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祭の誘い
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大学の寮で過ごすと夜だけ、食事を作ってくれるおばさんが来てくれるので食事を作ることはほとんどなかった。小学校のとき、一時的に来てくれた手伝いのおばさんが料理を教えてくれて、今では「食べれる」程度のものは作れる。
今日の食事は生姜焼き。しかし小夜子は制作で遅くなったため、生姜焼きや味噌汁を温めて食べることになってしまった。まぁそうやって食べている人は、他にも何人かいるようだが。
「中山さん。美展に出品する絵の進み具合ってどう?」
「悪くはないと思いますけど。」
三年生の女性から声をかけられた。どうやら彼女は彫刻にいるらしく、手が傷だらけだ。しかし小夜子も人のことは言えないくらい、爪には絵の具がしみこんでいるのだが。
「一年生の時、高い評価をもらっていたからみんな楽しみにしているみたいよ。」
「そんな期待されても……。」
「そんなことあるのよ。ほら、あの長井さんっているじゃない。」
「あぁ。」
「あの人もあなたのことは気にしているのよ。」
聞いたことのある名前だというくらいしか記憶にない。
「どんな人でしたっけ。」
「えー?知らないの?ピアノ科の王子は知っているのに。」
ピアノ科の王子というのは、おそらく一巳のことだろう。一巳が王子なんていうのは、何となく笑いがこみ上げてきそうになる。
「橋口君は学校が一緒でしたから。」
「そうだったわね。長井さんって、油絵の王子よ。」
「へぇ。」
「格好いいし、ほらいつもひらひらしてる服着ているし。」
「絵を描きにくそうですね。」
「ハハ。そうね。でも実力もあるし、家もあの長井出版社の子供なんでしょ?すごいじゃない。」
「そうですね。」
思わず彼女は棒読みになってしまった。
それであまりにも興味がない事に、彼女は驚いていた。そのとき、一人の女子生徒が食堂にやってきた。
「中山さん。」
「はい?」
「お客さん。来てるよ。」
食事を終えて、食器を片づけようとしていた小夜子に彼女は声をかけたのだ。何とも微妙な顔つきで。
「食器を片づけるんで、その後で。」
「ちょっと待ってもらう?」
「えぇ。」
そして洗い場で食器を片づけて、玄関の方へ向かった。そこには女子生徒が二、三人群がっている。
「あ、来た来た。中山さん。お客さん。」
その相手を見ると、そこには一巳の姿があった。
「橋口君。どうしたの?」
「あぁ。ちょっと用事があってね、外に出れる?」
「門限過ぎてるわ。」
その言葉に周りの女子生徒は、「いいからいってきなよ。」と背中を押した。
「……でも……。」
「いいのよ。」
もやもやしながら、彼女は彼と一緒に寮をでる。そして側にある自動販売機のところまでやってきた。
「何か飲む?」
「いいえ。大丈夫よ。」
「……邪魔した?」
「そうね。あまり女性たちの前であなたと一緒にいるのは、嫉妬を買うから。」
「そう?とても好感触に見えたけど。」
「男性の前だからよ。」
そろそろ一部の人には、小夜子と一巳がつき合っていることがばれてきたようだった。だが小夜子はどちらかというと一巳とのつき合いは、ドライな方だった。美術を学んできているのだからそれを中心にしたいと思っているのに、一巳は一緒にいる時間を大切にしたいと思っている。
そこで彼女と彼の間には隙間があるように思えた。
それにそのつき合い方は、周りから見ると小夜子が一巳を振り回しているように見えているのだ。一巳を振り回すほどの女でもない癖にと、嫉妬の目が彼女を襲うこともある。
「で、どうしたの?」
「今度祭りがあるじゃないか。」
「えぇ。聞いたことあるわ。山車が回るのね。」
「見に行かないか。」
「え?」
正直面倒くさい。人混みは嫌いだし、山車は乱暴だし、暑い。
「はは。小夜子らしいな。メンドクサいって、顔に書いてる。」
「……わかるなら、他の人を誘って。」
「祭に彼女以外の人を誘うかな。」
「……それもそうね。」
「あ、自覚はあったんだ。」
「一応、心の一割くらいはね。」
「後は?」
「絵。」
「でも嬉しいよ。少しでも僕のことを考えてくれていたなんて。」
さらりとこういう甘い台詞を言うのだ。それが歯がゆい気分になる。
「いいわ。祭に行きましょう。」
「いいの?」
「今後のモチーフになるかもしれないし。」
前々から言われていた。教授から「君の絵にはリアリティがない」という言葉が、心に響いていたのだ。
山車が通る音、それを引く男たちの声、息づかい。暑さ。そんなものを見に感じるチャンスかもしれないのだ。
「やった。じゃあ、山車が通るのは二十時くらいって言ってたから、十九時三十分に待ち合わせしよう。」
「えぇ。」
そう言って寮に帰ろうとした彼女に、彼は手を引いた。暗がりの闇の中に引き込み、そしてキスをする。抱きしめあって、もう一度。
「今は我慢したいけど、我慢できないかもしれない。」
「お祭りの時まで、我慢しましょう。」
彼女は彼を見上げた。そして微笑む。
「私も我慢しているのよ。」
今日の食事は生姜焼き。しかし小夜子は制作で遅くなったため、生姜焼きや味噌汁を温めて食べることになってしまった。まぁそうやって食べている人は、他にも何人かいるようだが。
「中山さん。美展に出品する絵の進み具合ってどう?」
「悪くはないと思いますけど。」
三年生の女性から声をかけられた。どうやら彼女は彫刻にいるらしく、手が傷だらけだ。しかし小夜子も人のことは言えないくらい、爪には絵の具がしみこんでいるのだが。
「一年生の時、高い評価をもらっていたからみんな楽しみにしているみたいよ。」
「そんな期待されても……。」
「そんなことあるのよ。ほら、あの長井さんっているじゃない。」
「あぁ。」
「あの人もあなたのことは気にしているのよ。」
聞いたことのある名前だというくらいしか記憶にない。
「どんな人でしたっけ。」
「えー?知らないの?ピアノ科の王子は知っているのに。」
ピアノ科の王子というのは、おそらく一巳のことだろう。一巳が王子なんていうのは、何となく笑いがこみ上げてきそうになる。
「橋口君は学校が一緒でしたから。」
「そうだったわね。長井さんって、油絵の王子よ。」
「へぇ。」
「格好いいし、ほらいつもひらひらしてる服着ているし。」
「絵を描きにくそうですね。」
「ハハ。そうね。でも実力もあるし、家もあの長井出版社の子供なんでしょ?すごいじゃない。」
「そうですね。」
思わず彼女は棒読みになってしまった。
それであまりにも興味がない事に、彼女は驚いていた。そのとき、一人の女子生徒が食堂にやってきた。
「中山さん。」
「はい?」
「お客さん。来てるよ。」
食事を終えて、食器を片づけようとしていた小夜子に彼女は声をかけたのだ。何とも微妙な顔つきで。
「食器を片づけるんで、その後で。」
「ちょっと待ってもらう?」
「えぇ。」
そして洗い場で食器を片づけて、玄関の方へ向かった。そこには女子生徒が二、三人群がっている。
「あ、来た来た。中山さん。お客さん。」
その相手を見ると、そこには一巳の姿があった。
「橋口君。どうしたの?」
「あぁ。ちょっと用事があってね、外に出れる?」
「門限過ぎてるわ。」
その言葉に周りの女子生徒は、「いいからいってきなよ。」と背中を押した。
「……でも……。」
「いいのよ。」
もやもやしながら、彼女は彼と一緒に寮をでる。そして側にある自動販売機のところまでやってきた。
「何か飲む?」
「いいえ。大丈夫よ。」
「……邪魔した?」
「そうね。あまり女性たちの前であなたと一緒にいるのは、嫉妬を買うから。」
「そう?とても好感触に見えたけど。」
「男性の前だからよ。」
そろそろ一部の人には、小夜子と一巳がつき合っていることがばれてきたようだった。だが小夜子はどちらかというと一巳とのつき合いは、ドライな方だった。美術を学んできているのだからそれを中心にしたいと思っているのに、一巳は一緒にいる時間を大切にしたいと思っている。
そこで彼女と彼の間には隙間があるように思えた。
それにそのつき合い方は、周りから見ると小夜子が一巳を振り回しているように見えているのだ。一巳を振り回すほどの女でもない癖にと、嫉妬の目が彼女を襲うこともある。
「で、どうしたの?」
「今度祭りがあるじゃないか。」
「えぇ。聞いたことあるわ。山車が回るのね。」
「見に行かないか。」
「え?」
正直面倒くさい。人混みは嫌いだし、山車は乱暴だし、暑い。
「はは。小夜子らしいな。メンドクサいって、顔に書いてる。」
「……わかるなら、他の人を誘って。」
「祭に彼女以外の人を誘うかな。」
「……それもそうね。」
「あ、自覚はあったんだ。」
「一応、心の一割くらいはね。」
「後は?」
「絵。」
「でも嬉しいよ。少しでも僕のことを考えてくれていたなんて。」
さらりとこういう甘い台詞を言うのだ。それが歯がゆい気分になる。
「いいわ。祭に行きましょう。」
「いいの?」
「今後のモチーフになるかもしれないし。」
前々から言われていた。教授から「君の絵にはリアリティがない」という言葉が、心に響いていたのだ。
山車が通る音、それを引く男たちの声、息づかい。暑さ。そんなものを見に感じるチャンスかもしれないのだ。
「やった。じゃあ、山車が通るのは二十時くらいって言ってたから、十九時三十分に待ち合わせしよう。」
「えぇ。」
そう言って寮に帰ろうとした彼女に、彼は手を引いた。暗がりの闇の中に引き込み、そしてキスをする。抱きしめあって、もう一度。
「今は我慢したいけど、我慢できないかもしれない。」
「お祭りの時まで、我慢しましょう。」
彼女は彼を見上げた。そして微笑む。
「私も我慢しているのよ。」
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