セックスの価値

神崎

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幼馴染

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 新聞社に立ち寄り、春川は詳しい打ち合わせをする。新聞社には週一回のペースでコラムを載せ、AV関係者のインタビュー、新製品の道具、果てにはSMの道具まで載せるらしい。スポーツ新聞というのはそんなものなのかもしれない。
「SMは興味があったんで、良かったです。」
「ネタになりそうですか。」
「そうですね。」
 担当をしてくれる男はその答えに、やっぱり普通の女性ではないと呆れたように彼女を見ていた。同じ年代の娘がいる彼にとって、口にはばかるようなことをすらすらとためらいもなく口に出す彼女は、とても経験が豊富なのだろうと勝手な想像をしていた。
「コレはどうやって使うんですか?」
「あぁ。コレは猿ぐつわみたいなものですよ。」
「あぁ。うーん。見てみるだけじゃわかんないな。コレ、竜さんの対談の時に持って行って良いですか?竜さんSらしいし、詳しいだろうと思うから。」
「良い企画ですね。それで一回目はいきましょう。何なら実地しますか?」
「いいえ。私にその趣味はないので。」
 あっさりと断る。性的なものに興味があるが、自分自身のこととなれば全く興味がないという噂も本当だったのだ。事実、彼女に襲いかかろうとした編集者が、その後自殺している。それからまことしやかに彼女に襲いかかると不幸になるという噂が立っていた。
 それを彼女は知っているのだろうか。

 SMの道具のカタログを持って、春川は家に帰ってきた。ドアを開けると、明かりが灯っている。リビングには桂がキッチンでシチューを皿についでいた。
「お帰り。」
「ただいま。食べてなかったの?」
「さっき帰ってきた。俺も案外遅くなったし。」
「レッスンが長引いた?」
「レッスン自体はそうでもないかな。その後の「蓮の花」の台本をもらいに行ってたから。」
「そうなの?脚本家さんが書いてくれたヤツ?見たいわ。」
「食事の後にしよう。わざわざ帰ってきて作ったんだろう?」
 彼はそういって頭をぽんとたたいた。そしてそのまま彼女の唇に軽くキスをする。
「それに、俺、あの次男の役じゃなかったわ。」
「え?」
「俺、あの家の執事の役だってさ。」
「執事って……。」
 冷蔵庫からサラダを出して、彼女は驚いたように彼を見た。
「次男は途中で死ぬけど、執事は生き残る。しかも重要なポジションだ。奥さんの片棒を担ぐし探偵を欺く。」
「イメージに合わないわね。」
 執事なので、確かにぴしっとしていないといけないかもしれないが、彼がそれをすると嫌みなほど完璧になってしまうかもしれない。それを彼女は恐れていたのだ。
「でもまぁ。合わないものも合うようにするのが役者だって、敦さんが言ってた。」
 敦はいつでもぼさぼさの髪で、着ているものもぼろぼろのジーパンだったり毛玉だらけのセーターだったりだが言うことは厳しい。甘っちょろいことは嫌いなのだ。
 だから愛川航という芸名でAV男優をしていたとき弟子にしてほしいと何人も男性が来ていたし、快く弟子にしたこともあったがあまりの厳しさに逃げ帰る人が多かったのを覚えている。
「愛川航さんね。そういえば今度新聞社のコラムで対談するわ。」
「厳しい人だ。嫌われないようにしないとな。」
 運良く、彼女はあまり口うるさい人だろうと気むずかしい人だろうと、嫌われることはあまりない。彼女の仕事の姿勢や、人柄で気に入られているところがあるからだ。
 だがそれを図々しいとか馴れ馴れしいと思う人もいるだろう。敦がなんと思うか、彼はそれが不安だった。
「髭、剃るの?」
 食事をしながら彼女は彼に聞く。
「似合わないだろう?」
「そうかしら。あまり私は似合う、似合わないとかはよくわからないけれど、容姿に少しでも隙があると取っつきやすくなるとは思うわ。」
「現場では逃げられたけど。」
「それは髭以外の所に問題があるわ。」
 死刑囚の役だったのだ。その容姿に誰が声をかけるだろう。
「明日から少しゆっくり出来そうだ。正月休みみたいなものかな。」
「年明けはいつから?」
「四日に雑誌社から呼ばれている。それからドラマの台本合わせ。」
「あぁ。殺人犯の。」
「俺が殺したんじゃないよ。」
「知ってるわ。」
「あんたは?」
「私も似たようなものね。明日は特に出る用事はないし、仕事場に北川さんが来るくらいで。原稿進めとかないと。」
「明日やる?」
「……今日させて。で明日もしたい。」
「セックスを?」
「バカね。」
 少し笑い、彼女はシチューに口を付けた。

 風呂に入り、髭を剃った。そしてリビングに戻ると、春川は眼鏡をかけてノートパソコンに向かっていた。ノートパソコンの隣には資料らしき本や、ファイルがある。キーボードを打つ手が止まったと思ったらまた資料に目を通す。
 そして彼女はまたパソコンに文字を打ち込んでいった。
 桂はその様子にため息を軽く付くと、向かいのソファに座り自分のバッグの中から、台本を取り出した。「蓮の花」の監督は原元哉。昔からの監督で、すでに大御所と言われている。その監督が彼を使いたいと直々にオファがあったのだ。失敗は許されないだろうし、彼を使ったのは失敗だったと彼が思えば、二度と呼び出されることはないだろう。それくらい影響力があるのだ。
 「薔薇」とは時代背景が似ているとはいえ、こちらのことは財閥や大病院のことが中心になり、言葉遣いなんかも全く違う。噛まないようにコレをいうのは大変だ。
「……でございます。うん……。いかがでございますか。」
 桂の声に、春川は少し顔を上げた。しかし桂はそれに気が付かない。彼も彼で大変なのだ。
 彼女は立ち上がると、キッチンでレモネードを入れようとした。そのときだった。暖かい腕が彼女の体を後ろから包んだ。
「終わった?」
「飲み物が必要かと思っただけ。」
「まだするのか?」
「あなたも練習したいんじゃないの?」
「それはな……。でも……抱かれたくないのか?」
「抱かれたいわ。でも仕事でしょ?」
 すると彼は彼女を抱きしめたまま、ため息を付く。
「仕事か……。」
「愛だけ食べてはいけないわ。」
「でもあんたの場合、きりがないだろ?仕事はだらだらするものじゃない。そうだな。日が変わったら終わろうか。」
「えっ?もう二十分もないじゃない。」
 彼は少し笑い彼女を離すと、お湯をコップに注ぐ。そして彼女に持たせた。
「十二時になったらおっぱい揉むから。」
「変態。」
 彼女はそういって急ぎ足でリビングの仕事をしていたスペースにまた腰を下ろした。レモネードに口を付けて、またキーボードを叩き始めた。
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