セックスの価値

神崎

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拉致

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 旦那はあの春という女をとても気に入っている。他の女とは全く違う女だからだろうか。
 男だから、女だから、年上だから、年下だからという概念が全くないからかもしれない。いい言い方をすれば博愛だが、違う言い方をすれば誰にでもいい顔をする八方美人ともいえる。それに特別に誰かを好きだということもないようだ。
 それは作家をしている旦那という人にも、そういう風に扱っているように見える。どちらも孤独だろう。
 旦那はどうするのだろう。もしも彼女に別れを告げられて、体だけの女とまたつき合うのだろうか。ずっと元気なんていう保証はないのに。
「ママ。」
 新しい黒服が、バックヤードにやってくる。以前勤めていた黒服は、自分の娘と一緒になった。思えば、彼女らもそうだった。だから重なるのかもしれない。
 幸せになればいい。誰もが諸手を上げて祝ってくれなくても、自分たちの幸せを一番に考えればいいのだから。
「もう行くわね。」
 昔のことを思い出した。彼女はその考えを払拭し、いつもの顔になる。

 すっかり暗くなってしまった。春川は出版社の前で車から降りる。そしてそのビルの中に入っていった。もうビルの中に人は少ない。クリスマスイブとはいえ、明日も仕事なのだからと帰っていく人が多いのだろう。
 彼女はエレベーターの前で上の矢印のボタンを押す。しばらくすると、ドアが開いた。人が数人降りてきたのを見て、彼女は中に入る。そしてドアは閉まろうとしたときだった。ドアにガット手をおいて閉まるのを止めた人がいる。彼女は慌ててドアの開のボタンを押した。
 息を切らせて中に入ってきたのは、桂だった。
「桂さん?」
 彼女は彼が入るのを見て、ドアを閉める。そして七階のボタンを押すと、彼女は彼の方を振り返り駆け寄る。彼も彼女の腕を引いた。
「啓治……。」
 温かい胸、そしてこの腕に抱かれたかった。
「春……。」
 小さく震える体。それは小さく温かい。それをずっと抱きしめたかった。
 何も言葉はなかった。彼女は彼を見上げ、彼も彼女を見下ろす。そして唇を軽く重ねた。
「続きは、今晩しよう。」
「……夕べもしたわ。」
「抱きたい。いくら抱いても抱き足りない。」
「啓治。」
「わかってる。書きたいんだろう?でも今日は抱かせてくれないか。今日はあんたが俺のものになるから。」
 その言葉に彼女は少し笑った。
「すごい自信ね。」
「今日本当に会えないと思ったから。」
 すると彼女は少しうつむいていう。
「本当は怖かった。」
「春。」
「薬打たれて、廃人みたいになって、セックスのことしか考えれないような体になってしまったら。私は姉さんみたいになるって。」
 肩を抱く。そして頭にキスをした。
「あんたが危険な目にあったのは、世界が広くなったからだ。だが、あんたを救い出したのは、やっぱり世界だった。それは人の繋がり。そしてあんたの人望だ。」
「……うん。」
「これからも広げていきたいんだろう?」
「うん。」
「それでいい。やりたいことをすればいい。」
 エレベーターに軽い音がした。七階に着いたらしい。二人はドアが開いたのを見てそこに降り立った。
 love juiceのオフィスへ行くと、北川が一番に駆け寄ってきた。
「よく無事で。」
「ヤクザに売られたんじゃないかっていってましたよ。」
 青木もそこにやってきた。すると春川は少し笑いながら、彼にいう。
「知り合いが居ました。」
「え?ヤクザに知り合いが居るの?」
「あぁ。ほら。アレです。「戦花」。」
 その名前に北川は頭を抱えた。
「何?それ。」
 青木は知らないのか、彼女に聞く。
「あー。ヤクザと女子高生の話です。アレで春川さんも有名になりましたからね。そのかわり、ヤクザの仕事を見たいからって、ヤクザの事務所に行ったでしょ?」
「正確には、自宅です。」
 当時、彼女は反対をした。だが言い出したら聞かない春川を止めれなかったのを覚えている。
「人間ですよ。しかも言葉が通じるんです。何とかなりますよ。」
 春川のスタンスは一貫している。同じ人間だから、言葉が通じるんだから話せば理解してくれる。理解してくれなかったら理解してくれるまで話せばいい。それがどんなに危険なことか、そして桂はそれを理解してくれているのだろうか。
 きっと春川はそれを押さえることは出来ない。だから桂は二番目よりももっと下になるかもしれない。それに耐えれるのだろうか。
 おそらく祥吾はそれを理解していた。だから彼女を好きなようにさせたのだ。そして自分も好きに遊んでいる。それはそれでバランスがとれていたのかもしれない。

 春川は出版社を出ると、祥吾に連絡をした。予定よりは遅くなってしまったが、今日と言っていた。待っているかもしれない。それともあきれて他の女を呼んでいるかもしれない。
 電話のコール音がして、留守電に切り替わった。それにため息を付き、彼女は携帯をしまった。
「連絡付いたか。」
 桂が心配そうに聞いてきたのを見て、彼女は首を横に振る。
「いいえ。」
「家まで行った方が良いのか。だったら一度バイクをおいて……。」
 そのとき彼女の携帯電話に着信があった。それを取り出すと、そこには祥吾の名前があった。
「もしもし。」
「春。道路の向かいを見なさい。」
 おそるおそる彼女は道路の向こう側をみる。それに桂も習って見た。そこには和服姿の祥吾が居る。離れててよく見えなかったが、彼は微笑んでいたように思える。それはいつも通りの姿だった。
「外に出てるなんて……。」
「滅多に出ないと言っていたな。」
「滅多なことなのよ。」
 独占したかった。だから外に出てきたのだろう。
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