153 / 172
幼馴染
153
しおりを挟む
夕方ほどの時間。春川は病院へやってきた。手には紙袋が握られている。エレベーターに乗り込むと七階までのボタンを押した。他の患者さんや見舞い客も乗っている。見舞い客は会社帰りとかの人も多いらしい。
彼女もその中の一人に見えないこともないが、どうも格好がラフすぎる。
やがてエレベーターを降りると、慣れた足取りで部屋に向かう。充はICUを出て一般病棟に移ったのだ。岬に言わせると、死ぬような怪我じゃないし、歩けなくなることや目が見えなくなることもないだろうと言うことだった。現代医療も進んだものだと彼女は思う。
やがてたどり着いた部屋は七〇八。二人部屋で、充の他には同じ年頃の男が入院している。彼は交通事故で肩の骨を折っているらしい。
「西川。」
声をかけると彼は隣の男と何か話していたようだが、すぐに彼女に気が付いてそちらをみた。
「おー。いっつも来てくれる奥さんじゃん。」
「勘弁してくださいよ。」
彼女はそういって紙袋をベッドサイドに置いた。
「調子はどうなの?」
「良いよ。ギブス年明けにとれるらしいわ。」
「早いのね。顔は?」
「美男子のまま。」
「バカね。」
少し笑い、彼女はその紙袋の中身にある下着をベッドの隣にあるロッカーに入れた。そして代わりに汚れた下着を紙袋に入れる。
「悪いな。そんなことまでさせて。」
「ついでよ。啓治のも洗うから。」
「ふーん。もう隠さねぇんだ。」
「そうね。隠す必要もなくなったから。」
隠してもらった方が良いのに。そうすれば彼女の弱みになるのだが。
「太田さーん。」
看護師が呼びに来て、隣の男は笑って答えた。
「あーい。」
「先生が治療経過次第で抜糸したいって言ってますけど、どうします?今からなら先生の診察受けれますよ。」
「あーお願いします。コレで風呂は入れるでしょ?」
「ビニールとか当ててですね。」
そういって彼は車いすに乗り部屋を出ていった。そして部屋の仲は二人っきりになる。
「あなたもお風呂は入れるの?」
「まだ拭いてるだけ。今良いよな。ベッドの上でシャンプーできるし。コレがあったら水無いところでもシャンプーできるのにな。」
世界を渡ったという彼らしい発言だ。その辺が彼女にとってうらやましいところではある。
「別れたんだって?」
「そもそも籍に入ってなかった。内縁関係を解消しただけよ。」
「噂ででも聞くぜ?冬山祥吾が荒れてるって。」
「……病院で寝ててもそんな噂耳にするわけ?」
「仕事だしな。この間新しく担当になった男は早速外されたらしいし。」
「そう。」
「あんなにわがままだったら、いずれ誰も相手しねぇよ。あんたがいたからカバーできたところもあっただろうにな。」
「……そんなに家のこともしてなかった。買いかぶり過ぎよ。」
「そうでもねぇって。」
腫れは収まったが、まだ痛そうに包帯を巻いている顔を起こして、充は言う。
「あんた自分のことも一生懸命だけど、自分が好きになったことに対しては尽くすところがあるからな。尽くされた方は急にいなくなって、自立できなくなるんだろ?罪だな。」
「……。」
「……冬山祥吾は、そもそもどっかに依存することも多かったみたいだし、生活出来るのかね。」
「出来るでしょ?私がいなくても女性はいるわ。なぜかしらね。男として冷静に見れば、もてるのが不思議よ。」
「あんた妻だったんだろ?その割には辛口だよな。」
そういって彼は笑う。だが顔が痛むらしく前屈みになった。
「ちょっと。痛いなら無理しないで。」
彼女はそういって彼のそばへやってくる。すると彼はその手を握った。
「痛くねぇよ。バカ。」
「離して。」
手を離すと、彼はふっと笑う。
「そういうところ。お前が隙があるところだ。素早くキスだって出来ただろうにな。」
「バカね。人の好意を踏みにじるなんて。」
「好意でやってんのか。あんた、経験してネタになるからしてるんじゃないのか。」
「その通りよ。」
「作家の鏡だな。」
そのとき病室のドアがノックされた。それに充は答えた。
「はい。」
入ってきたのは岬だった。白衣を着ていないので、誰かとおもったが、すぐに春川は気が付く。
「岬君。」
「あぁ。来てたんだ。どうですか。調子は?」
「なぁ。先生。リハって正月しねぇんだろ?何か自分で出来るのねぇの?」
「ありますけどね。でも誰も付いてなくてするのは危険ですよ。何かあっても困りますし。」
「そうよ。無理すること無いわ。」
「ちぇっ。ケチ。」
そういって彼は頬を膨らませて、また横になった。
「……ケチですって。」
「春ちゃん。入院期間延長申し出ても良いけど。」
「マジで?そうしようか。」
「やめてくれよ。病院なんか、塀のない刑務所じゃねぇか。」
その様子に岬と春川は顔を見合わせて笑った。
「今から仕事?」
「うん。ココは週に三回くらいだね。君はしょっちゅう来てるの?」
「洗濯物が溜まっただのなんだので、よく呼び出されるわ。」
「婚約者がいるんだから、あまり他の男になびくのあまり良くないよ。」
「気をつけるわ。」
婚約者の言葉に充は驚いて、彼女をみる。まさか、あいつと一緒になるつもりなのかと。
「あ、そろそろ行かなきゃ。じゃあ、またくるわ。」
「あ……あぁ。」
「西川さん。理学療法士に声をかけましょうか。正月の間に何か出来ることがあれば、教えておいてやってくれって。」
「頼んだよ。」
罪の意識もなく、二人は病室を出る。二人は同じ施設にいたらしい。だから仲が良いのだと言うが、岬はどう見ても春川に気がある。
全く、一人去ったと思ったらまた一人か。充はそう思いながら、天井を見上げた。罪な女だ。
彼女もその中の一人に見えないこともないが、どうも格好がラフすぎる。
やがてエレベーターを降りると、慣れた足取りで部屋に向かう。充はICUを出て一般病棟に移ったのだ。岬に言わせると、死ぬような怪我じゃないし、歩けなくなることや目が見えなくなることもないだろうと言うことだった。現代医療も進んだものだと彼女は思う。
やがてたどり着いた部屋は七〇八。二人部屋で、充の他には同じ年頃の男が入院している。彼は交通事故で肩の骨を折っているらしい。
「西川。」
声をかけると彼は隣の男と何か話していたようだが、すぐに彼女に気が付いてそちらをみた。
「おー。いっつも来てくれる奥さんじゃん。」
「勘弁してくださいよ。」
彼女はそういって紙袋をベッドサイドに置いた。
「調子はどうなの?」
「良いよ。ギブス年明けにとれるらしいわ。」
「早いのね。顔は?」
「美男子のまま。」
「バカね。」
少し笑い、彼女はその紙袋の中身にある下着をベッドの隣にあるロッカーに入れた。そして代わりに汚れた下着を紙袋に入れる。
「悪いな。そんなことまでさせて。」
「ついでよ。啓治のも洗うから。」
「ふーん。もう隠さねぇんだ。」
「そうね。隠す必要もなくなったから。」
隠してもらった方が良いのに。そうすれば彼女の弱みになるのだが。
「太田さーん。」
看護師が呼びに来て、隣の男は笑って答えた。
「あーい。」
「先生が治療経過次第で抜糸したいって言ってますけど、どうします?今からなら先生の診察受けれますよ。」
「あーお願いします。コレで風呂は入れるでしょ?」
「ビニールとか当ててですね。」
そういって彼は車いすに乗り部屋を出ていった。そして部屋の仲は二人っきりになる。
「あなたもお風呂は入れるの?」
「まだ拭いてるだけ。今良いよな。ベッドの上でシャンプーできるし。コレがあったら水無いところでもシャンプーできるのにな。」
世界を渡ったという彼らしい発言だ。その辺が彼女にとってうらやましいところではある。
「別れたんだって?」
「そもそも籍に入ってなかった。内縁関係を解消しただけよ。」
「噂ででも聞くぜ?冬山祥吾が荒れてるって。」
「……病院で寝ててもそんな噂耳にするわけ?」
「仕事だしな。この間新しく担当になった男は早速外されたらしいし。」
「そう。」
「あんなにわがままだったら、いずれ誰も相手しねぇよ。あんたがいたからカバーできたところもあっただろうにな。」
「……そんなに家のこともしてなかった。買いかぶり過ぎよ。」
「そうでもねぇって。」
腫れは収まったが、まだ痛そうに包帯を巻いている顔を起こして、充は言う。
「あんた自分のことも一生懸命だけど、自分が好きになったことに対しては尽くすところがあるからな。尽くされた方は急にいなくなって、自立できなくなるんだろ?罪だな。」
「……。」
「……冬山祥吾は、そもそもどっかに依存することも多かったみたいだし、生活出来るのかね。」
「出来るでしょ?私がいなくても女性はいるわ。なぜかしらね。男として冷静に見れば、もてるのが不思議よ。」
「あんた妻だったんだろ?その割には辛口だよな。」
そういって彼は笑う。だが顔が痛むらしく前屈みになった。
「ちょっと。痛いなら無理しないで。」
彼女はそういって彼のそばへやってくる。すると彼はその手を握った。
「痛くねぇよ。バカ。」
「離して。」
手を離すと、彼はふっと笑う。
「そういうところ。お前が隙があるところだ。素早くキスだって出来ただろうにな。」
「バカね。人の好意を踏みにじるなんて。」
「好意でやってんのか。あんた、経験してネタになるからしてるんじゃないのか。」
「その通りよ。」
「作家の鏡だな。」
そのとき病室のドアがノックされた。それに充は答えた。
「はい。」
入ってきたのは岬だった。白衣を着ていないので、誰かとおもったが、すぐに春川は気が付く。
「岬君。」
「あぁ。来てたんだ。どうですか。調子は?」
「なぁ。先生。リハって正月しねぇんだろ?何か自分で出来るのねぇの?」
「ありますけどね。でも誰も付いてなくてするのは危険ですよ。何かあっても困りますし。」
「そうよ。無理すること無いわ。」
「ちぇっ。ケチ。」
そういって彼は頬を膨らませて、また横になった。
「……ケチですって。」
「春ちゃん。入院期間延長申し出ても良いけど。」
「マジで?そうしようか。」
「やめてくれよ。病院なんか、塀のない刑務所じゃねぇか。」
その様子に岬と春川は顔を見合わせて笑った。
「今から仕事?」
「うん。ココは週に三回くらいだね。君はしょっちゅう来てるの?」
「洗濯物が溜まっただのなんだので、よく呼び出されるわ。」
「婚約者がいるんだから、あまり他の男になびくのあまり良くないよ。」
「気をつけるわ。」
婚約者の言葉に充は驚いて、彼女をみる。まさか、あいつと一緒になるつもりなのかと。
「あ、そろそろ行かなきゃ。じゃあ、またくるわ。」
「あ……あぁ。」
「西川さん。理学療法士に声をかけましょうか。正月の間に何か出来ることがあれば、教えておいてやってくれって。」
「頼んだよ。」
罪の意識もなく、二人は病室を出る。二人は同じ施設にいたらしい。だから仲が良いのだと言うが、岬はどう見ても春川に気がある。
全く、一人去ったと思ったらまた一人か。充はそう思いながら、天井を見上げた。罪な女だ。
0
お気に入りに追加
107
あなたにおすすめの小説


会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。



体育座りでスカートを汚してしまったあの日々
yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる