていたのだ。あとで聞くと、男には借金があり夜逃げしたのだという。真二郎も逃げるように部屋を出て、たどり着いたのが響子の家だった。響子もすでに親元を離れていたし、この部屋は一人で住むには少し広すぎると思っていたところなので、ちょうど良かった。何より真二郎だから、信用も出来る。
 だが倫子はそのとき二つほど条件を出した。
 一つは、家賃を折半すること。もう一つはセックスをしないこと。
 ゲイなのだから響子に興味がないのはわかっているが、何があるのかわからない。だから一応釘を差しておいたのだ。響子はどちらにしてもあまりセックスにいいイメージはないし、真二郎もその条件ならと言って同居を始めたのだ。
 真二郎の気持ちも知らないで。
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