隣の芝生は青い

神崎

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子供と大人の差

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 夏になると、どうしても薄着になる。だが小夜子はスーツを脱ごうとしない。
「暑いよねぇ。」
「こんなに暑いのに、がっこくるなんてあり得ないわぁ。夏休みまでまだ後一ヶ月以上あるしー。」
 夏服は半袖で薄い生地のものを着ているのに、暑い暑いと騒いでいる。
 ところが美術室に入ってきた小夜子を見て、教室中の人たちが目を丸くした。
「せんせー。暑くないの?」
 長袖のスーツ。絵を描くときはスーツの上を脱いで、ブラウスの上からエプロンを着るが、それでも暑そうだ。
「暑いわ。溶けそう。」
「だったらほかの先生みたいにさ、ポロシャツとか……。」
「一応職場ですからね。普通にサラリーマンとかOLとかしてれば、こんな格好をみんなしていますから。」
 それはそうだが。
 チャイムが鳴ると、また小夜子は授業に戻る。
「今日は、先週の続きですね。色の三原色の話から。」
 奥の席に座っているのは、誠二。彼は不機嫌そうに彼女を見ていた。
「橋口。どうしたの?ぶーたれてる。」
 隣に座っている女子が彼に声をかけた。
「るっせえな。今授業中だよ。」
 すると彼らに向かって小夜子が歩いてきた。
「授業中ですよ。」
「せんせー。橋口が気分悪いって。」
 その様子を見て彼女はため息を付いた。
「保健室へ行く?」
「……。」
 すると誠二は視線を合わせずに立ち上がった。
「そうしようかな。」
 歩いてドアへ向かうと、彼女は誠二に声をかけた。
「出席は取ってあるから心配しないで。」
「あい。あい。」
 出席なんかの問題じゃない。彼はドアを閉めて、ため息を付いた。ぎらぎらとした夏の太陽が廊下を照らしている。

 保険の先生からは「軽い熱中症」と言われて、彼はベッドで横になりながら額にひんやりしたシートを置かれた。
「最近眠れてる?」
 保健の先生は、小夜子とは対照的な人に見える。白衣を羽織っているその隙間からは、大きな胸がちらりと見えることがあってドキッとすることもあった。
「寝れてる。」
「嘘。クマができてるわ。」
「……。」
「まぁ。あまり深くは聞かないわ。ゆっくり休みなさい。」
 そう言って彼女はカーテンを閉めた。
 目を閉じると、暗闇になる。するとその暗闇から思い出すのは、兄の冷たい目と、少し遠慮したような小夜子の目だった。
 大学生の時、小夜子も兄も子の土地を離れた。そして同じ学校へ通っていた。そのとき彼らは恋人同士だった時期もあったのだ。
 どんな恋人だったのだろう。一緒に食事をして、一緒に歩いて、デートして、そして体を重ねることもあったのだろう。
 どんな風に彼女はあえいだのだろう。どんな笑顔を見せたのだろう。幸せだったのだろうか。
 そんなことを考えれば考えるほど、やるせない気分になる。
 するとチャイムが鳴って、外が騒がしくなる。しばらくするとドアが開く音がした。
「せんせー。橋口大丈夫?」
 どうやら隣に座っていた女の声だ。ギャルのような容姿で、彼は少し苦手にしていた。しかし彼に近づいてくるのは、こんな容姿の人ばかりだった。髪の色が金色だからいけないのだろうか。
「私ちょっと職員室に用事があるから出るわ。」
「じゃあ、あたしちょっと橋口のグロッキーな顔見て帰るね。」
 するとドアの開く音。そしてカーテンを開いて女子が入ってきた。
「橋口ー。生きてる?」
「何とか。」
「熱中症だって?水分取りなよ。スポドリいる?」
「後で買う。」
「持ってきてやったよ。」
「いらねぇ。」
「橋口。」
「俺、眠てぇんだよ。」
 そう言って彼は無理矢理目を閉じた。しかし彼女はその場を去ろうともしない。それどころか、彼に近づいてくる。
「橋口。ねぇ。口移しで飲ませてやろうか。」
「あ?」
 持ってきたペットボトルのふたが開く軽やかな音がして、彼は目を開けた。すると彼女はそのペットボトルの中身を口に含むと、彼の顔に近寄ってきた。
「んだよ!どっか行け。」
 必死に拒否しようとした。しかし彼女は止めようともしない。
 顔を捕まれて、その唇が彼の唇に触れようとしたときだった。
「なにをしているの?」
 冷たい声がした。体を起こして、その声の主をみる。それは小夜子だった。
「看病?みたいな?」
 ゴックンとスポーツドリンクを飲んで、慌てたように彼女は説明をした。
「いちゃつくんだったら、ここ以外でしなさいな。」
「はーい。じゃあ、橋口また後でね。」
 そう言って彼女は出て行った。小夜子はため息を付いて、彼を見下ろした。
「盛っていて仕方ないわね。」
「……小夜。」
「……知っているわ。状況を見ても、あなたが誘ったわけでもないし、むしろ無理矢理だったんでしょ?」
 そう言って彼女はスポーツドリンクをサイドテーブルに置いた。
「こんな気分だったんだな。」
「なにが?」
「この間小夜にしたこと。」
「あぁ。もう気にしていないわ。」
 嘘だった。小夜の頭の中ではまだ混乱していたというのに。
「でも勉強はもう一人でしなさい。私にはわからないから。」
「わからないこととかあるんだ。」
「もう十年近く前の事よ。忘れちゃったわ。」
 驚くほど普通だ。彼女はあのキスのことを忘れようとしていたのだろうか。それともそんなことは大人にとって、どうでもいいことなのだろうか。
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