テロリストと兵士

神崎

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 表情は変わらないが、顔色がどんどん悪くなる。累の様子がさすがにおかしい。熱中症にでもなったのかと、隆は彼女に聞く。
「どっか気分が悪くないか。」
「頭が痛くて。」
 熱中症だろう。やはり汗一つかかないとはいっても、普通の女なのだ。
「少し休むか。それから水分を……。」
「隆さん。お水だけいただいて良いですか。」
「水でいいのか?スポーツドリンクの方が……。」
「いいえ。」
 すると彼女はポケットに入れていた財布から、オブラートに包んだ青色の薬を取り出す。
「常備薬か。」
「はい。たまに頭痛におそわれます。」
「そうか。それは知っていて良かった。働いていて倒れられても困るからな。」
 彼は立ち上がると、冷蔵庫から水を取り出した。そして彼女に差し出す。すると彼女はそれを受け取り、薬を口に含み水を飲んだ。
「……何の薬だ。あまり見たことはないな。錠剤が青いなんて……。」
「ヒューマノイドのための薬です。」
「ヒュ……?」
 噂では聞いていた。テロリストである鼠の中に、人工的に作られた生命体であるヒューマノイドがいること。
 まさか彼女がそうだというのか。
「……冗談だろ?」
「冗談ではありません。」
 彼女はそういって彼の手を握る。そして少し力を入れた。
「いてぇな!」
 思わず手を離した。だが彼女は涼しい顔をしている。決して力一杯握ったというわけでもないようだ。
「マジか。」
「本当です。隆さん。怖いでしょう?私……何人も殺したんですよ。何で殺したのかわからないまま。」
「誰が指示してるんだ?」
「それは言えません。でもそういうものなんです。」
 顔色が戻ってきた彼女は、ふと指をみる。そこには絆創膏が貼られていた。
「ありがとうございます。手当をしてもらって。」
 さすがに引いているだろう。彩には悪いが、あの店を辞めないといけないかもしれない。だが「鼠に感謝している」などという人とともに働けるわけがない。
「累。」
 玄関へ行こうとする彼女を、彼は手を引いて止めた。
「何ですか。」
「……あ……。」
「大丈夫です。何だったら夢だったとでも思って……。」
「夢のわけがないだろう。累。俺はお前がヒューマノイドだろうとなんだろうと、別にかまわない。俺を殺すわけじゃないだろう。」
「感謝こそしろ、殺す理由はありません。それに……私が人を殺すのは、指示があってからのことです。」
「だったら別にいい。普段通りだ。それに……。」
「何ですか?」
「フィフティフィフティになった。」
「……。」
「俺は殺された恋人のことをほかのものに話されたくない。お前は自分がヒューマノイドだということを話されたくない。お互い隠し持っていれば、余計なことを話さないだろう。」
「えぇ……確かにそうですが……。」
「だったら俺のことも黙っていろ。お前のことも俺は黙っておいてやる。」
「それでいいのですか?そんなことで信用してくれるんですか。」
 この間「よろしく」と言って、初めてあった相手をそんなことで信用するのだろうか。彼女は首を傾げる。だが彼は真剣だった。
「あぁ。まだ信用できないか?だったら手付けでもするか?」
 そういって彼はその掴んでいる二の腕を引き寄せた。これがヒューマノイドというのだろうか。嘘のようだ。柔らかくて温かくて、人間そのもののように感じる。
「や……。何ですか。」
 胸に抱かれ、彼女はそれを引き離そうとする。しかし彼は離そうとしない。不快感しかなかった。その体が藍によく似ていたから。
「累。本当にヒューマノイドか?こんなに柔らかいのに。」
 死んだ女とは違う女だ。タイプが違う。だが女であることは代わりはないだろう。
「やめて下さい。無理矢理引き離しますよ。」
「それは困る。骨は折られたくない。」
 冗談のように言うが、その腕は放されない。本当に折ってやろうかと思ったときだった。
「累。」
 耳元で囁く声が辛かった。藍によく似た低い声だったからだ。
「やだ……。」
 隆は少し引き離すと、累を見下ろした。彼女の頬はほんのり赤く、彼を見上げている。その表情に思わず欲情しそうになった。
「累。」
「やめて下さい。それ以上は……。」
「だったら何でこんなに赤いんだ。累。利害が一致しないか。俺はあいつを忘れられる。お前も……忘れたい相手がいるのだろう。」
「……忘れたい。だけど……忘れられない。それに……これ以上踏み込まないで下さい。私は……。」
「知っている。愛玩用だろう?その効果も少しあると言っていた。」
 彼はそういって彼女の唇に指を押し当てた。黙ってそれ以上させろと言う意味だろう。それがわかり彼女はそれを拒否した。
「試したいのですか。」
 そういって彼女はそういってその指を避ける。だが彼はその指をまた顎に持ってきた。
「そうは思わない。お前に有利なただの手付けだろう?」
「隆さん。やめて下さい。私は何も望んでいないんです。そんなことをされなくても、べらべらそんなことを話すことはしませんから。」
 しかし彼女の願いは届かない。
 ぐっと顎を捕まれて、避けれないように固定された。そして彼は膝を折り唇を重ねようとした。吐息が唇にかかる。そして温もりを感じた。
 柔らかな唇の感触が伝わってくる。温かく少し湿った唇は藍のように少し厚い。長めにキスをしてもその中までは入ってこない。そして彼から唇を離すと、彼女をみる。
 彼女は顔を赤くさせて彼を見上げていた。その目は軽蔑したような、諦めのような、そんな目だった。
 それが更に彼をかき立てる。彼は彼女を壁に押しつけると彼女をのぞき込み、更に唇を重ねた。今度は唇を割ると、その口内まで舌を絡める。
「ん……。ん……。んんっ。」
 無理矢理したキスは、舌がしびれるような感覚になる。一度離してもまた繰り返し、自然に彼女も彼の頬に手を当てた。
 何度も繰り返してやっと離されたとき、彼の首に手を回している自分がいた。そして彼も彼女の後ろ頭に手を伸ばしている。
 手を頬に持ってきて撫でた。これがヒューマノイドというのか。全く慣れていない。愛玩用という割には、あまりにも稚拙だ。だがその表情は、彼をまたかき立てる。
 もっとキスがしたい。そう思わせてくれるのはヒューマノイドだからだろうか。それとも彼の性欲からなのか。
「累……。累……もっとしていい?キスしたい。」
「そう……思わせるように出来ています。これ以上はやめておいた方が……。」
「ヒューマノイドからだとかそんな問題じゃない。俺は……お前としたい。」
 涙が出そうになる。それはお互い様だろう。彼の目にも涙が溜まっていたから。おそらく死んだ女を重ね合わせているのだろう。
 すると彼はまた彼女の唇にキスをする。
 離れれば離れるほどしたくなるのだ。そして胸が高鳴る。
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