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元カノは誰だ?
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シャワーを浴びてワンピースに着替える。わざと今日は背中が大きく開いた黒のワンピースを着た。そうすれば背中にある蝶の入れ墨が見えるから。
入れ墨を見るとだいたいの人が「この人はただの人じゃない」と勝手な先入観を持たれ、啓子に近づこうとする人はいない。それでいい。今日は「若」に会わないといけないからだ。
メイクをするときテレビをつけた。新聞は読むが、テレビはそれよりも早い情報を得ることが出来る。姿だけではなく話を誰にでも合わせられるようにするのは、水商売の基本だから。
「……?」
違和感のあるテレビ番組だ。メイクの手を止めて、リモコンでその音量を上げる。
「人気バンド「psycho」のキーボード「Kazumi」に熱愛報道です。」
一巳に恋人?そんな事あるのだろうか。よくその番組を見ていると、相手は「大学の同級生」となっていた。どうやら先日インタビューを受けているときのことだった。彼はつい新しいアルバムにはいっている曲の歌詞について解説しているときに「復縁」したい相手がいることを口滑らしたらしい。
彼は自分の気持ちに正直な人だ。おそらく何の罪の意識もなくそれを口にしたのだろう。
「まずいわね。」
実力で大成したアーティストならばそれでかまわないかもしれないが、「psycho」はどちらかというとルックスで売っているところもある。
この騒ぎがバンドの方向転換になればいいのだが、おそらくならない。最悪バンドは解散するかもしれないのだ。
メイクを終えて、彼女はその道具をしまう。そしてテレビの電源を切り、エアコンのスイッチを切った。そしてアパートを出ると、鍵を閉めた。
外に出るとむわっとした空気が体を包み込む。今日も暑いのだ。
「すいません。このアパートの住人の方ですよね。」
ポロシャツを着たやせた男が、啓子を呼び止める。
「はい。」
「このアパート「psycho」の「Kazumi」さんが住んでるの知ってますか。」
「えぇーっ。そうなんですかぁ。」
わざと大げさに騒ぐ。すると周りの人が振り返った。
「あ、すいません。あまり大きな声で言われると……。」
「わざわざ芸能人の家まで来て、何の取材ですかぁ?大変ですねぇ。そんなことを聞きにわざわざ来るなんて。プライベートもあったもんじゃないわぁ。」
するとその男は気まずそうに、もういいですと言って去っていった。
「ふん。」
彼女はバックを片手に、ヒールを鳴らしながら歩いて行ってしまった。この様子だと、一巳はもっと大変なのだろう。
「「psycho」の「Kazumi」ってあの超綺麗な人よね。」
「やだー。一途。でも悔しいわね。」
「復縁って事はKazumiが振られたんでしょ?すごいねぇ。どうして振ったのかしら。」
廊下で女子生徒が話しているのを横目で見ながら、振った本人である小夜子は感心なさそうに歩いていた。これから美術室で準備をしないといけないからだ。
「座学もいいけれど、何か実地をしないと。」
そう言われて出来ることを、資料を見ながら考えようとしていたのだ。
美術室に入り、準備室から石膏を取り出した。それは昔彼女がよく描いていたブルータスの石膏。上半身しかないそれを、彼女はよく描いていた。下から、上から、角度を変えて何枚、何十枚と描いただろう。
机の上に置き、いすに座る。そしてスケッチブックを取り出すと、それに鉛筆を走らせた。本来ならそんなに時間をかけるものでもない。だけど生徒がするのだから、一回二時間の作業ではおそらく時間は足りない。
やがてチャイムが鳴る。他の生徒の授業が始まったのだ。彼女は次々に角度を変えながらデッサンを進めていく。
そしてもう一度チャイムが鳴り、一気に周りが騒がしくなった。
しばらくすると生徒がやってくる。
「あ、これなぁに?」
石膏を珍しそうに生徒がみる。
「石膏。ブルータスよ。」
「ブルータスって。あの「ブルータス、お前もか」の?」
「そうね。その人。」
小夜子は立ち上がり、スケッチブックを閉じた。
「あ、先生描いてたの?」
「えぇ。つたない絵だけど、こんな風に描いて欲しいと思って。」
「見せて。」
「後で張り出すから心配しないで。」
「えー?今見たい。」
せがまれる女子生徒に根負けした小夜子は、そのスケッチブックを彼女に渡した。
「すごーい。プロみたい。」
「これ何分で描いたの?」
「一枚十分。形や正確さを瞬時にとらえる方法だから、本当のやり方は違うんだけどね。」
「本当はどれくらい?」
「百二十分。美大の試験はだいたいそれくらいで一枚仕上げるの。」
「じゃあ、今度百二十分かけたやつ見せて。」
後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。それは誠二だった。
「橋口君。今日は学校に来れたのね。」
「うん。正直電話線は切っちゃったけど。」
誠二の兄が一巳という事はみんな知っている。だからこそ彼に一巳の相手を聞き出したいとみんな思っていたらしく、質問責めにあっていた彼は、正直うんざりしていた。
「そう。大変ね。」
「でも時間の問題。」
「え?」
「先生も注意した方がいいよ。同じ大学だったんだろ?」
その言葉にみんながざわめいた。
「え?先生。Kazumiと同じ大学だったの?歳は?同じ時期だったの?」
「ううん。確かに同じ大学で同級生ではあるみたいだけど、美術科と音楽科では校舎も違ったから、接点はないわ。」
「何だ。つまんない。」
チャイムが鳴り、みんなは席に着こうとした。そのとき彼女はすっと誠二の方をにらんだ。その目は明らかに怒っている。
「よくも言ったわね。」
そんな様子だった。だが誠二は涼しい顔で席に着いていた。
入れ墨を見るとだいたいの人が「この人はただの人じゃない」と勝手な先入観を持たれ、啓子に近づこうとする人はいない。それでいい。今日は「若」に会わないといけないからだ。
メイクをするときテレビをつけた。新聞は読むが、テレビはそれよりも早い情報を得ることが出来る。姿だけではなく話を誰にでも合わせられるようにするのは、水商売の基本だから。
「……?」
違和感のあるテレビ番組だ。メイクの手を止めて、リモコンでその音量を上げる。
「人気バンド「psycho」のキーボード「Kazumi」に熱愛報道です。」
一巳に恋人?そんな事あるのだろうか。よくその番組を見ていると、相手は「大学の同級生」となっていた。どうやら先日インタビューを受けているときのことだった。彼はつい新しいアルバムにはいっている曲の歌詞について解説しているときに「復縁」したい相手がいることを口滑らしたらしい。
彼は自分の気持ちに正直な人だ。おそらく何の罪の意識もなくそれを口にしたのだろう。
「まずいわね。」
実力で大成したアーティストならばそれでかまわないかもしれないが、「psycho」はどちらかというとルックスで売っているところもある。
この騒ぎがバンドの方向転換になればいいのだが、おそらくならない。最悪バンドは解散するかもしれないのだ。
メイクを終えて、彼女はその道具をしまう。そしてテレビの電源を切り、エアコンのスイッチを切った。そしてアパートを出ると、鍵を閉めた。
外に出るとむわっとした空気が体を包み込む。今日も暑いのだ。
「すいません。このアパートの住人の方ですよね。」
ポロシャツを着たやせた男が、啓子を呼び止める。
「はい。」
「このアパート「psycho」の「Kazumi」さんが住んでるの知ってますか。」
「えぇーっ。そうなんですかぁ。」
わざと大げさに騒ぐ。すると周りの人が振り返った。
「あ、すいません。あまり大きな声で言われると……。」
「わざわざ芸能人の家まで来て、何の取材ですかぁ?大変ですねぇ。そんなことを聞きにわざわざ来るなんて。プライベートもあったもんじゃないわぁ。」
するとその男は気まずそうに、もういいですと言って去っていった。
「ふん。」
彼女はバックを片手に、ヒールを鳴らしながら歩いて行ってしまった。この様子だと、一巳はもっと大変なのだろう。
「「psycho」の「Kazumi」ってあの超綺麗な人よね。」
「やだー。一途。でも悔しいわね。」
「復縁って事はKazumiが振られたんでしょ?すごいねぇ。どうして振ったのかしら。」
廊下で女子生徒が話しているのを横目で見ながら、振った本人である小夜子は感心なさそうに歩いていた。これから美術室で準備をしないといけないからだ。
「座学もいいけれど、何か実地をしないと。」
そう言われて出来ることを、資料を見ながら考えようとしていたのだ。
美術室に入り、準備室から石膏を取り出した。それは昔彼女がよく描いていたブルータスの石膏。上半身しかないそれを、彼女はよく描いていた。下から、上から、角度を変えて何枚、何十枚と描いただろう。
机の上に置き、いすに座る。そしてスケッチブックを取り出すと、それに鉛筆を走らせた。本来ならそんなに時間をかけるものでもない。だけど生徒がするのだから、一回二時間の作業ではおそらく時間は足りない。
やがてチャイムが鳴る。他の生徒の授業が始まったのだ。彼女は次々に角度を変えながらデッサンを進めていく。
そしてもう一度チャイムが鳴り、一気に周りが騒がしくなった。
しばらくすると生徒がやってくる。
「あ、これなぁに?」
石膏を珍しそうに生徒がみる。
「石膏。ブルータスよ。」
「ブルータスって。あの「ブルータス、お前もか」の?」
「そうね。その人。」
小夜子は立ち上がり、スケッチブックを閉じた。
「あ、先生描いてたの?」
「えぇ。つたない絵だけど、こんな風に描いて欲しいと思って。」
「見せて。」
「後で張り出すから心配しないで。」
「えー?今見たい。」
せがまれる女子生徒に根負けした小夜子は、そのスケッチブックを彼女に渡した。
「すごーい。プロみたい。」
「これ何分で描いたの?」
「一枚十分。形や正確さを瞬時にとらえる方法だから、本当のやり方は違うんだけどね。」
「本当はどれくらい?」
「百二十分。美大の試験はだいたいそれくらいで一枚仕上げるの。」
「じゃあ、今度百二十分かけたやつ見せて。」
後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。それは誠二だった。
「橋口君。今日は学校に来れたのね。」
「うん。正直電話線は切っちゃったけど。」
誠二の兄が一巳という事はみんな知っている。だからこそ彼に一巳の相手を聞き出したいとみんな思っていたらしく、質問責めにあっていた彼は、正直うんざりしていた。
「そう。大変ね。」
「でも時間の問題。」
「え?」
「先生も注意した方がいいよ。同じ大学だったんだろ?」
その言葉にみんながざわめいた。
「え?先生。Kazumiと同じ大学だったの?歳は?同じ時期だったの?」
「ううん。確かに同じ大学で同級生ではあるみたいだけど、美術科と音楽科では校舎も違ったから、接点はないわ。」
「何だ。つまんない。」
チャイムが鳴り、みんなは席に着こうとした。そのとき彼女はすっと誠二の方をにらんだ。その目は明らかに怒っている。
「よくも言ったわね。」
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