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根負けしたというか、材料が余っていたからと言うか、累はその女性を店内に案内し、野菜の切れっぱしや肉の端なんかで作ったチャーハンを作る。そして簡単なわかめスープも用意した。
「おいしそう。いただきます。」
女性の名前は幻。年頃は累と同じくらいの歳だという。仕事でこの間この国に赴任してきた。だがここに来て、五分で仕事に入ったため、食事をとれなかったのだという。
「検疫ですか。」
「そう。この間検疫を担当していた人が死んだって言うから、あたしが急に呼ばれたんだけどさ。なんかずさんだったのよねぇ。会計処理もなんか適当だし。」
「……そうでしたか。」
そう言えば変なスパイスなんかを横流ししたり、この国ではあまり手に入らないコーヒー豆なんかを持ってくるような人だ。そういうことがずさんだったのかもしれない。
「でもこのチャーハンおいしいね。いい店に当たったわ。」
「すいません。そんなものしか提供できなくて。」
「いいのよぉ。無理言ったし。でここって何時開店?」
「十一時です。材料が切れ次第、閉店します。」
「なーるほど。それで材料も地元のものが多いんだ。」
「わかりますか?」
「えぇ。輸入物はほとんどないわねぇ。スパイスくらいかしら。この国では手に入りにくいものね。」
「えぇ。どうしてもそういったものを使う料理は必要なので、輸入業をしている称さんに口利きをさせてもらっていました。」
スプーンをおいて、彼女は累を見る。
「あなた、どこかで会ったことあるかしら。出身ここじゃないでしょう?」
「えぇ。私は移民です。」
「あたしも色んなところに行ったから、どこかで会ったのかしらね。」
「そうかもしれませんね。どこで人が繋がっているかわかりませんから。お互い、身の回りには気をつけませんといけませんね。」
累なりのコレ以上話したくないというサインだった。ぐいぐい人のことを聞いてくる彼女を警戒している。
「累さんって呼んでいいのかしら。」
「えぇ。どうとでも。」
「おいくら払えばいいのかしら。」
「え……あ……どうしようかな。」
いつもだったら七百と言って置いてもらうのだが、今日は適当に作ったものだ。そんなものにお金をもらえるのだろうか。
「いいのよ。当たり前に取って。じゃないと次が来れないわ。」
「そうですか。では五百頂いていいですか。」
「え?でも看板には二種のメニュー二つとも七百って。」
「えぇ。でも大丈夫です。用意したものではありませんし。かといってお題は結構ですというものでもありませんから。」
「そうね。だったらコレ。」
コインを置いて、彼女は立ち上がる。
「また来るわ。」
背の高い女性だ。背が低い累にとっては見下ろされる感覚になる。
「お待ちしてます。」
そのとき入り口のドアが開き、藍が店内に入ってきた。
「累。もう閉まっているんじゃないのか。」
その姿に幻も驚いたように彼を見ていた。
「知り合いなの?」
戸惑ったような幻に累は正直に言うつもりはなかった。
「えぇ。お客様で……。」
「恋人だ。」
対して藍は誤魔化すつもりはない。累のように隠す必要はないと思っていたからだ。
「藍。」
その呼び名に、幻はちらりと藍を見る。何も知らされていないまま恋人と言っているのかと。累も可愛そうな人だ。
「ふーん。そっか。じゃああたし邪魔ってわけね。ありがとう累。また来るわ。」
手をひらひら取させて、幻は行ってしまった。そしてドアを閉める。坂を下りながら、彼女はちらりとその食堂を見る。あんな普通のお嬢さんみたいな人に、どうして藍が惹かれたのだろう。体か?気持ちか?わからないけれど、さっき港であったときの藍とは別人のようだ。表情が豊かになっている。そしてわずかに累も表情が軟らかくなっている気がした。
「……本気じゃないんでしょう?」
本気だとしたら、かの人になんと報告をすればいいのだろう。
「あの女、そんなことを?」
「えぇ。見事なお腹の音でした。あんな状態で、帰せませんから。」
「確かにな。」
皿を片づける。そして流しにお湯をためてそれをつけ込んだ。
「藍は食事はいかがですか。」
「今日は簡単に食べてきた。ここの営業時間には間に合わないと思ったし。」
「……忙しそうですね。」
累はそういってつけ込んでいる皿に手を伸ばそうとした。しかし藍はそれを止めようと手を握る。
「藍……。」
「どうしたんだ。その跡は。」
手首を縛られた跡が付いていたのだろう。それに彼は手を重ねる。
「……今日はそうしたいと。」
背中越しに藍がいる。藍はぎりっと奥歯を鳴らし、そこに手を触れた。
「変態か。こんなになるまで……。」
「……おそらく女性は……こうして酷くされても、そのあと優しければその男の方を好きだと勘違いするのでしょうね。」
「お前は?」
「……縛られるのもいやですし、そのあと優しくされてもそれはどこか嘘の臭いがします。」
「冷静だな。」
「そうでもないですよ。」
彼女はそういって彼のその手を握ると、店内から見えないあの最初にキスをしたところへ彼を連れてきた。そしてドアを背にすると、彼の頬に手を当てる。
「藍。今日は時間があまりないんです。でもキスだけでもしたいです。」
「お前から望んでくるのか?」
そして彼女は彼に体を寄せる。その積極的な行動に、押さえていた藍の感情が押さえきれなくなった。
彼は彼女を離し、ドアに押しつける。少し力が強くて顔をゆがめる。それでもいい。少しかがむと、彼は唇に軽くキスをする。ちゅっと音をさせて何度かすると、彼女が彼の首に手を回してきた。結んでいる彼の髪に触れ、そして彼を引き寄せる。唇に触れて、その唇を割る。彼も彼女の後ろ頭に手を当てると、舌を絡ませた。
「ん……ふっ……。」
吐息が漏れると、もっとしたくなる。今日彼女の体を好きにしたパトロンの姿を消したいと思うのだ。
「藍……今日は時間が……。それに……ここでは……。」
「鍵を閉めてなかったか。期待しているのか?」
「何をですか?」
「誰か来ることを。」
「そんなこと誰も期待してませんから。」
「スリルがあるだろう?お前を好きにしている奴が来るかもしれないし。」
すでに頬が赤い。唇にしか触れていないのに。
「……累。欲しい。いつならいい?」
「……では……次の満月の夜。」
「今日は新月か。わかった。」
満月は明るすぎて鼠として行動できない。彩もそれは知っていて、その日は仕事を言ったりしないのだ。
「仕事の都合はつきますか?」
「つける。お前もそれまで……。」
抱かれないで欲しい。あのパトロンにだけは渡したくない。こんな跡を付けて、自分のものだと主張しているようなエゴイストに。
「おいしそう。いただきます。」
女性の名前は幻。年頃は累と同じくらいの歳だという。仕事でこの間この国に赴任してきた。だがここに来て、五分で仕事に入ったため、食事をとれなかったのだという。
「検疫ですか。」
「そう。この間検疫を担当していた人が死んだって言うから、あたしが急に呼ばれたんだけどさ。なんかずさんだったのよねぇ。会計処理もなんか適当だし。」
「……そうでしたか。」
そう言えば変なスパイスなんかを横流ししたり、この国ではあまり手に入らないコーヒー豆なんかを持ってくるような人だ。そういうことがずさんだったのかもしれない。
「でもこのチャーハンおいしいね。いい店に当たったわ。」
「すいません。そんなものしか提供できなくて。」
「いいのよぉ。無理言ったし。でここって何時開店?」
「十一時です。材料が切れ次第、閉店します。」
「なーるほど。それで材料も地元のものが多いんだ。」
「わかりますか?」
「えぇ。輸入物はほとんどないわねぇ。スパイスくらいかしら。この国では手に入りにくいものね。」
「えぇ。どうしてもそういったものを使う料理は必要なので、輸入業をしている称さんに口利きをさせてもらっていました。」
スプーンをおいて、彼女は累を見る。
「あなた、どこかで会ったことあるかしら。出身ここじゃないでしょう?」
「えぇ。私は移民です。」
「あたしも色んなところに行ったから、どこかで会ったのかしらね。」
「そうかもしれませんね。どこで人が繋がっているかわかりませんから。お互い、身の回りには気をつけませんといけませんね。」
累なりのコレ以上話したくないというサインだった。ぐいぐい人のことを聞いてくる彼女を警戒している。
「累さんって呼んでいいのかしら。」
「えぇ。どうとでも。」
「おいくら払えばいいのかしら。」
「え……あ……どうしようかな。」
いつもだったら七百と言って置いてもらうのだが、今日は適当に作ったものだ。そんなものにお金をもらえるのだろうか。
「いいのよ。当たり前に取って。じゃないと次が来れないわ。」
「そうですか。では五百頂いていいですか。」
「え?でも看板には二種のメニュー二つとも七百って。」
「えぇ。でも大丈夫です。用意したものではありませんし。かといってお題は結構ですというものでもありませんから。」
「そうね。だったらコレ。」
コインを置いて、彼女は立ち上がる。
「また来るわ。」
背の高い女性だ。背が低い累にとっては見下ろされる感覚になる。
「お待ちしてます。」
そのとき入り口のドアが開き、藍が店内に入ってきた。
「累。もう閉まっているんじゃないのか。」
その姿に幻も驚いたように彼を見ていた。
「知り合いなの?」
戸惑ったような幻に累は正直に言うつもりはなかった。
「えぇ。お客様で……。」
「恋人だ。」
対して藍は誤魔化すつもりはない。累のように隠す必要はないと思っていたからだ。
「藍。」
その呼び名に、幻はちらりと藍を見る。何も知らされていないまま恋人と言っているのかと。累も可愛そうな人だ。
「ふーん。そっか。じゃああたし邪魔ってわけね。ありがとう累。また来るわ。」
手をひらひら取させて、幻は行ってしまった。そしてドアを閉める。坂を下りながら、彼女はちらりとその食堂を見る。あんな普通のお嬢さんみたいな人に、どうして藍が惹かれたのだろう。体か?気持ちか?わからないけれど、さっき港であったときの藍とは別人のようだ。表情が豊かになっている。そしてわずかに累も表情が軟らかくなっている気がした。
「……本気じゃないんでしょう?」
本気だとしたら、かの人になんと報告をすればいいのだろう。
「あの女、そんなことを?」
「えぇ。見事なお腹の音でした。あんな状態で、帰せませんから。」
「確かにな。」
皿を片づける。そして流しにお湯をためてそれをつけ込んだ。
「藍は食事はいかがですか。」
「今日は簡単に食べてきた。ここの営業時間には間に合わないと思ったし。」
「……忙しそうですね。」
累はそういってつけ込んでいる皿に手を伸ばそうとした。しかし藍はそれを止めようと手を握る。
「藍……。」
「どうしたんだ。その跡は。」
手首を縛られた跡が付いていたのだろう。それに彼は手を重ねる。
「……今日はそうしたいと。」
背中越しに藍がいる。藍はぎりっと奥歯を鳴らし、そこに手を触れた。
「変態か。こんなになるまで……。」
「……おそらく女性は……こうして酷くされても、そのあと優しければその男の方を好きだと勘違いするのでしょうね。」
「お前は?」
「……縛られるのもいやですし、そのあと優しくされてもそれはどこか嘘の臭いがします。」
「冷静だな。」
「そうでもないですよ。」
彼女はそういって彼のその手を握ると、店内から見えないあの最初にキスをしたところへ彼を連れてきた。そしてドアを背にすると、彼の頬に手を当てる。
「藍。今日は時間があまりないんです。でもキスだけでもしたいです。」
「お前から望んでくるのか?」
そして彼女は彼に体を寄せる。その積極的な行動に、押さえていた藍の感情が押さえきれなくなった。
彼は彼女を離し、ドアに押しつける。少し力が強くて顔をゆがめる。それでもいい。少しかがむと、彼は唇に軽くキスをする。ちゅっと音をさせて何度かすると、彼女が彼の首に手を回してきた。結んでいる彼の髪に触れ、そして彼を引き寄せる。唇に触れて、その唇を割る。彼も彼女の後ろ頭に手を当てると、舌を絡ませた。
「ん……ふっ……。」
吐息が漏れると、もっとしたくなる。今日彼女の体を好きにしたパトロンの姿を消したいと思うのだ。
「藍……今日は時間が……。それに……ここでは……。」
「鍵を閉めてなかったか。期待しているのか?」
「何をですか?」
「誰か来ることを。」
「そんなこと誰も期待してませんから。」
「スリルがあるだろう?お前を好きにしている奴が来るかもしれないし。」
すでに頬が赤い。唇にしか触れていないのに。
「……累。欲しい。いつならいい?」
「……では……次の満月の夜。」
「今日は新月か。わかった。」
満月は明るすぎて鼠として行動できない。彩もそれは知っていて、その日は仕事を言ったりしないのだ。
「仕事の都合はつきますか?」
「つける。お前もそれまで……。」
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