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断たれた夢
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喫茶店を出たとき、小夜子の携帯電話が激しく鳴った。胸騒ぎがして、彼女はその電話をとった。
「もしもし?」
後ろからは一巳が出てくる。彼も携帯電話を見ていたが、彼の顔色も悪くなった。
「一巳……。」
電話を切って小夜子は後ろを振り返った。
「どうした。」
「家の人と連絡が付かないから私に連絡があったらしいのだけど、誠二の怪我をしたって……。」
「怪我?」
「今日インターハイ予選の準決勝で……。」
試合中に何かあったのだろうか。彼女はすぐ前でタクシーを拾う。
「病院は聞いてるか。」
「えぇ。」
「僕も行くよ。」
「でもあなた……。」
「仕事はどうにでもなるから。とりあえず身内の心配だろ?」
そう言ってタクシーに一巳も乗り込んだ。一巳はその中で電話を始める。
「すいません。ちょっと身内が怪我をしたようで……えぇ。身内は僕しかいないので……。」
新しいアルバムをひっさげてのツアーが始まるのだから、そのための音作りをしないといけなかったらしい。それを少し抜け出して、彼女に会っていたのだろう。
「スポーツしてるとそういうこともあるよ。」
「でも……足がおかしいって言ってたの。もうバスケ出来ないんじゃ……。」
不安なことばかりが頭をよぎる。彼は彼女の肩に手を回した。不安を取り除くように。
やがてたどり着いたのは、大きな総合病院だった。タクシーを降りて、小夜子と一巳はそこの中に入っていった。午前中の診療は終わったらしく、ロビーは人がまばらだった。
「橋口誠二は……。どこにいますか。」
受付嬢はその必死の形相と、後ろの人物のきらびやかさに少し気押されたようだったが、それは一瞬だった。
「小夜さん!」
後ろを振り返るとそこには明梨の姿があった。
「あなた……。」
「誠二は今治療中だよ。」
「どうなの?」
「靱帯とか骨には影響はないって言ってたけど。ひどく足を捻挫したみたい。コートにうずくまって立てなかったもん。」
その言葉に彼女は少しうつむいた。すると明梨は、彼女に聞く。
「張り切ってたみたいだけど、空回りしてたようにも見えたの。ねぇ。小夜さん。ストリートでも誠二ってそんなことをしなかったのに、何で今日……。」
「高校最後だからだろ?」
後ろにいた一巳がにっこりと笑って答えた。
「張り切ってたよ。確かに。」
その理由は知っていた。この大会で、彼は目を付けられたい。そして実業団に入り、収入を得て小夜子と結婚したい。そんな夢物語を描いていたのだ。
すると向こうの廊下から、松葉杖をついた誠二がやってきた。あのとき見たユニフォームのまま。
「誠二。」
いち早く駆け寄ったのは、一巳だった。
「わざわざ来てくれたの?」
「弟が何かあるって言うのに、駆けつけられない仕事なんか辞めてしまえばいい。」
するとその言葉に誠二は笑った。
「何だよ。それ。」
小夜子はそんな誠二になんて声をかければいいのかわからなかった。
「……お金。払ってくるわ。」
すると誠二の隣にいた顧問の若い男性の先生が、小夜子に声をかけた。
「中山先生。これ保険が下りるんで……。」
「はい。」
試合は負けたらしい。攻撃の要である誠二が倒れてからは、ぼろぼろだったらしく、結果は大差だった。
だが明梨に言わせれば不自然な倒れ方をしたという。
誠二には五人プレーヤーがいるのに二人のガードがつき、彼に攻撃をさせないようにしていた。
しかしそれをかいくぐってシュートをした。そのシュートは音もなくゴールに吸い込まれたように思えた。しかしそのジャンプを着地したとき、彼は強烈な右足の痛みを感じてそのまま倒れ込んでしまった。
「ジャンプに失敗したとか、そんな問題じゃないみたいな……。」
顧問の先生もそれを不思議そうに思っていた。
「誠二は、ガードされてたよ。しつこいくらいに。」
だが何を言っても証拠はない。彼はただの部活中の事故にあったのだ。それで処理される。
誠二は迎えに来た本家の車に乗り、そしてそこには一巳も乗り込んだ。
「方向一緒だったら、僕も連れていって。」
その黒塗りの車に明梨も顧問も驚いていたようだが、小夜子だけは冷静にその車を見送った。
車の中で、誠二は松葉杖を忌々しそうに見ていた。
「どれくらいかかる?」
「何が?」
「完治まで。」
「二、三週間って言ってた。」
「そっか。それまで大人しくしてるんだね。」
一巳はそう言って煙草に火を付けた。
「これで俺、実業団には入れなくなったかもしれないな。」
「……まぁ、可能性は低くなったかもしれない。だけど可能性はないわけじゃない。お前の実績を見て、誘ってくる企業もあるんじゃないのか。」
「……。」
「大人しく大学へいけよ。そっちの方が誘いは多いだろ?」
すると誠二の胸ぐらを一巳は掴んだ。
「あんた、なんかしたのか。」
「何が?」
熱くなる誠二とは対照的に一巳は冷静だ。
「俺が大学に行けば、小夜と離れることになる。四年も小夜が待つはずがない。その間にあんたが小夜と一緒になるつもりだろう?」
すると彼はその手を払う。
「触るな。」
煙草を消して、彼は誠二を見下ろした。
「お前が勝手にこけたことまで僕のせいにしてもらっちゃ困るな。」
「……。」
「だいたい、お前は目立ちすぎる。それで相手の選手から目を付けられていたのも知らないのか。」
「そうだけど……。」
「詳しくは良太に聞けばいい。本家にいるだろう?」
車が停まり、一巳は車を降りた。
本当に一巳の手が加わっていなかったのか。わからない。真実は闇の中なのだ。
「もしもし?」
後ろからは一巳が出てくる。彼も携帯電話を見ていたが、彼の顔色も悪くなった。
「一巳……。」
電話を切って小夜子は後ろを振り返った。
「どうした。」
「家の人と連絡が付かないから私に連絡があったらしいのだけど、誠二の怪我をしたって……。」
「怪我?」
「今日インターハイ予選の準決勝で……。」
試合中に何かあったのだろうか。彼女はすぐ前でタクシーを拾う。
「病院は聞いてるか。」
「えぇ。」
「僕も行くよ。」
「でもあなた……。」
「仕事はどうにでもなるから。とりあえず身内の心配だろ?」
そう言ってタクシーに一巳も乗り込んだ。一巳はその中で電話を始める。
「すいません。ちょっと身内が怪我をしたようで……えぇ。身内は僕しかいないので……。」
新しいアルバムをひっさげてのツアーが始まるのだから、そのための音作りをしないといけなかったらしい。それを少し抜け出して、彼女に会っていたのだろう。
「スポーツしてるとそういうこともあるよ。」
「でも……足がおかしいって言ってたの。もうバスケ出来ないんじゃ……。」
不安なことばかりが頭をよぎる。彼は彼女の肩に手を回した。不安を取り除くように。
やがてたどり着いたのは、大きな総合病院だった。タクシーを降りて、小夜子と一巳はそこの中に入っていった。午前中の診療は終わったらしく、ロビーは人がまばらだった。
「橋口誠二は……。どこにいますか。」
受付嬢はその必死の形相と、後ろの人物のきらびやかさに少し気押されたようだったが、それは一瞬だった。
「小夜さん!」
後ろを振り返るとそこには明梨の姿があった。
「あなた……。」
「誠二は今治療中だよ。」
「どうなの?」
「靱帯とか骨には影響はないって言ってたけど。ひどく足を捻挫したみたい。コートにうずくまって立てなかったもん。」
その言葉に彼女は少しうつむいた。すると明梨は、彼女に聞く。
「張り切ってたみたいだけど、空回りしてたようにも見えたの。ねぇ。小夜さん。ストリートでも誠二ってそんなことをしなかったのに、何で今日……。」
「高校最後だからだろ?」
後ろにいた一巳がにっこりと笑って答えた。
「張り切ってたよ。確かに。」
その理由は知っていた。この大会で、彼は目を付けられたい。そして実業団に入り、収入を得て小夜子と結婚したい。そんな夢物語を描いていたのだ。
すると向こうの廊下から、松葉杖をついた誠二がやってきた。あのとき見たユニフォームのまま。
「誠二。」
いち早く駆け寄ったのは、一巳だった。
「わざわざ来てくれたの?」
「弟が何かあるって言うのに、駆けつけられない仕事なんか辞めてしまえばいい。」
するとその言葉に誠二は笑った。
「何だよ。それ。」
小夜子はそんな誠二になんて声をかければいいのかわからなかった。
「……お金。払ってくるわ。」
すると誠二の隣にいた顧問の若い男性の先生が、小夜子に声をかけた。
「中山先生。これ保険が下りるんで……。」
「はい。」
試合は負けたらしい。攻撃の要である誠二が倒れてからは、ぼろぼろだったらしく、結果は大差だった。
だが明梨に言わせれば不自然な倒れ方をしたという。
誠二には五人プレーヤーがいるのに二人のガードがつき、彼に攻撃をさせないようにしていた。
しかしそれをかいくぐってシュートをした。そのシュートは音もなくゴールに吸い込まれたように思えた。しかしそのジャンプを着地したとき、彼は強烈な右足の痛みを感じてそのまま倒れ込んでしまった。
「ジャンプに失敗したとか、そんな問題じゃないみたいな……。」
顧問の先生もそれを不思議そうに思っていた。
「誠二は、ガードされてたよ。しつこいくらいに。」
だが何を言っても証拠はない。彼はただの部活中の事故にあったのだ。それで処理される。
誠二は迎えに来た本家の車に乗り、そしてそこには一巳も乗り込んだ。
「方向一緒だったら、僕も連れていって。」
その黒塗りの車に明梨も顧問も驚いていたようだが、小夜子だけは冷静にその車を見送った。
車の中で、誠二は松葉杖を忌々しそうに見ていた。
「どれくらいかかる?」
「何が?」
「完治まで。」
「二、三週間って言ってた。」
「そっか。それまで大人しくしてるんだね。」
一巳はそう言って煙草に火を付けた。
「これで俺、実業団には入れなくなったかもしれないな。」
「……まぁ、可能性は低くなったかもしれない。だけど可能性はないわけじゃない。お前の実績を見て、誘ってくる企業もあるんじゃないのか。」
「……。」
「大人しく大学へいけよ。そっちの方が誘いは多いだろ?」
すると誠二の胸ぐらを一巳は掴んだ。
「あんた、なんかしたのか。」
「何が?」
熱くなる誠二とは対照的に一巳は冷静だ。
「俺が大学に行けば、小夜と離れることになる。四年も小夜が待つはずがない。その間にあんたが小夜と一緒になるつもりだろう?」
すると彼はその手を払う。
「触るな。」
煙草を消して、彼は誠二を見下ろした。
「お前が勝手にこけたことまで僕のせいにしてもらっちゃ困るな。」
「……。」
「だいたい、お前は目立ちすぎる。それで相手の選手から目を付けられていたのも知らないのか。」
「そうだけど……。」
「詳しくは良太に聞けばいい。本家にいるだろう?」
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本当に一巳の手が加わっていなかったのか。わからない。真実は闇の中なのだ。
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