或る殺人者が愛した人

神崎

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繋がり は 偶然

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 警察にある資料室。その中の一つにワタシは手を伸ばした。段ボール一箱分の資料を手にして、その中を探る。もちろん証拠はこれだけではないのは知っている。別に保管されている証拠品は段ボール数箱分にも及ぶ。
 その資料の中で気になるところがあったのだ。

「人物概要」
 被害者
 高橋恵 31歳 男性 職業 小林出版 女性向け文芸雑誌「恋愛白書」の副編集長
 高橋志穂 29歳 女性 職業 主婦 ただし独身時は小林出版にて校閲に勤務

 小林出版とは今はない出版社だ。小林出版は10年ほど前に、依が現在努めている出版社と合併したのだ。それからまた時はたち、今度は小林グループがその出版社を吸収合併した。
 紙の本が売れない時代だ。これからあの人がどう動かしていくかはわからない。
 だが気になるのは、どちらも「小林出版」に努めていたこと。そしてその小林出版の経営者は「小林武蔵」。小林成の実の父親だった。
 そして高橋恵の唯一の担当作家は「中村仁」。
 偶然だろうか。
 おそらく依と成、そして桐は孤児院で初めて会っているが、彼らは出会う前から繋がりがあった。
 偶然を装い、彼らは出会っていた。どうしてそんなまどろっこしいことを?
 わからない。すべては死人にくちなしなのだ。

 家に帰り簡単に食事をすませると、風呂にはいる。桐がいればお風呂をためてもらっていたけれど、今は一人だ。簡単にシャワーですませることもあったけれど、今日は寒い日だ。ゆっくり湯船につかろう。
 お風呂に浸かっていると、思い出したくないことまで思い出してしまう。人を上からでしか見たことの無いような人のこと。
 昼間にやってきた小林グループの総裁。私を現在の雑誌から移動させようとしてきた。あぁいう人を押しつけたようなモノの言い方をする人を、昔一度だけ見たことがある。
 それはまだ母と父が生きていた頃のことだった。
 暑い夏の日。私は、祖母につれられて住んでいたところよりももっと遠くの町にあるデパートへやってきたのだ。
 お子さまランチを食べて、テレビのCMで見た栗色の髪を持つ人形を買ってもらったのだ。とても嬉しくて、母に見てもらおうと思っていたのだ。
 ところが帰ってくると、私はその光景を忘れたことがなかった。
 市営住宅の一室だった私の家。居間のいすは倒され、ソファもすべてが切り裂かれていた。本好きな両親が集めていた本もすべて切り裂かれていたのだ。
「お母さん。おかあさーん。」
 お母さんを呼ぶ。すると奥のベッドルームから、一人の男がやってきた。それは背が高くてギロリとこちらを見下ろしていた。
 その目を忘れられない。
 今日やってきたあの小林グループの総裁。あんな人の目だった。

 お風呂からあがり、部屋着に着替えた私は自分の部屋に戻ろうとした。そのとき、玄関のチャイムが鳴る。
「はい。」
 引き戸を開けると、そこには伊勢さんの姿があった。
「笙さん。」
「開けていいだろうか。結構寒くてね。」
「はい。どうぞ。お茶でも入れましょうか。」
 部屋は暖房を効かせている。たぶん大丈夫だ。
 部屋にあげると、私は台所へ行ってお茶を2つ入れる。そしてそれをお盆に乗せると、自分の部屋に戻っていった。
「どうしたんですか。こんな時間に。」
「こんな時間じゃないと、時間がとれなくてね。」
「…。」
「会いたかった。ずっと会えていなかったからね。」
「嘘でも嬉しいですよ。」
 そういってそのお茶をローテーブルの上に置く。
「嘘ではないよ。」
「それが理由の一つだと言うことはわかりますが、それ以上に何かあるのでしょう。」
「君には適わないな。」
 お茶を飲みながら、彼は私の方をみる。
「君は実の両親と5歳までずっと一緒にいた。幼い頃だから覚えていないだろうが、君の家には「お客さん」だという人はしょっちゅう来ていたのだろうか。」
「そうですね。父は本を作る編集者でしたが、死ぬ間際は副編集長でしたし、担当している作家は数少なかったです。それでも担当者をしていたときの作家先生が、年始や年末に挨拶に見えていました。」
「そうか。」
 だったらもしかしたらその中に中村仁の姿もあったかもしれない。
「笙さん?」
「いいや。可能性の一つだ。」
 中村仁は売れっ子の作家だった。映画化されたり、アニメ化されているモノもいくつかある。金に不自由はしていなかっただろう。
 しかし中村仁はもうこの世にはいない。そんな人が後進国に送金したりするだろうか。人に頼んで殺したりするだろうか。
「笙さん。」
「はっ。依さん。すまない。」
「眠っていたわけじゃないんですよね。」
「ワタシは眠っているとき目を開けているだろうか。」
「いいえ。気にしたことはありませんよ。」
「そうか。なら良かった。」
「コートを脱ぎますか。暖房結構効いていると思うんですけど…。」
 来たままのコートを私は受け取り、ハンガーに掛けようとしたときだった。はらりと一枚の紙がコートの下に落ちた。
「笙さん。何か落ちました。」
 綺麗に畳まれた紙。そしてそれを彼に渡そうとした。しかし彼は少し微笑んだ。
「あぁ。それは君に渡そうとしていたんだよ。」
「私に?」
「開けてみるといい。」
 それを開けてみる。するとそこには緑色の沸くと文字でかかれた一枚の紙があった。
「必要事項を書いてくれないか。」
「…笙さん。」
 そういって彼は立ち上がり、私の手を握る。
「結婚してくれないだろうか。」
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