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痴漢の撃退 と 挑発
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会社を出たのは、残業をした20時過ぎ。結局神谷先生の連載は、作品を変えて継続されることや、桐の作品もソフトなものに変わることでいろんな説明をするのに時間がかかったのだ。
それと平行してこれから出る最新号のレイアウトや構成など、普段やることが多かったため、残業をする時期でもないのに残業をしてしまったのだ。
それでも私は早く帰れた方なのかもしれない。隣の席の久保さんは、スポンサーに話をするためと言って、昼頃外に出ていったまままだ帰ってきてはいなかった。新婚だと行っていた久保さんは、身重の妻を気にかけることも今は許されないのかもしれない。
バスはまだ通っている。同じ方向へ向かう数人のビジネスマンたちと私はその列に並んだ。すると後ろにまた人が並んでくる。この時間でも人は多いのだろう。
「依。」
声をかけられて振り返る。そこには桐の姿があった。
「桐。」
いつもとは違う。古いコートと帽子ではなく、真新しいコートに身を包んでいた。
「どうしたの?こんなところで。」
「ほかの出版社からインタビューをしたいと言われて受けてきた。」
「珍しい。インタビューなんか受けたくないっていっていたのに。」
「お前のところでサイン会をしたときからだ。「東雲」じゃなく「中村桐」が気になるみたいだな。」
「…それって大丈夫なの?」
「え?」
「あなた言っていたわよね。あの若い頃、中村桐としてデビューした頃、「アイドル作家」っていわれるのをすごく嫌っていたのに。」
「…そうだな。詣でも俺も30代目前だ。アイドルなんて言われる歳じゃない。」
そんな話をしていると、バスがやってきた。それに乗り込もうとしたが、思ったよりもバスは混んでいた。座れる席はまるでなく、私たちはそのまま立ったまますぐそばにある棒に捕まりながら、バスは出発した。
「…。」
私のそばには桐がいる。まるでこのまま抱きしめられそうなくらい近い。だけど後ろを見ても、おじさんがやはり同じくらいの距離で立っている。身動きのとれないラッシュ時の電車のようだ。
「…!」
太股のところに最初は鞄が当たっているだけだと思った。しかしそれは徐々に指になる。そしてその指は1本から2本になり、やがて手のひらで太股に触れてきた。
そしてその手は徐々に上に上がっていく。
「…。」
私の様子がおかしいと思ったらしい。桐は私の肩を抱き、体をずらしてくれた。
しかしそれがその手にとって好都合だったのかもしれない。桐によってますます身動きがとれなくなった体に、また手が忍び寄ってくる。
「…や…。」
小さく反応した私の頬が、ますます青ざめていくのに桐は自分の鞄を私に持たせた。そして私の下腹部に手を入れる。
「おっさん。いい大人なんだから、痴漢なんかするんじゃねぇよ。警察突き出すぞ。」
わざと桐は大きな声で言ったのかもしれない。すると私の後ろにいたおじさんが、あわてたように弁解した。
「私が痴漢だって?言いがかりもいいところだ。」
「バスを出て証言しな。駅のそばに交番もあるしな。それにあんた、そのまま警察に連れて行けばこいつのスーツの繊維が手に着いているはずだ。それで言い逃れは出来ない。」
「…くっ!」
ちょうどバスが止まり、その人は脱兎のごとく走って去っていった。
「…桐…。」
「ふん。逃げるくらいなら触んなくてもいいのにな。」
「…ありがとう。」
「別に。あんな奴ら、仕事のネタにはいいけど実際やられているのを見ると腹が立つんだよ。」
まるで別人だ。
この間私に襲いかかってきたきりとは別人のように、そういうことに潔癖な彼がいる。
「あの…桐…。」
そのとき、後ろから声をかけられた。
「依さん。」
その声で私たちは振り返った。そこには伊勢さんの姿がある。まだ仕事中なのだろう。スーツ姿だった。
「伊勢さん。」
「今帰っているのか。」
「えぇ。バスで桐にあって。」
「そうか。桐君、久しぶりだね。」
桐は不機嫌そうに伊勢さんを見上げていた。
「伊勢さん。あんた忙しそうだな。」
「あぁ。殺人事件がたて続いてね。」
「だからってこいつに連絡取らなくていいのか。」
「…桐。」
「取られるぞ。」
桐はそういって伊勢さんを挑発していた。しかし伊勢さんは表情一つ変えない。
「ワタシはワタシで、依さんを大切にしているのだよ。確かに依さんにずっと付き添えるほど、ワタシは暇ではない。しかし依さんをずっとワタシは知っている。ワタシの手助けが無くても、強く一人ででも生きていけることを、ワタシは知っているのだから。」
その一言で桐はさらに不機嫌になったようだった。
まるでさっきの行動が、私を過保護にしたのではないかと思っていたのだろう。
「そのあんたの考え方、きっと後悔する。依はもう自分を支えているのは細い1本の糸でしかないのだって、あんたが気づかない限りね。」
「桐。どういうこと?」
すると彼は何も言わずに、その場を去っていった。
「…伊勢さん…。」
「…依さん。何かあったのか。」
「いいえ…。何もないですよ。」
伊勢さんは気がついているはずだ。あの日。私が伊勢さんの家で眠っていたことを。ベッドのシーツが微妙にずれていたことで、私がやってきていたことに気がついているはずだ。
しかし伊勢さんは何も聞かなかった。本当は何があったか聞きたいはずなのに。
「大人」だからとぐっと我慢していたのかもしれない。
「伊勢さん。今度…。」
「すまない。依さん。ゆっくり話している暇はなかったのだよ。」
「わかりました。すいません。仕事中に。」
「いいんだ。また連絡をする。」
そういって伊勢さんは私から離れていった。
それと平行してこれから出る最新号のレイアウトや構成など、普段やることが多かったため、残業をする時期でもないのに残業をしてしまったのだ。
それでも私は早く帰れた方なのかもしれない。隣の席の久保さんは、スポンサーに話をするためと言って、昼頃外に出ていったまままだ帰ってきてはいなかった。新婚だと行っていた久保さんは、身重の妻を気にかけることも今は許されないのかもしれない。
バスはまだ通っている。同じ方向へ向かう数人のビジネスマンたちと私はその列に並んだ。すると後ろにまた人が並んでくる。この時間でも人は多いのだろう。
「依。」
声をかけられて振り返る。そこには桐の姿があった。
「桐。」
いつもとは違う。古いコートと帽子ではなく、真新しいコートに身を包んでいた。
「どうしたの?こんなところで。」
「ほかの出版社からインタビューをしたいと言われて受けてきた。」
「珍しい。インタビューなんか受けたくないっていっていたのに。」
「お前のところでサイン会をしたときからだ。「東雲」じゃなく「中村桐」が気になるみたいだな。」
「…それって大丈夫なの?」
「え?」
「あなた言っていたわよね。あの若い頃、中村桐としてデビューした頃、「アイドル作家」っていわれるのをすごく嫌っていたのに。」
「…そうだな。詣でも俺も30代目前だ。アイドルなんて言われる歳じゃない。」
そんな話をしていると、バスがやってきた。それに乗り込もうとしたが、思ったよりもバスは混んでいた。座れる席はまるでなく、私たちはそのまま立ったまますぐそばにある棒に捕まりながら、バスは出発した。
「…。」
私のそばには桐がいる。まるでこのまま抱きしめられそうなくらい近い。だけど後ろを見ても、おじさんがやはり同じくらいの距離で立っている。身動きのとれないラッシュ時の電車のようだ。
「…!」
太股のところに最初は鞄が当たっているだけだと思った。しかしそれは徐々に指になる。そしてその指は1本から2本になり、やがて手のひらで太股に触れてきた。
そしてその手は徐々に上に上がっていく。
「…。」
私の様子がおかしいと思ったらしい。桐は私の肩を抱き、体をずらしてくれた。
しかしそれがその手にとって好都合だったのかもしれない。桐によってますます身動きがとれなくなった体に、また手が忍び寄ってくる。
「…や…。」
小さく反応した私の頬が、ますます青ざめていくのに桐は自分の鞄を私に持たせた。そして私の下腹部に手を入れる。
「おっさん。いい大人なんだから、痴漢なんかするんじゃねぇよ。警察突き出すぞ。」
わざと桐は大きな声で言ったのかもしれない。すると私の後ろにいたおじさんが、あわてたように弁解した。
「私が痴漢だって?言いがかりもいいところだ。」
「バスを出て証言しな。駅のそばに交番もあるしな。それにあんた、そのまま警察に連れて行けばこいつのスーツの繊維が手に着いているはずだ。それで言い逃れは出来ない。」
「…くっ!」
ちょうどバスが止まり、その人は脱兎のごとく走って去っていった。
「…桐…。」
「ふん。逃げるくらいなら触んなくてもいいのにな。」
「…ありがとう。」
「別に。あんな奴ら、仕事のネタにはいいけど実際やられているのを見ると腹が立つんだよ。」
まるで別人だ。
この間私に襲いかかってきたきりとは別人のように、そういうことに潔癖な彼がいる。
「あの…桐…。」
そのとき、後ろから声をかけられた。
「依さん。」
その声で私たちは振り返った。そこには伊勢さんの姿がある。まだ仕事中なのだろう。スーツ姿だった。
「伊勢さん。」
「今帰っているのか。」
「えぇ。バスで桐にあって。」
「そうか。桐君、久しぶりだね。」
桐は不機嫌そうに伊勢さんを見上げていた。
「伊勢さん。あんた忙しそうだな。」
「あぁ。殺人事件がたて続いてね。」
「だからってこいつに連絡取らなくていいのか。」
「…桐。」
「取られるぞ。」
桐はそういって伊勢さんを挑発していた。しかし伊勢さんは表情一つ変えない。
「ワタシはワタシで、依さんを大切にしているのだよ。確かに依さんにずっと付き添えるほど、ワタシは暇ではない。しかし依さんをずっとワタシは知っている。ワタシの手助けが無くても、強く一人ででも生きていけることを、ワタシは知っているのだから。」
その一言で桐はさらに不機嫌になったようだった。
まるでさっきの行動が、私を過保護にしたのではないかと思っていたのだろう。
「そのあんたの考え方、きっと後悔する。依はもう自分を支えているのは細い1本の糸でしかないのだって、あんたが気づかない限りね。」
「桐。どういうこと?」
すると彼は何も言わずに、その場を去っていった。
「…伊勢さん…。」
「…依さん。何かあったのか。」
「いいえ…。何もないですよ。」
伊勢さんは気がついているはずだ。あの日。私が伊勢さんの家で眠っていたことを。ベッドのシーツが微妙にずれていたことで、私がやってきていたことに気がついているはずだ。
しかし伊勢さんは何も聞かなかった。本当は何があったか聞きたいはずなのに。
「大人」だからとぐっと我慢していたのかもしれない。
「伊勢さん。今度…。」
「すまない。依さん。ゆっくり話している暇はなかったのだよ。」
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「いいんだ。また連絡をする。」
そういって伊勢さんは私から離れていった。
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