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死 を 選ぶ
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成はそのまま私の家に送ってくれた。すでに日付が変わっている時間で、寒さはピークに達していたように感じる。
「ありがとう。」
「うん。じゃあ、また。」
普段ならなりに「家でお茶でも」なんて言って上がらせるのだろうが、今はそんな気になれないし、そんな仲でもなくなったのだ。
車を降りて、玄関をみる。そこには人影があった。背の高い男の影。
「伊勢さん…。」
すると彼は私に近づいて、両手でぽんと私の顔を挟むように叩いた。
「心配したんだぞ。電話も繋がらないし。」
「電池が切れていたんです。ごめんなさい。」
すると彼の視線が私の後ろに向かう。
「…君は…。」
車のドアが閉まる音がした。まだ成は帰っていなかったのだ。
「成…。」
「どうして君が依さんを送ってきたんだ。」
成は薄く笑っていた。私にはそう見える。そのまま私たちの方に近づいてきた。
「お言葉だね。依は繁華街で危ない目に遭っていたんだ。たまたま僕が通りかかって送ってあげたんだ。感謝されることはあっても、そんなに攻められることはないと思うけど。」
「…。」
伊勢さんがこちらを見ている。しかし何でそんなところにいたのかなど、彼は聞くことはなかった。
「そうか。だったら世話になったと、礼だけは言っておこう。」
「あんたが両親のことで手一杯になってたから、依も手伝ってあげようと思ってたのにな。」
「成。そのことは…。」
成の次の言葉を止めようとした。しかし先に伊勢さんが私に問いかける。
「依さん。君は、今日病院に?」
「…えぇ。」
「母との会話を聞いていたのか。」
「…ごめんなさい。」
彼は少しため息をついた。そして私を家にはいるように促した。
「君は中に入っていて。明日は休みだろう。少し話もしたい。」
「伊勢さんは?」
「少し成君と話がある。」
そんな横顔を見たことがない。いつもの伊勢さんじゃない。私に向けられていたあの優しい顔はなかった。
スーツを脱ぐこともなく、私はずっとその部屋の中にいた。寒い部屋の中で、伊勢さんが入ってくるのを待っている。
安っぽい女。その上私の周りには、「死ぬ」人が多いそんな女。
私はあのとき、繁華街で男を漁りに行ったわけじゃない。だったら何だ。私は、あのとききっと「死に場所」を探しに行ったのだと思う。そして、ここでも「死ぬ」ことは許されるのだ。
私はここで父と母が死んだのを見送った。私もそれについて行ってもいいのではないか。
立ち上がると、私は台所へ向かう。そこの引き出しには母が使っていたよく手入れされた包丁があった。
切れ味のいい包丁で自分でも研ぐけれど、年に数回金物屋さんで研いでもらうのだ。もうすぐ研ぎに出す時期ではあるけれど、まだ切れ味が悪いわけではない。
きらりと刃物特有の光をたたえた包丁。私はそれを握る手に力が入る。
「何をしている!」
その包丁を持つ手を叩かれる。衝撃で私はその包丁を離し、床に落としてしまった。
「死なせて…。」
すると彼は私を自分の正面に向かせる。そのときやっと伊勢さんの表情を見ることができた。それは絶望しているような悲しいような、そんな表情だった。
幻滅してしまったのかもしれない。こんな弱い女で。
「死ぬことなど許されるわけがないだろう。少なくともワタシが許さない。」
「…。」
「君にできるのは、君の周りで死んだ人のために生きることではないのか。」
「…。」
枯れていた涙が止めどなく溢れてくる。
「ワタシは何があっても君を守る。それはずっと言っていただろう。」
「…えぇ…でも誰も私たちのことを祝福はしてくれないですね。」
「母の言っていることを気にしているのか。」
正直、その通りだった。でもお母さんが言っていることはすべて正しいのだ。伊勢さんは私に現実を見せないようにし向けているのかもしれない。だけど、それが現実。
「母は父があのような状況になったのを君のせいだと思いこんでいる。確かにそれは事実だ。しかしどうして君のせいだと思っているのかわかっているのか。」
確かに不自然だ。どうして数度しか会ったことのない私の両親の事件を追っていたと言うだけで、私を責めているのだろう。
「父は、ワタシにこれを残したかったと言っていた。君には見る権利があるだろう。」
そう言って伊勢さんは私に一通の封書を手渡した。
「…これは…。」
それは両親を殺した犯人である「戸口三郎」に宛てられた手紙だった。差出人の名前は書いていない。
封書の中には、綺麗な文字が並んでいたようだった。手書きの用だったが、海に落ちていたのでほとんど読めなかった。かすかにわかる文字は日付くらいだった。
「この日…。」
それは私の両親が殺された日だった。
「どうやら、戸口に指示を出していた人間は、ワタシの両親たちが移住した土地でこの手紙を書いていたらしい。確かに戸口は同じ文面の封書を持っていた。しかしそれは機械で書かれたものだった。」
「…これは手書きですね。」
「下書きということになる。だが、海に濡れてこの手紙は効力がないだろう。」
「でも…。」
私はこの文字をどこかで見たことがある。昔ではない。つい最近のことだ。どこで見たのだろう。わからない。
「ありがとう。」
「うん。じゃあ、また。」
普段ならなりに「家でお茶でも」なんて言って上がらせるのだろうが、今はそんな気になれないし、そんな仲でもなくなったのだ。
車を降りて、玄関をみる。そこには人影があった。背の高い男の影。
「伊勢さん…。」
すると彼は私に近づいて、両手でぽんと私の顔を挟むように叩いた。
「心配したんだぞ。電話も繋がらないし。」
「電池が切れていたんです。ごめんなさい。」
すると彼の視線が私の後ろに向かう。
「…君は…。」
車のドアが閉まる音がした。まだ成は帰っていなかったのだ。
「成…。」
「どうして君が依さんを送ってきたんだ。」
成は薄く笑っていた。私にはそう見える。そのまま私たちの方に近づいてきた。
「お言葉だね。依は繁華街で危ない目に遭っていたんだ。たまたま僕が通りかかって送ってあげたんだ。感謝されることはあっても、そんなに攻められることはないと思うけど。」
「…。」
伊勢さんがこちらを見ている。しかし何でそんなところにいたのかなど、彼は聞くことはなかった。
「そうか。だったら世話になったと、礼だけは言っておこう。」
「あんたが両親のことで手一杯になってたから、依も手伝ってあげようと思ってたのにな。」
「成。そのことは…。」
成の次の言葉を止めようとした。しかし先に伊勢さんが私に問いかける。
「依さん。君は、今日病院に?」
「…えぇ。」
「母との会話を聞いていたのか。」
「…ごめんなさい。」
彼は少しため息をついた。そして私を家にはいるように促した。
「君は中に入っていて。明日は休みだろう。少し話もしたい。」
「伊勢さんは?」
「少し成君と話がある。」
そんな横顔を見たことがない。いつもの伊勢さんじゃない。私に向けられていたあの優しい顔はなかった。
スーツを脱ぐこともなく、私はずっとその部屋の中にいた。寒い部屋の中で、伊勢さんが入ってくるのを待っている。
安っぽい女。その上私の周りには、「死ぬ」人が多いそんな女。
私はあのとき、繁華街で男を漁りに行ったわけじゃない。だったら何だ。私は、あのとききっと「死に場所」を探しに行ったのだと思う。そして、ここでも「死ぬ」ことは許されるのだ。
私はここで父と母が死んだのを見送った。私もそれについて行ってもいいのではないか。
立ち上がると、私は台所へ向かう。そこの引き出しには母が使っていたよく手入れされた包丁があった。
切れ味のいい包丁で自分でも研ぐけれど、年に数回金物屋さんで研いでもらうのだ。もうすぐ研ぎに出す時期ではあるけれど、まだ切れ味が悪いわけではない。
きらりと刃物特有の光をたたえた包丁。私はそれを握る手に力が入る。
「何をしている!」
その包丁を持つ手を叩かれる。衝撃で私はその包丁を離し、床に落としてしまった。
「死なせて…。」
すると彼は私を自分の正面に向かせる。そのときやっと伊勢さんの表情を見ることができた。それは絶望しているような悲しいような、そんな表情だった。
幻滅してしまったのかもしれない。こんな弱い女で。
「死ぬことなど許されるわけがないだろう。少なくともワタシが許さない。」
「…。」
「君にできるのは、君の周りで死んだ人のために生きることではないのか。」
「…。」
枯れていた涙が止めどなく溢れてくる。
「ワタシは何があっても君を守る。それはずっと言っていただろう。」
「…えぇ…でも誰も私たちのことを祝福はしてくれないですね。」
「母の言っていることを気にしているのか。」
正直、その通りだった。でもお母さんが言っていることはすべて正しいのだ。伊勢さんは私に現実を見せないようにし向けているのかもしれない。だけど、それが現実。
「母は父があのような状況になったのを君のせいだと思いこんでいる。確かにそれは事実だ。しかしどうして君のせいだと思っているのかわかっているのか。」
確かに不自然だ。どうして数度しか会ったことのない私の両親の事件を追っていたと言うだけで、私を責めているのだろう。
「父は、ワタシにこれを残したかったと言っていた。君には見る権利があるだろう。」
そう言って伊勢さんは私に一通の封書を手渡した。
「…これは…。」
それは両親を殺した犯人である「戸口三郎」に宛てられた手紙だった。差出人の名前は書いていない。
封書の中には、綺麗な文字が並んでいたようだった。手書きの用だったが、海に落ちていたのでほとんど読めなかった。かすかにわかる文字は日付くらいだった。
「この日…。」
それは私の両親が殺された日だった。
「どうやら、戸口に指示を出していた人間は、ワタシの両親たちが移住した土地でこの手紙を書いていたらしい。確かに戸口は同じ文面の封書を持っていた。しかしそれは機械で書かれたものだった。」
「…これは手書きですね。」
「下書きということになる。だが、海に濡れてこの手紙は効力がないだろう。」
「でも…。」
私はこの文字をどこかで見たことがある。昔ではない。つい最近のことだ。どこで見たのだろう。わからない。
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