或る殺人者が愛した人

神崎

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葬式 の 形見分け

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 警察官の妻になるということは、こういうことがあり得るということを覚悟しないといけなかったのかもしれない。伊勢さんはそれをずっと私に言っていた。それでなくても伊勢さんとは10の歳の差がある。きっと死ぬのは伊勢さんの方が先だと、それまで一緒にいてくれないかと抱きしめてくれたのが嘘のようだった。
 お葬式に行くべきかどうか迷ったが、結局行くことにした。伊勢さんの母親からは怒鳴られるだろうと覚悟しながら。
 葬儀場には花輪が沢山飾られていた。それはきっと伊勢さんが殉職したからだろう。
 焼香を終え、車いすに座ったお母さんと、その隣には内海さんの姿があった。お母さんは私の姿を見て、ぎっと睨んでいたようだったが内海さんからたしなめられていたように見える。
 そしてその場から立ち去ろうとしたときだった。
「佐藤さん。」
 声をかけられて、私は振り返った。そこには内海さんの姿があった。
「これを渡しておこう。」
 肉厚の手から渡されたのは、重みのある鉄の塊だった。小さいものでまるで潰れたキャンディのような形をしている。
「これは?」
「伊勢の体内から発見された弾丸の一つだ。これが致命傷になったと思われる。」
「…。」
「いらないと言うならこちらで処分するが。」
「いいえ。いただきます。」
 こんな小さな鉄の塊が、伊勢さんの命を奪ったのだ。なんて残酷なのだろう。
「…佐藤さん。酷かもしれないが君はまだ若い。君の側には君を守ってくれる人が…。」
「内海さん。」
 一生懸命励まそうとしている内海さんの言葉は、私の心に届くことはなかった。それどころか私はその弾丸を見て、違和感を感じていた。
「ヤクザ同士の抗争に巻き込まれたんですよね。伊勢さんは。」
「あぁ。」
 その鉄の塊を私は手の中で転がす。そしてそれをつまみ上げる。
「その組織は、単発式の拳銃を持っていたのでしょうか。」
「…は?」
「昔桐が書いた本で、銃の話がありました。その影響で私もそのことについて調べていたことがありますが、この玉は単発式ですね。」
「貸してもらえるだろうか。」
 そういって内海さんは私の手から玉を取った。
「線状痕を調べよう。もしかしたら逮捕された男たちが持っていた銃とはまた別のモノかもしれない。」
「…。」
「大丈夫だ。この玉はきっちり君の手に戻るように手配をするから。」
「わかりました。よろしくお願いします。」
 誰が殺したなんてどうでもいい。
 誰が捕まってもかまわない。
 そんなことをしても伊勢さんは戻ってこないのだ。
 夜の道を歩きながら、私はバックに入っていた婚姻届を取り出した。これを出すことはもう無くなったのだ。でも私はそれを捨てる気にはなれない。差し替えられた左指の指輪も外したくなかった。
 あなたからもらったモノはたくさんあるのに、私は何も返せなかった。いつでも頼ってばかりだったし、守ってもらってばかりだった。
「笙さん…。」
 枯れていた涙が、また出てくるようだった。瞳にたまり、前が滲んで見える。

 家に帰ってくると、玄関先に見覚えのある車が停まっていた。赤い車は、きっと成のモノだ。
「…。」
 車の窓をぽんと叩くと、そこには予想通り成と桐がいた。
「帰ってきたか。」
「待ってたの?」
「あぁ。たぶん葬式に行っているだろうと思ってな。」
「…慰めに来たの?」
「それもあるし、ちょっと話もある。桐は取りに来たい荷物があるからって。」
「そう。入る?」
 そういって私は、家の鍵を開けた。電気をつけてストーブに火をつける。
「お茶でも?」
「あぁ。桐は?」
「荷物、取ってくる。資料が欲しいから。」
 桐は淡々とそういって、廊下に出て行った。居間には成と、私だけになった。私はどんな表情をしていたのだろう。そしてどんな表情で、成は私を見ていたのだろう。
 お互いを見る余裕がないほど、私たちはせっぱ詰まっていたのかもしれない。
「伊勢さんは…。」
 急に話を聞りだした。本当にいきなりで、私は手に持っていたお茶をこぼしそうになる。
「…何?」
「遅かれ早かれ、こういうことになると僕は思っていたよ。」
「どうして?」
「深いところまで知りすぎたんだよ。」
「…それは仕事のこと?それとも…。」
「君の事件のこともさ。」
 お茶を成の前に置き、コーヒーを空いている桐のところに置いた。
「私の両親が殺された事件のこと?」
「あぁ。きっと…ね。犯人の目星はついていた。」
「…。」
「だから消された。僕はそう思うけどね。」
「成…あなたもそれを知っているの?」
「…。」
 そのとき部屋に桐が戻ってきた。手には薄いファイルが握られていた。
「やっと見つかった。」
 そういって彼はこたつにはいる。そしてそのファイルを私に差し出した。
「これやるよ。」
「何?」
 そのファイルには1枚の紙しか挟まっていなかった。それを私は取り出し広げてみる。
「これは…。」
「向こうに知り合いがいて、その資料をデーターで送って欲しいってお願いしていたのを忘れていた。こっちのパソコンに送られてたんだと思って。」
 それはいつか伊勢さんが持ってきた、戸口三郎に送られた手紙の原文だった。
「コピーのコピーみたいね。」
「あぁ。でも筆跡はわかる。見覚えがあるんじゃないのか。」
 ある。どこで…見たのだろう。
 私は、それを思い出していた。そしてついに気がついた。その人のことを。
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