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幼馴染
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桂はマメな人で、忙しい日でも疲れている日でも、とりあえず部屋の中を片づけるところから彼の一日が始まる。汚れた衣服や、タオルなんかを洗濯機にかけ、掃除機をかけた後スティック上のモップで床を拭いている。同じタイミングで起きることがあれば、彼女はその間朝食を作っているのだが。
その癖があって良かったと思う。こんな日に桂の母親や兄が来るとは予想外だったからだ、汚い部屋だったら何と言われるだろう。
「緑茶か……紅茶、コーヒーですね。」
「和菓子だから緑茶が良いわ。遼一、お菓子出して。」
きょろきょろと周りを見ていた遼一だったが、ソファーに腰掛けると持ってきた荷物の中から、紙袋を取り出した。そして母と一緒にお茶を淹れた春川は、ローテーブルにそれを乗せる。そしてその一つ一つを彼らの前に置いた。
「若そうに見えるけれど、お茶を淹れるときとか出すときのこととかよく知ってるんですね。」
その言葉に彼女は驚いたように遼一を見た。
「遼一。うるさいことを言わないの。」
「誉めているんだよ。いい奥さんだ。啓治のヤツ、どこでこんな人を。」
「奥さんって……。」
「あら?まだ籍入れてないの?」
どんなことまで啓治は話しているのだろう。彼女ははらはらしながら、彼らを見ていた。
「えっと……。私、先日から一緒にいますけれど、まだ籍は。」
恋人というにもまだ日が浅い。だがそれよりも前に体のつきあいはあったわけだが。
「ずいぶんかかっているのね。啓治、若く見えるけどもう年明けにもう四十六になるのよ。子供欲しくないの?」
「……どうなんでしょうね。」
「そんなちゃらんぽらんなつきあいをしているの?君いくつ?」
「もう少しで二十六ですか。」
「あら……そんなに若かったの?」
「こんなに若い人とは思わなかったな。せめて四十くらいだと思ったけど、子供みたいだ。」
口調は柔らかいが、とりあえずあまり気に入っていないのだろう。その上彼女の職業を聞いたら、さらに反対するかもしれない。
「そう言わないの。春川さんってよく気が回るわ。優しいし。」
「そんな。お母さん。」
遼一はため息を付いて、お茶を口に入れる。
「で、春川さん。」
「はい。」
「下の名前は?」
「あぁ。すいません。私、お母さんと会ったときは、啓治さんにも本名を言ってなくて。作家の名前でずっと統一を。」
「作家?」
「えぇ。本名は浅海春です。」
「春川……聞いたことがある。」
「そうだったの?作家なのね。」
「駆け出しです。まだ……。」
春の言葉に表情を変えずに、彼は携帯電話を取り出した。どうやら検索機能で調べているようだ。
「お菓子美味しいわねぇ。ねぇ。春さん。お正月にうちに遊びにいらっしゃいよ。」
「あ、その話をしようと思ってて。」
「あぁ。そうなの。そうね。でも籍だけでも入れておけばお父さんも文句言わないだろうに。」
遼一のこの性格だ。おそらく父親も似たようなものだろう。彼の仕事や、彼女の仕事に理解があるとは思えない。
「確かに作家だね。今度映画化されるんだね。「薔薇」って本。」
「えぇ。」
「でも官能小説なの?これ。十八歳未満は買えないようになってる。」
「えぇ。そうですよ。」
特に恥じることはしていない。だから隠すつもりもなかった。
「……AV男優に、官能小説家か。大した組み合わせだね。」
「遼一。」
「おかしいですか?」
「いいや。差別する気はないよ。AV男優も官能小説家もいなきゃ、性犯罪が世の中に蔓延するだろうし。だけど、その真似をして性犯罪が起こっているのも事実だ。」
「でしょうね。私もそう思いますよ。ただ、需要があるから供給する。商売の基本でしょう?」
「残念ながら俺は教師でね、商売人じゃないんだ。しかも高校の教師。科目は現代文。」
「そうでしたか。」
文章のプロだったのだ。それではやはり彼女の本を卑下してみるのは当然かもしれない。
「君の本ってココにあるの?」
「あ、ココには……ありますね。そう言えば啓治さんが読んだとか言ってたし。」
立ち上がり寝室へ向かう。そこには本を置くラックがあるからだ。そこにあるだろう。すると、棚に「薔薇」があった。が奇しくもその隣には「蓮の花」があり、少し祥吾の事を思い出す。だがすぐに払拭した。
本を手にして、遼一に渡す。
「どうぞ。」
「拝読させてもらうよ。」
彼はそう言ってバッグから眼鏡を取りだして、その本のページをめくりだした。。
「ごめんね。春さん。遼一ったらいつもこんな感じで。」
「良いんです。私が何も話してなかったから。本名すらお母さんに話してなかったじゃないですか。」
「良いのよ。でも前にはあなたにはあなたの事情があって、啓治とは一緒になれないって言っていたのに、一緒にいることが出来るようになったのね。」
「今からもどうなるか、わかりませんけどね。」
「え?」
「啓治さんはこれから役者になるそうです。AVの世界ではなく、全年齢対象の役者に。」
「そう。それはあなたの為なの?他の女と寝ているのを見られるのがいやだから?それとも啓治が辛くなったの?」
「どちらでもないです。彼も体力のことを考えていたみたいです。演技力よりも、精力や精神力を必要としますからね。それに私のことを考えてだったら、私も男と女のアレコレばかり書いてますから。」
「まぁ。そうだったわね。あなたは男の人と繋がることはないけれど、男と女のアレコレを想像ばかりしてるってわけね。」
「その通りです。だからいちいち怒ってられませんよ。」
彼女はそう言って手をひらひらと降る。
「春さん。」
急に声をかけられて、春川は遼一の方を見た。すると彼は眼鏡を外すと少し笑っていった。
「コレを借りていっても?」
「お正月に時間を合わせてそちらの実家へ行くつもりです。そのときに返却で結構ですよ。」
「他の本は?」
「この間遊女の本を書きました。」
「遊女?あぁ。遊郭の話か。それは面白そうだ。官能小説以外の作品は?」
「この間「読本」という文芸雑誌に濡れ場のない作品を頼まれたので、それに載ってますよ。」
「今月号?」
「えぇ。」
遼一はニヤリと笑い、その本をバッグに入れた。
「しかしこれだけ書けるんなら、尚更だ。」
「え?」
「どうして純文学を書かないの?」
「……需要はこっちの方が多いというだけですよ。特に官能小説だから書いているわけではありません。必要とされるときにそれに答えられればそれでいいと思いますけれど。」
「……まるで自分の作品は後世には残らないって言い方だね。」
「残りませんよ。人気は一時的なものです。」
「悲観してるようだが、それは読者にも失礼だと思わないかな。」
「え?」
「君の作品のレビューはどれも反応がいいようだ。それを素直に喜べばいい。なのに、残らないなんて失礼だよ。」
「……。」
「少なくとも俺は、この本をもう少し読んでみたいと思ったけどね。」
「ありがとうございます。」
「「読本」か。あんなチャラい文芸誌を買ったことはないけれど。まぁそれも見てみよう。」
いちいち鼻につく人だな。そう思いながら、彼女はお菓子に手を伸ばした。
その癖があって良かったと思う。こんな日に桂の母親や兄が来るとは予想外だったからだ、汚い部屋だったら何と言われるだろう。
「緑茶か……紅茶、コーヒーですね。」
「和菓子だから緑茶が良いわ。遼一、お菓子出して。」
きょろきょろと周りを見ていた遼一だったが、ソファーに腰掛けると持ってきた荷物の中から、紙袋を取り出した。そして母と一緒にお茶を淹れた春川は、ローテーブルにそれを乗せる。そしてその一つ一つを彼らの前に置いた。
「若そうに見えるけれど、お茶を淹れるときとか出すときのこととかよく知ってるんですね。」
その言葉に彼女は驚いたように遼一を見た。
「遼一。うるさいことを言わないの。」
「誉めているんだよ。いい奥さんだ。啓治のヤツ、どこでこんな人を。」
「奥さんって……。」
「あら?まだ籍入れてないの?」
どんなことまで啓治は話しているのだろう。彼女ははらはらしながら、彼らを見ていた。
「えっと……。私、先日から一緒にいますけれど、まだ籍は。」
恋人というにもまだ日が浅い。だがそれよりも前に体のつきあいはあったわけだが。
「ずいぶんかかっているのね。啓治、若く見えるけどもう年明けにもう四十六になるのよ。子供欲しくないの?」
「……どうなんでしょうね。」
「そんなちゃらんぽらんなつきあいをしているの?君いくつ?」
「もう少しで二十六ですか。」
「あら……そんなに若かったの?」
「こんなに若い人とは思わなかったな。せめて四十くらいだと思ったけど、子供みたいだ。」
口調は柔らかいが、とりあえずあまり気に入っていないのだろう。その上彼女の職業を聞いたら、さらに反対するかもしれない。
「そう言わないの。春川さんってよく気が回るわ。優しいし。」
「そんな。お母さん。」
遼一はため息を付いて、お茶を口に入れる。
「で、春川さん。」
「はい。」
「下の名前は?」
「あぁ。すいません。私、お母さんと会ったときは、啓治さんにも本名を言ってなくて。作家の名前でずっと統一を。」
「作家?」
「えぇ。本名は浅海春です。」
「春川……聞いたことがある。」
「そうだったの?作家なのね。」
「駆け出しです。まだ……。」
春の言葉に表情を変えずに、彼は携帯電話を取り出した。どうやら検索機能で調べているようだ。
「お菓子美味しいわねぇ。ねぇ。春さん。お正月にうちに遊びにいらっしゃいよ。」
「あ、その話をしようと思ってて。」
「あぁ。そうなの。そうね。でも籍だけでも入れておけばお父さんも文句言わないだろうに。」
遼一のこの性格だ。おそらく父親も似たようなものだろう。彼の仕事や、彼女の仕事に理解があるとは思えない。
「確かに作家だね。今度映画化されるんだね。「薔薇」って本。」
「えぇ。」
「でも官能小説なの?これ。十八歳未満は買えないようになってる。」
「えぇ。そうですよ。」
特に恥じることはしていない。だから隠すつもりもなかった。
「……AV男優に、官能小説家か。大した組み合わせだね。」
「遼一。」
「おかしいですか?」
「いいや。差別する気はないよ。AV男優も官能小説家もいなきゃ、性犯罪が世の中に蔓延するだろうし。だけど、その真似をして性犯罪が起こっているのも事実だ。」
「でしょうね。私もそう思いますよ。ただ、需要があるから供給する。商売の基本でしょう?」
「残念ながら俺は教師でね、商売人じゃないんだ。しかも高校の教師。科目は現代文。」
「そうでしたか。」
文章のプロだったのだ。それではやはり彼女の本を卑下してみるのは当然かもしれない。
「君の本ってココにあるの?」
「あ、ココには……ありますね。そう言えば啓治さんが読んだとか言ってたし。」
立ち上がり寝室へ向かう。そこには本を置くラックがあるからだ。そこにあるだろう。すると、棚に「薔薇」があった。が奇しくもその隣には「蓮の花」があり、少し祥吾の事を思い出す。だがすぐに払拭した。
本を手にして、遼一に渡す。
「どうぞ。」
「拝読させてもらうよ。」
彼はそう言ってバッグから眼鏡を取りだして、その本のページをめくりだした。。
「ごめんね。春さん。遼一ったらいつもこんな感じで。」
「良いんです。私が何も話してなかったから。本名すらお母さんに話してなかったじゃないですか。」
「良いのよ。でも前にはあなたにはあなたの事情があって、啓治とは一緒になれないって言っていたのに、一緒にいることが出来るようになったのね。」
「今からもどうなるか、わかりませんけどね。」
「え?」
「啓治さんはこれから役者になるそうです。AVの世界ではなく、全年齢対象の役者に。」
「そう。それはあなたの為なの?他の女と寝ているのを見られるのがいやだから?それとも啓治が辛くなったの?」
「どちらでもないです。彼も体力のことを考えていたみたいです。演技力よりも、精力や精神力を必要としますからね。それに私のことを考えてだったら、私も男と女のアレコレばかり書いてますから。」
「まぁ。そうだったわね。あなたは男の人と繋がることはないけれど、男と女のアレコレを想像ばかりしてるってわけね。」
「その通りです。だからいちいち怒ってられませんよ。」
彼女はそう言って手をひらひらと降る。
「春さん。」
急に声をかけられて、春川は遼一の方を見た。すると彼は眼鏡を外すと少し笑っていった。
「コレを借りていっても?」
「お正月に時間を合わせてそちらの実家へ行くつもりです。そのときに返却で結構ですよ。」
「他の本は?」
「この間遊女の本を書きました。」
「遊女?あぁ。遊郭の話か。それは面白そうだ。官能小説以外の作品は?」
「この間「読本」という文芸雑誌に濡れ場のない作品を頼まれたので、それに載ってますよ。」
「今月号?」
「えぇ。」
遼一はニヤリと笑い、その本をバッグに入れた。
「しかしこれだけ書けるんなら、尚更だ。」
「え?」
「どうして純文学を書かないの?」
「……需要はこっちの方が多いというだけですよ。特に官能小説だから書いているわけではありません。必要とされるときにそれに答えられればそれでいいと思いますけれど。」
「……まるで自分の作品は後世には残らないって言い方だね。」
「残りませんよ。人気は一時的なものです。」
「悲観してるようだが、それは読者にも失礼だと思わないかな。」
「え?」
「君の作品のレビューはどれも反応がいいようだ。それを素直に喜べばいい。なのに、残らないなんて失礼だよ。」
「……。」
「少なくとも俺は、この本をもう少し読んでみたいと思ったけどね。」
「ありがとうございます。」
「「読本」か。あんなチャラい文芸誌を買ったことはないけれど。まぁそれも見てみよう。」
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