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心の奥底の感情
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温いシャワーを浴びて、小夜子は体をさっぱりさせた。体のあちこちには夕べの情事の跡がいくつも残っている。それを見せたくなくてわざと肌を隠す黒い薄いニットのワンピースを着た。濃い色を着れば、その跡は目立たない。
その後を斉藤もシャワーを浴びた。
小夜子の体が麻薬のようだというのは事実だった。抱けば抱くほど欲しくなる。だが彼女には一巳がいる。一巳とはほとんど会っていないとはいえ、まだ恋人なのだ。それを証明するかのように、彼女の部屋には彼からもらった香水の瓶があった。
「苦手なんだけどな。」
香りの強いモノが苦手だという彼女のことをわかっていないのだろうか。
だが昨日抱いたのは彼女の為じゃない。
彼女のために何も出来なかった自分が悔しかったから、その自分を慰めるために抱いた。自分のために彼女を利用したと言えるだろう。
シャワーから出ると、洗濯機がゴンゴンと音を立てている。おそらくシーツを洗っているのだろう。夕べのことを洗い流すように。
さすがに疲れているのかもしれない。今日も仕事はある。もう少し眠ることにしようと、リビングへやってきたときだった。
小夜子がテレビの前で立ち尽くしていた。
「長井雪隆刺殺!」
大きなニュースになっていた。盗作の疑いがあった長井は、その報道の直後、南の国に逃げるように行っていた。いない人の報道はいずれ冷める。それをねらっての逃亡だった。
実際、もうその報道はほとんどされず、最近のニュースの主なモノは、政治家の汚職や芸能人の不祥事ばかりだった。
そこで彼はまたこの国に帰ってくる。長井はもうこの名前で絵を売ることは出来ないだろうが、別名義で描くことは出来ると甘い考えを持っていた。夕べ、彼はこの国の空港に降り立った。そしてタクシーに乗り込もうとしたときだった。
一人の男が彼を包丁で刺殺してきたのだ。傷口は二カ所。腹、そして背中。特に背中の傷は肺にまで達している。彼はそのまま絶命した。
刺した男は、中年の男性。長井を刺した後、彼はビルの屋上から飛び降り自殺をした。
長井を刺した理由はまだわからない。だが、彼には娘がいた。娘も自殺をしていることから、痴情のもつれと報道されている。
小夜子はそのニュースを見ながら、ため息をついた。そして震える拳をぎゅっと握り、感情を抑えているようだった。
「……小夜子。」
「……死んだ……。」
彼女を陥れた男が死んだ。しかしこの怒りをどこにぶつければいいのだろう。
「……小夜子さん。この事件は……。」
「たぶんですが……母さんが絡んでいるのではないんですか。」
「え?」
夕べの斉藤の様子がおかしいことで彼女は、予想はしていたのだろう。
人を殺すのに抵抗がない人。自分の手を汚さずに殺せる人。それが母のバックについている集団なのだから。
「おそらくすべてはその人たちが裏で糸を弾いていた。と言うことはこれを指示したのは、「若」という人なのでしょう。」
「……その通りです。」
彼はソファに腰掛けて、煙草に火をつけた。
「私の元に、長井がこの国に戻ってくるとの連絡がありました。長井のやっていることは、うちの組にも影響があったので落とし前をつけてもらうようにしていたのです。」
「さい……いいえ。真一さんは……組のモノですか。」
「……私は組のモノではありません。しかし、こういうときのために裏で動くよう指示はされています。」
「もしかして……母さんを好きにしているのも……。」
「指示です。」
あっさりと認めてしまった。啓子をつなぎ止めるために、若は斉藤を啓子の元へ送り込んだことを。
「母さんはあなたを亡くなった父さんに似ていると言っていました。そこまで母さんはあなたを愛そうとしていたのに。」
「……私が今、愛しているのは一人だけですよ。」
そういって彼は彼女を見上げた。しかし彼女はその視線にぞっとする。すべては彼の思惑通りに回っているような気がした。
昼過ぎ、啓子は家に戻ってきた。スッピンのままだったことが、夕べ何があったのかを物語っている。斉藤は彼女を休ませるように、ベッドに運んだ。
「今日も仕事なのに……。」
「何時間は眠れますよ。」
彼女はベッドの上に座っている斉藤を見上げた。どことなく斉藤が変わった気がする。機械のように感情のない人だと思ったが、最近はずいぶん人間らしい。こうして手を握ってくれているのも、彼女に愛情があるからのように感じる。
彼のことが好きなのかもしれない。それを口にしたこともあるが、彼は彼女に愛情の一言を言ったこともない。だがその視線はいつもより優しい。
「起こしますから。眠って下さい。」
遮光カーテンを閉めて、再び彼女の手を握る。きれいなマニキュアの指は、小夜子に似ていない。小夜子の手はいつも木炭や炭で汚れていたからだ。
この人工的なモノを持ち上げると、彼はそれに口づけをした。手首には痣がある。おそらく若の趣味なのだろう。
しばらくして穏やかな寝息が聞こえた。朝近くまで話してくれなかったのだろう。それは彼も同じだったのだが。
そっと手を離すと、リビングに戻ってきた。するとそこには小夜子がバッグを持って出て行こうとしている。
「どこへ?」
「……ちょっと呼ばれたんで行きます。」
「一巳さんのところですか。」
「いいえ。先輩のところです。帰りにスーパーへ行きますが、何か必要なモノはありますか。」
「そうですね。ちょっと待って下さい。」
キッチンへ彼は向かい、その後ろを小夜子も向かう。調味料のストックを入れている棚を見るために、彼はしゃがみ込んでいる。
「醤油が切れそうなので、買ってもらえますか。」
「重いモノを言いますね。」
少し笑い、そして彼は彼女を目の前に呼んだ。そして軽く唇を重ねる。
「……行ってらっしゃい。」
そういって彼は彼女の結んでいる髪のゴムを取ってしまった。
その後を斉藤もシャワーを浴びた。
小夜子の体が麻薬のようだというのは事実だった。抱けば抱くほど欲しくなる。だが彼女には一巳がいる。一巳とはほとんど会っていないとはいえ、まだ恋人なのだ。それを証明するかのように、彼女の部屋には彼からもらった香水の瓶があった。
「苦手なんだけどな。」
香りの強いモノが苦手だという彼女のことをわかっていないのだろうか。
だが昨日抱いたのは彼女の為じゃない。
彼女のために何も出来なかった自分が悔しかったから、その自分を慰めるために抱いた。自分のために彼女を利用したと言えるだろう。
シャワーから出ると、洗濯機がゴンゴンと音を立てている。おそらくシーツを洗っているのだろう。夕べのことを洗い流すように。
さすがに疲れているのかもしれない。今日も仕事はある。もう少し眠ることにしようと、リビングへやってきたときだった。
小夜子がテレビの前で立ち尽くしていた。
「長井雪隆刺殺!」
大きなニュースになっていた。盗作の疑いがあった長井は、その報道の直後、南の国に逃げるように行っていた。いない人の報道はいずれ冷める。それをねらっての逃亡だった。
実際、もうその報道はほとんどされず、最近のニュースの主なモノは、政治家の汚職や芸能人の不祥事ばかりだった。
そこで彼はまたこの国に帰ってくる。長井はもうこの名前で絵を売ることは出来ないだろうが、別名義で描くことは出来ると甘い考えを持っていた。夕べ、彼はこの国の空港に降り立った。そしてタクシーに乗り込もうとしたときだった。
一人の男が彼を包丁で刺殺してきたのだ。傷口は二カ所。腹、そして背中。特に背中の傷は肺にまで達している。彼はそのまま絶命した。
刺した男は、中年の男性。長井を刺した後、彼はビルの屋上から飛び降り自殺をした。
長井を刺した理由はまだわからない。だが、彼には娘がいた。娘も自殺をしていることから、痴情のもつれと報道されている。
小夜子はそのニュースを見ながら、ため息をついた。そして震える拳をぎゅっと握り、感情を抑えているようだった。
「……小夜子。」
「……死んだ……。」
彼女を陥れた男が死んだ。しかしこの怒りをどこにぶつければいいのだろう。
「……小夜子さん。この事件は……。」
「たぶんですが……母さんが絡んでいるのではないんですか。」
「え?」
夕べの斉藤の様子がおかしいことで彼女は、予想はしていたのだろう。
人を殺すのに抵抗がない人。自分の手を汚さずに殺せる人。それが母のバックについている集団なのだから。
「おそらくすべてはその人たちが裏で糸を弾いていた。と言うことはこれを指示したのは、「若」という人なのでしょう。」
「……その通りです。」
彼はソファに腰掛けて、煙草に火をつけた。
「私の元に、長井がこの国に戻ってくるとの連絡がありました。長井のやっていることは、うちの組にも影響があったので落とし前をつけてもらうようにしていたのです。」
「さい……いいえ。真一さんは……組のモノですか。」
「……私は組のモノではありません。しかし、こういうときのために裏で動くよう指示はされています。」
「もしかして……母さんを好きにしているのも……。」
「指示です。」
あっさりと認めてしまった。啓子をつなぎ止めるために、若は斉藤を啓子の元へ送り込んだことを。
「母さんはあなたを亡くなった父さんに似ていると言っていました。そこまで母さんはあなたを愛そうとしていたのに。」
「……私が今、愛しているのは一人だけですよ。」
そういって彼は彼女を見上げた。しかし彼女はその視線にぞっとする。すべては彼の思惑通りに回っているような気がした。
昼過ぎ、啓子は家に戻ってきた。スッピンのままだったことが、夕べ何があったのかを物語っている。斉藤は彼女を休ませるように、ベッドに運んだ。
「今日も仕事なのに……。」
「何時間は眠れますよ。」
彼女はベッドの上に座っている斉藤を見上げた。どことなく斉藤が変わった気がする。機械のように感情のない人だと思ったが、最近はずいぶん人間らしい。こうして手を握ってくれているのも、彼女に愛情があるからのように感じる。
彼のことが好きなのかもしれない。それを口にしたこともあるが、彼は彼女に愛情の一言を言ったこともない。だがその視線はいつもより優しい。
「起こしますから。眠って下さい。」
遮光カーテンを閉めて、再び彼女の手を握る。きれいなマニキュアの指は、小夜子に似ていない。小夜子の手はいつも木炭や炭で汚れていたからだ。
この人工的なモノを持ち上げると、彼はそれに口づけをした。手首には痣がある。おそらく若の趣味なのだろう。
しばらくして穏やかな寝息が聞こえた。朝近くまで話してくれなかったのだろう。それは彼も同じだったのだが。
そっと手を離すと、リビングに戻ってきた。するとそこには小夜子がバッグを持って出て行こうとしている。
「どこへ?」
「……ちょっと呼ばれたんで行きます。」
「一巳さんのところですか。」
「いいえ。先輩のところです。帰りにスーパーへ行きますが、何か必要なモノはありますか。」
「そうですね。ちょっと待って下さい。」
キッチンへ彼は向かい、その後ろを小夜子も向かう。調味料のストックを入れている棚を見るために、彼はしゃがみ込んでいる。
「醤油が切れそうなので、買ってもらえますか。」
「重いモノを言いますね。」
少し笑い、そして彼は彼女を目の前に呼んだ。そして軽く唇を重ねる。
「……行ってらっしゃい。」
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