9 / 42
桐 の 決断
しおりを挟む
桐の本の外装が出来上がり、私はそれを手に桐の元を訪れた。桐はあのとき以来あまり外に出ていない様子だった。
外に出るときはお風呂に入りに行くときだけ。そのついでにコンビニに寄って煙草や飲み物、食べ物を買いに行くらしい。それを知っていて、私はその本を持って行くついでに、スーパーに立ち寄り、ある程度の食材を買い込んだ。こんな物は領収書を発行しても、経費で落ちるわけがない。あくまで自分の身銭でやることなのだ。
「コーヒー豆もなかったのね。良かったわ。買ってきておいて。」
連絡もなしにした行動だったが、それでも勘は当たるものだ。つきあいは長い。彼の行動パターンもわかる。
「官能小説なのに、単行本なのか。これで手に取る奴はいるのかな。」
「いるわ。女性向けの官能小説だもの。かえって文庫部本と一緒に並べると、女性は本屋さんで買いにくいわ。」
今時はR18の小説でも女性が手にしているのを見る。男性のようにようとがはっきりしているわけではなく、その内容にも恋愛要素がないと女性は手に取ってくれない。
「でも売れれば文庫本でも出す予定なんだろう。」
「そうね。そうなることはほぼ確定だけど。今は単行本出うる予定ね。それと同時に電子書籍でも。」
「電子書籍ね…。あんまり好きじゃないんだよな。」
煙草を消して、また本を手に取っていた。それを見て、私は台布巾を手に取った。
「さ、出来たわよ。片づけて。」
「仕事に来たんじゃないのか。お前は。」
「仕事で来たわよ。体調管理も出来ない作家のために、食事の用意までする出来のいい担当編集者でしょ?」
わずかに舌打ちをして、ローテーブルにおいてあった書類を一旦ベッドの上に置いた。
鯖の味噌煮、キャベツと人参のコールスロー、冷や奴、大根葉と上げの味噌汁、そしてご飯を並べた。
「肉じゃない…。」
「魚も食べなさい。青魚が体にいいのよ。」
文句を言いながらもそれらに箸をつける。文句は多くても結局全部食べてしまうんだから。
「…しかしすごい資料ね。」
「いらない資料がほとんどだ。」
「捨てなさいよ。」
そう言ってベッドの上に散乱している一枚の紙を手に取った。その内容に私は凍り付いた。
「え?」
手に取った紙を見て、桐も箸を置く。
「…ミステリーでも書く予定があるの?」
そのリストは時効になってしまった未解決事件のリストだった。有名な事件からそうでもない物まで、ありとあらゆる事件が記されている。
「そういう要素を入れようとしたんだよ。」
「うちの出版社で?」
「違うところだ。」
「官能じゃない小説を書くんだったら、何でうち以外の所で書くの?」
「違うって。一応官能小説だ。でも話がまとまらなくて、プロットの時点でやめた。」
いらいらする。どうして黙ってこんなプロットをたてたのか。私が担当編集者なのに、その相談の一言もなかったのか。
それにその未解決事件の中には、私の両親の事件も含まれていたのも、一つの理由なのかもしれない。だめだ。最近伊勢さんに会ったからなのか、両親のことばかり思い出してしまう。
「もう、帰るわ。」
そういって私はコートを手に取った。
「依。」
あわてて桐が立ち上がった。
「食器ぐらいは洗っておいて。コールスローの残りは冷蔵庫にあるから。」
「依。」
帰ろうとした私の二の腕を、桐が掴んだ。
「何よ。」
「お前だけじゃないだろう。辛い思いをしていたのは。」
「…。」
「俺も…成も…孤児になった理由は様々だ。成なんか、引き取られても辛い思いをしてたんだろう。」
「わかってる。」
おそらく3人の中で私が一番幸せな引き取られ方をした。血の繋がりは一切無い夫婦に引き取られたのが、幸いだったのだろう。
「だけど…幸せだった家族が一気にいなくなったのよ。それも幼い頃に。耐えろって言う方が無理があるわ。」
「でもお前は忘れている。犯人の顔を見たはずなのに、覚えていなかった。」
ずきん。
頭が痛い。あの血塗れの両親のことを思いだして、そしてその側にいた「人」を思い出して。
「痛い…。」
「依。」
「…。」
腕をふりほどき、私は両手で頭を抱え込む。
「…痛い。」
ふわりと、温かいモノが体にかかる。それは桐の腕だった。
「…編集長に言っておけ。今度「東雲」の名前で純文学を書くとな。」
きっとミステリーを書くつもりだ。「誰」の物語を書くつもりなのだろう。
頭痛薬を飲んで、再び会社に戻った。青い顔をしていた私に編集長は驚いていたようだが、桐の言葉を伝えると手放しに喜んでいた。
「東雲先生がやっとその気になったのか。」
本来なら彼の本名である「中村桐」の名前で出版したいのだろうが、それを桐が許さないだろう。
あくまで「中村桐」は一度だけ大ヒット作を生みだした、一発屋の作家なのだから。
外に出るときはお風呂に入りに行くときだけ。そのついでにコンビニに寄って煙草や飲み物、食べ物を買いに行くらしい。それを知っていて、私はその本を持って行くついでに、スーパーに立ち寄り、ある程度の食材を買い込んだ。こんな物は領収書を発行しても、経費で落ちるわけがない。あくまで自分の身銭でやることなのだ。
「コーヒー豆もなかったのね。良かったわ。買ってきておいて。」
連絡もなしにした行動だったが、それでも勘は当たるものだ。つきあいは長い。彼の行動パターンもわかる。
「官能小説なのに、単行本なのか。これで手に取る奴はいるのかな。」
「いるわ。女性向けの官能小説だもの。かえって文庫部本と一緒に並べると、女性は本屋さんで買いにくいわ。」
今時はR18の小説でも女性が手にしているのを見る。男性のようにようとがはっきりしているわけではなく、その内容にも恋愛要素がないと女性は手に取ってくれない。
「でも売れれば文庫本でも出す予定なんだろう。」
「そうね。そうなることはほぼ確定だけど。今は単行本出うる予定ね。それと同時に電子書籍でも。」
「電子書籍ね…。あんまり好きじゃないんだよな。」
煙草を消して、また本を手に取っていた。それを見て、私は台布巾を手に取った。
「さ、出来たわよ。片づけて。」
「仕事に来たんじゃないのか。お前は。」
「仕事で来たわよ。体調管理も出来ない作家のために、食事の用意までする出来のいい担当編集者でしょ?」
わずかに舌打ちをして、ローテーブルにおいてあった書類を一旦ベッドの上に置いた。
鯖の味噌煮、キャベツと人参のコールスロー、冷や奴、大根葉と上げの味噌汁、そしてご飯を並べた。
「肉じゃない…。」
「魚も食べなさい。青魚が体にいいのよ。」
文句を言いながらもそれらに箸をつける。文句は多くても結局全部食べてしまうんだから。
「…しかしすごい資料ね。」
「いらない資料がほとんどだ。」
「捨てなさいよ。」
そう言ってベッドの上に散乱している一枚の紙を手に取った。その内容に私は凍り付いた。
「え?」
手に取った紙を見て、桐も箸を置く。
「…ミステリーでも書く予定があるの?」
そのリストは時効になってしまった未解決事件のリストだった。有名な事件からそうでもない物まで、ありとあらゆる事件が記されている。
「そういう要素を入れようとしたんだよ。」
「うちの出版社で?」
「違うところだ。」
「官能じゃない小説を書くんだったら、何でうち以外の所で書くの?」
「違うって。一応官能小説だ。でも話がまとまらなくて、プロットの時点でやめた。」
いらいらする。どうして黙ってこんなプロットをたてたのか。私が担当編集者なのに、その相談の一言もなかったのか。
それにその未解決事件の中には、私の両親の事件も含まれていたのも、一つの理由なのかもしれない。だめだ。最近伊勢さんに会ったからなのか、両親のことばかり思い出してしまう。
「もう、帰るわ。」
そういって私はコートを手に取った。
「依。」
あわてて桐が立ち上がった。
「食器ぐらいは洗っておいて。コールスローの残りは冷蔵庫にあるから。」
「依。」
帰ろうとした私の二の腕を、桐が掴んだ。
「何よ。」
「お前だけじゃないだろう。辛い思いをしていたのは。」
「…。」
「俺も…成も…孤児になった理由は様々だ。成なんか、引き取られても辛い思いをしてたんだろう。」
「わかってる。」
おそらく3人の中で私が一番幸せな引き取られ方をした。血の繋がりは一切無い夫婦に引き取られたのが、幸いだったのだろう。
「だけど…幸せだった家族が一気にいなくなったのよ。それも幼い頃に。耐えろって言う方が無理があるわ。」
「でもお前は忘れている。犯人の顔を見たはずなのに、覚えていなかった。」
ずきん。
頭が痛い。あの血塗れの両親のことを思いだして、そしてその側にいた「人」を思い出して。
「痛い…。」
「依。」
「…。」
腕をふりほどき、私は両手で頭を抱え込む。
「…痛い。」
ふわりと、温かいモノが体にかかる。それは桐の腕だった。
「…編集長に言っておけ。今度「東雲」の名前で純文学を書くとな。」
きっとミステリーを書くつもりだ。「誰」の物語を書くつもりなのだろう。
頭痛薬を飲んで、再び会社に戻った。青い顔をしていた私に編集長は驚いていたようだが、桐の言葉を伝えると手放しに喜んでいた。
「東雲先生がやっとその気になったのか。」
本来なら彼の本名である「中村桐」の名前で出版したいのだろうが、それを桐が許さないだろう。
あくまで「中村桐」は一度だけ大ヒット作を生みだした、一発屋の作家なのだから。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。


セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

妻を蔑ろにしていた結果。
下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。
主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。
小説家になろう様でも投稿しています。

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる