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男と女 の 壁
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案の定、成は酔いつぶれてしまっていた。酒は強くないからあまり飲ませないように、という私の忠告は見事に無視されたのだ。
「少し吐いたから、大丈夫だと思うけど…。」
店の前のベンチに腰掛けて、まるで敗戦したボクサーのようにぐったりしている成。その横で私は成の背中をさすっていた。
「タクシー来ましたよ。」
成の会社の人がそう言ってくれて、私は成にたつように促す。
「成。帰るわよ。」
「うん…。わかった…。」
蚊の鳴くような声でつぶやくと、彼はよろよろと立ち上がった。こけないように私はそれを支えながら、タクシーに押し込んだ。
「私、送りますから。皆さんは楽しんで下さい。」
「ありがとう。佐藤さん。」
タクシーに私も乗り込むと、成の家の住所を告げる。近距離の走行で、タクシーの運転手も機嫌良く走らせてくれた。
青い顔でぐったりしている成を見ながら、タクシーに乗り込む前に藤澤さんに行われたことを反芻していた。
「随分面倒見がいいのね。佐藤さんは。これだから作家の先生が仕事を引き受けてくれるのかしらね。」
違う。本来なら私も、桐と一緒だ。学生の時に図書館の備品だと言われていたように、図書館で好きな本を好きなだけ読んでいたいのだ。
だけど世の中に出ればそうは言っていられない。ある程度の社交性は必要になってくる。気の進まない飲み会にも参加するし、酔いつぶれていたら介抱もするのは当然だ。
それが成だから、桐だから、しているのではない。そうしないと、誰も私を必要をしてくれないだろう。きっとそうだ。
「お客さん。着きましたよ。」
いつの間にかマンションに着いていたらしい。お金を払い、成を再び起こして、タクシーから降ろした。そしてマンションに入ると、エレベーターで10階まで上がる。その衝撃で、また成が吐かないだろうかと少し不安になっていたが、10階まで彼は何も変化はなかった。
部屋にたどり着き、オフィスを抜けてベッドルームへ向かう。そしてその大きなベッドに彼を寝かせた。
「ふぅ。」
やっと終わった。これで役目は終わりだろう。あとは、水と洗面器を用意…。
「え?」
腰を捕まれる感覚があり、そのまま私はベッドの上に倒れ込んでしまった。
「あ…。」
ぐいっと体を押され、私は成の下に押し倒される状態になってしまった。
「成?酔っぱらっているの?」
すると成は何も言わないまま、首もとに顔を埋めた。アルコールの匂いがする。
「成。やめて…。」
首もとに柔らかな感触が伝わってきた。そして胸元がふっと涼しくなる感覚になる。もしかして…。成、服を脱がそうとしている?
「やめて。」
抵抗しても、彼はそれをやめなかった。露わになってしまったその部分にも唇を這わせてきたから。
「やめてって!」
成の体をおもいっきり押して体を離す。その衝撃で、彼は私から離れた。体を起こし、ブラウスのボタンをとめる。
「無理矢理こんなことして…そんなことしたら…。」
「僕、酔ってないよ。」
「…え?」
成は体を起こすと、普通に立ち上がった。そして向こうの部屋に普通に歩いていく。まるでさっきの千鳥足が嘘のようだ。
小さな冷蔵庫から水の入ったペットボトルを取り出すと、それを手にまたベッドに近づいてくる。
「一度吐いたしね。気分は最悪だけど、酔ってはない。」
「成…あなた…。」
「はっきりさせたいと思ったんだよ。」
「何が?」
ペットボトルの蓋を開けて、水を一口飲んだ。そしてその水を私に差し出す。
「若い男女が二人っきりで、ベッドの上にいる。健康な男性なら、これからどうする?」
「…どうもしないでしょ?あなたが酔いつぶれていたと私は思っていたのだから。何もないなら、帰るわ。」
ベッドからおりようとした私に、彼は私の手を握り離そうとしなかった。
「離して。」
「離したくはない。」
「…。」
「依。」
耳元で名前を呼ばれる。その声がとても心に響いていた。
でもいけない。心の中で、「誰」かがいたから。
この手じゃない。私が好きなのは…。
その手を私は思いっきりふりほどき、そのまま部屋を飛び出てしまった。
寒い。すべてが寒くて、凍えるようだった。マフラーや手袋もおいてきてしまった。ついでにバックも置いてきてしまったらしい。携帯電話や鍵もあの中だったのに。
でも今はどうしても成の部屋に戻りたくなかった。かといって桐の部屋に行くことは出来ない。どうすればいいのだろう。わからない。もう、何もかもがわからない。
そのとき、自動販売機の明かりが目に留まった。飲み物でも…缶コーヒーでも…あぁ、でも財布もバックの中だった。
「どうしよう。」
すると私の横を通り過ぎて、体の大きな人が自動販売機にお金を入れた。
「依さん。好きなボタンを押していい。」
私はその声に惹かれるように、コーヒーのボタンを押した。出てきたコーヒーに指先が温かくなった。
「ありがとうございます。」
なぜかその優しさに涙が出てきた。
「男と女がずっと平行線になるはずがない。ずっとそうワタシは言っていた。そうだろう?」
「遅すぎたくらいだと思います。」
その人はふと笑う。そのとき私はその人の笑顔を初めて見た気がした。
「少し吐いたから、大丈夫だと思うけど…。」
店の前のベンチに腰掛けて、まるで敗戦したボクサーのようにぐったりしている成。その横で私は成の背中をさすっていた。
「タクシー来ましたよ。」
成の会社の人がそう言ってくれて、私は成にたつように促す。
「成。帰るわよ。」
「うん…。わかった…。」
蚊の鳴くような声でつぶやくと、彼はよろよろと立ち上がった。こけないように私はそれを支えながら、タクシーに押し込んだ。
「私、送りますから。皆さんは楽しんで下さい。」
「ありがとう。佐藤さん。」
タクシーに私も乗り込むと、成の家の住所を告げる。近距離の走行で、タクシーの運転手も機嫌良く走らせてくれた。
青い顔でぐったりしている成を見ながら、タクシーに乗り込む前に藤澤さんに行われたことを反芻していた。
「随分面倒見がいいのね。佐藤さんは。これだから作家の先生が仕事を引き受けてくれるのかしらね。」
違う。本来なら私も、桐と一緒だ。学生の時に図書館の備品だと言われていたように、図書館で好きな本を好きなだけ読んでいたいのだ。
だけど世の中に出ればそうは言っていられない。ある程度の社交性は必要になってくる。気の進まない飲み会にも参加するし、酔いつぶれていたら介抱もするのは当然だ。
それが成だから、桐だから、しているのではない。そうしないと、誰も私を必要をしてくれないだろう。きっとそうだ。
「お客さん。着きましたよ。」
いつの間にかマンションに着いていたらしい。お金を払い、成を再び起こして、タクシーから降ろした。そしてマンションに入ると、エレベーターで10階まで上がる。その衝撃で、また成が吐かないだろうかと少し不安になっていたが、10階まで彼は何も変化はなかった。
部屋にたどり着き、オフィスを抜けてベッドルームへ向かう。そしてその大きなベッドに彼を寝かせた。
「ふぅ。」
やっと終わった。これで役目は終わりだろう。あとは、水と洗面器を用意…。
「え?」
腰を捕まれる感覚があり、そのまま私はベッドの上に倒れ込んでしまった。
「あ…。」
ぐいっと体を押され、私は成の下に押し倒される状態になってしまった。
「成?酔っぱらっているの?」
すると成は何も言わないまま、首もとに顔を埋めた。アルコールの匂いがする。
「成。やめて…。」
首もとに柔らかな感触が伝わってきた。そして胸元がふっと涼しくなる感覚になる。もしかして…。成、服を脱がそうとしている?
「やめて。」
抵抗しても、彼はそれをやめなかった。露わになってしまったその部分にも唇を這わせてきたから。
「やめてって!」
成の体をおもいっきり押して体を離す。その衝撃で、彼は私から離れた。体を起こし、ブラウスのボタンをとめる。
「無理矢理こんなことして…そんなことしたら…。」
「僕、酔ってないよ。」
「…え?」
成は体を起こすと、普通に立ち上がった。そして向こうの部屋に普通に歩いていく。まるでさっきの千鳥足が嘘のようだ。
小さな冷蔵庫から水の入ったペットボトルを取り出すと、それを手にまたベッドに近づいてくる。
「一度吐いたしね。気分は最悪だけど、酔ってはない。」
「成…あなた…。」
「はっきりさせたいと思ったんだよ。」
「何が?」
ペットボトルの蓋を開けて、水を一口飲んだ。そしてその水を私に差し出す。
「若い男女が二人っきりで、ベッドの上にいる。健康な男性なら、これからどうする?」
「…どうもしないでしょ?あなたが酔いつぶれていたと私は思っていたのだから。何もないなら、帰るわ。」
ベッドからおりようとした私に、彼は私の手を握り離そうとしなかった。
「離して。」
「離したくはない。」
「…。」
「依。」
耳元で名前を呼ばれる。その声がとても心に響いていた。
でもいけない。心の中で、「誰」かがいたから。
この手じゃない。私が好きなのは…。
その手を私は思いっきりふりほどき、そのまま部屋を飛び出てしまった。
寒い。すべてが寒くて、凍えるようだった。マフラーや手袋もおいてきてしまった。ついでにバックも置いてきてしまったらしい。携帯電話や鍵もあの中だったのに。
でも今はどうしても成の部屋に戻りたくなかった。かといって桐の部屋に行くことは出来ない。どうすればいいのだろう。わからない。もう、何もかもがわからない。
そのとき、自動販売機の明かりが目に留まった。飲み物でも…缶コーヒーでも…あぁ、でも財布もバックの中だった。
「どうしよう。」
すると私の横を通り過ぎて、体の大きな人が自動販売機にお金を入れた。
「依さん。好きなボタンを押していい。」
私はその声に惹かれるように、コーヒーのボタンを押した。出てきたコーヒーに指先が温かくなった。
「ありがとうございます。」
なぜかその優しさに涙が出てきた。
「男と女がずっと平行線になるはずがない。ずっとそうワタシは言っていた。そうだろう?」
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その人はふと笑う。そのとき私はその人の笑顔を初めて見た気がした。
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