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イカロスの羽
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卒業式の予行練習の為に誠二は久しぶりに制服に手を通した。明日の卒業式が終われば、彼は南の地へ向かう。そこで就職するためだ。
そこへ行けばもう小夜子と会うことは少なくなるだろう。それに小夜子はもう教師を辞めるという。辞めてどうするのかなどは聞いていない。聞くことも彼には許されないのかもしれない。
啓子と何度も体を重ねて、乱れた姿を小夜子に映していたなんて言えるわけもない。乱れる姿を見るとさらに抱きたくなる。それでもキスをすることはない。抱きしめることもない。ただの性欲を満たすだけの道具だった。
そんな汚れた彼に、小夜子に会う権利があるだろうか。
横顔を見ると凛としていて、「辞める」といいだした人には見えない。まるで周りの人たちが彼女を責めている加害者にすら見えるのだ。
それでも予行練習が終わると、誠二は自然と美術室の方へ足を延ばした。するとそこには誰もいない教室に一人小夜子が、イーゼルを立てて何かを描いていた。画材は手元にないのでおそらくデッサンだろう。
自然と彼はそこに入っていく。するとその音で彼女は振り返った。
「誠二。」
「何を描いてるんだ?」
すると彼女は少しほほえんで、彼にその絵を見せた。そこには翼を付けた男が海に落下する絵だった。着ているモノからして中性の男だろう。
「イカロスって言うの。」
「イカロス?」
「えぇ。鳥の羽を鑞で固めて、幽閉されていた塔を脱出したっていう神話の話を元にしているわ。」
「……でも落ちてるよな。こいつ。」
「えぇ。過信したのよ。この男は。」
「過信?」
「そう。羽を手に入れて、自由に空を飛べると思っていたのね。太陽に近づこうとして、蝋が溶けて海に落ちて死ぬ。そんな話よ。」
「……どうしてこんな絵を?」
「自分の絵を過信しないようにするため。」
真実を露呈された小夜子はおそらく学校を辞めて、絵をまた描いていくのだろう。どこで描くのは知らない。
「この絵……。」
「あげないわよ。」
彼女はそう言って絵をイーゼルからおろした。
「何で言おうとしてたことがわかるかなぁ。」
「長いつきあいだもの。あなたが何を言おうとしているかわかるわ。」
「……小夜。」
「何?」
イーゼルを畳んで、彼の方をみた。すると彼はまっすぐ彼女をみる。
「俺、まだ小夜のこと好きだよ。」
「……。」
「でも小夜はあの人しか見てなかったんだな。」
「えぇ。そうね。」
「小夜。一度でいいから……。」
彼は彼女の耳元でささやく。すると彼女は、少しほほえんだ。
「そんなことは出来ないわ。」
彼女はそう言ってイーゼルを教室の隅に立てかけて、絵をもって準備室へ向かう。それを追うように誠二も中に入った。
「でも一つだけ忠告することがある。」
「……何?」
「あの人は、うちの家には関係ないかもしれない。だけどうちの家の長男なんだよ。良太よりも継ぐ権利は一番あるんだ。」
「何がいいたいの?」
「もしかしたら繋がりはあるのかもしれないし、小夜に近づいたのも指示だったかもしれないってこと。」
「あり得ないわ。何のメリットがあるの?だいたい、若は彼に母さんに近づけとは言ったけれど、私には近づけって言う指示はないってはっきり言ったわ。」
「メリットならある。」
「何?」
「辞めさせられたよ。教師を。」
「……私を辞めさせて何をするって言うの?組のためには何のメリットもない。」
「それはまだわからない。だけど、何かある。」
すると彼女は絵を立て掛けていった。
「何かあっても構わないわ。私はついて行くだけよ。」
「斉藤さんに?」
「えぇ。」
「そんなに好きなの?」
「えぇ。好きよ。」
すんなりと言った彼女。もう戸惑いも迷いもない。完全につきいる隙間はないのだろう。
家に帰ってくると、お手伝いの女性が食事を作っていた。今日はオムライスを作っているらしい。
「ただいま。」
「お帰りなさい。」
「今日、オムライス?」
「えぇ。」
「啓子さんのぶんも作っているの?」
「でも最近はあまり食べてないようで、心配ですね。」
「ふーん。体調悪いのかな。様子、見に行ってくる。」
本当はただセックスがしたいだけだった。小夜子と話して、小夜子はもう手が届かないとはっきりしたからだろう。ただ、人の温もりが欲しかった。それだけだった。
部屋を出て隣の部屋のチャイムを鳴らす。しかし出てこなかった。まだ仕事に行く時間ではないのに、もう出て行ったのだろうか。
「啓子さーん?」
ドアノブをひねると、あっさりドアは開いた。不用心だ。そう思いながら、中にはいる。
寒いからと言っていつも描けている暖房が今日は付いていない。ひんやりした部屋だった。リビングにはいない。
「寝てんのかな。まだ。」
起こしてやろうと、啓子の寝室のドアを開けた。するとそこにはベッドに倒れ込むようにして体を預けている啓子の姿があった。ドアからは背を向けていて、何があったのか一瞬わからなかった。
「啓子さん?」
声をかけてもぴくりとも動かない。そして妙なことに気が付いた。その啓子のお尻の下に血溜まりが出来ていたのだ。
そこへ行けばもう小夜子と会うことは少なくなるだろう。それに小夜子はもう教師を辞めるという。辞めてどうするのかなどは聞いていない。聞くことも彼には許されないのかもしれない。
啓子と何度も体を重ねて、乱れた姿を小夜子に映していたなんて言えるわけもない。乱れる姿を見るとさらに抱きたくなる。それでもキスをすることはない。抱きしめることもない。ただの性欲を満たすだけの道具だった。
そんな汚れた彼に、小夜子に会う権利があるだろうか。
横顔を見ると凛としていて、「辞める」といいだした人には見えない。まるで周りの人たちが彼女を責めている加害者にすら見えるのだ。
それでも予行練習が終わると、誠二は自然と美術室の方へ足を延ばした。するとそこには誰もいない教室に一人小夜子が、イーゼルを立てて何かを描いていた。画材は手元にないのでおそらくデッサンだろう。
自然と彼はそこに入っていく。するとその音で彼女は振り返った。
「誠二。」
「何を描いてるんだ?」
すると彼女は少しほほえんで、彼にその絵を見せた。そこには翼を付けた男が海に落下する絵だった。着ているモノからして中性の男だろう。
「イカロスって言うの。」
「イカロス?」
「えぇ。鳥の羽を鑞で固めて、幽閉されていた塔を脱出したっていう神話の話を元にしているわ。」
「……でも落ちてるよな。こいつ。」
「えぇ。過信したのよ。この男は。」
「過信?」
「そう。羽を手に入れて、自由に空を飛べると思っていたのね。太陽に近づこうとして、蝋が溶けて海に落ちて死ぬ。そんな話よ。」
「……どうしてこんな絵を?」
「自分の絵を過信しないようにするため。」
真実を露呈された小夜子はおそらく学校を辞めて、絵をまた描いていくのだろう。どこで描くのは知らない。
「この絵……。」
「あげないわよ。」
彼女はそう言って絵をイーゼルからおろした。
「何で言おうとしてたことがわかるかなぁ。」
「長いつきあいだもの。あなたが何を言おうとしているかわかるわ。」
「……小夜。」
「何?」
イーゼルを畳んで、彼の方をみた。すると彼はまっすぐ彼女をみる。
「俺、まだ小夜のこと好きだよ。」
「……。」
「でも小夜はあの人しか見てなかったんだな。」
「えぇ。そうね。」
「小夜。一度でいいから……。」
彼は彼女の耳元でささやく。すると彼女は、少しほほえんだ。
「そんなことは出来ないわ。」
彼女はそう言ってイーゼルを教室の隅に立てかけて、絵をもって準備室へ向かう。それを追うように誠二も中に入った。
「でも一つだけ忠告することがある。」
「……何?」
「あの人は、うちの家には関係ないかもしれない。だけどうちの家の長男なんだよ。良太よりも継ぐ権利は一番あるんだ。」
「何がいいたいの?」
「もしかしたら繋がりはあるのかもしれないし、小夜に近づいたのも指示だったかもしれないってこと。」
「あり得ないわ。何のメリットがあるの?だいたい、若は彼に母さんに近づけとは言ったけれど、私には近づけって言う指示はないってはっきり言ったわ。」
「メリットならある。」
「何?」
「辞めさせられたよ。教師を。」
「……私を辞めさせて何をするって言うの?組のためには何のメリットもない。」
「それはまだわからない。だけど、何かある。」
すると彼女は絵を立て掛けていった。
「何かあっても構わないわ。私はついて行くだけよ。」
「斉藤さんに?」
「えぇ。」
「そんなに好きなの?」
「えぇ。好きよ。」
すんなりと言った彼女。もう戸惑いも迷いもない。完全につきいる隙間はないのだろう。
家に帰ってくると、お手伝いの女性が食事を作っていた。今日はオムライスを作っているらしい。
「ただいま。」
「お帰りなさい。」
「今日、オムライス?」
「えぇ。」
「啓子さんのぶんも作っているの?」
「でも最近はあまり食べてないようで、心配ですね。」
「ふーん。体調悪いのかな。様子、見に行ってくる。」
本当はただセックスがしたいだけだった。小夜子と話して、小夜子はもう手が届かないとはっきりしたからだろう。ただ、人の温もりが欲しかった。それだけだった。
部屋を出て隣の部屋のチャイムを鳴らす。しかし出てこなかった。まだ仕事に行く時間ではないのに、もう出て行ったのだろうか。
「啓子さーん?」
ドアノブをひねると、あっさりドアは開いた。不用心だ。そう思いながら、中にはいる。
寒いからと言っていつも描けている暖房が今日は付いていない。ひんやりした部屋だった。リビングにはいない。
「寝てんのかな。まだ。」
起こしてやろうと、啓子の寝室のドアを開けた。するとそこにはベッドに倒れ込むようにして体を預けている啓子の姿があった。ドアからは背を向けていて、何があったのか一瞬わからなかった。
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