隣の芝生は青い

神崎

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特別な姿

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 スーパーで買い物を済ませて、小夜子は家に帰る。簡単に部屋の掃除を済ませて、食事の用意を始めた。今日は鯖が安かったので、竜田揚げにすることにする。
 三枚におろして骨をあらかた取った鯖に、砂糖や生姜、みりん、醤油などで作った付けダレをつけ込む。その間にサラダを作ろう。ジャガイモと人参、卵を湯がき、ポテトサラダを作っていると、部屋から啓子が出てきた。今日も派手な格好をしている。
「小夜。今日のゴハン何?」
「鯖の竜田揚げ。」
「美味しそうね。」
 二十八歳の娘は、きっといい嫁になるだろう。これだけ家事ができるようになっているのだ。全く自分がしてこなかった分、きっと自分で何とかしようと努力したのだろうか。
 そして彼女は面倒見がいい。本来だったら隣に住んでいるからといって、他人の食事まで用意することはないだろうに。面倒。と言いながらも、準備している。
 多分こういうところが、一巳が好きになった理由なのだろう。そして実際彼らは恋人同士だった時期もある。しかしきっちり一年で破局したのだという。理由はわからない。ただ言い出したのは、小夜子の方からだといっていた。
「何が不満だったのかしらね。」
 あれからもう何年経っただろう。小夜子はそれから頑なに、恋人を作ろうとはしないし、一巳にいたってはいまだ似小夜子ばかりをみている。
「何が?」
 独り言が聞こえたのだろうか。
「別に?」
 慌てて、啓子はバックを持った。
「夕べのチキンも美味しかったわ。」
「そう?昼食べた?」
「うん。今日のも美味しそうね。」
「さっきも聞いた。」
 ジャガイモと人参をつぶしていると、啓子はバックを持った。
「行ってくるわ。」
「えぇ。行ってらっしゃい。」
 美容室で髪をセットしてもらうために、少し早めにアパートを出る。
 夕べ一巳が店にやってきて、小夜の相談をしていたのは秘密にしておこう。そしてまだ彼女に未練があることも。
 だけどこれだけは言っておかないといけない。アパートを降りると、そこには学校から帰ってきた誠二の姿があった。
「誠二君。」
「今からですか。」
 屈託のない誠二の笑顔。そう。誠二だって小夜を想っているのだ。一巳の恐れていたように。
「ゴハン、鯖だって言ってたわよ。」
「へぇ。いいね。でも肉が良かったなぁ。」
 アパートの階段を上がろうとした誠二に、啓子は声をかける。
「誠二君。」
「どうしたの。」
「……。」
 啓子は彼に近づいて言う。
「ねぇ。誠二君は、小夜のこと好き?」
 すると誠二の顔がすぐに真っ赤になる。あぁ。これは本気なんだ。彼女は愕然とした。
「好きだよ。」
「……一巳君の元カノでも?」
「かんけーないよ。俺、ずっと見てたんだし。」
「そうね。ちんちんこんなちっちゃい頃からね。」
「あーそんなことを言うかなぁ。」
 啓子は笑いながら指でサイズを示したのを、さらに恥ずかしく思ったのだろう。彼はそれを止める。
「本当の意味でも兄弟なのに、そんなことでも兄弟になりたいの?」
「……別に兄貴の元カノだから好きってわけじゃないし。」
「あー青春ねぇ。あたしにはなかったから羨ましいこと。」
 十五で小夜子を産んだ彼女にとっては、そんな気持ちが羨ましいのだろう。
「ま、いいわ。選ぶのは小夜なんだし。」
 そういって彼女は踊るような足取りで、タクシーを捕まえた。そしてその後部座席に乗ると、ふっとため息を付いた。
 まぁ、あたしも大好きだった人の子供だったから、小夜子を産んだのだけどね。

 自分の家に入り荷物だけを置くと、誠二はいったん外にでる。そして隣の家のチャイムを鳴らした。
「はーい。」
 そこにはエプロンをつけた小夜子の姿があった。
「鯖だって?」
「うん、そうよ。よく知ってたわね。」
「下で啓子さんに会ったから。」
 部屋にあがると、ふわっと生姜のにおいがした。しかしキッチンは暑いらしく、彼女の額からは汗が流れ落ちている。
「暑くない?」
「何で揚げ物にしようと思ったのかしら。後悔しているわ。」
「俺に食べさせたいからだろ?ありがたやー。」
 そういって彼はおどけたように、彼女の前で手を合わせる。
「そんなことは辞めて。死んだ人みたいよ。」
 まだ揚げ終わっていないらしく、彼女は揚げ油に入れた鯖をつついていた。
「まだかかりそう?」
「ううん。もうそんなには。」
「手伝おうか。」
「そうね。じゃあテーブル拭いてくれる?」
「あーい。」
 同じキッチンに立つと、熱気がすごいことに気が付いた。油を使っているからなおさらなんだろう。
「化粧落ちるね。」
「もうどこにも出ないから、別にいいわ。」
「俺の前ではすっぴんでもいいんだ。」
「別にかまわないわ。」
 揚げ終わった鯖をパットに置いて、コンロのスイッチを切る。すると彼女は首に掛かっているタオルで汗を拭いた。
「やっとできたわ。」
「お疲れさん。」
「ちょっと涼んでもいいかしら。」
 そういって彼女はこの間直ったクーラーの前に立つ。
「暑いー。」
 普段学校で見せない表情。エプロン姿、そして、薄着の格好。自分だけの特別。
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