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幻が殺された。殺され方は無惨なものでベッドに横になっていた彼女は、首と胴が離れていた。それが致命傷ではあったが、爪が全て剥がされていたことや全身にある傷や青や黒の打ち身は、おそらく楽しみながら殺していたと思えた。
「全く、無惨です。鼠はこんな殺し方までするんですね。」
悦はそう言いながら、その遺体を見ていた。自宅で殺されていたこともあり、町の事件だということで悦が呼ばれていたのだ。そしてその隣には藍の姿がある。彼は冷静にその遺体を見ていた。
「……鼠にしてはおかしな遺体だな。」
「おかしいですか?奴らの証拠である小指が無くなっているし、このころ仕方一突きですよ。」
「だが……こんな拷問のようなことをしたことはない。奴らはやるなら一突きで殺す。それに……。」
首元の太刀筋を見ていたのだ。傷口がわずかだが波打っている。
「奴らの太刀筋は、真っ直ぐだ。迷いがない。だがこれは力をぐっと入れたような感じだが、それでも切れなかったのか何度か刺している。力がない証拠だ。」
「……ということは……。」
「鼠の模倣かもしれない。」
偽物まで現れたのだ。彼はぐっと唇を噛む。鼠の模倣まで現れるほど、奴らは力を付けてきたのだと思う。
「紅花様。」
地下の遺体安置所にやってきたのは、一人の女性だった。眼鏡をかけて白衣を着ている。伸びっぱなしの髪は、一つにくくっただけで色気のかけらもない。その姿はどことなく累に似ていた。
「京さん。」
彼女は王家お抱えの薬師。および、医師であり、研究者だった。もちろんほかにもそういう人はいるが、彼女は若いが王の担当をしているもので、王の信頼を一手に受けている。
それだけ彼女は優秀だとも言えた。
「少しよろしいですか。」
「どうした。珍しいな。あんたが声をかけるのは。」
優秀な彼女だが、唯一の弱点は人嫌いという事だ。人前に出ると緊張して手が震える。
「この遺体のことですが、妙なことがわかりました。」
「妙?あぁ。俺も少し奇妙だと思った。」
「……傷口ですか。それとも打ち身などですか。」
「それもあるが、ほかに何か?」
「女性であるからでしょうか、膣や肛門から擬似精液が出てきました。」
悦はその言葉に口を押さえた。きっと幻は強姦されたあと殺されたのだ。鼠はそんなことまでするのか。彼はぎゅっと拳を握る。
「擬似?精液ではないと言うことか。」
「おっしゃるとおりです。花街なんかではよくあるかもしれませんが、男娼がよく使う精液ですね。」
「一晩に何人も相手をしないといけない男娼が使うヤツか。」
「えぇ。でも中に入れ込むとなると、ちょっと話が変わってきます。注射器やクスコなどで入れ込むことも可能ですが、強姦となればそんなものを入れないで自分のものを入れるでしょう。」
研究となれば全く羞恥心のない女だ。女としての魅力が足りないのはそのせいだろうか。
「確かに……奇妙だな。擬似ではない精液の痕跡はないのか。」
「ありません。口の中も調べましたが、何も出てきませんでした。食事のあとすらありません。それから……。」
「あと何かあるのか。」
コレ以上彼女に何かあったのだろうか。悦は怒りで拳を震わせながら、京に詰め寄る。その様子に彼女は少したじろいだ。
「悦。ちょっと黙ってろ。ますます何も言えなくなる。」
資料をぐっと握り、彼女は言葉を続けた。
「幻緑様は人間ではあり得ないんです。」
「人間ではない?」
「血液からおかしいとは思いましたが、内蔵、脳、骨、全てが作られたものに思えます。」
「作られた?……まさか……。」
ぼそっと彼はいう。
「ヒューマノイド。」
「と言うことは、幻緑様が鼠だったという事でしょうか。そして仲間割れをしたとか。」
「シンプルに考えろ。悦。」
「シンプルに考えるなら、紅花様。」
「あぁ。他にヒューマノイドを作っている輩がいる。そう考えるがな。」
その言葉に初めて京は笑顔を見せた。
「そこで紅花様。少し相談があるのですが。」
「何だ。」
「緑称様の遺品に、鼠が落とした手袋があると思うのですが。それをお借りしてよろしいでしょうか。」
「……以前、紫練殿が興味があるといって持って行ったようだ。俺から紫練殿に話しておく。手に入ったらお前に渡そう。」
「ありがとうございます。」
「対比を教えてくれないか。それによっては鼠以外でヒューマノイドを作っているという証拠になるだろう。」
そういって京はその部屋から出ていった。その後ろ姿を見て、ふと悦はどこかで見たと首を傾げる。
「それにしても仕事しか見えてないヤツだ。研究だけではなく、司法解剖が趣味だとはな。」
「そう言わないでくださいよ。あれでも王の愛人だという噂ですよ。」
「あいつがか?」
その言葉に一番驚いたのは藍だった。確かに白衣の下の胸は大きいとは思っていたが、あんなに色気のない女が好きだとは少し驚いていたのだ。
「王は妻がいますけど、妻は仕事しかしていない王にとっくに愛想尽かしているという噂ですしね。」
「あぁ。いつも客人が来ているな。」
「あの離れで、連日、酒池肉林だそうですよ。」
「呆れるな。それで妻か。」
殆ど城に足を踏み入れることのない妻を、藍は見たことがない。だが紫練に言わせると、色に溺れた愚者だという。紫練のもっぱらの仕事は、その彼女を立ち直らせることらしいが宗教の力ではどうにもならないかもしれない。
それにその妻を一番見放しているのは、他でもない王なのだから。
紫練から手袋を返してもらい、藍は廊下を歩いていた。京にこれを渡せば、鼠の他にテロリストがいる確固たる証拠になるのだ。
緑称を殺したあの鼠は、大人ではあり得ない。一度鼠と対峙したあの鼠は子供のようだった。それが幻を慰めものにするだろうか。強姦して、いたぶって、首をはねる。そんな回りくどいことをするとは思えない。
緑称の遺体は、後ろから銃で一発、頭を打ち抜かれたものだ。他の遺体を見ても、声を上げないように喉を突かれたものが多い。
幻の遺体はまるで遊ぶようにいたぶっていた。まるで子供が遊ぶように。
「……。」
そのとき彼は足を止めた。
子供。そう。この犯行こそが子供がしている。だとしたら今までのものは?強姦などしていない。ただ命を奪っている。
その体格は子供か、女性。
だとしたらあの犯行は、女の犯行なのだろうか。
ため息を付き、彼はまた足を進めた。
「世も末だな。」
外を見る。まだ雨の時期は終わらず、昼間なのに外は薄暗い。
「全く、無惨です。鼠はこんな殺し方までするんですね。」
悦はそう言いながら、その遺体を見ていた。自宅で殺されていたこともあり、町の事件だということで悦が呼ばれていたのだ。そしてその隣には藍の姿がある。彼は冷静にその遺体を見ていた。
「……鼠にしてはおかしな遺体だな。」
「おかしいですか?奴らの証拠である小指が無くなっているし、このころ仕方一突きですよ。」
「だが……こんな拷問のようなことをしたことはない。奴らはやるなら一突きで殺す。それに……。」
首元の太刀筋を見ていたのだ。傷口がわずかだが波打っている。
「奴らの太刀筋は、真っ直ぐだ。迷いがない。だがこれは力をぐっと入れたような感じだが、それでも切れなかったのか何度か刺している。力がない証拠だ。」
「……ということは……。」
「鼠の模倣かもしれない。」
偽物まで現れたのだ。彼はぐっと唇を噛む。鼠の模倣まで現れるほど、奴らは力を付けてきたのだと思う。
「紅花様。」
地下の遺体安置所にやってきたのは、一人の女性だった。眼鏡をかけて白衣を着ている。伸びっぱなしの髪は、一つにくくっただけで色気のかけらもない。その姿はどことなく累に似ていた。
「京さん。」
彼女は王家お抱えの薬師。および、医師であり、研究者だった。もちろんほかにもそういう人はいるが、彼女は若いが王の担当をしているもので、王の信頼を一手に受けている。
それだけ彼女は優秀だとも言えた。
「少しよろしいですか。」
「どうした。珍しいな。あんたが声をかけるのは。」
優秀な彼女だが、唯一の弱点は人嫌いという事だ。人前に出ると緊張して手が震える。
「この遺体のことですが、妙なことがわかりました。」
「妙?あぁ。俺も少し奇妙だと思った。」
「……傷口ですか。それとも打ち身などですか。」
「それもあるが、ほかに何か?」
「女性であるからでしょうか、膣や肛門から擬似精液が出てきました。」
悦はその言葉に口を押さえた。きっと幻は強姦されたあと殺されたのだ。鼠はそんなことまでするのか。彼はぎゅっと拳を握る。
「擬似?精液ではないと言うことか。」
「おっしゃるとおりです。花街なんかではよくあるかもしれませんが、男娼がよく使う精液ですね。」
「一晩に何人も相手をしないといけない男娼が使うヤツか。」
「えぇ。でも中に入れ込むとなると、ちょっと話が変わってきます。注射器やクスコなどで入れ込むことも可能ですが、強姦となればそんなものを入れないで自分のものを入れるでしょう。」
研究となれば全く羞恥心のない女だ。女としての魅力が足りないのはそのせいだろうか。
「確かに……奇妙だな。擬似ではない精液の痕跡はないのか。」
「ありません。口の中も調べましたが、何も出てきませんでした。食事のあとすらありません。それから……。」
「あと何かあるのか。」
コレ以上彼女に何かあったのだろうか。悦は怒りで拳を震わせながら、京に詰め寄る。その様子に彼女は少したじろいだ。
「悦。ちょっと黙ってろ。ますます何も言えなくなる。」
資料をぐっと握り、彼女は言葉を続けた。
「幻緑様は人間ではあり得ないんです。」
「人間ではない?」
「血液からおかしいとは思いましたが、内蔵、脳、骨、全てが作られたものに思えます。」
「作られた?……まさか……。」
ぼそっと彼はいう。
「ヒューマノイド。」
「と言うことは、幻緑様が鼠だったという事でしょうか。そして仲間割れをしたとか。」
「シンプルに考えろ。悦。」
「シンプルに考えるなら、紅花様。」
「あぁ。他にヒューマノイドを作っている輩がいる。そう考えるがな。」
その言葉に初めて京は笑顔を見せた。
「そこで紅花様。少し相談があるのですが。」
「何だ。」
「緑称様の遺品に、鼠が落とした手袋があると思うのですが。それをお借りしてよろしいでしょうか。」
「……以前、紫練殿が興味があるといって持って行ったようだ。俺から紫練殿に話しておく。手に入ったらお前に渡そう。」
「ありがとうございます。」
「対比を教えてくれないか。それによっては鼠以外でヒューマノイドを作っているという証拠になるだろう。」
そういって京はその部屋から出ていった。その後ろ姿を見て、ふと悦はどこかで見たと首を傾げる。
「それにしても仕事しか見えてないヤツだ。研究だけではなく、司法解剖が趣味だとはな。」
「そう言わないでくださいよ。あれでも王の愛人だという噂ですよ。」
「あいつがか?」
その言葉に一番驚いたのは藍だった。確かに白衣の下の胸は大きいとは思っていたが、あんなに色気のない女が好きだとは少し驚いていたのだ。
「王は妻がいますけど、妻は仕事しかしていない王にとっくに愛想尽かしているという噂ですしね。」
「あぁ。いつも客人が来ているな。」
「あの離れで、連日、酒池肉林だそうですよ。」
「呆れるな。それで妻か。」
殆ど城に足を踏み入れることのない妻を、藍は見たことがない。だが紫練に言わせると、色に溺れた愚者だという。紫練のもっぱらの仕事は、その彼女を立ち直らせることらしいが宗教の力ではどうにもならないかもしれない。
それにその妻を一番見放しているのは、他でもない王なのだから。
紫練から手袋を返してもらい、藍は廊下を歩いていた。京にこれを渡せば、鼠の他にテロリストがいる確固たる証拠になるのだ。
緑称を殺したあの鼠は、大人ではあり得ない。一度鼠と対峙したあの鼠は子供のようだった。それが幻を慰めものにするだろうか。強姦して、いたぶって、首をはねる。そんな回りくどいことをするとは思えない。
緑称の遺体は、後ろから銃で一発、頭を打ち抜かれたものだ。他の遺体を見ても、声を上げないように喉を突かれたものが多い。
幻の遺体はまるで遊ぶようにいたぶっていた。まるで子供が遊ぶように。
「……。」
そのとき彼は足を止めた。
子供。そう。この犯行こそが子供がしている。だとしたら今までのものは?強姦などしていない。ただ命を奪っている。
その体格は子供か、女性。
だとしたらあの犯行は、女の犯行なのだろうか。
ため息を付き、彼はまた足を進めた。
「世も末だな。」
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