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冬の日
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やがてコートが手放せない冬になる。身を切るような冷たい風が吹き、誰もが温かい家路へと急ぐ日々になる。
そんな町の中、一枚のポスターが大きく張り出された。今まであまりメディアの露出に積極的ではなかったバンド「psycho」の「kazumi」のポスターだった。「psycho」とは別にクラシックのピアノ曲の現代風アレンジをした彼のソロ活動の一巻だった。そして彼の横には一人の女性が映っている。髪が長くすらりとしたドレスを着た女性。それは「緑子」だった。
グランドピアノを向かい合わせて、離れたところでピアノを弾く。飛んで、跳ねて、時にはしっとりと引くそのピアノ曲は、クラシックに耳なじみのない若い人にも受け入れられているように見えた。
だが彼の思惑とは別に、世間の反応はやはり一巳の容姿と緑子の容姿が話題になる。
「お姫様と王子様って感じ?」
「綺麗な人だけど、絶対kazumiとやってるよね。」
「あの肩の入れ墨。絶対ビッチだよ。」
特に緑子の風当たりは強かった。
世間の反応とは別だったが、彼らの音楽自体はそこそこ受け入れられているように見えた。
だが一巳はそんなことはどうでもいい。会社に直訴して、緑子とのユニットが成立し、世間に公表できたのは自分自身も嬉しいことだった。
大学の推薦入試はそろそろ結果が出ている。落ちた、受かったと表情は悲喜こもごもだったが、小夜子が担当している芸大、美大の推薦も受かった人、落ちた人で様々だった。おかしな事に「この子は厳しいんじゃないのか」と思った人が受かり、「大丈夫だろう」と思った人が落ちたりしている。
ある意味特殊な学校だ。試験官の感じ方も違うのかもしれない。
「小夜の所は、結構受かっている生徒多いのか。」
阿久津の所で絵を描いていると、声をかけられた。
「そこそこですね。今年はあと二人といったところです。」
「一般入試は厳しいからなぁ。肩書きがあってもそんなの通用しないし。」
高名な美展で賞をもらったといっても、あまり役には立たないらしい。
そんなことはわかっている。だからただ繰り返しデッサンをするしかないのだ。
「で、坂本さんの絵は何にするか決まったのか。」
秋に頼まれた絵。描いて欲しいといわれて無償ならという条件の下、小夜子はそれを受けたのだ。絵を金で売ることは教師の立場であれば許されないから。
「そこそこ。でも書き直すかもしれませんね。」
「あんまり待たせても良くないからな。」
「そうですね。でもわかってましたよ。坂本さんも。納得する絵を譲って欲しいといってきていましたから。」
白いキャンバスに下書きをしていく。このままでは何を描こうとしているのかはわからない。だが彼女には彼女のやり方があるだろう。
「せんせー。さようなら。」
「はい。気をつけて。」
中にいた生徒たちが帰って行く。夜二十一時。高校生たちは親が迎えに来たのを確認して、行ってしまったのだろう。
教室の中には阿久津と小夜子だけになった。そして小夜子も鉛筆を止めて、キャンバスを片づけ始めた。
「今日は帰るか。」
「えぇ。あまり遅くなったら、明日に響きますし。」
彼女は少しため息をついて阿久津の方を見る。
「もう若くないですから。」
「ま、確かにな。俺ももう徹夜はキツくなってきた。」
ずいぶん雰囲気が変わった。秋くらいにはいろんな事が彼女の周りでいろんな事がありずいぶん悩んでいたように思えたが、今はすっきりした顔になっている。
それにずいぶん雰囲気が変わった。色気が出てきた気がする。恋人の存在は瑠衣から聞いてはいたが、少し前に別れたという。理由は彼女らしいと思ったが、別れた恋人は少し可愛そうだと思った。彼女を恋人にするのは、とても難しいだろうと思ったから。
別れが彼女の色気を作ったのだろうか。
「じゃあ、また来ます。」
「明日来るのか?」
「明日は予定があって……。」
「そっか。じゃあまたな。」
コートを着て、彼女は部屋を出ていった。階段を下り、道路に出ようとしたときだった。
「あんた……。」
そこには瑠衣がいた。
「あ……今晩は。」
「もう終わったの?」
「えぇ。」
話には聞いている。一巳を振った女。その理由は一巳の浮気だという。仕方ないのかもしれない。確かに緑子の方が従順で、色気があり、貞淑だ。
小夜子と別れて、一巳は緑子とつきあっていることを聞いた。だがその表情は、とても嬉しいというにはかけ離れすぎている。
「一巳と連絡取ってる?」
思わず瑠衣はそう聞いた。すると彼女は不思議そうな顔をして彼に聞く。
「どうしてですか?」
「何となくだよ。」
「……忙しいでしょう。彼も。私が隣に住んでいたときも、彼と会うことなどあまりありませんでしたから。」
変なつきあい方だと思った。仕事を優先したいからと言って、連絡すらままならないようなつきあい方をしていたのだろうか。
「一巳の住んでるところは知っている?」
「えぇ。一応。でも行くことはないんですけどね。」
「あんたも引っ越したんだろ?」
「えぇ。いつまでもあそこに住んでいる理由もないですから。」
斉藤は相変わらずあのアパートに住んでいる。彼女がしていた誠二の食事の世話は斉藤がしているようだった。
「「psycho」は、また新曲の制作にはいるよ。今度は映画のメインテーマを作ってくれってさ。」
「すごいですね。」
「でもまぁ、アニメ映画なんだけどね。」
「一巳によろしく言っておいて下さい。無理しないようにって。」
「わかった。」
彼女はそう言って階段を下りていく。
一巳は小夜子とつきあっていたときの方が自然だったのかもしれない。瑠衣はそう思いながら、階段を上がっていく。
愛する人がいる。だが結婚は出来ない瑠衣にとって、一巳は羨ましいのかもしれない。
そんな町の中、一枚のポスターが大きく張り出された。今まであまりメディアの露出に積極的ではなかったバンド「psycho」の「kazumi」のポスターだった。「psycho」とは別にクラシックのピアノ曲の現代風アレンジをした彼のソロ活動の一巻だった。そして彼の横には一人の女性が映っている。髪が長くすらりとしたドレスを着た女性。それは「緑子」だった。
グランドピアノを向かい合わせて、離れたところでピアノを弾く。飛んで、跳ねて、時にはしっとりと引くそのピアノ曲は、クラシックに耳なじみのない若い人にも受け入れられているように見えた。
だが彼の思惑とは別に、世間の反応はやはり一巳の容姿と緑子の容姿が話題になる。
「お姫様と王子様って感じ?」
「綺麗な人だけど、絶対kazumiとやってるよね。」
「あの肩の入れ墨。絶対ビッチだよ。」
特に緑子の風当たりは強かった。
世間の反応とは別だったが、彼らの音楽自体はそこそこ受け入れられているように見えた。
だが一巳はそんなことはどうでもいい。会社に直訴して、緑子とのユニットが成立し、世間に公表できたのは自分自身も嬉しいことだった。
大学の推薦入試はそろそろ結果が出ている。落ちた、受かったと表情は悲喜こもごもだったが、小夜子が担当している芸大、美大の推薦も受かった人、落ちた人で様々だった。おかしな事に「この子は厳しいんじゃないのか」と思った人が受かり、「大丈夫だろう」と思った人が落ちたりしている。
ある意味特殊な学校だ。試験官の感じ方も違うのかもしれない。
「小夜の所は、結構受かっている生徒多いのか。」
阿久津の所で絵を描いていると、声をかけられた。
「そこそこですね。今年はあと二人といったところです。」
「一般入試は厳しいからなぁ。肩書きがあってもそんなの通用しないし。」
高名な美展で賞をもらったといっても、あまり役には立たないらしい。
そんなことはわかっている。だからただ繰り返しデッサンをするしかないのだ。
「で、坂本さんの絵は何にするか決まったのか。」
秋に頼まれた絵。描いて欲しいといわれて無償ならという条件の下、小夜子はそれを受けたのだ。絵を金で売ることは教師の立場であれば許されないから。
「そこそこ。でも書き直すかもしれませんね。」
「あんまり待たせても良くないからな。」
「そうですね。でもわかってましたよ。坂本さんも。納得する絵を譲って欲しいといってきていましたから。」
白いキャンバスに下書きをしていく。このままでは何を描こうとしているのかはわからない。だが彼女には彼女のやり方があるだろう。
「せんせー。さようなら。」
「はい。気をつけて。」
中にいた生徒たちが帰って行く。夜二十一時。高校生たちは親が迎えに来たのを確認して、行ってしまったのだろう。
教室の中には阿久津と小夜子だけになった。そして小夜子も鉛筆を止めて、キャンバスを片づけ始めた。
「今日は帰るか。」
「えぇ。あまり遅くなったら、明日に響きますし。」
彼女は少しため息をついて阿久津の方を見る。
「もう若くないですから。」
「ま、確かにな。俺ももう徹夜はキツくなってきた。」
ずいぶん雰囲気が変わった。秋くらいにはいろんな事が彼女の周りでいろんな事がありずいぶん悩んでいたように思えたが、今はすっきりした顔になっている。
それにずいぶん雰囲気が変わった。色気が出てきた気がする。恋人の存在は瑠衣から聞いてはいたが、少し前に別れたという。理由は彼女らしいと思ったが、別れた恋人は少し可愛そうだと思った。彼女を恋人にするのは、とても難しいだろうと思ったから。
別れが彼女の色気を作ったのだろうか。
「じゃあ、また来ます。」
「明日来るのか?」
「明日は予定があって……。」
「そっか。じゃあまたな。」
コートを着て、彼女は部屋を出ていった。階段を下り、道路に出ようとしたときだった。
「あんた……。」
そこには瑠衣がいた。
「あ……今晩は。」
「もう終わったの?」
「えぇ。」
話には聞いている。一巳を振った女。その理由は一巳の浮気だという。仕方ないのかもしれない。確かに緑子の方が従順で、色気があり、貞淑だ。
小夜子と別れて、一巳は緑子とつきあっていることを聞いた。だがその表情は、とても嬉しいというにはかけ離れすぎている。
「一巳と連絡取ってる?」
思わず瑠衣はそう聞いた。すると彼女は不思議そうな顔をして彼に聞く。
「どうしてですか?」
「何となくだよ。」
「……忙しいでしょう。彼も。私が隣に住んでいたときも、彼と会うことなどあまりありませんでしたから。」
変なつきあい方だと思った。仕事を優先したいからと言って、連絡すらままならないようなつきあい方をしていたのだろうか。
「一巳の住んでるところは知っている?」
「えぇ。一応。でも行くことはないんですけどね。」
「あんたも引っ越したんだろ?」
「えぇ。いつまでもあそこに住んでいる理由もないですから。」
斉藤は相変わらずあのアパートに住んでいる。彼女がしていた誠二の食事の世話は斉藤がしているようだった。
「「psycho」は、また新曲の制作にはいるよ。今度は映画のメインテーマを作ってくれってさ。」
「すごいですね。」
「でもまぁ、アニメ映画なんだけどね。」
「一巳によろしく言っておいて下さい。無理しないようにって。」
「わかった。」
彼女はそう言って階段を下りていく。
一巳は小夜子とつきあっていたときの方が自然だったのかもしれない。瑠衣はそう思いながら、階段を上がっていく。
愛する人がいる。だが結婚は出来ない瑠衣にとって、一巳は羨ましいのかもしれない。
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