或る殺人者が愛した人

神崎

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別れ の 時

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 こんな話がしたいために成はここに私を呼んだ訳じゃないのだろう。なのに、ウェイトレスは私たちに声をかける。
「申し訳ございません。こちら22時30分閉店になっております。オーダーの追加はよろしいでしょうか。」
 あれから1時間近くこの店にいたのに、成は何も話さなかった。仕事の話と、桐の話ししかしていない。
「わかりました。依。出よう。」
「…えぇ。」
 コートやマフラーを身につけて、成の後ろをついて行く。
「会計はどうしましょう。」
「一緒で。」
 そういって成は財布を取り出そうとした。
「いいえ。別々でお願いします。」
 そういって私は財布から千円札を取り出した。
「依。」
「いいの。」
 お釣りを手にすると、私は一足先に外に出る。成もそのあとに出てきた。
「依。いいのに。コーヒー代くらい。」
「いいのよ。そんなことは他の女性にして。私にはされたくないから。」
「…。」
「…伊勢さんには、おごってもらったんだろう?」
 この間、二人でいたところを見られたからだろう。ずっと気になっていたのか。
「えぇ。」
「ずっと世話になっていたんだろう。」
「えぇ。」
「年上だ。警察官で頼りがいもある。」
「そうね。それがどうしたの?」
 すると彼は私の右手をつかみあげた。そして手袋を外す。
「これは、桐から?それとも…。」
「伊勢さんからよ。」
「…だと思った。」
 「これ」と言ったのは右手にはめられている指輪のことだ。ずっと気になっていたのかもしれない。でも結果的に、店の中ではなくこんな路上で告白をしてしまった。
「あの日のことは、謝らないといけない。君を襲ってしまったことを。」
「…。」
「でも次の日、伊勢さんが君の荷物を僕の部屋に取りに来た。もしも君が来てくれたなら、僕はその場で謝罪をするつもりだったのに。」
「…行けるわけがないわ。あんなことがあったあとで…。」
「…でも来れたはずだ。」
「行けないわ。何を言っているの?あなた自分で何をしたか、わかっていないの?」
「わかっている。でもそれは…。」
「私のことが好きだから仕方がない。それはいいわけにならないわ。」
 レイプまがいのことをされて、のこのこ部屋にまた戻る女がいるだろうか。そんな不自然なことが出来る人がいるわけがない。桐の書く小説にも出てこないだろう。
「それに…私があなたに気があったとしても、私はあなたと恋人同士になることはないわ。」
「どうして?」
「殺人されたの被害者の娘。それをあなたは理解していないから。」
 「友達」だと言っていても、私のこと花にも理解してくれていなかった。おそらくそれは桐もそうだ。3人は3人とも自分のことで精一杯だから。
「…君も僕のことは理解していないだろう。」
「理解しようとした。でもあなたは何も話してくれない。私は探偵じゃないのよ。話してくれないとわからないわ。」
 所詮「友情」なんてそんなモノなのだ。
「…私が知っているあなたは、学生の時に女性に告白されて、つき合って、それから別れて…それの繰り返しのあなただけだった。」
「君は…僕のことをそんな風に思っていたのか。」
「…幻滅した?」
 冷たい言い方だと思った。でもそうしないと成は私のことを忘れてくれないだろう。
 成は俯いて、その場で立ちすくんでいた。それに私が近づくと、私は精一杯の笑顔で言う。
「仕事は仕事。これからも仕事のパートナーでしょ?」
「…。」
「桐もそうよ。桐の本を精一杯バックアップしないとね。」
「…。」
「また、連絡するわ。」
 そういって私はその場を離れた。これでいいんだ。これで、成はきっと私のことを最低な女とののしり、そして忘れてくれる。

 バスを降りて家へまっすぐ帰る。
 もう何も食べたくはなかった。お腹は空いているはずなのに、不思議と空腹ではないからだ。
 そして寒い道のりを歩いていると、アパートの前で一つの陰を見つけた。それは見覚えのある背の高い陰。
「…伊勢さん。」
 伊勢さんが私に気がついて近づいてきた。そして私を抱きしめる。
「何?いきなりどうしたんですか。」
 すると彼は耳元で言った。
「冷静にきいてくれ。」
「…。」
「君の両親を殺した犯人がわかった。」
 驚いて私は声が出なかった。震える手は、彼を抱きしめることは出来ない。
「…嘘…。」
「本当の話だ。君の両親を殺した犯人は見つかった。しかし…。」
 彼はぎゅっと私を抱きしめる力を強めた。
「犯人は…殺された。」
「殺さ…れた?」
 目の前が暗くなる。そんな感覚におそわれた。
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