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幼馴染
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映画の撮影はピークを迎え、それと同時進行で敦の所へ演技指導も行っていたのだが、彼の指導はかなりのスパルタで家に帰ってきても撮影の合間も、桂はぐったりしたように眠っていることが多くなった。
春川も年末に向けて忙しくなっていた。新聞のコラムのためのインタビュー、北川の所の小説の清書、インターネット上のコラム、「花雨」の加筆など、祥吾の資料集めにかまわない分、自分の仕事が多くなる。
必然的に二人は一緒の家に住んでいながらも、夜遅く桂が帰ってきて眠っている春川をみながら眠りにつき、桂が眠っているのを起こさないようにそっと春川が起きて、朝食の用意をするような生活だった。桂は正月に春川を実家に連れて行きたいと思っていたが、それを話すことも出来ない。当然、セックスをする余裕すらなかった。
「あー。」
スタジオの本番前、台本に目を通しながら桂はため息を付いた。もう撮影は佳境に入り、彼はぼろぼろの着流しを着てため息を付いた。
「何だよ。でっかいため息だな。」
声をかけたのは主役の玲二だった。彼も病人の役だったため、少しダイエットをして痩せている。鍛えて痩せると肉が付いて病人に見えないため、食事を抜いているのだという。その辺は、桂も同じだった。彼も投獄されているという設定のために、髭を伸ばしていた。しかしあまり似合わないと、自分でも思う。
「いや。何でもねぇけどさ。」
「あれか?彼女に会えないとか?」
「うーん。会ってるっちゃ会ってるんだけどな。」
「……良いな。会えてさ。」
「お前、そういえば奥さんも子供もいるって言ってたっけ。」
「公表してねぇけどな。奥さん一般人だし。」
彼はそういって手に持っているお茶を口に含んだ。水分くらいしかとれないのだろう。
「一緒に住んでねぇ、一緒に外に出ることも出来ねぇ。それで家族っていえるかなぁって最近思うよ。」
「……公表しないのか?」
「事務所が許さないし。時間の問題かと思ってたけど、案外ばれないモノなんだな。いっそばれてしまえばいいのに。」
玲二はそういってお茶をテーブルに置いた。
「桂さんは?公表するの?彼女居るって。」
「彼女って言うか、もう結婚しようかと思ってるし。」
「あー。マジで?大丈夫なのか?事務所OK出したの?」
「うん、まぁ。俺もう良い歳だし、結婚してない方が不自然だろ。」
「けどまぁ……。」
顔だけでも体だけでも、ましてやセックスの技だけでもない。役者としての実力があるのは、この映画を撮ってみてわかった。波子を愛するような視線、憎しみの顔、捕らえられ拷問される姿は、スタッフの女性が涙するほどだった。
竜之介に対する同情の余地もあったのだ。
「あんた今から役者だろ?結婚してますって言ったら離れるファンも多いんじゃないの?」
「四十五にもなって、結婚してなきゃゲイかって言われるだろ?」
「まぁ……それもそうか。」
「一応そういう噂もあったしな。」
だからゲイビに出ないかというオファーもあったが、丁重に断った。男のアレをくわえたり、アナルに入れ込むのはさすがに抵抗がある。
「彼女若いの?」
「若いよ。」
そのときスタジオのドアから、一人の女性がやってきた。きょろきょろと周りをみて、牧原に近づいていく。その人をみて桂は思わず立ち上がる。
「春。」
その声に玲二もそちらをみた。だが春川は桂を見ようともしない。
「監督。」
「おー。来たか。まだ少し準備かかるから、ちょっと外出ようか。」
牧原は立ち上がると、春川の肩を抱くように外に出る。その様子に玲二は少し笑った。
「何だ。あの女よく見るけど、監督の何?愛人?」
「そんなんじゃねぇよ。」
不機嫌そうにまた桂は座ると、台本を手にした。
食堂へ行くにはまだ時間がある。キッチンでは食事を担当しているおばちゃんが居るだけで、後は誰もいない。そのおばちゃんにも聞こえないようにと隅の方に牧原は座り、その向かいに春川も座った。
「そろそろクランクアップする。年はまたがねぇ。」
片隅にあるコーヒーのサーバーからコーヒーを入れると、彼女に渡した。すると彼女はそれを素直に手にする。
「ラッシュみた?」
「そうですね。波子の役が良くなりました。
「正直変わって良かったと思うよ。あんなに演技が出来ると思ってなかった。それに桂もな。」
「えぇ。」
「あんたの推薦だって言ったときは、こいつトチ狂ってんのかと思ったけど、良い仕事をしてくれた。あいつAVから足を洗うって言ってたな。」
「はい。」
「よく知ってんな。」
「一緒に暮らしてますし。」
そういってコーヒーを口に運ぶ。冷静な彼女に対して、牧原は驚いたように彼女をみた。
「マジで?旦那は?」
「そもそも籍が入ってませんでした。内縁の妻みたいなものですね。」
「内縁の妻を七年もね。あんたは二十五で良いかもしれないけど、旦那は歳なんだろう?」
「あ……。」
そういえば誕生日が近いはずだ。すっかり忙しさに忘れていた。
「そうですね。五十一になりますか。」
「五十一にもなって女に捨てられるか……なかなか可愛そうな旦那だ。」
「そうでもないですよ。」
「なんで?」
「他の女性が来ていますし、その女性がいなくても他の女性が来るでしょう。」
もてる人だ。それくらいはするだろう。
「そうか。どっちも不倫ってわけだ。あんたそれ小説のネタにしないのか?」
「どうでしょうか。書くとしたら一人称になりそうですね。」
「他人の目線から見ているだけであれだけエロい文章を書くんだ。一人称だとさらにエロくなるかな。」
「どうでしょう。」
食堂に桂が入ってきた。監督と春川が話しているのを見て、それに近づく。
「春。」
「あら。どうしたの?」
「もう準備終わったのか?」
「あ、まだですけど。」
すると牧原は笑いながら言う。
「んだよ。熱いなぁ。お前、春川がきてんのわかってココきたのか?お前が気にするような話はしてねぇよ。」
「春……お前。」
「監督さんに言っても何も世の中にはいわないでしょ?」
「信用されてんな。俺。」
「それにコレがばれたら、自分の首が絞まりますから。」
その言葉に彼はぞくっとした。
「ライターのばれない方が良いことばかり、私知っていますから。」
「わかった、わかった。いわねぇよ。俺も妻は大事にしたいんでね。」
穏やかな感じに見えたが、その実状は全く穏やかではなかったらしい。春川はコーヒーを飲み干して、怪しげな微笑みを浮かべた。
春川も年末に向けて忙しくなっていた。新聞のコラムのためのインタビュー、北川の所の小説の清書、インターネット上のコラム、「花雨」の加筆など、祥吾の資料集めにかまわない分、自分の仕事が多くなる。
必然的に二人は一緒の家に住んでいながらも、夜遅く桂が帰ってきて眠っている春川をみながら眠りにつき、桂が眠っているのを起こさないようにそっと春川が起きて、朝食の用意をするような生活だった。桂は正月に春川を実家に連れて行きたいと思っていたが、それを話すことも出来ない。当然、セックスをする余裕すらなかった。
「あー。」
スタジオの本番前、台本に目を通しながら桂はため息を付いた。もう撮影は佳境に入り、彼はぼろぼろの着流しを着てため息を付いた。
「何だよ。でっかいため息だな。」
声をかけたのは主役の玲二だった。彼も病人の役だったため、少しダイエットをして痩せている。鍛えて痩せると肉が付いて病人に見えないため、食事を抜いているのだという。その辺は、桂も同じだった。彼も投獄されているという設定のために、髭を伸ばしていた。しかしあまり似合わないと、自分でも思う。
「いや。何でもねぇけどさ。」
「あれか?彼女に会えないとか?」
「うーん。会ってるっちゃ会ってるんだけどな。」
「……良いな。会えてさ。」
「お前、そういえば奥さんも子供もいるって言ってたっけ。」
「公表してねぇけどな。奥さん一般人だし。」
彼はそういって手に持っているお茶を口に含んだ。水分くらいしかとれないのだろう。
「一緒に住んでねぇ、一緒に外に出ることも出来ねぇ。それで家族っていえるかなぁって最近思うよ。」
「……公表しないのか?」
「事務所が許さないし。時間の問題かと思ってたけど、案外ばれないモノなんだな。いっそばれてしまえばいいのに。」
玲二はそういってお茶をテーブルに置いた。
「桂さんは?公表するの?彼女居るって。」
「彼女って言うか、もう結婚しようかと思ってるし。」
「あー。マジで?大丈夫なのか?事務所OK出したの?」
「うん、まぁ。俺もう良い歳だし、結婚してない方が不自然だろ。」
「けどまぁ……。」
顔だけでも体だけでも、ましてやセックスの技だけでもない。役者としての実力があるのは、この映画を撮ってみてわかった。波子を愛するような視線、憎しみの顔、捕らえられ拷問される姿は、スタッフの女性が涙するほどだった。
竜之介に対する同情の余地もあったのだ。
「あんた今から役者だろ?結婚してますって言ったら離れるファンも多いんじゃないの?」
「四十五にもなって、結婚してなきゃゲイかって言われるだろ?」
「まぁ……それもそうか。」
「一応そういう噂もあったしな。」
だからゲイビに出ないかというオファーもあったが、丁重に断った。男のアレをくわえたり、アナルに入れ込むのはさすがに抵抗がある。
「彼女若いの?」
「若いよ。」
そのときスタジオのドアから、一人の女性がやってきた。きょろきょろと周りをみて、牧原に近づいていく。その人をみて桂は思わず立ち上がる。
「春。」
その声に玲二もそちらをみた。だが春川は桂を見ようともしない。
「監督。」
「おー。来たか。まだ少し準備かかるから、ちょっと外出ようか。」
牧原は立ち上がると、春川の肩を抱くように外に出る。その様子に玲二は少し笑った。
「何だ。あの女よく見るけど、監督の何?愛人?」
「そんなんじゃねぇよ。」
不機嫌そうにまた桂は座ると、台本を手にした。
食堂へ行くにはまだ時間がある。キッチンでは食事を担当しているおばちゃんが居るだけで、後は誰もいない。そのおばちゃんにも聞こえないようにと隅の方に牧原は座り、その向かいに春川も座った。
「そろそろクランクアップする。年はまたがねぇ。」
片隅にあるコーヒーのサーバーからコーヒーを入れると、彼女に渡した。すると彼女はそれを素直に手にする。
「ラッシュみた?」
「そうですね。波子の役が良くなりました。
「正直変わって良かったと思うよ。あんなに演技が出来ると思ってなかった。それに桂もな。」
「えぇ。」
「あんたの推薦だって言ったときは、こいつトチ狂ってんのかと思ったけど、良い仕事をしてくれた。あいつAVから足を洗うって言ってたな。」
「はい。」
「よく知ってんな。」
「一緒に暮らしてますし。」
そういってコーヒーを口に運ぶ。冷静な彼女に対して、牧原は驚いたように彼女をみた。
「マジで?旦那は?」
「そもそも籍が入ってませんでした。内縁の妻みたいなものですね。」
「内縁の妻を七年もね。あんたは二十五で良いかもしれないけど、旦那は歳なんだろう?」
「あ……。」
そういえば誕生日が近いはずだ。すっかり忙しさに忘れていた。
「そうですね。五十一になりますか。」
「五十一にもなって女に捨てられるか……なかなか可愛そうな旦那だ。」
「そうでもないですよ。」
「なんで?」
「他の女性が来ていますし、その女性がいなくても他の女性が来るでしょう。」
もてる人だ。それくらいはするだろう。
「そうか。どっちも不倫ってわけだ。あんたそれ小説のネタにしないのか?」
「どうでしょうか。書くとしたら一人称になりそうですね。」
「他人の目線から見ているだけであれだけエロい文章を書くんだ。一人称だとさらにエロくなるかな。」
「どうでしょう。」
食堂に桂が入ってきた。監督と春川が話しているのを見て、それに近づく。
「春。」
「あら。どうしたの?」
「もう準備終わったのか?」
「あ、まだですけど。」
すると牧原は笑いながら言う。
「んだよ。熱いなぁ。お前、春川がきてんのわかってココきたのか?お前が気にするような話はしてねぇよ。」
「春……お前。」
「監督さんに言っても何も世の中にはいわないでしょ?」
「信用されてんな。俺。」
「それにコレがばれたら、自分の首が絞まりますから。」
その言葉に彼はぞくっとした。
「ライターのばれない方が良いことばかり、私知っていますから。」
「わかった、わかった。いわねぇよ。俺も妻は大事にしたいんでね。」
穏やかな感じに見えたが、その実状は全く穏やかではなかったらしい。春川はコーヒーを飲み干して、怪しげな微笑みを浮かべた。
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