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会社 の 存在意義
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いつも外へ行っていた私が、オフィスにいることが多くなったことは異質だったのかもしれない。いつもは遠巻きに見ていた女性社員も、私の姿を見て何かこそこそと話しているようだった。トイレに行ったときなど、それが露骨にわかるときがある。
そんなことよりも今は警察の方が大変な騒ぎになっている。別フロアにいた週刊誌の記者たちが、警察の失態だとそれをかぎ回しているようだった。
「失態ね…。」
確かに失態だ。なんせ殺人犯で逮捕した男が取り調べ中に、隠し持っていた毒薬で死亡したのだから。
そこに私がいたことにより、その日は私も取り調べを受けた。しかしそれが表に出ることはなかったので、私にまで彼らが話を聞きにくることはなかった。
携帯電話を開いてみる。しかしメッセージは仕事相手とのものしかない。
「…。」
伊勢さんと内海さんは犯人が毒を隠し持っていたことに対しての責任をとることはない。口の中までは調べなかったのは、内海さんの失態のような空気もある。しかし木原は逮捕されてからずっと、従順な犯罪者だった。身体検査にも協力的であり、口の中にも異常なものはなかった。
ただあの事件以来、内海さんと伊勢さんはそのあとの処理に追われていた。仕事の忙しさで、「君の自宅へお伺いしたい」という伊勢さんの申し出はまだ叶えられそうにない。それどころかメッセージの一つ、電話の一本かけてくることはない。
ため息をつき私は、自分のオフィスに戻ろうとした。そのときだった。
「佐藤さん。」
後ろを振り向くと、そこには女性がいた。内藤敬子さんだ。
「お疲れさまです。」
「えぇ。とても疲れているわ。最近は週刊誌も忙しくてね。」
何か聞きたいのだろう。その手のつてのある人なら、あの場に私がいたことも知られているのだろうから。
「ねぇ。聞きたいことがあるんだけど。」
「何ですか。東雲先生の居場所なら、教えられませんけど。」
「違うわよ。木原悟のことについてよ。」
「…あぁ。」
「木原悟が殺したのは、戸口春子。パート従業員。旦那は戸口三郎。最近彼も殺されているのね。」
「そうでしたか。」
「戸口三郎は海外に失踪していた。帰ってきたときに殺された。」
「それから?」
いかにも急いでいるふりをした。携帯電話をちらりと見て、時間を確認したのだ。その様子がばればれなのかも知れない。赤い唇をおかしそうに手で押さえる。
「…戸口三郎はある事件の容疑者だった。その事件について、あなたは知っていることがあるはずよね。」
「…。」
「あなたは20年前の一家殺人事件の唯一の生き残り。そうでしょう?」
「それが…何か?」
「話を聞きたいだけよ。」
彼女はそういってポケットから録音機を取り出して、スイッチを入れる。
「事件は繋がっている。そう思わない?」
「偶然でしょう。死んだ木原が戸口春子を殺したのは、「金」目当てだった。」
「でも…金だけじゃないんじゃないの?」
「借金がたくさんあったと聞いてます。」
「だったら大きな家を狙えばいいのに、どうしてあんな家を?」
「知らないですよ。犯罪者のことなんて。」
すると彼女は手元の録音機のスイッチを切る。そして私の方に手を置いた。
「ねぇ。佐藤さん。あなた、何か勘違いしているでしょう?」
「勘違い?」
「そう。あなたは特別だって。あなたは官能小説の原稿を取りに行くのも、難しいといわれている人におそれずアタックすることが出来るから雇われている。そう思っているじゃなくて?」
「…。」
「デジタルに移行すれば、そんな作家があなたを求めていると思っているの?未だに神谷先生は手書きで書いているのでしょう。そしてそれを打ち込んでいるのはあなただっていっている。」
「…。」
「でもそれって時代錯誤ね。神谷先生はいい作家だけど、その調子では切られるに決まっているわ。」
「あんな大物を切るわけがない。」
「でもあれくらいの文章を書ける人だったら若い人でもいる。そう思うわね。」
「…。」
「あなたしか受け入れない東雲先生だって、メールでのやりとりに変わったと聞いたわ。」
「えぇ。その通りです。」
「だったらあなたではなくてもいいんじゃないの?」
「…。」
「その辺をよく考えて、また話を聞くわ。」
それだけをいうと、内藤さんは自分の部署に戻っていった。
内藤さんのいうことは正しい。桐の担当はデジタルに変わった時点で、私が担当ではないといけないということはなくなった。もちろんそれで桐がへそを曲げることがあるかもしれないが、正直、桐は私たちの雑誌に自分の作品を発表するメリットが無くなってきていた。
東雲=中村桐であることが公になったことにより、彼の元にはほかの会社からの連載のオファーや本の出版の話が来ているのだ。
自分のいるところを私にも話さないということは、もしかしたら私がこの会社にいる存在意義もなくなってきているのかもしれない。
そんなことよりも今は警察の方が大変な騒ぎになっている。別フロアにいた週刊誌の記者たちが、警察の失態だとそれをかぎ回しているようだった。
「失態ね…。」
確かに失態だ。なんせ殺人犯で逮捕した男が取り調べ中に、隠し持っていた毒薬で死亡したのだから。
そこに私がいたことにより、その日は私も取り調べを受けた。しかしそれが表に出ることはなかったので、私にまで彼らが話を聞きにくることはなかった。
携帯電話を開いてみる。しかしメッセージは仕事相手とのものしかない。
「…。」
伊勢さんと内海さんは犯人が毒を隠し持っていたことに対しての責任をとることはない。口の中までは調べなかったのは、内海さんの失態のような空気もある。しかし木原は逮捕されてからずっと、従順な犯罪者だった。身体検査にも協力的であり、口の中にも異常なものはなかった。
ただあの事件以来、内海さんと伊勢さんはそのあとの処理に追われていた。仕事の忙しさで、「君の自宅へお伺いしたい」という伊勢さんの申し出はまだ叶えられそうにない。それどころかメッセージの一つ、電話の一本かけてくることはない。
ため息をつき私は、自分のオフィスに戻ろうとした。そのときだった。
「佐藤さん。」
後ろを振り向くと、そこには女性がいた。内藤敬子さんだ。
「お疲れさまです。」
「えぇ。とても疲れているわ。最近は週刊誌も忙しくてね。」
何か聞きたいのだろう。その手のつてのある人なら、あの場に私がいたことも知られているのだろうから。
「ねぇ。聞きたいことがあるんだけど。」
「何ですか。東雲先生の居場所なら、教えられませんけど。」
「違うわよ。木原悟のことについてよ。」
「…あぁ。」
「木原悟が殺したのは、戸口春子。パート従業員。旦那は戸口三郎。最近彼も殺されているのね。」
「そうでしたか。」
「戸口三郎は海外に失踪していた。帰ってきたときに殺された。」
「それから?」
いかにも急いでいるふりをした。携帯電話をちらりと見て、時間を確認したのだ。その様子がばればれなのかも知れない。赤い唇をおかしそうに手で押さえる。
「…戸口三郎はある事件の容疑者だった。その事件について、あなたは知っていることがあるはずよね。」
「…。」
「あなたは20年前の一家殺人事件の唯一の生き残り。そうでしょう?」
「それが…何か?」
「話を聞きたいだけよ。」
彼女はそういってポケットから録音機を取り出して、スイッチを入れる。
「事件は繋がっている。そう思わない?」
「偶然でしょう。死んだ木原が戸口春子を殺したのは、「金」目当てだった。」
「でも…金だけじゃないんじゃないの?」
「借金がたくさんあったと聞いてます。」
「だったら大きな家を狙えばいいのに、どうしてあんな家を?」
「知らないですよ。犯罪者のことなんて。」
すると彼女は手元の録音機のスイッチを切る。そして私の方に手を置いた。
「ねぇ。佐藤さん。あなた、何か勘違いしているでしょう?」
「勘違い?」
「そう。あなたは特別だって。あなたは官能小説の原稿を取りに行くのも、難しいといわれている人におそれずアタックすることが出来るから雇われている。そう思っているじゃなくて?」
「…。」
「デジタルに移行すれば、そんな作家があなたを求めていると思っているの?未だに神谷先生は手書きで書いているのでしょう。そしてそれを打ち込んでいるのはあなただっていっている。」
「…。」
「でもそれって時代錯誤ね。神谷先生はいい作家だけど、その調子では切られるに決まっているわ。」
「あんな大物を切るわけがない。」
「でもあれくらいの文章を書ける人だったら若い人でもいる。そう思うわね。」
「…。」
「あなたしか受け入れない東雲先生だって、メールでのやりとりに変わったと聞いたわ。」
「えぇ。その通りです。」
「だったらあなたではなくてもいいんじゃないの?」
「…。」
「その辺をよく考えて、また話を聞くわ。」
それだけをいうと、内藤さんは自分の部署に戻っていった。
内藤さんのいうことは正しい。桐の担当はデジタルに変わった時点で、私が担当ではないといけないということはなくなった。もちろんそれで桐がへそを曲げることがあるかもしれないが、正直、桐は私たちの雑誌に自分の作品を発表するメリットが無くなってきていた。
東雲=中村桐であることが公になったことにより、彼の元にはほかの会社からの連載のオファーや本の出版の話が来ているのだ。
自分のいるところを私にも話さないということは、もしかしたら私がこの会社にいる存在意義もなくなってきているのかもしれない。
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