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雪深い街
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ほろ酔いの遼一はそのままソファに横になると、眠ってしまった。呆れたように綾はその体に毛布を掛ける。そして彼女は外を見る。さっきまで青空だったのに厚い雲が懸かり始めていた。
「雪がまた降りそうね。」
コーヒーを飲んでいた春川はその言葉に外を見る。
「ここは雨じゃなくて雪なんですね。」
「そうね。雪が多くて、大変だわ。あたし、ここにくるまでこんな雪は初めてだったけれど、これはこれで楽しいの。」
「そうですね。」
他の部屋で旭の相談に乗っていた桂は、二人でリビングに帰ってくる。旭はそんな相談をする相手がいなかったためか、案外すっきりした顔をしていた。あと数年すればきっと恵も同じような悩みを持つだろう。そのときの相談相手はきっと桂ではなく、春川になるのかもしれないが彼女はあまり参考にならないと思った。言い方が直接的だからだ。
「春。外へ行かないか。」
「雪が降りそうねってさっき話してたのに。」
綾はそういって苦笑いをした。
「ここへはあまり来れないだろうから、帰る前に少し案内したいと思った。」
「車を使う?」
「そうだな。貸してくれる?」
「スタッドレスにしてあるわ。気を付けて。」
母はそういってキッチンにかけてあった鍵を桂に渡す。
「旭。お前も行かないか。」
「俺?」
「あぁ。道が変わってるかもしれないし、案内してもらいたい。」
「そうね。一緒に行ってらっしゃい。恵も行く?」
蚊帳の外に出ていたような気がしていた恵は、笑顔になってソファの上に置いてあったジャンパーを手に取る。
「行っていい?」
マフラーを手にして、恵はついて行こうとしたときだった。玄関のチャイムが鳴る。
「はーい。」
母が玄関へ行き戻ってくると、恵に言う。
「隣の純君と史佳ちゃん来てるよ。遊ぼうって言ってたんでしょ?」
「あーそうだった。ごめーん。忘れてたー。」
そういって彼女は玄関に急ぎ足で向かう。
「大人と遊ぶよりはまだ楽しいのね。」
「だな。旭はいいのか?」
すると旭は笑いながら、桂を見上げる。
「俺は春さん見てる方が面白いかもって思うよ。」
「あら?何で?」
不思議そうに彼女が聞くと、旭は笑いながら言う。
「さっきから、アレなんですか、コレなんですかって、すげぇ聞いてくるもん。外に出たらもっと凄いんだろうなって思って。」
「当たりだ。体力使うぞ。」
「俺、運動部だから自信あるよ。」
「何をしているの?」
「陸上。長距離なんだ。」
そんなことを言いながら、三人は外に出て行く。その様子に綾はため息を付いた。すると母は綾にコーヒーの入ったカップを差し出す。
「お疲れさん。」
「ありがとうございます。お母さん。」
「お父さん、コーヒー飲みますか?」
「あぁ。」
新聞を読んでいた父は、それを閉じた。
「それにしても結婚ねぇ。啓治君みたいなタイプは一生結婚しないと思ってたんですけどね。」
「振り回されても良いくらい惚れてるんだろう。」
コーヒーを手にすると、父はそれを口にする。
「我が儘な娘だ。」
「お父さんが根負けするくらいですからね。」
「特に根負けはしてないよ。ただ、苦労はしているのだろうなと思った。」
「え?」
「啓治に聞いたよ。彼女がどうして両親がいないのか。」
「そんなことを?」
「小さな漁村で起きた殺人事件。父親が母親を殺し、父親が自殺した事件があった。」
「あぁ。結構騒ぎになりましたね。」
「その娘が彼女だ。」
「え?」
「小説のような話だ。」
綾はその話にぎゅっと拳を握る。
「綾さん。」
「あ、ごめんなさい。ちょっと思い出してしまって。」
すると目だけで父は綾をたしなめる。
「君の場合は君のせいじゃない。君は両親の失敗を繰り返さないように、火の始末をきちんとしてくれればいいのだから。」
「そうですね。はい……。」
燃えさかる家。叫び声が消えることはない。自分が作った家庭がいくら幸せで、笑い声が響いても、耳のどこかでそれが響いている。
おそらく一生消えることはないのだ。
桂が車の運転をしているのを見るのは、初めてかもしれない。いつもだったら春川が運転して、彼が助手席に乗っている。バイクの後ろにのり、彼の体に捕まることはあるがハンドルを握る姿も様になっている。
「叔父さん。」
「あー。旭。悪いけど叔父さんってのやめて。」
「何で?」
「一気に老けた気がするから。」
その言葉に彼女は笑っていた。
「あんたも叔母さんだろ?」
「春さんは若いもん。」
旭の言葉に彼女は少し笑った。
「で、何だ。」
「観光するの?それとも神社か何かに行って初詣か何かするの?」
「そうだな。神社なんかはどこに行っても大体同じだろう。」
「城跡の公園が良いよ。獅子舞なんかが出てるらしいよ。」
「今そんなことをしているのか。春。見たいか?」
「そうね。生では見たことないわ。」
彼女はそういって、また窓の外を見る。雪が珍しいのかもしれない。
「旭君は中学二年生?」
「そうだけど。」
「長距離やってるって言ってたね。」
「そう。一万メートルとか。高校入ったらマラソンしたい。」
「凄いわ。」
「春さんは小説しか書かないの?」
「私だって体は動かすわ。啓治ほどストイックにはしないけれどね。」
「叔父さんも?」
「体を使うからな。力も必要だし、体力も必要になってくる仕事をしていた。まぁ。今からすることも結構体力勝負だと思うけど。」
「そうなんだ。」
「それにこの歳になるとすぐ太る。帰ったらジムへ行く。」
「私も行こうかな。最近体動かしてないから、太ったみたい。」
「あんたはもう少し太れ。」
「やだ。動き鈍くなるじゃん。」
「女はある程度、脂肪があって柔らかい方がいい。」
その言葉に旭は恥ずかしそうに頬を染めた。そんな言葉を表立っていう人はいなかったからだろう。
いつだったか、友人の家でAVを見たことがある。奇しくも、桂が出ているものだった。自分の知っている人が出ているものというのも微妙な感じだったが、正直女優よりも桂の方に目が止まった。
自分が芸ではないかとそのとき思ったが、残念ながらオナニーをするとき想像するのは女性の姿だった。ほっとする自分がいたのと同時に、AVに出ていた桂の無表情な表情と春川の前での笑顔はどっちが本当なのだろうと思っていた。
「雪がまた降りそうね。」
コーヒーを飲んでいた春川はその言葉に外を見る。
「ここは雨じゃなくて雪なんですね。」
「そうね。雪が多くて、大変だわ。あたし、ここにくるまでこんな雪は初めてだったけれど、これはこれで楽しいの。」
「そうですね。」
他の部屋で旭の相談に乗っていた桂は、二人でリビングに帰ってくる。旭はそんな相談をする相手がいなかったためか、案外すっきりした顔をしていた。あと数年すればきっと恵も同じような悩みを持つだろう。そのときの相談相手はきっと桂ではなく、春川になるのかもしれないが彼女はあまり参考にならないと思った。言い方が直接的だからだ。
「春。外へ行かないか。」
「雪が降りそうねってさっき話してたのに。」
綾はそういって苦笑いをした。
「ここへはあまり来れないだろうから、帰る前に少し案内したいと思った。」
「車を使う?」
「そうだな。貸してくれる?」
「スタッドレスにしてあるわ。気を付けて。」
母はそういってキッチンにかけてあった鍵を桂に渡す。
「旭。お前も行かないか。」
「俺?」
「あぁ。道が変わってるかもしれないし、案内してもらいたい。」
「そうね。一緒に行ってらっしゃい。恵も行く?」
蚊帳の外に出ていたような気がしていた恵は、笑顔になってソファの上に置いてあったジャンパーを手に取る。
「行っていい?」
マフラーを手にして、恵はついて行こうとしたときだった。玄関のチャイムが鳴る。
「はーい。」
母が玄関へ行き戻ってくると、恵に言う。
「隣の純君と史佳ちゃん来てるよ。遊ぼうって言ってたんでしょ?」
「あーそうだった。ごめーん。忘れてたー。」
そういって彼女は玄関に急ぎ足で向かう。
「大人と遊ぶよりはまだ楽しいのね。」
「だな。旭はいいのか?」
すると旭は笑いながら、桂を見上げる。
「俺は春さん見てる方が面白いかもって思うよ。」
「あら?何で?」
不思議そうに彼女が聞くと、旭は笑いながら言う。
「さっきから、アレなんですか、コレなんですかって、すげぇ聞いてくるもん。外に出たらもっと凄いんだろうなって思って。」
「当たりだ。体力使うぞ。」
「俺、運動部だから自信あるよ。」
「何をしているの?」
「陸上。長距離なんだ。」
そんなことを言いながら、三人は外に出て行く。その様子に綾はため息を付いた。すると母は綾にコーヒーの入ったカップを差し出す。
「お疲れさん。」
「ありがとうございます。お母さん。」
「お父さん、コーヒー飲みますか?」
「あぁ。」
新聞を読んでいた父は、それを閉じた。
「それにしても結婚ねぇ。啓治君みたいなタイプは一生結婚しないと思ってたんですけどね。」
「振り回されても良いくらい惚れてるんだろう。」
コーヒーを手にすると、父はそれを口にする。
「我が儘な娘だ。」
「お父さんが根負けするくらいですからね。」
「特に根負けはしてないよ。ただ、苦労はしているのだろうなと思った。」
「え?」
「啓治に聞いたよ。彼女がどうして両親がいないのか。」
「そんなことを?」
「小さな漁村で起きた殺人事件。父親が母親を殺し、父親が自殺した事件があった。」
「あぁ。結構騒ぎになりましたね。」
「その娘が彼女だ。」
「え?」
「小説のような話だ。」
綾はその話にぎゅっと拳を握る。
「綾さん。」
「あ、ごめんなさい。ちょっと思い出してしまって。」
すると目だけで父は綾をたしなめる。
「君の場合は君のせいじゃない。君は両親の失敗を繰り返さないように、火の始末をきちんとしてくれればいいのだから。」
「そうですね。はい……。」
燃えさかる家。叫び声が消えることはない。自分が作った家庭がいくら幸せで、笑い声が響いても、耳のどこかでそれが響いている。
おそらく一生消えることはないのだ。
桂が車の運転をしているのを見るのは、初めてかもしれない。いつもだったら春川が運転して、彼が助手席に乗っている。バイクの後ろにのり、彼の体に捕まることはあるがハンドルを握る姿も様になっている。
「叔父さん。」
「あー。旭。悪いけど叔父さんってのやめて。」
「何で?」
「一気に老けた気がするから。」
その言葉に彼女は笑っていた。
「あんたも叔母さんだろ?」
「春さんは若いもん。」
旭の言葉に彼女は少し笑った。
「で、何だ。」
「観光するの?それとも神社か何かに行って初詣か何かするの?」
「そうだな。神社なんかはどこに行っても大体同じだろう。」
「城跡の公園が良いよ。獅子舞なんかが出てるらしいよ。」
「今そんなことをしているのか。春。見たいか?」
「そうね。生では見たことないわ。」
彼女はそういって、また窓の外を見る。雪が珍しいのかもしれない。
「旭君は中学二年生?」
「そうだけど。」
「長距離やってるって言ってたね。」
「そう。一万メートルとか。高校入ったらマラソンしたい。」
「凄いわ。」
「春さんは小説しか書かないの?」
「私だって体は動かすわ。啓治ほどストイックにはしないけれどね。」
「叔父さんも?」
「体を使うからな。力も必要だし、体力も必要になってくる仕事をしていた。まぁ。今からすることも結構体力勝負だと思うけど。」
「そうなんだ。」
「それにこの歳になるとすぐ太る。帰ったらジムへ行く。」
「私も行こうかな。最近体動かしてないから、太ったみたい。」
「あんたはもう少し太れ。」
「やだ。動き鈍くなるじゃん。」
「女はある程度、脂肪があって柔らかい方がいい。」
その言葉に旭は恥ずかしそうに頬を染めた。そんな言葉を表立っていう人はいなかったからだろう。
いつだったか、友人の家でAVを見たことがある。奇しくも、桂が出ているものだった。自分の知っている人が出ているものというのも微妙な感じだったが、正直女優よりも桂の方に目が止まった。
自分が芸ではないかとそのとき思ったが、残念ながらオナニーをするとき想像するのは女性の姿だった。ほっとする自分がいたのと同時に、AVに出ていた桂の無表情な表情と春川の前での笑顔はどっちが本当なのだろうと思っていた。
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