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クリスマス
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二階にある手術室は薄暗く、「手術中」の赤いランプがともっているだけだったが、二人がやってくるとぱっと周りが明るくなった。
側にはラウンジもあり、自動販売機や公衆電話、テレビに雑誌、本も置いてある。その本の中には祥吾の作品もあった。割と新しい本で、その内容を見て春川は不思議に思っていたのを覚えている。
どうして「これは使えないな」と思った作風のモノが祥吾の手に渡っているのだろうと。思えばそこから祥吾に対する疑惑を持っていたのかもしれない。
「春。」
桂は彼女を呼ぶように、ソファに座らせた。
「どうして付き添いを?」
「わかってるくせに。」
「ネタか?」
「えぇ。」
「……。」
「私の側にいれば苦労するでしょうね。だから先生は付かず、離れずの姿勢をとってたのかもしれない。」
祥吾はそう思っていたから彼女をあえて放置した。彼が付いてくることはない。あの家に閉じこもっているのだから。
「慣れてね。」
「仕方ないか。こういう奴に惚れた俺も悪い。」
「あら。でも私も嫉妬するかもしれないわ。」
「何を?」
「セックスすることはないかもしれないけれど、キスシーンはあるかもしれないわね。」
「……あり得ないことじゃないな。」
「そのたびに嫉妬するかもよ。」
「慣れろ。」
「お互い様ね。」
そう言って彼女は少し笑いながら、またラウンジにある本に目を向けた。
「なぁ。あの医者、知り合いか?」
「えぇ。施設に入っていたときの知り合いね。頭のいい人だと思っていたけれど、まさか医者になってると思わなかった。」
医者らしい風貌だがまだ高校生と言っても良いくらい童顔で、背も低かった。
「彼も苦労したのね。施設に入っていたということは、彼にも何かの事情があったんだろうし。」
「そんなことは話していないのか。」
「一緒に住んでいるから確かに仲は良くなるけれど、お互いの事情はみんな知らないわ。いい過去ではないし、好きで入っているわけじゃないもの。」
だが直接聞かなくても耳には入る。そういうことに目を光らせていた職員たちだったが、中にはおしゃべりな人もいるモノだ。
「だったら俺も無理には聞かない。」
「あ、でも聞いてほしいことがあるわ。」
「何だ。」
「岬君……。藤堂岬君って名前なんだけど、大学の時一度、AVに出たことがあるっていってたわね。」
「は?汁か?」
「そうみたいね。もう二度としないっていってたのを覚えてる。大学生になって、医学科に入ったのは良いけれど学費がすごく高かったみたいね。それに私たちは親の援助を受けられないから、バイトを何個も掛け持ちして学費や生活費を稼いでいたみたい。」
「……。」
「今も大変みたいね。奨学金を借りているっていってたし。」
「……俺はずいぶん前に終わったな。」
「借りてたの?」
「あぁ。」
だから大学へ行きながら、研修医として救急外来にいるのだろう。ハードな仕事だ。いつ急患が来るかわからないのだから。
「聞かせて。」
「何を?」
「大学の時のこと。ホストをしていたって聞いたけれど、それだけしかしなかったの?」
「最初はコンビニだった。それから……。」
日はとっくに変わった。だが二人はそのラウンジでつもる話をしている。知らなかったことも、噂でしか聞かなかったことも、何でも話した。中には引いてしまうようなこともあったかもしれない。だが彼女はキラキラした目でそれを聞いていた。
やがて手術中のランプが消えて、移動式のベッドに西川が乗せられて出てきた。まだ麻酔が効いているらしく、ぐったりとしている。
「このままICUへ運びます。」
「一般病棟にはどれくらいで?」
「意識が戻って、車いすになればもう大丈夫です。」
看護師の言葉に春川はほっとした。とりあえず脳なんかに以上がなくて良かったと思う。
「春さん。」
一番最後に出てきたのが、岬だった。彼は少し笑いながら、彼女にいう。
「西川は普通通り歩けるの?」
「あぁ。普通に歩けると思う。後はリハビリ次第かな。で、何かあったら君のところに連絡が来ると思うけどいい?」
「大丈夫よ。」
すると意地悪そうに岬はいった。
「どうせネタになるとか考えてるんだろ?昔と変わらないねぇ。」
「うるさいな。その通りだよ。」
「ははっ。」
春川のこんな姿は初めて見た。まるで子供のようだと思う。
「帰って良いんですか?」
「あぁ。結構ですよ。えっと……何て呼べば……。」
「桂で。」
「桂さんですか。僕、あなたに会ったことあるような気がするんですけどね。どこでかなぁ。」
「さぁ。どこにでもある顔でしょう?」
「そんなイケメンがごろごろしてたらやばいでしょ?」
イケメンというところで思わず春川が笑う。
「何だ。そこで笑うか?」
「イヤ。だってさ……、岬君だって職員さんに「イヤ。可愛いわぁ。うちの養子にならない?」っていわれてたの思い出したのに。」
「冗談に決まってるよ。」
手術の後とは思えないほど朗らかな空気だった。
「でも良かったね。あの小説家の先生とは別れられたんだ。」
「そうね。」
「無理していたように見えるよ。同じくらいの歳の人の方がいいかもね。」
「あー。悪いんですけど、俺も結構彼女とは歳離れてて。」
「え?あ、そうなんですか?若々しいからわからなかったな。是非今度教えてくださいよ。若さを保つ秘訣とか。」
「えぇ。また今度。じゃあ、帰ろうか。」
「えぇ。じゃあ、何かあったらまた連絡を。」
「あぁ。気を付けて。」
エレベーターの方へ向かっていく二人。それを見ながら、岬はため息を付く。どんな人かは結局思い出せなかったが、彼女はまた相手を見つけている。自分を愛してくれている人はもっと他にも居てその中に自分もいるのに、彼女は気が付くこと絶対ない。
彼女の関心は自分が感心があることだけで、図書館や大学で彼女を見かけることはあるのに、声をかけられることはなかった。それが悔しいと密かに思っていたのに。
側にはラウンジもあり、自動販売機や公衆電話、テレビに雑誌、本も置いてある。その本の中には祥吾の作品もあった。割と新しい本で、その内容を見て春川は不思議に思っていたのを覚えている。
どうして「これは使えないな」と思った作風のモノが祥吾の手に渡っているのだろうと。思えばそこから祥吾に対する疑惑を持っていたのかもしれない。
「春。」
桂は彼女を呼ぶように、ソファに座らせた。
「どうして付き添いを?」
「わかってるくせに。」
「ネタか?」
「えぇ。」
「……。」
「私の側にいれば苦労するでしょうね。だから先生は付かず、離れずの姿勢をとってたのかもしれない。」
祥吾はそう思っていたから彼女をあえて放置した。彼が付いてくることはない。あの家に閉じこもっているのだから。
「慣れてね。」
「仕方ないか。こういう奴に惚れた俺も悪い。」
「あら。でも私も嫉妬するかもしれないわ。」
「何を?」
「セックスすることはないかもしれないけれど、キスシーンはあるかもしれないわね。」
「……あり得ないことじゃないな。」
「そのたびに嫉妬するかもよ。」
「慣れろ。」
「お互い様ね。」
そう言って彼女は少し笑いながら、またラウンジにある本に目を向けた。
「なぁ。あの医者、知り合いか?」
「えぇ。施設に入っていたときの知り合いね。頭のいい人だと思っていたけれど、まさか医者になってると思わなかった。」
医者らしい風貌だがまだ高校生と言っても良いくらい童顔で、背も低かった。
「彼も苦労したのね。施設に入っていたということは、彼にも何かの事情があったんだろうし。」
「そんなことは話していないのか。」
「一緒に住んでいるから確かに仲は良くなるけれど、お互いの事情はみんな知らないわ。いい過去ではないし、好きで入っているわけじゃないもの。」
だが直接聞かなくても耳には入る。そういうことに目を光らせていた職員たちだったが、中にはおしゃべりな人もいるモノだ。
「だったら俺も無理には聞かない。」
「あ、でも聞いてほしいことがあるわ。」
「何だ。」
「岬君……。藤堂岬君って名前なんだけど、大学の時一度、AVに出たことがあるっていってたわね。」
「は?汁か?」
「そうみたいね。もう二度としないっていってたのを覚えてる。大学生になって、医学科に入ったのは良いけれど学費がすごく高かったみたいね。それに私たちは親の援助を受けられないから、バイトを何個も掛け持ちして学費や生活費を稼いでいたみたい。」
「……。」
「今も大変みたいね。奨学金を借りているっていってたし。」
「……俺はずいぶん前に終わったな。」
「借りてたの?」
「あぁ。」
だから大学へ行きながら、研修医として救急外来にいるのだろう。ハードな仕事だ。いつ急患が来るかわからないのだから。
「聞かせて。」
「何を?」
「大学の時のこと。ホストをしていたって聞いたけれど、それだけしかしなかったの?」
「最初はコンビニだった。それから……。」
日はとっくに変わった。だが二人はそのラウンジでつもる話をしている。知らなかったことも、噂でしか聞かなかったことも、何でも話した。中には引いてしまうようなこともあったかもしれない。だが彼女はキラキラした目でそれを聞いていた。
やがて手術中のランプが消えて、移動式のベッドに西川が乗せられて出てきた。まだ麻酔が効いているらしく、ぐったりとしている。
「このままICUへ運びます。」
「一般病棟にはどれくらいで?」
「意識が戻って、車いすになればもう大丈夫です。」
看護師の言葉に春川はほっとした。とりあえず脳なんかに以上がなくて良かったと思う。
「春さん。」
一番最後に出てきたのが、岬だった。彼は少し笑いながら、彼女にいう。
「西川は普通通り歩けるの?」
「あぁ。普通に歩けると思う。後はリハビリ次第かな。で、何かあったら君のところに連絡が来ると思うけどいい?」
「大丈夫よ。」
すると意地悪そうに岬はいった。
「どうせネタになるとか考えてるんだろ?昔と変わらないねぇ。」
「うるさいな。その通りだよ。」
「ははっ。」
春川のこんな姿は初めて見た。まるで子供のようだと思う。
「帰って良いんですか?」
「あぁ。結構ですよ。えっと……何て呼べば……。」
「桂で。」
「桂さんですか。僕、あなたに会ったことあるような気がするんですけどね。どこでかなぁ。」
「さぁ。どこにでもある顔でしょう?」
「そんなイケメンがごろごろしてたらやばいでしょ?」
イケメンというところで思わず春川が笑う。
「何だ。そこで笑うか?」
「イヤ。だってさ……、岬君だって職員さんに「イヤ。可愛いわぁ。うちの養子にならない?」っていわれてたの思い出したのに。」
「冗談に決まってるよ。」
手術の後とは思えないほど朗らかな空気だった。
「でも良かったね。あの小説家の先生とは別れられたんだ。」
「そうね。」
「無理していたように見えるよ。同じくらいの歳の人の方がいいかもね。」
「あー。悪いんですけど、俺も結構彼女とは歳離れてて。」
「え?あ、そうなんですか?若々しいからわからなかったな。是非今度教えてくださいよ。若さを保つ秘訣とか。」
「えぇ。また今度。じゃあ、帰ろうか。」
「えぇ。じゃあ、何かあったらまた連絡を。」
「あぁ。気を付けて。」
エレベーターの方へ向かっていく二人。それを見ながら、岬はため息を付く。どんな人かは結局思い出せなかったが、彼女はまた相手を見つけている。自分を愛してくれている人はもっと他にも居てその中に自分もいるのに、彼女は気が付くこと絶対ない。
彼女の関心は自分が感心があることだけで、図書館や大学で彼女を見かけることはあるのに、声をかけられることはなかった。それが悔しいと密かに思っていたのに。
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