テロリストと兵士

神崎

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 遺体安置室は、争いのないこの世の中ではそれほどの遺体はない。ほとんどが不慮の事故や城内で死んだ者をそこに置いているのだ。その中の奥。遺体を載せるカートの上に白い布を被せられた遺体がある。
 京は藍と悦を連れて、その前に立った。布をとらなくても何となく臭いがある。遺体特有の臭いと混ざって妙な臭いがした。それは鍵慣れた臭い。幼い頃から母から香っていた臭いだった。
 京は布を取り払った。するとそこには髪を丸刈りにされ、全裸の銘の遺体があった。体中に傷、打ち身、火傷の跡があり、性器の周りの茂みは全くなく、その周りは赤く晴れ上がりカートを濡らしている。
「……。」
「下級兵士を相手していたようです。一度だけならともかく、二度、三度と相手にしていれば、一晩ですがどれだけの相手をしていたのか。」
 京はビニールの手袋をはめると、その晴れ上がった性器に指を伸ばす。少し触れただけで白い精液が溢れた。
「お尻も似たようなものですね。解剖してみないとわかりませんが、おそらく胃の中もほとんど精液だらけです。食事などまともにとれていない。」
「……食事の指示はしていたはずだが。」
 藍はそう言って悦を見た。すると彼は遺体をじっと見て言う。
「自白剤が入っているのではないかと、口にするのを躊躇ってました。」
「……と言うことは、やはり鼠であることを隠したかったのか。」
 その言葉に悦は再び藍に詰め寄った。
「そんなに鼠を捕らえたいのか。鼠だったら何をしてもかまわないのか。それでもあんた人間かよ。」
 胸ぐらに掴みかかる悦の手を振り払い、藍は彼に言う。
「いい加減にしろ。一時の感情だけで兵を振り回すな。」
 それでも悦は藍をにらみつける。
「あんた、あの食堂の女が怪しいって言ってたよな。」
「累は違う。」
「でも同じ事をいえるだろう?あの女が同じ目にあったらどうするんだ。」
 累が兵士たちに凌辱される。そんなことは絶対ない。絶対させない。
「累は鼠じゃない。」
「ヒューマノイドじゃないってだけだろう。鼠かもしれないんだ。捕らえてくればいい。」
「累は違う。」
「それこそあんたの個人的な感情だろ?個人的な感情でモノを言うなって割には、自分の女には甘いんだな。」
 さすがに言い過ぎだ。遺体安置室でそんなことをしたくはないが、藍は拳を握り彼の胸ぐらを掴もうとした。その時だった。
「神聖なる遺体がある部屋ですよ。」
 後ろから声がかかった。そこには紫練の姿あがった。彼女は紫のベールをかぶりいつも以上に表情が見て取れない。
「紫練殿。」
 紫練はベールの奥で、ため息を付いた。
「この女性は鼠でしたのよ。」
「どうしてそんなことが言えますか。」
 悦がくってかかると、彼女は口を押さえて彼を見上げる。
「その汚い体で近づかないで下さいません?」
 彼女はそう言って一歩後ろに下がる。
「紅花殿もおっしゃっていたとおり、彼女には不振な点がいくつかありましたね。IDも偽造されたものだし、部屋の中には一個人としてはあり得ないほどのメイクやウィッグ、洋服。変装の道具として考えれば不自然じゃあございません。」
「それくらい誰にでもあるんじゃないのですか。誰でも変装願望はあるだろうし。」
 藍はその言葉に首を横に振る。
「いいや。おそらくだが……俺はこいつが変装をしているところを何度か見ている。そして食堂やバーでいつも会っていた。」
 藍は彼女の遺体の右胸。その上には打ち身とは違う字があった。それはちょうど桜の花びらのようなモノだった。
「こいつにはこれがある。そして変装したときにはこれがない。」
「別人だったんでしょう。」
「いいや。あの日、第四隊隊長が殺された日だ。バーの店長は売春婦に字はないと言っていた。だが俺は逃げるように出て行くこいつを見た。そこには字があった。」
 ちょうど玄関先で銘は藍にぶつかった。その時目にしたのだろう。その時藍は、やっと銘が鼠である可能性を見つけたのだ。
「こんな字だけでは証拠にならないとは思ったが、まさか本当にそうだとは。」
「業の深い方。生まれ変わったらきっと獣になるでしょうね。」
 紫練はそういって口を押さえる。
「しかし……こいつの口から聞きたいことはあったんだが。」
「何ですか?」
「黒ずくめの女だ。」
 女という言葉に紫練の口元がわずかに変化があった。累のことに気が付いているのだろうか。
「あいつが称を殺した。」
 彼はまだ称を殺されたというのを許せないでいるのだ。
 それは紅花に殺されたという累の怒りを買っているのだとも知らずに。
 面白くなりそうだ。
 紫練は心の中で笑っていた。
「ところで、遺体はどうなさいますか。」
 京に聞かれて、藍はため息を付く。本来ならさらし者にすれば、鼠が怒りここに責めてくるだろう。だが悦の様子から、それは出来ないだろう。
「司法解剖は?」
「今からです。入れ墨がなかったからといって、ヒューマノイドではないと断言はまだ出来ません。」
 その言葉に藍は少し違和感を感じた。そうか。入れ墨がないからといってヒューマノイドではないという証拠にはならないのだ。
「そうか。終わったら……埋葬を。紫練殿。お願いできますか。」
「わかりましたわ。」
 戸惑ったのがわかる。本来ならさらし者にするのが当然なのだろう。だがそれをしなかったのは悦に遠慮している。
 甘い男だ。
 いいや。おそらく甘くなったのかもしれない。本来藍は情の深い男ではない。彼がこうなってしまったのは累のせいだ。累を愛してしまったから、そして称を失ったから。
「悦。」
「はい。」
「今日一日暇をやる。その様子では何も出来ないだろう。」
「しかし……。」
「良いから街にでも出ていろ。落ち着くまで帰ってくるな。」
 悦の仕事も引き受けないといけないかもしれない。こんな時は累に会いたくなるのに、今日は食堂にも行けそうにない。
 累はなんと思うだろう。少なくとも彼女の友人が死んだのだ。ついてやりたいのに、経はついてあげることも出来ない。
 代わりについていてやるのは、あの彩という男なのだろうか。あの男に忘れるように抱かれるのだろうか。そして昨日彼がつけた無数の跡を見て、また激しく責めるのだろうか。
 そんなときでもついてやれない。彼は側近なのだから。それが彼の役割なのだ。
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