セックスの価値

神崎

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雪深い街

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 大晦日。春川はクローゼットを開けて、明日桂の実家へいく洋服をどうしようと悩んでいた。
 せめていつもよりもいい格好をして欲しいという、彼の要望に応えるためだった。こういうときに北川に聞けばいいのかもしれないが、こんなに年末の押し迫ったときに彼女にそんなことを聞けるわけがない。
「……そうだ。」
 北川で思い出したのだ。いつかホストクラブへ行ったときのニットのワンピースがあった。足下は厚手のタイツだし、そんなに寒くはないだろう。彼女はそう思いながら、それを取り出そうとした。
 しかし見あたらない。
「んんんん?」
 そうか。祥吾の所にあるのかもしれない。彼女はため息を付いて、それを諦めようとした。しかし気になる一言もある。
「祥吾が荒れている。」
 それは充から言われたことだった。気にならないことはない。だがコレを口実に家を訪れることは出来るかもしれないのだ。
 どんなに酷い人であろうと、一時は尊敬できた人なのだから。
 彼女は立ち上がると、ジャンパーを羽織った。そしてバッグを手にすると外へ出て行く。桂は今日もレッスンへ行っているのだった。

 ココを出たのは一週間前ほど。だが何ヶ月もいないような感じだった。春川は、駐車場に車を停めると、バッグを持って玄関へ向かう。
 中庭には洗濯物が干されている。おそらく幸がしているのだろう。彼女は週三回の家政婦だったが、今は毎日来ているのかもしれない。
 チャイムを鳴らす。しかしそこに出てきたのは、予想もしない人だった。
「はい。」
 それは有川だった。
「……あなたは……。」
「お久しぶりです。」
「ココを出たと聞いておりますが、何の用事がありますの?」
「忘れ物がありましたので。」
「あぁ。あなたの荷物、もう処分いたしましたの。もう必要ございませんと。」
「……そうでしたか。でしたら結構です。」
 そういって彼女はその場から背を向けた。しかし有川が呼び止める。
「どうしているのかって聞きませんの?」
「必要ないでしょう?先生がどうなろうと関係ありませんし。」
 冷たい言い方だと自分でも思う。彼女が車に乗り込もうとしたときだった。
「有川君。誰か来ているのか。」
 聞き慣れた声がした。振り向くと、着流しに半纏を羽織った祥吾が出てきた。彼は春川を見て少し驚いたように見ている。
「お久しぶりです。」
「春……。」
「お元気そうで何よりですね。」
「あぁ……。」
「先生。もう少しで担当の方が見えますのよ。」
 有川はそういって彼を家の中に入れようとした。しかし彼は春川に近づいてくる。
「元気だったか。」
「えぇ。」
「髪を切ったんだね。」
「はい。やっと。今度会わないといけない人もいますから、あまりぼさぼさだと良くないかと思って。」
 会わないといけない人というので、彼はそれを感じたようだった。ため息を付くと、彼は彼女の手を握る。
「春。」
「先生。私もう行きます。先生もお元気で。」
 すると彼女はその手を離して、車に乗り込んだ。
「先生。」
 後ろで有川の声がする。だが彼は振り返らない。彼は彼なりに春川を愛していたのだが、彼女はそう思わなかったのだ。彼女はもう違う道を歩いている。そう思えたのだ。
「先生。寒いですわ。部屋に入りましょう?」
 有川はそういって祥吾を部屋の中に入れる。
 祥吾の隣にはもう別の女がいる。わかっていたことだ。他の女がいる事など。春川じゃなくてもいいのだから。彼女ではなくてもセックスは出来るのだから。
 割り切っているから、悔しくはない。彼女はそう思いながら町へ出て行った。

 そして次の日だった。春川は黒のタイトスカート、赤いニットに身を包み、白いダウンコートを着ていた。厚手のタイツだけは持っていたので、それは買うことはなかったが。
「スカート似合うな。」
「そうかしら。今考えると、そっちは寒いのよね。やっぱりパンツにしておけば良かったかなって思う。」
「足が綺麗だ。」
 新幹線はほぼ満席で、余裕はなかったように思える。二人は並んで座り、隣には一つ席が空いているだけだった。
「……そうかしら。もっと肉付きがあった方が女性らしい気がする。」
「良いところには付いてるから。」
 すると隣に一人の男が乗ってきた。
「すいません。隣座ります。」
 桂が隣で良かった。男の隣だと、色々と面倒だ。
「あれ?春さん。」
 桂を通り越して、男は彼女をみる。
「岬君?偶然ね。どこへ行くの?」
「あぁ。仕事だよ。夜間救急に急に呼ばれてね。」
「大変ね。」
「救急はどこも人手不足だ。正月で田舎だとさらにかな。」
 すると桂は彼を見て言う。
「……お医者も大変だな。」
「あぁ、こんにちは。桂さん。」
 眼中になかったのか、彼は改めて挨拶をする。それが桂をさらにイラッとさせた。
「桂さんって、僕を覚えてくれてたんだと春さんから聞いて。」
「あぁ。女優はあまり覚えていないんだが、あんたのことは何か印象的だったから。」
「何がですか?」
「撮影が始まる前に、アレコレ聞きすぎて他の出演者から総すかん食らってたから。」
「あらやだ。私とあまり変わらないことをしていたのね。」
「春はいい。部外者だし、取材だとみんな知っていたからな。でも映画で言ったら、エキストラが色々スタッフに聞き回っているようなものだ。あまり可愛がられはしないだろう?」
「そうでしたか。すいません。邪魔したみたいで。」
「もう過ぎたことだし、それにそれがきっかけで自分の道が見えたんだろう?別に良いさ。」
 そういって桂はポケットから缶コーヒーを取り出した。
「あー。自分だけ。」
「何だ、あんた買わなかったのか?」
 責めるように彼女はぷっと頬を膨らませた。
「春さんってコーヒー好きだよね。昔から。」
「何だ。そうだったのか。子供のうちから飲むと眠れなくなるぞ。」
「もう二十五ですから。後で車内販売で買おうっと。」
 少し桂は笑うと、その缶コーヒーをあけた。
「どこへ行くんですか?」
「あぁ。実家にな。」
「そっか。正月でしたもんね。」
「あんたも正月もなく働いてるんだな。」
「えぇ。奨学金があるし、それに正月なんてあっても僕には両親いませんしね。」
「そうだったのか。」
 すると彼は手を横に振って否定する。
「あ、僕の家族のことはそんなに暗い訳じゃなくてですね。」
「何?私が暗いみたいね。」
「そうじゃないよ。春さん。」
 ますます桂は笑いながら、彼の話を聞いていた。
「で?暗くない過去がどうしたんだ。」
「あ、僕はですね。両親がちょっと内戦で殺されたんですよ。」
「内戦?」
「外交官してて。ちょうど赴任先がちょっと内戦が酷いところだったんで、避難勧告が出てたんですよ。次の日にじゃあ帰りましょうかって時に、テロリストがやってきて両親を殺されてしまって。」
「マジか?十分暗いだろ?」
「でもまぁお金はあったし、苦しくはなかったですね。」
「でもそれだったら奨学金なんて……。」
 すると彼は少し暗い顔をした。おそらく何かあったに違いない。
「お金なくなったんでしょ?」
 春川はそう言うと、彼は頬を膨らませた。
「何かあったのか。」
「大学の入学が決まったときに、叔母さんって人が来てお金を受け取る権利があるなんて言ってたんですよね。」
「それでおめおめ渡したのか?」
「まぁ。そうです。父の姉だったし。で、それからうちもうちもって、気が付けば僕の手にはなくなったってわけですね。」
「……お人好しねぇ。でもそうだから医者になれたんだろうけど。」
 やがて車内販売がやってきて、春川はコーヒーを頼んだ。そして岬も頼む。
「でもお金ないから同級生の借りたエロ本見て、汁男優だったら手っ取り早く稼げるかと思ったんですけどね。」
「汁が一番稼げないだろ?何発打っても三千円とか五千円とかの世界だ。しかも交通費入り。」
「手元に残るの何千円って世界ね。あほくさい。ファミレスでハンバーグ焼いてた方が金になるわ。」
「でも僕にはいい経験でしたよ。医者になるって、どういう道に進めばいいかわからなかったから。」
「……そうか。自分が納得しているならそれで良いけど。」
「啓治は?啓治も汁からだっていってたわね。」
「あぁ。でも思い出したくないな。」
「何で?」
「立たなかったから。」
 その言葉に岬が一番驚いていた。
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