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残酷 な 再会
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机の上に一枚の紙がある。それを役所に届ければ、私は晴れて「伊勢依」になるのだ。それがくすぐったくて、それでも嬉しいと思えるのは、伊勢さんをずっと心の中に思っていたからかもしれない。
「若い女が好きだから、お前に近づいた。老いればお前は捨てられる。」
桐はそうずっといっていた。
「君の両親が殺された事件をずっと追っている警察官だろう。その事件が解決すれば、君に振り向いたりはしないはずだ。」
成までそう言ってその結婚を止めようとしていたのは知っている。しかし私は、それを止められなかった。
妻になる人の欄に自分の名前、そして本籍地などを書く。
両親はいない。養父母も死んだ。
天涯孤独な私に、よく伊勢さんは手をさしのべてきたものだ。そう私は感心していた。
おそらく成なら、あの父親が反対するだろう。人のいうことをすべて反対する父親。きっとあの父親に成は押さえつけられながら、生きてきたのだ。そこは同情する。
でも成とも桐とも一緒になることはない。私が一緒になりたいと思ったのは一人だけだから。
紙を封筒に入れて、鞄に入れた。何をしていても仕事はやってくるのだ。今日、私は仕事を終えたら、ある人に会わなければいけない。
それは伊勢さんの両親だった。
伊勢さんの父親には久しぶりに会う。私の両親が殺された事件をずっと追っていた警察官だった。時効が来てもこっそりと調べていた為、家庭を顧みることがなかった。そう言う真面目なところは、笙さんに似ているのかもしれない。
だからこそ、退職をして時間にも金銭的にも余裕ができた伊勢さんの両親は、そのお金を持って海外に移住した。
そんな両親が今日一時帰国をする。到着は夜。それを二人で迎えに行こうと、誘われたのだ。そして両親の許しを得て初めて、私たちはこの鞄に入っている届けを役所に出そう。そう誘われたのだ。
今日は二重の緊張がある。
反対はされない。小さな頃からよく知っている人だ。だけど普段会うのとはまた違う緊張感におそわれる。
そのせいか仕事は慎ましく終えた気がするが、食事は喉を通らなかった。
そして18時。少しの残業をして、私は仕事場を出る。
向かいの喫茶店でいつものように伊勢さんと待ち合わせをした。
それからタクシーに乗り、空港へ向かった。
「混んでいるな。」
空港までの道のりは、全く動かないくらい車が多い。タクシーの中の時計をみる。予定だったらもう飛行機が到着していてもおかしくない時間だ。
「連絡をした方がいいんじゃないの?」
「そうだな。」
そう言って伊勢さんは携帯電話を取り出した。そのときだった。
「事故か。」
タクシーの運転手がラジオの音に耳を澄ましている。
「伊勢さん…。」
電話をしようとしていた伊勢さんも、それを止めてラジオに耳を傾けた。
「今日、20時10分到着予定の○○国発、旅客機○○○便がフライト中に急に爆発、炎上。乗客の生死は未だ不明のままです。」
「このせいか…。」
タクシーの運転手がぽつりとつぶやいた。おそらくこの渋滞はその為なのだろうと思ったのだ。
「お父様って…。」
「あぁ。やはり一刻も早く到着しなければいけないな。運転手さん。どれくらいで空港に着くだろうか。」
「まだかかりますよ。事故だったら…。」
「依さん。」
「はい。」
「仕事で足は疲れているだろうか。」
「いいえ。座り仕事が増えましたしね。」
「では。運転手さん。ここで結構です。」
「え?お客さん?」
「歩いた方が早く着くかもしれない。」
「しかしですね…。」
「両親の生き死にが関わっているのです。いいから精算をお願いします。」
やや強引に、伊勢さんはタクシーに料金を払い、私たちは外に出た。しかし予想外にも、そう言う人は多かったらしく、歩道には数人の人がいる。
「さぁ。行こう。」
伊勢さんの顔色が悪い。両親のことになっているからかもしれない。それに焦っている。
「伊勢さん。」
私はそのとき初めて、外で彼の手を握った。その手はややしっとりしていて、温かかった。
「依さん…。」
私のその真意がわかったのだろう。彼は僅かにほほえみ、私の手を握り返して歩いていった。
焦っても何も変わらない。事実しかないのだから。
やっと空港にたどり着いたが、その空港内もごった返していた。おそらく私たちのように乗客の安否を確認したい人たちばかりなのだろう。
やがてやっと到着ゲートから、数人の人たちが降りてきた。その中に伊勢さんの両親の姿はない。
「くそっ。」
そして時間は刻々と過ぎ、日付が変わろうとしたそのときだった。
「最後の乗客です。」
そう言われて、伊勢さんはじっとその到着ゲートを見た。そこに現れたのは担架に乗せられた一人の男だった。
「お父さん!」
その後ろには車いすに乗せられた女の人がいた。
「お母さん!」
何も考えていないただ事実を伝えるだけのメディアのフラッシュの光の中、両親はどんどんと運ばれていった。
「若い女が好きだから、お前に近づいた。老いればお前は捨てられる。」
桐はそうずっといっていた。
「君の両親が殺された事件をずっと追っている警察官だろう。その事件が解決すれば、君に振り向いたりはしないはずだ。」
成までそう言ってその結婚を止めようとしていたのは知っている。しかし私は、それを止められなかった。
妻になる人の欄に自分の名前、そして本籍地などを書く。
両親はいない。養父母も死んだ。
天涯孤独な私に、よく伊勢さんは手をさしのべてきたものだ。そう私は感心していた。
おそらく成なら、あの父親が反対するだろう。人のいうことをすべて反対する父親。きっとあの父親に成は押さえつけられながら、生きてきたのだ。そこは同情する。
でも成とも桐とも一緒になることはない。私が一緒になりたいと思ったのは一人だけだから。
紙を封筒に入れて、鞄に入れた。何をしていても仕事はやってくるのだ。今日、私は仕事を終えたら、ある人に会わなければいけない。
それは伊勢さんの両親だった。
伊勢さんの父親には久しぶりに会う。私の両親が殺された事件をずっと追っていた警察官だった。時効が来てもこっそりと調べていた為、家庭を顧みることがなかった。そう言う真面目なところは、笙さんに似ているのかもしれない。
だからこそ、退職をして時間にも金銭的にも余裕ができた伊勢さんの両親は、そのお金を持って海外に移住した。
そんな両親が今日一時帰国をする。到着は夜。それを二人で迎えに行こうと、誘われたのだ。そして両親の許しを得て初めて、私たちはこの鞄に入っている届けを役所に出そう。そう誘われたのだ。
今日は二重の緊張がある。
反対はされない。小さな頃からよく知っている人だ。だけど普段会うのとはまた違う緊張感におそわれる。
そのせいか仕事は慎ましく終えた気がするが、食事は喉を通らなかった。
そして18時。少しの残業をして、私は仕事場を出る。
向かいの喫茶店でいつものように伊勢さんと待ち合わせをした。
それからタクシーに乗り、空港へ向かった。
「混んでいるな。」
空港までの道のりは、全く動かないくらい車が多い。タクシーの中の時計をみる。予定だったらもう飛行機が到着していてもおかしくない時間だ。
「連絡をした方がいいんじゃないの?」
「そうだな。」
そう言って伊勢さんは携帯電話を取り出した。そのときだった。
「事故か。」
タクシーの運転手がラジオの音に耳を澄ましている。
「伊勢さん…。」
電話をしようとしていた伊勢さんも、それを止めてラジオに耳を傾けた。
「今日、20時10分到着予定の○○国発、旅客機○○○便がフライト中に急に爆発、炎上。乗客の生死は未だ不明のままです。」
「このせいか…。」
タクシーの運転手がぽつりとつぶやいた。おそらくこの渋滞はその為なのだろうと思ったのだ。
「お父様って…。」
「あぁ。やはり一刻も早く到着しなければいけないな。運転手さん。どれくらいで空港に着くだろうか。」
「まだかかりますよ。事故だったら…。」
「依さん。」
「はい。」
「仕事で足は疲れているだろうか。」
「いいえ。座り仕事が増えましたしね。」
「では。運転手さん。ここで結構です。」
「え?お客さん?」
「歩いた方が早く着くかもしれない。」
「しかしですね…。」
「両親の生き死にが関わっているのです。いいから精算をお願いします。」
やや強引に、伊勢さんはタクシーに料金を払い、私たちは外に出た。しかし予想外にも、そう言う人は多かったらしく、歩道には数人の人がいる。
「さぁ。行こう。」
伊勢さんの顔色が悪い。両親のことになっているからかもしれない。それに焦っている。
「伊勢さん。」
私はそのとき初めて、外で彼の手を握った。その手はややしっとりしていて、温かかった。
「依さん…。」
私のその真意がわかったのだろう。彼は僅かにほほえみ、私の手を握り返して歩いていった。
焦っても何も変わらない。事実しかないのだから。
やっと空港にたどり着いたが、その空港内もごった返していた。おそらく私たちのように乗客の安否を確認したい人たちばかりなのだろう。
やがてやっと到着ゲートから、数人の人たちが降りてきた。その中に伊勢さんの両親の姿はない。
「くそっ。」
そして時間は刻々と過ぎ、日付が変わろうとしたそのときだった。
「最後の乗客です。」
そう言われて、伊勢さんはじっとその到着ゲートを見た。そこに現れたのは担架に乗せられた一人の男だった。
「お父さん!」
その後ろには車いすに乗せられた女の人がいた。
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