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噂 の 広まり
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次の日のことだった。私はいつもどおり仕事へ行くと、「ポルノ」の雑誌の人たちは不自然なくらい自然に接していたが、他の部署の女が私を見て、こそこそと何か話をしているのに気がついた。
暇な人たち。何を話しているのか知らないけれど、くだらない話ばかりしていないで早く仕事をすればいいのに。
時計を見る。10時まであと20分。そろそろ出ないと間に合わないな。バックを持って、オフィスのホワイトボードの自分の欄に「小林デザイン事務所」と書いた。そして廊下に出て、その前にトイレに向かう。
途中で行きたくなってもトイレは近くにないことも多いし。
個室に入り用を足していると、複数のパンプスの音がした。
「普通に来てたね。どういう神経しているんだろ。」
「そうね。両親が殺された犯人が殺されていたっていうでしょ?ほんと、リアルなサスペンスね。」
自分のことがいつの間にかばれているらしい。どうしてだろう。わからないけれど…。このまま個室に閉じこもっているわけにはいかない。
「でも言ってたじゃん。神谷さんがさ。」
「何が?」
「本人が犯人の記憶がないから、犯人も捕まらなかったって。でももしかしたら、知ってて何も言わなかったのかもしれないって。」
「まじで?でもそれが本当なら、佐藤さんも同罪じゃん。犯人の肩を持ったって…。」
そのとき私は個室から出てきた。するとその二人の女子社員はばつが悪そうに黙り込んだ。隣で手を洗い化粧を軽く直すと、トイレを出ていった。その間女子社員は何も言わなかった。
悪いとも思っていなかったのか、それとも何を言ってもきいてくれないとでも思ったのだろうか。どちらにしてもくだらない。聞きたくはない。
ただ一つ言えるのは、私はこれからこの会社でしばらく「孤立」するだろう。と言うことだった。おそらく「東雲」の件や「小林デザイン事務所」との兼ね合い、それから他の作家の担当業務が他の人には難しいため私を切るわけにはいかないし、私の方から「辞める」と言われては困るのだ。
まぁ、辞める気もないけれど。
確かに女の股の話や絶倫の男の話ばかりが続くと、うんざりすることもある。でもそれはそれで「文章」なのだ。
そう言えば、桐の叔父さんである「中村仁」の作品は当初「官能小説」のようだと批判されていたらしい。半分以上が濡れ場であれば仕方がないのかもしれない。しかし時がたつにつれ、それ以上の文章の美しさ、話の展開のおもしろさ、登場人物の魅力など、上げれば限りない魅力があった。
桐にはまだまだそれが足りない。だからもっと外に出ればいいのに。
小林デザイン事務所のあるマンションの前にたち、いつものようにチャイムを鳴らす。すると女性の声が聞こえた。
「○×出版の佐藤です。打ち合わせに参りました。」
「あ…はい。お上がり下さい。」
そしていつものようにエレベーターに乗り込み、会社のドアを開いてくれた。しかしいつもだったらその相手は成だったはずだが、今日は女性が開いた。
「どうぞ。」
そして中にはいると、奥のデスクに座っていた成の姿がなかった。
「今面接中なんです。こちらで待たれますか。」
「…そうですね。」
これ以上スタッフを入れたくないと言っていたのに、よく入れる気になったな。私はそう思いながら、その女性が入れてくれたコーヒーに口を付けた。
しばらくすると、奥の部屋から一人の女性と成が出てきた。成はいつもの笑顔で、その若い女性を見送っていった。その若い女性は頬を赤らませながら、オフィスを去っていく。
「またですね。」
出ていった女性のあとをコーヒーを入れてくれた女性がため息をついた。
「…仕方ないね。」
すると成はため息をついて、こちらを見た。
「依。いつ来てたの?」
「さっき。面接だって言っていたから、ちょっと待たせてもらっていたわ。」
「あぁ。悪かったね。急に人を入れないといけなくなって。」
「どうしたの?」
「スタッフの一人がそろそろ産休に入るから、若い人を募集しているんだ。」
「そう。」
「でも若い人はだめだね。どれだけ出来るかわからないのに、いきなり「休み」の話や「給与」の話してね。」
「それだけじゃないですよ。」
女性のスタッフが、あきれたように言った。
「社長のルックスだけを見て、ここに入るなんて言っているんですから。だから早く結婚でもして身を固めればいいのに。」
「厳しいな。木村さんは。」
「前々から言ってましたよ。」
笑い話のように雑談をする二人。この分だと、新しいスタッフがやってくるのは、先の話になりそうだ。
「依は、本のデザインの話に来たんだっけ。」
「えぇ。」
また奥の部屋に行くのかと思ったが、成は意外にもその奥の部屋から資料とタブレットを持ってきて、ダイニングのソファに座る。向かい合わせになり、そこで打ち合わせをするのは初めてかもしれない。
ふといつも通されていた成の自室のドアを見る。
「あ…。」
すると成はそれに気がついたのか、少し笑った。
「あぁ。あっちは社長室兼ミーティングルームにしたんだ。」
「そう。別にマンションを買ったの?」
「賃貸だよ。ちょっと手狭になったしね。すぐ側に部屋を借りたんだ。」
「そうだったのね。知らなかったわ。」
「言う必要もないよ。」
とげのある言い方だ。私はそれが少し気になったが、仕事の話に戻した。
憎らしいほど、成は普段どおりだった。仕事の話しかしない。まるで仕事でしか繋がりがないのだというように。
それを望んだのは、私だ。そして成はその通りにしている。完璧に。不満はない。だけど…。
私は欲張りなのだろうか。
暇な人たち。何を話しているのか知らないけれど、くだらない話ばかりしていないで早く仕事をすればいいのに。
時計を見る。10時まであと20分。そろそろ出ないと間に合わないな。バックを持って、オフィスのホワイトボードの自分の欄に「小林デザイン事務所」と書いた。そして廊下に出て、その前にトイレに向かう。
途中で行きたくなってもトイレは近くにないことも多いし。
個室に入り用を足していると、複数のパンプスの音がした。
「普通に来てたね。どういう神経しているんだろ。」
「そうね。両親が殺された犯人が殺されていたっていうでしょ?ほんと、リアルなサスペンスね。」
自分のことがいつの間にかばれているらしい。どうしてだろう。わからないけれど…。このまま個室に閉じこもっているわけにはいかない。
「でも言ってたじゃん。神谷さんがさ。」
「何が?」
「本人が犯人の記憶がないから、犯人も捕まらなかったって。でももしかしたら、知ってて何も言わなかったのかもしれないって。」
「まじで?でもそれが本当なら、佐藤さんも同罪じゃん。犯人の肩を持ったって…。」
そのとき私は個室から出てきた。するとその二人の女子社員はばつが悪そうに黙り込んだ。隣で手を洗い化粧を軽く直すと、トイレを出ていった。その間女子社員は何も言わなかった。
悪いとも思っていなかったのか、それとも何を言ってもきいてくれないとでも思ったのだろうか。どちらにしてもくだらない。聞きたくはない。
ただ一つ言えるのは、私はこれからこの会社でしばらく「孤立」するだろう。と言うことだった。おそらく「東雲」の件や「小林デザイン事務所」との兼ね合い、それから他の作家の担当業務が他の人には難しいため私を切るわけにはいかないし、私の方から「辞める」と言われては困るのだ。
まぁ、辞める気もないけれど。
確かに女の股の話や絶倫の男の話ばかりが続くと、うんざりすることもある。でもそれはそれで「文章」なのだ。
そう言えば、桐の叔父さんである「中村仁」の作品は当初「官能小説」のようだと批判されていたらしい。半分以上が濡れ場であれば仕方がないのかもしれない。しかし時がたつにつれ、それ以上の文章の美しさ、話の展開のおもしろさ、登場人物の魅力など、上げれば限りない魅力があった。
桐にはまだまだそれが足りない。だからもっと外に出ればいいのに。
小林デザイン事務所のあるマンションの前にたち、いつものようにチャイムを鳴らす。すると女性の声が聞こえた。
「○×出版の佐藤です。打ち合わせに参りました。」
「あ…はい。お上がり下さい。」
そしていつものようにエレベーターに乗り込み、会社のドアを開いてくれた。しかしいつもだったらその相手は成だったはずだが、今日は女性が開いた。
「どうぞ。」
そして中にはいると、奥のデスクに座っていた成の姿がなかった。
「今面接中なんです。こちらで待たれますか。」
「…そうですね。」
これ以上スタッフを入れたくないと言っていたのに、よく入れる気になったな。私はそう思いながら、その女性が入れてくれたコーヒーに口を付けた。
しばらくすると、奥の部屋から一人の女性と成が出てきた。成はいつもの笑顔で、その若い女性を見送っていった。その若い女性は頬を赤らませながら、オフィスを去っていく。
「またですね。」
出ていった女性のあとをコーヒーを入れてくれた女性がため息をついた。
「…仕方ないね。」
すると成はため息をついて、こちらを見た。
「依。いつ来てたの?」
「さっき。面接だって言っていたから、ちょっと待たせてもらっていたわ。」
「あぁ。悪かったね。急に人を入れないといけなくなって。」
「どうしたの?」
「スタッフの一人がそろそろ産休に入るから、若い人を募集しているんだ。」
「そう。」
「でも若い人はだめだね。どれだけ出来るかわからないのに、いきなり「休み」の話や「給与」の話してね。」
「それだけじゃないですよ。」
女性のスタッフが、あきれたように言った。
「社長のルックスだけを見て、ここに入るなんて言っているんですから。だから早く結婚でもして身を固めればいいのに。」
「厳しいな。木村さんは。」
「前々から言ってましたよ。」
笑い話のように雑談をする二人。この分だと、新しいスタッフがやってくるのは、先の話になりそうだ。
「依は、本のデザインの話に来たんだっけ。」
「えぇ。」
また奥の部屋に行くのかと思ったが、成は意外にもその奥の部屋から資料とタブレットを持ってきて、ダイニングのソファに座る。向かい合わせになり、そこで打ち合わせをするのは初めてかもしれない。
ふといつも通されていた成の自室のドアを見る。
「あ…。」
すると成はそれに気がついたのか、少し笑った。
「あぁ。あっちは社長室兼ミーティングルームにしたんだ。」
「そう。別にマンションを買ったの?」
「賃貸だよ。ちょっと手狭になったしね。すぐ側に部屋を借りたんだ。」
「そうだったのね。知らなかったわ。」
「言う必要もないよ。」
とげのある言い方だ。私はそれが少し気になったが、仕事の話に戻した。
憎らしいほど、成は普段どおりだった。仕事の話しかしない。まるで仕事でしか繋がりがないのだというように。
それを望んだのは、私だ。そして成はその通りにしている。完璧に。不満はない。だけど…。
私は欲張りなのだろうか。
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