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似てる女
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白い壁の一室で、彼女は眠りにずっとついていた。口元には呼吸を促すためのマスク。下にはチューブが差し込まれていた。閉ざされた目は開けることはなく、ただ呼吸をしているだけの女。
それは斉藤の母だった。斉藤の名字はこの女性の名字で、彼はそれをずっと名乗っていた。もちろん本名は「坂本」なのだが。
ヤクザの息子ということをずっと黙っていたのに、彼はあることがきっかけでそれがばれてしまった。それは今目の前で眠っている彼女が抗争に巻き込まれて、撃たれたことがきっかけになった。
頭がいい彼はこれで自分の道は狭くなったことを感じ取り、高校進学をあきらめ、まだ幼い弟を捨てて、「斉藤」と名乗って遠くの町にある洋食屋に就職した。
しかしそこでごたごたを起こし、彼はその洋食屋のシェフの一人を、刺してしまったのだ。
運悪く、彼は意識不明の重体になりそのまま死んでいった。そのまま彼は少年刑務所に移送され、数年間そこで過ごすことになってしまう。
「ヤクザの息子だから。まともに働くことは出来ない。」
いつも言われていたことだ。本来なら彼の弟である良太に組を継がせる必要はなかったのに、結局良太は高校を出るとこの組の参加の企業に入らざる得ないのだ。
「……。」
いたたまれない。そう思いながら、彼はその病室を後にしようとした。そのとき、そこに一人の男が入ってきた。それは「若」だった。つまり彼の父である。
「真一。来ていたのか。どうだ。亜希子の様子は。」
「……容態は持ち直した。だが相変わらず意識は戻らない。」
「……。」
変わった夫婦だと思う。意識の戻らない母と、他の何人かの愛人を囲う父。そしてその父の愛人のうちの一人と、恋人関係にある自分。
「……啓子はどうだ。」
「ここでそれを言うなんて、あんたらしいよ。元気にしてる。」
あんたがいなくても私が幸せにする。そう口から出そうになりながら、彼はその横を通り過ぎた。
斉藤はそのまま仕事へ向かう。「K」に戻ってこれたのは嬉しい。やはり古参の店とはいえ、馴染みのない店はやりにくかったのだ。それに客層も違う。
この店は案外フランクな客も多い。もちろん女の子に触ってくるような客もいるが、基本笑いながら接客をしている。それに彼は徹底的に影になることで、やりやすくなっていた。
仕事を終えて、黒服みんなで掃除をする。女の子の中にはアフターに行く子もいれば、夜間保育園に連絡を入れている子もいるが、掃除を手伝う人はいない。そんなことは黒服に任せていればいいのだ。しかしカウンターには一人の女性が、今日の売り上げの計算をしている。それは啓子だった。
彼女はそれをしないと一日が終わった気がしないのだ。
やがて掃除が終わり、女の子もみんなはけた。斉藤は最後まで残り、更衣室で着替えをする。スーツの姿からGパンとシャツに着替えた。
「お疲れさまでした。」
家にはおそらく小夜がいるはずだ。今日は啓子がこの後、若に会うようになっている。昼間につっこんだ穴に、今度は父親がつっこむのだ。皮肉な話だと思う。
バイクに乗って一度コンビニに向かい、煙草を買った。そしてアパートに戻ると、玄関のドアを開ける。回りは真っ暗で人影はない。もう時間も時間だ。おそらく小夜子は眠っているのだろう。
キッチンへ向かうと、冷蔵庫から水を取り出しコップに注いだ。
「……誰?」
女の声がして彼は振り返った。そこには小夜子の姿があった。
「小夜さん。私です。」
「斉藤さん?」
暗くてよく見えなかったのだろう。彼はコップの水を飲むと、彼女に近づいた。
「……斉藤さんですか。」
「一巳だと?」
「えぇ。今日これるかもしれないといっていたのだけど、やっぱり無理だったみたいですね。」
そうやってずっと待っているのか。帰ってくるかわからない相手を、彼女はずっと待っているのか。それが幸せなのだろうか。
そんな彼女の姿は、昼間にみた母の姿に似ている。帰ってくるかわからない夫を待つ女。それが彼の母だったのだ。
「小夜さん。この間、絵を見ましたよ。」
「あぁ。展示会のですか?あれで大変な目に遭ったんです。」
長井雪隆が模倣していた主が、彼女だった。それは真実になりつつある。しかしまだそれは一部にしか知られていない。もちろん、彼女に話を聞こうという人もまだ一部を除いてまだいない。
「いい絵でした。店に張れればいいのですが。」
「お店の雰囲気にはあいませんね。そうですね。母さんの店だったら裸婦とかの方がいいんじゃないですか。」
ぴったりです。そう言いかけて斉藤は、言葉を飲んだ。
「その母さんはどうしました?」
「若の所へ行くと。」
「そうですか。では、帰るのは朝ですね。」
暗いながらも時計は薄く見える。もう午前三時を刺しているようだ。
「明日も仕事なのでは?少し眠った方がいい。」
「……最近よく眠れなくて。」
色んなことがあったせいなのかもしれないが、彼女は最近あまりぐっすりとは眠れないようなのだ。すぐに目が覚めてしまう。物音がするとすぐに目を覚まし、こうして表に出るのだ。
「一巳を待つのでしたら、連絡があるでしょう。」
「……一巳はあまり連絡と頻繁にとる人じゃないですから。」
来るときは突然。いつもそうだった。
「そんな相手で……。」
すぐそばに小夜子がいる。啓子によく似た彼女の娘。
だが性格は全く違う。待つことなんて大っ嫌い。待たせることしかしない啓子。
対して貞淑な妻のように恋人を待つ小夜子。それは昔彼が好きだったあの女性によく似ている。
「どうしました?」
あまりにも難しい顔をしていたのだろうか。彼はふと視線を逸らせ、そしてまた彼女をまっすぐに見る。
「小夜さん。……いえ。小夜子さん。」
「はい?」
ドキリとした。小夜とみんな呼ぶのに、小夜子と呼ぶのは一巳だけだったから。それを彼があたかもいつものように呼ぶから。
「一度、私とセックスしませんか。」
「は?」
驚いて彼女は彼を見る。あまり背が高くない斉藤は、彼女と同じ目線だ。
「無理でしょう。私には……。」
「一巳がいる。そして私には啓子さんがいる。でもあなたはおそらく一巳としか経験はない。」
「いいえ。一度……。」
無理矢理誠二としたことがある。嫌な思い出だった。
「あんな子供だけとしていても、あなたを満足させられないでしょう。それに……。」
手を伸ばしてくる。それが怖かった。彼女はびくりと体を震わせて、そして壁に追いやられる。
「あなたの「好き」が本当なのか確かめるいいチャンスになりますよ。」
「……私は一巳が……。」
「えぇ。そして私も啓子さんが。」
「だったらそんなことをする意味がないでしょう。」
「ありますよ。」
彼はそう言って彼女の顎を手で支えて、その唇にキスをした。
「んっ……。ふっ……。」
じっくりとねっとりとキスをしてくる斉藤の唇に、彼女の唇から吐息が漏れた。
それは斉藤の母だった。斉藤の名字はこの女性の名字で、彼はそれをずっと名乗っていた。もちろん本名は「坂本」なのだが。
ヤクザの息子ということをずっと黙っていたのに、彼はあることがきっかけでそれがばれてしまった。それは今目の前で眠っている彼女が抗争に巻き込まれて、撃たれたことがきっかけになった。
頭がいい彼はこれで自分の道は狭くなったことを感じ取り、高校進学をあきらめ、まだ幼い弟を捨てて、「斉藤」と名乗って遠くの町にある洋食屋に就職した。
しかしそこでごたごたを起こし、彼はその洋食屋のシェフの一人を、刺してしまったのだ。
運悪く、彼は意識不明の重体になりそのまま死んでいった。そのまま彼は少年刑務所に移送され、数年間そこで過ごすことになってしまう。
「ヤクザの息子だから。まともに働くことは出来ない。」
いつも言われていたことだ。本来なら彼の弟である良太に組を継がせる必要はなかったのに、結局良太は高校を出るとこの組の参加の企業に入らざる得ないのだ。
「……。」
いたたまれない。そう思いながら、彼はその病室を後にしようとした。そのとき、そこに一人の男が入ってきた。それは「若」だった。つまり彼の父である。
「真一。来ていたのか。どうだ。亜希子の様子は。」
「……容態は持ち直した。だが相変わらず意識は戻らない。」
「……。」
変わった夫婦だと思う。意識の戻らない母と、他の何人かの愛人を囲う父。そしてその父の愛人のうちの一人と、恋人関係にある自分。
「……啓子はどうだ。」
「ここでそれを言うなんて、あんたらしいよ。元気にしてる。」
あんたがいなくても私が幸せにする。そう口から出そうになりながら、彼はその横を通り過ぎた。
斉藤はそのまま仕事へ向かう。「K」に戻ってこれたのは嬉しい。やはり古参の店とはいえ、馴染みのない店はやりにくかったのだ。それに客層も違う。
この店は案外フランクな客も多い。もちろん女の子に触ってくるような客もいるが、基本笑いながら接客をしている。それに彼は徹底的に影になることで、やりやすくなっていた。
仕事を終えて、黒服みんなで掃除をする。女の子の中にはアフターに行く子もいれば、夜間保育園に連絡を入れている子もいるが、掃除を手伝う人はいない。そんなことは黒服に任せていればいいのだ。しかしカウンターには一人の女性が、今日の売り上げの計算をしている。それは啓子だった。
彼女はそれをしないと一日が終わった気がしないのだ。
やがて掃除が終わり、女の子もみんなはけた。斉藤は最後まで残り、更衣室で着替えをする。スーツの姿からGパンとシャツに着替えた。
「お疲れさまでした。」
家にはおそらく小夜がいるはずだ。今日は啓子がこの後、若に会うようになっている。昼間につっこんだ穴に、今度は父親がつっこむのだ。皮肉な話だと思う。
バイクに乗って一度コンビニに向かい、煙草を買った。そしてアパートに戻ると、玄関のドアを開ける。回りは真っ暗で人影はない。もう時間も時間だ。おそらく小夜子は眠っているのだろう。
キッチンへ向かうと、冷蔵庫から水を取り出しコップに注いだ。
「……誰?」
女の声がして彼は振り返った。そこには小夜子の姿があった。
「小夜さん。私です。」
「斉藤さん?」
暗くてよく見えなかったのだろう。彼はコップの水を飲むと、彼女に近づいた。
「……斉藤さんですか。」
「一巳だと?」
「えぇ。今日これるかもしれないといっていたのだけど、やっぱり無理だったみたいですね。」
そうやってずっと待っているのか。帰ってくるかわからない相手を、彼女はずっと待っているのか。それが幸せなのだろうか。
そんな彼女の姿は、昼間にみた母の姿に似ている。帰ってくるかわからない夫を待つ女。それが彼の母だったのだ。
「小夜さん。この間、絵を見ましたよ。」
「あぁ。展示会のですか?あれで大変な目に遭ったんです。」
長井雪隆が模倣していた主が、彼女だった。それは真実になりつつある。しかしまだそれは一部にしか知られていない。もちろん、彼女に話を聞こうという人もまだ一部を除いてまだいない。
「いい絵でした。店に張れればいいのですが。」
「お店の雰囲気にはあいませんね。そうですね。母さんの店だったら裸婦とかの方がいいんじゃないですか。」
ぴったりです。そう言いかけて斉藤は、言葉を飲んだ。
「その母さんはどうしました?」
「若の所へ行くと。」
「そうですか。では、帰るのは朝ですね。」
暗いながらも時計は薄く見える。もう午前三時を刺しているようだ。
「明日も仕事なのでは?少し眠った方がいい。」
「……最近よく眠れなくて。」
色んなことがあったせいなのかもしれないが、彼女は最近あまりぐっすりとは眠れないようなのだ。すぐに目が覚めてしまう。物音がするとすぐに目を覚まし、こうして表に出るのだ。
「一巳を待つのでしたら、連絡があるでしょう。」
「……一巳はあまり連絡と頻繁にとる人じゃないですから。」
来るときは突然。いつもそうだった。
「そんな相手で……。」
すぐそばに小夜子がいる。啓子によく似た彼女の娘。
だが性格は全く違う。待つことなんて大っ嫌い。待たせることしかしない啓子。
対して貞淑な妻のように恋人を待つ小夜子。それは昔彼が好きだったあの女性によく似ている。
「どうしました?」
あまりにも難しい顔をしていたのだろうか。彼はふと視線を逸らせ、そしてまた彼女をまっすぐに見る。
「小夜さん。……いえ。小夜子さん。」
「はい?」
ドキリとした。小夜とみんな呼ぶのに、小夜子と呼ぶのは一巳だけだったから。それを彼があたかもいつものように呼ぶから。
「一度、私とセックスしませんか。」
「は?」
驚いて彼女は彼を見る。あまり背が高くない斉藤は、彼女と同じ目線だ。
「無理でしょう。私には……。」
「一巳がいる。そして私には啓子さんがいる。でもあなたはおそらく一巳としか経験はない。」
「いいえ。一度……。」
無理矢理誠二としたことがある。嫌な思い出だった。
「あんな子供だけとしていても、あなたを満足させられないでしょう。それに……。」
手を伸ばしてくる。それが怖かった。彼女はびくりと体を震わせて、そして壁に追いやられる。
「あなたの「好き」が本当なのか確かめるいいチャンスになりますよ。」
「……私は一巳が……。」
「えぇ。そして私も啓子さんが。」
「だったらそんなことをする意味がないでしょう。」
「ありますよ。」
彼はそう言って彼女の顎を手で支えて、その唇にキスをした。
「んっ……。ふっ……。」
じっくりとねっとりとキスをしてくる斉藤の唇に、彼女の唇から吐息が漏れた。
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