テロリストと兵士

神崎

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 用意されている服は、普段の累なら着ることはないような服だった。短いスカートと緩いシルエットのニット。それにふわっとした上着。歳よりも若く見えるように感じた。
 隆も若い頃に着ていたものを着ていたので、若返ったようだと自分でも思った。
 海風を受けて累は進んでいく海を見ていた。
「……。」
 すると座っていた隆が立ち上がり、彼女の髪にふれた。
「何ですか?」
 隆の手が彼女の結んでいる髪を解いた。髪が風になびかれて、ふわっと舞う。
「そっちの方が良いな。」
「藍も同じことを言っていました。似てるんですね。」
「……藍か……。」
 神官長は気を失ったまま早々に本土に運ばれた。彼女が言うように左の脇にライトで照らすと浮かび上がる入れ墨がしてあったらしい。
「……告げないといけないことも沢山あります。それから彼から聞かないといけないことも。」
「そんな格好で会ったら襲われるぞ。」
「一緒に会ってくれますか?そうすれば襲われずに済むと思いますが。」
「そうしないといけないだろうな。やはり王と紫練に話を付けたからといって、俺は無関係だとは言えないんだろう。」
 彼はそう言ってため息をつく。
「立場では藍と同じ立場ですね。」
「でも俺は人を使うことは出来ないな。音香でも辞められてばかりだ。」
「自分でも厳しいと思いますか?」
「いいや。当然のことを言っていると思う。それに手を抜こうとするから、文句言いたくなるんだ。」
「……。」
「こんな世界で近道なんか覚えない方が良い。近道を覚えれば、楽な方に流れるからな。」
「そうですね。」
 昔、帯にも同じことを言われたことがある。剣を習っていたときだった。一日一日の積み重ねが、やがて大きな結果になる。それが努力と言うものだ。
 しかしその努力は実ることはあまりない。隆もまた一日一日を積み重ねている最中なのだ。
「どうした。ぼんやりして。」
「いいえ。付いてこないのは、周りが悪いんじゃなくて自分が悪いからだとどこかで聞いたと思って。」
「……まぁ、自分が正しいと思っていることは、他人にも正しいとは限らないし、それを押しつけるのはエゴイストだと思う。だが許せないことは許せない。そこだけは譲れない。」
「私のことですか?」
「シェアなんか出来るか。モノじゃああるまいし。」
 その人ことが嬉しかった。彼女は彼の体に体を寄せる。すると彼も彼女の肩に手を置いた。

 本土にたどり着くと、いつもはいない検疫がいた。おそらく、身元不明の痛いから爆発物が出てきたことで、それを本土に持ち込まれないかと見ているらしい。
「ん?」
 緑の役人だろう。隆のIDを見て不思議そうな顔をする。
「お前は本土のヤツか。」
「はい。でも今はこっちで働いています。」
「どうして島に?」
「両親に嫁をもらうと報告ですよ。」
 そう言って累に視線を向ける。
「奥さんはどこの出身だ。」
「移民ですよ。S国です。」
「それはまた遠いところだ。内戦に耐えられなくなってこの国に?」
「と、聞いてます。何せ小さい頃にここに来たので。」
「なるほど。わかった。通って良いぞ。」
 そう言って緑の役人は彼らを通そうとする。そのときだった。
「ちょっと待て。その女。」
 累を呼び止めたらしい。彼女は足を止めて、役人の方をみる。
「何か?」
「IDが偽造されている可能性がある。」
「……。」
 感のいいヤツだ。彼女はそう思いながら、その役人の前に立つ。
「偽造IDですか?」
「この番号は存在しない可能性がある。」
「……。」
「ちょっと来てもらおうか。」
「累。」
 隆は焦ったように累に声をかけた。しかし彼女は首を傾げる。
「おかしいですね。」
「おかしいのはお前だ。」
「存在するんですよ。その番号は。」
 そう言って彼女はその緑の兵の耳元で何か囁いた。すると彼は驚いたように、彼女とIDのリストの紙を見比べる。
「……うん。悪かった。そう……存在する。行っていい。」
 そう言って累は解放された。そして彼の元へ駆け寄った。
「累。」
「お待たせしました。」
 検疫所と港を離れると、隆は彼女に聞く。
「何を言ったんだ。あの緑の兵に。」
「……別に何もいってませんよ。ただ、私のIDは上のモノの番号と照らしてくださいと告げただけです。」
「上のモノ?」
「紅花くらいの地位の方にしか使われない番号を使っています。それを見れば、偽造だろうとなんだろうと私を責められないんです。」
「……移民がそんな番号を持っているとは思わないだろう。しかし持っているということは、国家にとって何かしらの重要人物だとヤツもわかったのかもしれないな。」
「でも真実はわかりませんよ。彼がどんなに頭が良くても、想像は付かないでしょう。」
 彼女はそう言って自分の家ではなく、スラムの方に足を向けた。土産などを置くまもなく、彼女は藍に確かめたいことがあったからだ。
 そしてスラムにたどり着くと、藍のアパートの前に立つ。そしてチャイムを鳴らす。
「はい。どちらさん……。」
 出てきたのは竜だった。彼女らを見て彼はほほえんだ。
「久しぶりだな。累。」
「お久しぶりです。あの……藍はいらっしゃいますか。」
「あぁ。藍か……。」
 彼は癖毛の髪をポリポリと掻きながら言う。
「なんか突然引っ越すといいだしてな。ここにゃ居ねぇんだよ。」
 その言葉に累は驚いたように彼を見上げた。
「どこに引っ越したか知ってますか?」
「さぁな。俺らにも何にも言わなかったな。まぁ、俺らは会おうと思えば城に行けばいいけどよ。」
「……。」
「お前さんらにはそうはいかないよな。今度会ったら聞いておこうか?」
「いいえ。大丈夫です。急ぐ用事ではありませんでしたし。」
 彼女はそう言って一礼すると、隆と一緒にその場を離れた。
「どこに行っているか知ってるか?」
「……さぁ……。」
 相談したいこともあったし、話したいこともあった。なのに彼に会えないとなると、一人で動かないといけないのかもしれない。
「累。」
「……さすがに疲れましたね。それになんか体が焦げ臭いです。」
「風呂にはいるか。飯はどうするかな。」
「いただいたお昼の残りを積めていただきました。それをいただきましょうか。」
「さすがに今から作りたくないな。」
 坂道を上がり、旬食の前に立つと二人は階段を上がる。鍵を開けると、彼女は隆を部屋に押し込んだ。
「累?」
 彼女は手すりに捕まり、その男の腹を蹴る。するとその男は階段の下まで転がり落ちた。
「累?どうした。妙な音が……。」
 隆がドアから外をのぞくと、もう累はそこにいなかった。階段の下に降りて、その男の胸ぐらを掴んでいたからだ。
「藍?」
 暗がりの中、その男をよく見るとそれは藍だったのだ。
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