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ランチが終わり、夜の仕込みを終えた累と隆は外に出ようと裏の階段を使い、外に出て行く。風は冷たくなり、さすがに不自然だと累も上着を着ていた。
海風から吹き抜ける風は強く、身を切るようだ。
「寒いですか?」
マフラーを巻いた隆は少し笑い、累の手を握る。
「寒さも感じないのか?」
「あまり。でもあまり薄着だと不自然に思われるだろうと、彩から言われたことがあります。」
「そうか。抜かりがない奴だな。」
週に一度ほどのペースで、累は藍と一緒に京の所へ行くらしい。メンテナンスと、彼との打ち合わせはそのときしかないのだ。
紫練を討つ。それは彼にとってもテロリストの片棒を担いでいると、言わざる得ない。だが討たなければ、王はその座を引きずりおろされるだろう。そして代わりに王になるのは紫練。薬を蔓延させていたり、ヒューマノイドを作ることを指示しているような人物にその器はない。
だが不安になる。
藍と二人で行くのだ。その道中、彼女が彼に転ぶこともあるだろう。そう思うと、身を引きちぎられそうだ。
「隆?」
彼女は不思議そうに彼を見上げる。すると彼はその手をぎゅっと握った。
「グラタンを作ってたな。」
「はい。仕込みは朝したんで、オーブンに入れるだけですけど。」
「魚介のグラタンは、エビくらいしかあわないと思ってたな。」
「そうでもないみたいですよ。京さんの所で見たんですけど、そこのメイドさんが……。」
顔なじみなってしまったらしく、料理を習って帰ってきたりするのだ。その一つ一つは普段、累が作るものとは少し違うがそれはそれで美味しいと思う。
「料理の幅を増やしているのか。」
「どうしてですか?」
「普段と違うような料理だと思ってな。やはりあの店を出るつもりか?」
「そうですね。私の店はまだ残ったままですし、改装したいと思っていたので。」
「改装?」
「はい。キッチンを少し広くして……その……。」
彼女の顔が少し赤くなる。そして彼から視線を外した。
「二人でも働けないかと。」
思わず抱きしめたくなった。鰯のグラタンよりも彼女を抱きたくなる。
その二人とは自分のことだろうと思えたから。
城の一室。そこに側近たちが集まっていた。財政を司る黄林。宗教を司る紫練。
そして新たに外交を司ることになった緑秀。年の頃は藍よりも一つ二つ年上で、外国へ留学経験のある背の高い男だった。外交にはずっと司っていて、ずっとこの席をねらっていた感覚がある。地位にこだわらない藍にとっては理解不能の男だと思った。
向かいに座る緑秀。彼もまた腕が立つようで、剣の腕でだけで上り詰めた藍を正直疎ましいと思っていた。
前任の幻緑は彼を利用していたようだが、そんなもの必要ない。せいぜい戦争に備えて銃なり剣なりの腕を磨けばいい。
メイドが紅茶を入れて、部屋を出ていく。するとその部屋の中に王が入ってきた。あの京の部屋で会ったときの王と何も変わらない気がした。妻が死んだというのに悲しそうではないのだ。
メイドが王に茶を入れると、メイドはすっと部屋を出ていきドアを閉めた。
「こうして集まるのも久しぶりですな。」
黄林はそう言って紅茶を口に含む。
「喪中ですもの。本来なら、四十九日まで待つ方がいいと思うのですが。」
「緑秀殿は外交はどうでしょうか。」
「……そうですね……。」
不審な荷物が多い。そう思っていたが、真実を言えるはずはない。
「何も問題はありませんよ。」
不審な荷物の刻印は、王家の刻印。その封を破れば、中身が何だったのかなどすぐに気づかれるだろう。だからそれは中身を確認せずに、城に送られているがその受け取りは黄林だし気にすることはないだろうと思っていた。
「緑秀。」
静かに紅茶を飲んでいた王が口を開く。
「はい。」
「港から持ち込まれる荷物はすべてチェックしろ。」
「え?」
「不審な荷物はすぐに処理をしろ。」
「王……それは……。」
その言葉に口を挟んだのは黄林だった。彼もまた不審な荷物の恩恵に預かっているのだから。
「妻が死んだのは、表向きには心臓の病の発作ということにしておいたが真実は違う。」
取り壊された別宅。そこに妻の墓を建てた。
愛情はない妻だった。余所の国との外交のために結婚した女。だがここに来たときのことを覚えている。美しい女だった。幼いが、花のようだと思った。
ベッドの中も極上で、自ら進んで彼の上で腰を振るような女。美しく、そして淫らという形だけの妻としては最適だった。
「紅花。」
ずっと黙っていた藍の方に彼は声をかける。
「はい。」
「第二兵隊に町中からの「薔薇」の排除を命じろ。使用者、売人、それらを徹底的に洗い元締めをとらえるんだ。」
その言葉に内心紫練の心は穏やかではなかった。
「……はい。」
心の中でやっと重い腰を上げたかと、藍はほっとしていた。
おそらく、自分に子供が産まれるからだろう。きっと子供には汚い世界を見せたくないと思っているのかもしれない。甘い男だ。
だが一歩間違えば、自分もこうなっていた。それに隆も。
そう言えば隆を逃がしたのは、紫練だといっていた。毒を食らわされた隆の母。そのそばにいたのは紫練だ。
彼女は何を思って彼を逃がしたのだろう。自分の母は売春宿に落とされたというのに。
不都合な薬は消え失せる。
それでも薬を排除できない。
海を渡る者は暗く狭い部屋に閉じこめられ、不自由の選択を迫られる。
陸を渡る者は大地を蹴り、一夜の夢を見る。
教会の地下に、姫の部屋があった。彼女はここから出ることはほとんどない。ただ淡々と彼女が予言したことを紙に書き、紫練の手にそれは渡る。
彼女の予言は百%当たる。
おそらく不都合な薬というのは「薔薇」のことだろう。公に出て、使用したもの、売人はすべて捕らえられるのだろう。藍ならそれがきっと出来るし、今の第二兵隊をまとめる家臣なら出来ないことはないだろう。
それでもおそらく薬は排除できないのだろう。彼女はそれにニヤリと笑う。
思惑通りだ。
そして陸を渡るもの。それは藍のことだ。今度彼は黄の国の外交へ赴く。隆をけしかけたが、隆はおそらくうまくいかないのだろう。それによって彼が死ぬかもしれない。
それでも構わない。所詮先代の王の妾の子供だ。いないものと同じだ。
注目すべきは累だ。隆を失ったとき、彼女に剣を振りかざすのか。
海風から吹き抜ける風は強く、身を切るようだ。
「寒いですか?」
マフラーを巻いた隆は少し笑い、累の手を握る。
「寒さも感じないのか?」
「あまり。でもあまり薄着だと不自然に思われるだろうと、彩から言われたことがあります。」
「そうか。抜かりがない奴だな。」
週に一度ほどのペースで、累は藍と一緒に京の所へ行くらしい。メンテナンスと、彼との打ち合わせはそのときしかないのだ。
紫練を討つ。それは彼にとってもテロリストの片棒を担いでいると、言わざる得ない。だが討たなければ、王はその座を引きずりおろされるだろう。そして代わりに王になるのは紫練。薬を蔓延させていたり、ヒューマノイドを作ることを指示しているような人物にその器はない。
だが不安になる。
藍と二人で行くのだ。その道中、彼女が彼に転ぶこともあるだろう。そう思うと、身を引きちぎられそうだ。
「隆?」
彼女は不思議そうに彼を見上げる。すると彼はその手をぎゅっと握った。
「グラタンを作ってたな。」
「はい。仕込みは朝したんで、オーブンに入れるだけですけど。」
「魚介のグラタンは、エビくらいしかあわないと思ってたな。」
「そうでもないみたいですよ。京さんの所で見たんですけど、そこのメイドさんが……。」
顔なじみなってしまったらしく、料理を習って帰ってきたりするのだ。その一つ一つは普段、累が作るものとは少し違うがそれはそれで美味しいと思う。
「料理の幅を増やしているのか。」
「どうしてですか?」
「普段と違うような料理だと思ってな。やはりあの店を出るつもりか?」
「そうですね。私の店はまだ残ったままですし、改装したいと思っていたので。」
「改装?」
「はい。キッチンを少し広くして……その……。」
彼女の顔が少し赤くなる。そして彼から視線を外した。
「二人でも働けないかと。」
思わず抱きしめたくなった。鰯のグラタンよりも彼女を抱きたくなる。
その二人とは自分のことだろうと思えたから。
城の一室。そこに側近たちが集まっていた。財政を司る黄林。宗教を司る紫練。
そして新たに外交を司ることになった緑秀。年の頃は藍よりも一つ二つ年上で、外国へ留学経験のある背の高い男だった。外交にはずっと司っていて、ずっとこの席をねらっていた感覚がある。地位にこだわらない藍にとっては理解不能の男だと思った。
向かいに座る緑秀。彼もまた腕が立つようで、剣の腕でだけで上り詰めた藍を正直疎ましいと思っていた。
前任の幻緑は彼を利用していたようだが、そんなもの必要ない。せいぜい戦争に備えて銃なり剣なりの腕を磨けばいい。
メイドが紅茶を入れて、部屋を出ていく。するとその部屋の中に王が入ってきた。あの京の部屋で会ったときの王と何も変わらない気がした。妻が死んだというのに悲しそうではないのだ。
メイドが王に茶を入れると、メイドはすっと部屋を出ていきドアを閉めた。
「こうして集まるのも久しぶりですな。」
黄林はそう言って紅茶を口に含む。
「喪中ですもの。本来なら、四十九日まで待つ方がいいと思うのですが。」
「緑秀殿は外交はどうでしょうか。」
「……そうですね……。」
不審な荷物が多い。そう思っていたが、真実を言えるはずはない。
「何も問題はありませんよ。」
不審な荷物の刻印は、王家の刻印。その封を破れば、中身が何だったのかなどすぐに気づかれるだろう。だからそれは中身を確認せずに、城に送られているがその受け取りは黄林だし気にすることはないだろうと思っていた。
「緑秀。」
静かに紅茶を飲んでいた王が口を開く。
「はい。」
「港から持ち込まれる荷物はすべてチェックしろ。」
「え?」
「不審な荷物はすぐに処理をしろ。」
「王……それは……。」
その言葉に口を挟んだのは黄林だった。彼もまた不審な荷物の恩恵に預かっているのだから。
「妻が死んだのは、表向きには心臓の病の発作ということにしておいたが真実は違う。」
取り壊された別宅。そこに妻の墓を建てた。
愛情はない妻だった。余所の国との外交のために結婚した女。だがここに来たときのことを覚えている。美しい女だった。幼いが、花のようだと思った。
ベッドの中も極上で、自ら進んで彼の上で腰を振るような女。美しく、そして淫らという形だけの妻としては最適だった。
「紅花。」
ずっと黙っていた藍の方に彼は声をかける。
「はい。」
「第二兵隊に町中からの「薔薇」の排除を命じろ。使用者、売人、それらを徹底的に洗い元締めをとらえるんだ。」
その言葉に内心紫練の心は穏やかではなかった。
「……はい。」
心の中でやっと重い腰を上げたかと、藍はほっとしていた。
おそらく、自分に子供が産まれるからだろう。きっと子供には汚い世界を見せたくないと思っているのかもしれない。甘い男だ。
だが一歩間違えば、自分もこうなっていた。それに隆も。
そう言えば隆を逃がしたのは、紫練だといっていた。毒を食らわされた隆の母。そのそばにいたのは紫練だ。
彼女は何を思って彼を逃がしたのだろう。自分の母は売春宿に落とされたというのに。
不都合な薬は消え失せる。
それでも薬を排除できない。
海を渡る者は暗く狭い部屋に閉じこめられ、不自由の選択を迫られる。
陸を渡る者は大地を蹴り、一夜の夢を見る。
教会の地下に、姫の部屋があった。彼女はここから出ることはほとんどない。ただ淡々と彼女が予言したことを紙に書き、紫練の手にそれは渡る。
彼女の予言は百%当たる。
おそらく不都合な薬というのは「薔薇」のことだろう。公に出て、使用したもの、売人はすべて捕らえられるのだろう。藍ならそれがきっと出来るし、今の第二兵隊をまとめる家臣なら出来ないことはないだろう。
それでもおそらく薬は排除できないのだろう。彼女はそれにニヤリと笑う。
思惑通りだ。
そして陸を渡るもの。それは藍のことだ。今度彼は黄の国の外交へ赴く。隆をけしかけたが、隆はおそらくうまくいかないのだろう。それによって彼が死ぬかもしれない。
それでも構わない。所詮先代の王の妾の子供だ。いないものと同じだ。
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