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バックヤード
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居酒屋からでると、二次会へ行く人たちはカラオケに行こうと盛り上がっていた。小夜子はそれは勘弁して欲しいと、ここから近い言えに帰ろうとしていた。そのとき声をかけられる。
「中山先生。帰るんですか。」
声をかけたのは保健婦の沖田だった。彼女も今日は参加していたらしい。
「えぇ。ちょっと明日用事があるので。」
「少しくらいなら平気ですよねぇ?行きましょうよ。」
「カラオケ苦手なんですよ。」
「カラオケじゃないんですって。クラブへ行くらしいですよ。」
「クラブ?」
「若者が行かないクラブ。もう私たちもそういう歳になってきましたね。」
「カラオケないんですか?」
「綺麗な女性を見るだけでも目の保養になりますよー。それにほら、その店黒服がホストみたいだって評判ですし。」
ずいぶんしつこく誘ってくる。彼女はその誘いに根負けして、「少しだけなら」といってついて行くことにした。
そしてたどり着いたビルは、「K」のあるビルだった。
「……まさか。」
「あ、知ってます?「K」って。」
「母がしている店です。」
「お母さん?えぇー?あのまますごく若いのに。」
「若いって言っても四十代ですよ。」
何で母のやっている店に来なければいけないのか。そう思いながらも、彼女はその店に足を延ばした。
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか。」
出てきたのは確かに顔立ちの整ったホストのような黒服だった。人数が多いために分かれて座った。小夜子が入ると、稽古は驚いたように彼女を見た。そして客に少し挨拶をすると、彼女に近づいた。
「何しに来たのよ。」
「知らないわよ。忘年会で二次会をここでするっていうんだから。」
「早見さんね。あーあ。何が悲しくて娘の相手を……。」
「こっちの台詞だわ。」
悪態を付いていると、啓子は別の客に呼ばれて行ってしまった。小夜子はカウンター席に座ると、自然と斉藤を捜す。すると斉藤はバックヤードから出てきて、こちらを見た。ふっと笑顔を浮かべて、自分の仕事に戻る。
「あの黒服かっこいいわぁ。」
沖田はそういいながら、黒服を見ていた。かっこいいと言っているその黒服が斉藤ではなくて良かったと、心底ほっとした。
コートを脱いだ沖田は、目のやり場に困るような服装をしていたからだ。こんな人の隣にいれば、自分が本当に色気がないように見えてしかたがない。女としての魅力が全くない彼女と比べて、きっと斉藤だって沖田みたいな人に言い寄られればそっちがいいというかもしれないのだから。
「正木先生。ボックスへ行かなくていいんですか。」
小夜子の右隣には沖田がいる。そしてその左隣には正木がいた。カウンター席には女性が付きにくい。なので、しっとりと飲みたい人用に作った席なのだが、正木は女性目当てでここに来たのではないらしい。
「女性ならここに二人もいるじゃないですか。」
その言葉に沖田と小夜子は顔を見合わせた。
「お上手ねぇ。正木先生は。」
簡単なつまみと酒が運ばれて、飲みながら話をしていると会話が進む。
ワーカーホリックだと言われている小夜子だが、正木もだいぶそれに近いようだった。酒が進み、話が弾むと彼は書道について語り出した。
沖田はそれがわからないのでつまらなさそうにしていたが、小夜子は多少わかるのでうなずいていた。やがて小夜子はトイレに行くといって席を立つ。
「すいません。お手洗いはどこですか。」
声をかけた人は斉藤だった。驚いて彼女は思わず目を見開いてしまった。
「お手洗いですか。案内します。」
そういって彼はバックヤードに連れて行った。
「あの……表にもありますよね。」
「今籠城している人がいるので、スタッフ用のトイレに案内してるんですよ。」
「あぁ。そういうことですか。」
きらびやかな衣装が目に付くバックヤードだった。彼女はそこにはいると、用を足して出てきた。するとまだそこには斉藤の姿があった。
「表に出ないんですか?」
「煙草が吸いたいんです。」
そういって彼は口から煙を出した。手には火のついた煙草がある。
「……私、出ますね。」
「小夜子。」
すると彼は彼女の手を捕まえ、キスをする。その行動に彼女は焦ったように彼を突き飛ばした。
「誰が入ってくるかわからないのにやめて。」
「誰も入ってこない。鍵かけた。」
そういって彼は灰皿に置かれている煙草を消した。
「まだ長かったわ。」
「本当は煙草よりもあなたにキスがしたかった。」
「一週間も立ってないわよ。」
「一日でもしないとフラストレーションが溜まりそうだ。」
彼は彼女の体を優しく抱きしめて、そして唇を再び重ねた。舌を差し込んで、彼女の口内を優しく愛撫する。
「欲しくなってくるわ。こんなキス。」
「……抱きたくなるのは私もそうですよ。」
「でも、仕事頑張ってね。」
仕事だから、彼女はそういって彼から離れた。そして彼も入り口のドアを開ける。
「先にどうぞ。」
「ありがとう。」
バックヤードを抜けると、表に出た。するとほかの黒服がトイレに「籠城」していた人を介抱しているのが見えた。
「タクシー呼びましたから。ちょっと待ってくださいね。住所言えます?」
あまりにもいつも通りの光景に、斉藤は苦笑いをした。小夜子はカウンター席に戻る。すると沖田はボックス席に戻り、そこにはほかの先生と正木が何かを話していた。
「あぁ。戻ってきた。」
「何の話を?」
「この辺の土地の話ですよ。相川先生は、ずっとこの辺に住んでいるらしいので。」
来年定年になる国語の教師だった。白い髪とスーツを着た教師は、実際の年齢よりも老けて見える。
「この辺は、赤線でしたからね。」
「赤線?」
「体を売る女性が多かったんですよ。なのでその名残がその奥にありますよね。」
「あぁ。ソープランドやファッションヘルスが並んでますね。」
「赤線で働く女性は家族のために、生活のためにと体を打っている人が多かったようですが、今は違うみたいですね。体を売ることに若い人は抵抗がないようだ。」
相川の言葉がズキリと刺さる。
まるで自分のことを言われているようで怖かった。
「中山先生。帰るんですか。」
声をかけたのは保健婦の沖田だった。彼女も今日は参加していたらしい。
「えぇ。ちょっと明日用事があるので。」
「少しくらいなら平気ですよねぇ?行きましょうよ。」
「カラオケ苦手なんですよ。」
「カラオケじゃないんですって。クラブへ行くらしいですよ。」
「クラブ?」
「若者が行かないクラブ。もう私たちもそういう歳になってきましたね。」
「カラオケないんですか?」
「綺麗な女性を見るだけでも目の保養になりますよー。それにほら、その店黒服がホストみたいだって評判ですし。」
ずいぶんしつこく誘ってくる。彼女はその誘いに根負けして、「少しだけなら」といってついて行くことにした。
そしてたどり着いたビルは、「K」のあるビルだった。
「……まさか。」
「あ、知ってます?「K」って。」
「母がしている店です。」
「お母さん?えぇー?あのまますごく若いのに。」
「若いって言っても四十代ですよ。」
何で母のやっている店に来なければいけないのか。そう思いながらも、彼女はその店に足を延ばした。
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか。」
出てきたのは確かに顔立ちの整ったホストのような黒服だった。人数が多いために分かれて座った。小夜子が入ると、稽古は驚いたように彼女を見た。そして客に少し挨拶をすると、彼女に近づいた。
「何しに来たのよ。」
「知らないわよ。忘年会で二次会をここでするっていうんだから。」
「早見さんね。あーあ。何が悲しくて娘の相手を……。」
「こっちの台詞だわ。」
悪態を付いていると、啓子は別の客に呼ばれて行ってしまった。小夜子はカウンター席に座ると、自然と斉藤を捜す。すると斉藤はバックヤードから出てきて、こちらを見た。ふっと笑顔を浮かべて、自分の仕事に戻る。
「あの黒服かっこいいわぁ。」
沖田はそういいながら、黒服を見ていた。かっこいいと言っているその黒服が斉藤ではなくて良かったと、心底ほっとした。
コートを脱いだ沖田は、目のやり場に困るような服装をしていたからだ。こんな人の隣にいれば、自分が本当に色気がないように見えてしかたがない。女としての魅力が全くない彼女と比べて、きっと斉藤だって沖田みたいな人に言い寄られればそっちがいいというかもしれないのだから。
「正木先生。ボックスへ行かなくていいんですか。」
小夜子の右隣には沖田がいる。そしてその左隣には正木がいた。カウンター席には女性が付きにくい。なので、しっとりと飲みたい人用に作った席なのだが、正木は女性目当てでここに来たのではないらしい。
「女性ならここに二人もいるじゃないですか。」
その言葉に沖田と小夜子は顔を見合わせた。
「お上手ねぇ。正木先生は。」
簡単なつまみと酒が運ばれて、飲みながら話をしていると会話が進む。
ワーカーホリックだと言われている小夜子だが、正木もだいぶそれに近いようだった。酒が進み、話が弾むと彼は書道について語り出した。
沖田はそれがわからないのでつまらなさそうにしていたが、小夜子は多少わかるのでうなずいていた。やがて小夜子はトイレに行くといって席を立つ。
「すいません。お手洗いはどこですか。」
声をかけた人は斉藤だった。驚いて彼女は思わず目を見開いてしまった。
「お手洗いですか。案内します。」
そういって彼はバックヤードに連れて行った。
「あの……表にもありますよね。」
「今籠城している人がいるので、スタッフ用のトイレに案内してるんですよ。」
「あぁ。そういうことですか。」
きらびやかな衣装が目に付くバックヤードだった。彼女はそこにはいると、用を足して出てきた。するとまだそこには斉藤の姿があった。
「表に出ないんですか?」
「煙草が吸いたいんです。」
そういって彼は口から煙を出した。手には火のついた煙草がある。
「……私、出ますね。」
「小夜子。」
すると彼は彼女の手を捕まえ、キスをする。その行動に彼女は焦ったように彼を突き飛ばした。
「誰が入ってくるかわからないのにやめて。」
「誰も入ってこない。鍵かけた。」
そういって彼は灰皿に置かれている煙草を消した。
「まだ長かったわ。」
「本当は煙草よりもあなたにキスがしたかった。」
「一週間も立ってないわよ。」
「一日でもしないとフラストレーションが溜まりそうだ。」
彼は彼女の体を優しく抱きしめて、そして唇を再び重ねた。舌を差し込んで、彼女の口内を優しく愛撫する。
「欲しくなってくるわ。こんなキス。」
「……抱きたくなるのは私もそうですよ。」
「でも、仕事頑張ってね。」
仕事だから、彼女はそういって彼から離れた。そして彼も入り口のドアを開ける。
「先にどうぞ。」
「ありがとう。」
バックヤードを抜けると、表に出た。するとほかの黒服がトイレに「籠城」していた人を介抱しているのが見えた。
「タクシー呼びましたから。ちょっと待ってくださいね。住所言えます?」
あまりにもいつも通りの光景に、斉藤は苦笑いをした。小夜子はカウンター席に戻る。すると沖田はボックス席に戻り、そこにはほかの先生と正木が何かを話していた。
「あぁ。戻ってきた。」
「何の話を?」
「この辺の土地の話ですよ。相川先生は、ずっとこの辺に住んでいるらしいので。」
来年定年になる国語の教師だった。白い髪とスーツを着た教師は、実際の年齢よりも老けて見える。
「この辺は、赤線でしたからね。」
「赤線?」
「体を売る女性が多かったんですよ。なのでその名残がその奥にありますよね。」
「あぁ。ソープランドやファッションヘルスが並んでますね。」
「赤線で働く女性は家族のために、生活のためにと体を打っている人が多かったようですが、今は違うみたいですね。体を売ることに若い人は抵抗がないようだ。」
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