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盗作の代償
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体育館を出ると、バスに乗り込んだ。そして町中へ向かう。たどり着いた先は、阿久津の経営する美術研究所だった。その上が彼の自宅になっている。おそらく彼の彼氏と一緒に住んでいるところだ。
小夜子はそこへ駆け上がり、チャイムを鳴らした。するとすぐに阿久津が出てくる。彼女の必死の形相に、彼は彼女が何を言いたいのかすぐにわかってしまった。
「……聞いた?」
「えぇ。長井さんが……訴えられたと。」
「うん。まぁ、正確には著作権侵害。訴えられたみたいだ。」
阿久津さんの部屋に上がり、テレビを付けてくれた。するとそこには「長井雪隆 ○○大会の公式エンブレムを盗作」と大々的に報道されていた。
「元々長井君は、よく酷似している作品を制作していたけれど、彼には強力なバックがあったし、それを黙らせるだけの力も実力もあった。」
だがきっかけは大学時代に遡る。
二十歳の時にある美展に出品した作品が、同じ大学の人の作品によく似ていたのだという。
もっとも元の作品は、もう破棄されていてそこにはなかったが画像として残されていたものがあったため、専門家に依頼することが出来たらしい。
「……阿久津さん。この画像を専門家に持って行った人物は……あなたですか。」
その言葉に彼は目を見開いた。
「まさか。俺がそんなことをして何のメリットもない。」
「しかし私をはじめ他の人の絵の画像を持っているのは、あなたしかいなかったはず。」
すると部屋の奥から、一人の男性が出てきた。それは彼女でも見覚えのある男。
「うるさいな。智。俺、さっき寝たんだけど。」
眠そうだった彼だったが小夜子を見て驚き、目を覚ました。
「瑠衣。悪かった。騒いで。」
「いいや。あんた……中山小夜子だろ?一巳の幼なじみの……元カノ。」
「……すいません。いつかはご迷惑をかけてしまって……。」
その人は「psycho」のボーカルのRUIだった。彼が阿久津の恋人だったのだ。
「……いいや。お陰でCDすげぇ売れたから……。」
文句はある。こんな形で売れたくはなかったという文句。だが、こうでもしなけば売れなかったかもしれないという、今後の不安はあった。売れてくれたきっかけを作ってくれた一巳にも、そして彼女にも感謝をしないといけないのかもしれない。
「……悦夫の彼女があんたのことを知っててね、悦夫越しにあんたのことを聞いてた。」
「嫌なことを。」
「そうだな。」
絵を盗作して、絵のために男と寝て、手段を選ばない女。それが小夜子のイメージだった。
「……でもこのニュースが真実なら……とんだ誤解をしてたみたいだ。あんた、本当は絵を描いて生活したかっただろうに。」
「そうですね……。でも今でも絵に関わってますから。それは嬉しいことです。」
絵を教えるような立場ではないと思っていたし、その実力もない、そして子供は苦手だと思っていた。でも何年かして、小夜子に「合格したよ。先生のお陰。ありがとう。」と言ってくれることが、嬉しく思えた。
「こういう世界も……あっていい。」
瑠衣は頭をかいて、そのテレビを見た。
「……たぶん、この情報をリークしたの……一巳なんだよ。」
「一巳が?」
「一巳とあんたの関係がばれかけて、取材したインタビュアに大学の時の絵を渡したんだと思う。」
「……そうでしたか……。」
一巳を追い込んでしまったのかもしれない。自分がそこまではっきりしなかったから。
「阿久津さん。すいません。自宅にまで押し掛けてしまって。」
「いいんだ。小夜。俺を疑うのも無理はないだろうから。」
小夜子は一礼して、部屋を出ていった。
「……複雑だろうな。あいつ。」
長井雪隆の作品だと言われていたものの、ほとんどは盗作だったとメディアは大々的に報じている。彼はこの国を代表するような画家になりつつあったのに、その地位は一瞬にして崩れ落ちた。
今彼はどこにいるのか、メディアは必死に探しているが彼は雲隠れしている。国内にいることは間違いないが、もしかしたら彼のバックについている企業が彼をかくまっているのかもしれない。
全ては自業自得なのかもしれない。だがそれに振り回された小夜子は、今後どうしたらいいのだろう。
破棄したと思っていた絵がまた世に出る。その事実はもう変えられないのだ。
なるべく小さな画展であれば、小夜子だと気が付かれないだろうと思っていた。だが長井は彼女をずっと追っていた。
だから彼女が出品したその絵をトレースし、自分の作品だと世に発表した作品が数点ある。おそらくその事実も突き止められるだろう。
彼女の周りはまた騒がしくなるのかもしれない。その前に彼女はどうしたらいいのか、町中のカフェでコーヒーを飲みながら考えていた。
そしてバックの中から、封筒とそして便せんを取り出す。
「……。」
こんなものを書く日が来るとは思っていなかった。
そのときだった。そのくたびれた喫茶店に、一人の男が入ってきた。それは一巳だった。
長い金色の髪を一つに結び、普段着ないような安っぽいシャツとGパンに身を包んだ一巳。唯一サングラスだけをしているのは「Kazumi」とばれないようにしているためか。
彼は彼女のテーブルに座る。その座ってきた相手に、彼女は目を見開いた。
「忙しいんじゃないの?」
「……瑠衣から聞いた。君が思い詰めているかもしれないって。」
「……思い詰めさせるようなことをしたわね。」
「でもあんな男が美術界にいること自体が不快だな。僕は。」
「……あれでも海外にでて、勉強したのよ。」
「模倣の勉強じゃない?」
一巳は少し笑い、そしてウェイトレスにオレンジジュースを頼んだ。
「小夜子。絵の勉強をするなら、今じゃないのかな。」
その言葉に小夜子はため息を付く。
「あなたは私の一番の理解者だと思っている?」
「その通りだと思うけど。」
「だったらこのまま静かに教師をやっていたかったわ。」
温くなったコーヒーを口に運ぶ。すると彼は益々笑った。
「だったらどうしていつも「不完全燃焼」みたいな顔をしているの。」
「……。」
「高校生の時、美術部として作品を描いた。あの絵を僕はずっと覚えてる。君は「完璧だ」って喜んでたよね。」
「世間が見えなかっただけよ。」
「二十九になって、完璧をまた目指してみるのもいいんじゃない?」
すると彼女はコーヒーにまた口を付ける。カップをおくとウェイトレスが、オレンジジュースを一巳の前に置いた。
「どうしてあなたに私のことがわかるの?」
「何でって……君が好きだから。」
ぞっとする。そのために長井雪隆の人生を崩したというのか。
小夜子はそこへ駆け上がり、チャイムを鳴らした。するとすぐに阿久津が出てくる。彼女の必死の形相に、彼は彼女が何を言いたいのかすぐにわかってしまった。
「……聞いた?」
「えぇ。長井さんが……訴えられたと。」
「うん。まぁ、正確には著作権侵害。訴えられたみたいだ。」
阿久津さんの部屋に上がり、テレビを付けてくれた。するとそこには「長井雪隆 ○○大会の公式エンブレムを盗作」と大々的に報道されていた。
「元々長井君は、よく酷似している作品を制作していたけれど、彼には強力なバックがあったし、それを黙らせるだけの力も実力もあった。」
だがきっかけは大学時代に遡る。
二十歳の時にある美展に出品した作品が、同じ大学の人の作品によく似ていたのだという。
もっとも元の作品は、もう破棄されていてそこにはなかったが画像として残されていたものがあったため、専門家に依頼することが出来たらしい。
「……阿久津さん。この画像を専門家に持って行った人物は……あなたですか。」
その言葉に彼は目を見開いた。
「まさか。俺がそんなことをして何のメリットもない。」
「しかし私をはじめ他の人の絵の画像を持っているのは、あなたしかいなかったはず。」
すると部屋の奥から、一人の男性が出てきた。それは彼女でも見覚えのある男。
「うるさいな。智。俺、さっき寝たんだけど。」
眠そうだった彼だったが小夜子を見て驚き、目を覚ました。
「瑠衣。悪かった。騒いで。」
「いいや。あんた……中山小夜子だろ?一巳の幼なじみの……元カノ。」
「……すいません。いつかはご迷惑をかけてしまって……。」
その人は「psycho」のボーカルのRUIだった。彼が阿久津の恋人だったのだ。
「……いいや。お陰でCDすげぇ売れたから……。」
文句はある。こんな形で売れたくはなかったという文句。だが、こうでもしなけば売れなかったかもしれないという、今後の不安はあった。売れてくれたきっかけを作ってくれた一巳にも、そして彼女にも感謝をしないといけないのかもしれない。
「……悦夫の彼女があんたのことを知っててね、悦夫越しにあんたのことを聞いてた。」
「嫌なことを。」
「そうだな。」
絵を盗作して、絵のために男と寝て、手段を選ばない女。それが小夜子のイメージだった。
「……でもこのニュースが真実なら……とんだ誤解をしてたみたいだ。あんた、本当は絵を描いて生活したかっただろうに。」
「そうですね……。でも今でも絵に関わってますから。それは嬉しいことです。」
絵を教えるような立場ではないと思っていたし、その実力もない、そして子供は苦手だと思っていた。でも何年かして、小夜子に「合格したよ。先生のお陰。ありがとう。」と言ってくれることが、嬉しく思えた。
「こういう世界も……あっていい。」
瑠衣は頭をかいて、そのテレビを見た。
「……たぶん、この情報をリークしたの……一巳なんだよ。」
「一巳が?」
「一巳とあんたの関係がばれかけて、取材したインタビュアに大学の時の絵を渡したんだと思う。」
「……そうでしたか……。」
一巳を追い込んでしまったのかもしれない。自分がそこまではっきりしなかったから。
「阿久津さん。すいません。自宅にまで押し掛けてしまって。」
「いいんだ。小夜。俺を疑うのも無理はないだろうから。」
小夜子は一礼して、部屋を出ていった。
「……複雑だろうな。あいつ。」
長井雪隆の作品だと言われていたものの、ほとんどは盗作だったとメディアは大々的に報じている。彼はこの国を代表するような画家になりつつあったのに、その地位は一瞬にして崩れ落ちた。
今彼はどこにいるのか、メディアは必死に探しているが彼は雲隠れしている。国内にいることは間違いないが、もしかしたら彼のバックについている企業が彼をかくまっているのかもしれない。
全ては自業自得なのかもしれない。だがそれに振り回された小夜子は、今後どうしたらいいのだろう。
破棄したと思っていた絵がまた世に出る。その事実はもう変えられないのだ。
なるべく小さな画展であれば、小夜子だと気が付かれないだろうと思っていた。だが長井は彼女をずっと追っていた。
だから彼女が出品したその絵をトレースし、自分の作品だと世に発表した作品が数点ある。おそらくその事実も突き止められるだろう。
彼女の周りはまた騒がしくなるのかもしれない。その前に彼女はどうしたらいいのか、町中のカフェでコーヒーを飲みながら考えていた。
そしてバックの中から、封筒とそして便せんを取り出す。
「……。」
こんなものを書く日が来るとは思っていなかった。
そのときだった。そのくたびれた喫茶店に、一人の男が入ってきた。それは一巳だった。
長い金色の髪を一つに結び、普段着ないような安っぽいシャツとGパンに身を包んだ一巳。唯一サングラスだけをしているのは「Kazumi」とばれないようにしているためか。
彼は彼女のテーブルに座る。その座ってきた相手に、彼女は目を見開いた。
「忙しいんじゃないの?」
「……瑠衣から聞いた。君が思い詰めているかもしれないって。」
「……思い詰めさせるようなことをしたわね。」
「でもあんな男が美術界にいること自体が不快だな。僕は。」
「……あれでも海外にでて、勉強したのよ。」
「模倣の勉強じゃない?」
一巳は少し笑い、そしてウェイトレスにオレンジジュースを頼んだ。
「小夜子。絵の勉強をするなら、今じゃないのかな。」
その言葉に小夜子はため息を付く。
「あなたは私の一番の理解者だと思っている?」
「その通りだと思うけど。」
「だったらこのまま静かに教師をやっていたかったわ。」
温くなったコーヒーを口に運ぶ。すると彼は益々笑った。
「だったらどうしていつも「不完全燃焼」みたいな顔をしているの。」
「……。」
「高校生の時、美術部として作品を描いた。あの絵を僕はずっと覚えてる。君は「完璧だ」って喜んでたよね。」
「世間が見えなかっただけよ。」
「二十九になって、完璧をまた目指してみるのもいいんじゃない?」
すると彼女はコーヒーにまた口を付ける。カップをおくとウェイトレスが、オレンジジュースを一巳の前に置いた。
「どうしてあなたに私のことがわかるの?」
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