テロリストと兵士

神崎

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 サンドイッチだと言って持たせてくれたチキンのサンドイッチはボリュームがある。それをかじりながら、信は海を見ていた。
 皮肉にもそのサンドイッチは美味しかった。これを目当てに来る客も最近は多いらしい。屋台で買った炭酸水を飲みながら、ぼんやりしながら海を見ている。
 初めて会った累は、信にとってどこがいいのか女としての魅力に欠ける女だと思った。だが鋭いところを付いてくると思う。
 彼の描く絵は、すべてがファンタジーだ。
 イルカだけじゃない。雪山に白い狼を描いたこともあるが、そんな光景はあり得ない。だが評価はそれで良いという。
「くそっ。」
 食べ終わったサンドイッチの紙を握りつぶして、また海に目を移した。次に描いてくれと言われているところもあるのだから。
「信さんでしたかね。」
 累の声がして、彼は振り返る。そこには本当に累がいたのだ。
「あんた……。」
「今日はすいません。生意気なことを言ってしまって。」
「いいや。かまわない。」
 長い髪が目まで覆っていて、ぼさぼさの髪だと思った。芸術家というのはこんなものなのだろうか。
「俺も描いてみて、あの壁には合わないだろうなと思っていたから。」
「描いた本人がおっしゃるのですか?」
 呆れたように彼女が言う。
「オーナーに言っておいてくれないか。もし合わないと思ったら、いつでも書き直すって。」
「それは今日のシフトに入っている方にも意見を聞かないといけませんので、それはまたオーナーから依頼が来ると思いますよ。」
 彼は手の中でくしゃくしゃに丸められた紙をみる。そして彼女の方を振り返る。
「美味しかったよ。これ。」
「良かったです。」
「俺、あんまり食わないでもすむんだけどな。」
「え?」
 炭酸水を飲み、彼はふっと笑う。
「いいや。何でもない。」
 すると向こうから一人の男が彼女に近づいてきた。
「累。」
 その姿にさらに彼は驚いた。こいつは……。
「隆さん。もういらしたんですか。」
「仕入れをするときは呼べといっていただろう。」
「今日はあまり仕入れるものがなかったので、一人で行ってみたんですよ。顔なじみになって置いた方がいいと、オーナーが。」
「まぁ……それはそうだが。」
 隆の視線は信に向けられた。彼は一別すると立ち上がる。
「累。彼は?」
「店に絵を張るそうで、その絵を描いた方です。」
「信だ。」
「隆。」
 手を差し出す。細くて白い手は、女のようだと思った。芸術家というのはおおにしてこんな手を持っているのだろうか。そういえば彩の手もこんな感じだった。
 隆はその手を握る。細いが力はあるようだ。手を離すと、信は累の方をみる。
「ごちそうさん。」
「いいえ。あの……残り物で悪いんですけど。」
「今度は酒を飲みに来るよ。」
「未成年じゃないのか?」
 その言葉に信は少し笑う。
「余裕で成人でね。もう二十七だ。」
 累よりも年上だとは思ってなかった。彼はその白い手を振り、そしてその場を離れていった。
「今日は早かったですね。」
「あぁ。うちの隣の……ほら、子供と二人暮らしをしていた女がいると言っていただろう?」
「はい。」
 彼は知っているのかわからないが、その女は藍の恋人なのだ。彼女はまだそれを思いこんでいた。
「俺がランチの時間に入っている間、捕まったらしい。」
「捕まった?何かしたんですか?」
「あぁ。何か薬を売っていたらしい。屋台をしながら、そんなことをしていたなんて人は見かけによらないな。」
「……。」
 顔色が悪い彼女に、隆は話しかける。
「どうした。」
「藍の……恋人だったはずです。」
 薬に関わっていたという事は、きっと藍も関わっていた。知らないはずはない。恋人であれば知っている可能性はあるだろうに。
「いいや。どうやら様子が違うようだな。」
「え?」
「彼女が恋人だというのであれば、様子が違うことくらいわかるだろう?少なくとも、俺はわかる。」
 すると彼女は首を横に振る。
「彼はそう言うことをしない人ですから。」
 何度も言いたかった。何度も言い掛けた。なのに彼は話を聞いてくれなかった。ただからだをお互いむさぼり、力尽きるだけだった。
「それだけお前に当てられていたとも考えられる。だったらどうして俺は当てられないんだろうな。」
「何ででしょうか。」
 すると彼は耳元で言う。
「バカだな。俺は押さえてるんだよ。本当なら、すぐに抱きしめたいんだ。」
 その言葉で、彼女はわずかに頬を染めた。それが可愛らしいと思う。
「累。今日、お前の家に行っていい?隣は家宅捜査でウルサいんだ。」
「わかりました。」
 しかし不安は残る。あの女性には子供がいたはずだ。あの温と名乗ったあの子供はどうするのだろう。
「あの、隆さん。」
「ん?」
「温さんはどうしたのでしょう。」
「そこのところは紅花も頭が良いって事だろう。」
「え?」
「前々からあの女をマークしていた。子供がいることをすぐに感じて、その子供にずっと近づいていた。自然に「養子」に入れるようにな。」
「……。」
「知らないヤツにいきなり父親だ、母親だと言われても混乱するのは子供だけだ。」
「そうですか……。」
 彼女はそういって、胸をなぜ下ろす。しかしそれだけの情がありながら、どうして銘にはあんな仕打ちをしたのだろう。まるで別人がしたように思える。
 別人。
「……。」
 その言葉に彼女の背中が冷たくなるようだった。もしかしたら、紅花の名を語って、銘をあんな目に遭わせたものがいるのかもしれない。だとしたら……。
「累?」
 隆が心配そうに、彼女を見下ろす。顔色がまた悪くなっているのを心配したのだろう。
「薬はあるか?」
「大丈夫です。心配して貰ってありがとうございます。」
「いい。お前のことだろう?」
 夕方近くなり、彼は他のカップルがし始めたように彼女の肩を抱いた。
 そして店に戻り、少し早くて誰もいない店内を急ぎ足で駆け抜ける。二階に上がり、そしてキッチンの中に入るとドアに累の体を押しつける。
「隆……。」
 彼女は彼の頬に手を当てると上を向く。そして優しくキスをしてくる彼に答えた。
「……累。続きは今夜しよう。」
「すいません……。」
「予定でもあるのか?」
「いいえ。何も……あの……もう一度してもらえませんか。」
 その言葉に彼は少し笑うと、彼女の頬に手を当てる。
「お前からいってくるのは初めてだな。」
 そういって彼はまた唇を塞ぐように、キスをする。
 払拭して欲しい。自分の紅花に対する「許してしまおう」という感情を。彼には憎しみしかないのだ。そうではないとすべてが崩れるのだから。
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