或る殺人者が愛した人

神崎

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権力者 と 関係者

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 桐との共同生活は楽だった。お互い干渉もしないし、食事だけは用意をするけれど、あとのことは各自でやる。
 妙に気を使ってくれる笙さんとは違った安らぎがあった。しかしこうして笙さんに抱かれるたびに、私は「この人で良かった」と実感するのだ。
「まるで桐君が君の子供のようだな。」
 そう言って彼は私の体を抱きしめた。
「妬けますか?」
「あぁ。妬けるね。実際、君といる時間は桐君の方が長いわけだし。」
 その背中に手を伸ばし、私はその体に身をゆだねた。
「心配しないで下さい。私は、あなただけ見ていますから。」
 すると彼は満足そうに、私の唇にキスをする。そのままその大きな手が、私の体に触れてきた。
「笙さん…。」
 夢のようだと思った。私はこんなに幸せでいいのだろうか。

 明け方起き上がりお湯を沸かすと、朝食の用意を始めだした。味噌汁、ご飯、卵焼き、夕べの残りの白菜のお浸しを並べだした。そのとき笙さんも起きてきた。
「おはよう。」
「おはようございます。」
 微笑むその顔が優しくて、朝から幸せになる。そう思っていた。
 笙さんが玄関先へ行くと、新聞を取ってきた。そしてそのトップページを見た瞬間、彼の表情が変わる。そしてローテーブルにあったテレビのリモコンを手にして、スイッチを入れた。
「どうしました?」
 そこには一人の男が写っていた。その男は忘れられない人。
「「戸口三郎」…。」
 両親を殺した人だった。そしてその隣の女性が顔写真で写っていた。
「戸口の妻が殺された。」
「殺された?」
「もしかしたら君の方まで捜査の手がくるかもしれない。」
「…。」
「心配しないでくれ。ワタシがすべて守るから。」
 笙さんはそう言ってくれるが、私はそのニュースに不安を隠しきれなかった。

 戸口三郎の妻が殺されたニュースに影を潜めていたが、その日実は大きなニュースはもう一つあった。
 成の実の父親である「小林グループ」の総裁が外資系の企業を買収したというのだ。不景気風が吹き込んでいる昨今なのに、「小林グループ」だけは景気がいい。
 成はその「小林グループ」のいわゆる唯一の跡継ぎだった。成は元々総裁の息子ではあったが愛人の子供で、母親は愛人としてお金に不自由にならないほどの金を毎月もらっていた。
 しかし成が5歳の頃、母親が交通事故に遭い植物人間になってしまった。そして6歳の頃、母親は夢を見るように死んだ。
 面倒を見られない彼は、私たちと同じ孤児院に入れられるようになった。そのまま「小林グループ」と縁がなく一生を終えると思っていたのに、予想外のことが起きた。
 正妻の子供である5人の子供たちが次々に死んだのだった。長男は飛行機事故で、次男は病気で、長女は自殺し、次女は交通事故。そして残された三男は、誘拐されそのまま死体で出てきたのだった。
 跡継ぎがいない総裁は頭を悩ませ、そして成に目を向けた。
 血の繋がりがあるのは、成しかいない。成を本家に呼び寄せ帝王学を学ばせた。しかし成は全く言うことを聞かない。
 それどころか大学の時に起業をして、自分で会社を立ち上げたのだ。それが総裁にとって大きな盲点だった。
「そんなままごと、いつまでも続けられると思っているのか。」
 しかし小さな会社でも成は立派に「社長」を続けている。
 跡継ぎのいないその会社はいったいどうなるのだろうか。

 いつものように会社へ行き、その日も仕事をこなしていた。昼から、作家先生のところ平行と資料をまとめていたときだった。
「佐藤さん。お客さんが来ている。」
 隣の席の久保さんから声をかけられた。お客といわれて目を向けると、そこには笙さんともう一人の中年の男がいた。おそらくその男も刑事だろう。
「忙しいところを悪かった。」
 笙さんはそう言って気を使ってくれたが、隣の男は不機嫌そうに私を見ていた。
「…警察の方ですよね。」
「そう。君に話を聞きたくてね。」
「戸口三郎の奥様の件ですか。」
「話を知っているなら早いことだ。どうだろう。ここでは何なので、どこか別のところで…。」
 ふと私は壁に掛けられている時計を見る。
「今から昼休憩です。それが終われば、私は担当作家のところへ行かなければいけません。」
「何時から?」
「14時にお約束をしていますので。」
「そこまでかからんよ。」
「では資料をまとめますので、少々お待ちを。」
 警察がいることで周りはざわめいたようだが、私はそれが普通だったためか平然と彼らを見ていた。
「佐藤さん…。」
 隣の席の久保さんだけが、私に声をかけた。
「20年以上昔の事件のことです。気にしないで下さい。」
 そう言って私は資料をプリントアウトする。

 向かいにある喫茶店は、いつも笙さんと待ち合わせるところ。いつもなら見つかりやすいように入り口近くに座る。しかし今日は他にあまりばれて欲しくない話だ。
 奥にある薄暗いスペースに案内された。
「コーヒーを。君たちは?」
「同じモノで。」
 ウェイトレスが去っていって、男は水を口に運ぶ。
「お名前を…聞かせてもらってもいいですか。」
「あぁ。忘れていた。私は内海だ。隣は…。」
「伊勢さんですよね。」
「あぁ。伊勢は、ワタシの部下でね。君の事件をこそこそといつもかぎ回っていたよ。」
「…すいません。私が望んだことですから。」
「いいや。お陰で、君の関係者のことをまた一から洗い直す手間が省けた。それだけは良かったことだ。」
 やがてコーヒーが運ばれる。コーヒーの湯気が彼らを滲ませるようだった。
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