或る殺人者が愛した人

神崎

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 私は犯人を見たんだと思います。でもどんな顔だったか、どんな姿だったか、「わからない」んです。
 思いだそうとすると頭が痛くなって吐き気がするんです。

ーーー辛いことだったね。無理もない。目の前でお父さんとお母さんが殺されたんだ。

 目の前…だったんですよね。本当に、目と鼻の先でした。
 刑事さん。どうしてあんな集合住宅にいた私たち家族を、ピンポイントで狙ったんでしょうか。

ーーーわからないな。以前から知っている者の犯行なのか。恨みを買っている者がいたのか。

 父と母に恨みを買っている人なんていたんでしょうか。恨むことはあっても恨まれることはないと思うんですが。
 でも…わかりませんよね。私はまだあのとき5歳でしたし、父と母に何かあったのかなんて知る由もなかったのですから。

ーーー君の両親は近所でも評判のいい人たちだった。君の言うように「恨む」ことはあっても「恨まれる」ことはないと思われる。
 たとえ恨みがあったとしても、どうして君だけ殺さなかったのか。その犯人の意図が私にもわからないよ。

…。

ーーー思い出させてしまって申し訳ない。もうあれから20年以上前の事件のことなのにね。

 そんなになりますか。
 そうですか。…もうすぐ、私も母が死んだ歳になるんですね。

ーーー私も、父からこの事件を受け継いだ。確かに犯人は時効が成立している。しかし個人的にも、この事件は解決したいと思っている。

 警察官は個人的な感情で動いてはいけないのではないですか。大丈夫なのですか。

 私がそう言うと、目の前の刑事さんは僅かに微笑んだ。その微笑みは20年以上前、私に向けられた微笑みと一緒だった。
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