セックスの価値

神崎

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拉致

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 春川が駐車場で黒塗りの車に連れ去られたのを見たのは、たまたま通りかかった充だった。明らかにヤクザだ。それを見て、彼は慌てて青木に連絡をした。
 ヤクザに連れ去られるのは時間の問題だろうと思っていた。彼女はかなり危なっかしいところがある。ライターだから仕方ないかもしれないが、行ってはいけないところ、やってはいけないこと、その善悪の区別がないように思えた。ただ書きたいから。それだけで突き動かされている。まるで子供だ。
 だが確かにライター秋野が居なくなれば、困るのはlove juiceの編集部であり、その中には北川の姿もある。彼女が困るのは正直見たくない。まだ好きだから。
「北川さん。」
 青木が北川のオフィスへやってきて、彼女に声をかける。彼女は編集作業をしているようだった。彼女は春川や秋野だけではなく他の作家の編集作業もしているので、忙しいのだ。
「どうしました?」
 彼女は母になる。相手はAV男優だと言っていた。そんな相手とどうして結婚するのか彼には理解が出来ない。
「ちょっといい?」
 いぶかしげな顔をして、北川はパソコンをスリープ状態にした。そして青木について行く。着いた先は、休憩室の自販機側。休憩中なら他の社員もいるが、今は誰もいない。
「秋野さんが誘拐されたらしい。」
「え?」
「俺の編集に売り込みにくる西川ってヤツが見たらしい。」
 西川の名前に、彼女は少し真実味を得なかった。だが、本当なら大問題だ。
「本当に?」
「連絡してみれば?」
 彼女はポケットから携帯電話を取り出し、春川の番号に連絡をする。彼女の連絡先は、仕事用の携帯しか知らない。そしてその番号ならいつ何時でも繋がる。だが繋がらない。何度コールしても繋がらないのだ。
「マジで……。」
「繋がらないか?」
「……誰に誘拐されたの?聞いてくださいよ。」
 そういって彼女は彼に詰め寄る。しかし彼は首を横に振るだけだった。
「知らないって。俺、西川からそう聞いただけだし。」
「西川って人の連絡先教えてくださいよ。」
「落ち付けって。北川さん。声大きいし。」
 そういって彼は携帯をとりだして、西川に連絡をする。彼はすぐに捕まった。
「秋野さんが連れ去られた車って、どんなヤツ?」
 詳しい話を聞いているようだ。その間にも時間が惜しい。あぁ。今日はクリスマスなのに。仕事にけりを付けて早く達哉が帰ってくるといっていたのに。どうしてこんな事に。
 彼女は思わずいすに座り込んでしまった。その様子を見て青木は電話を切ると、彼女を気遣うように近づいた。
「大丈夫?気分悪くなってない?」
「大丈夫です。」
「顔色悪いし、仮眠室でいったん横になる?」
「落ち着きませんよ。で、どんな車だったんですか?」
「黒塗りの、ヤクザっぽい車だって言ってた。ヤクザに拉致されたのか。」
「……連絡しなきゃ。」
「誰に?」
「旦那さんによ。」
 将来は旦那さんになるであろう、桂のところだ。省吾に話を持って行けばもっとややこしくなるだろう。だが桂も繋がらない。おそらく撮影中なのかもしれない。
「こんな時に!」
 いらいらしながら通話のボタンを押す。どうしたらいいんだろう。警察?もしヤクザなら警察なんか信用できない。
「……ヤクザの事務所って、どの辺にあるんですか?」
「え?」
「ゴシップ記者なら知ってるでしょ?」
「知ってどうするんだ。助けに行くの?北川さんまで売られるって。」
「だったらどうすれば……。」
 そのときひょいと休憩室に顔を見せた人がいる。それは桂の姿だった。
「あーすいません。ここにいるって聞いたんで。」
「桂さん。」
 北川は彼に駆け寄り、その手を握る。
「どうしたんですか?」
 戸惑ったように、桂は青木の顔を見る。

「ヤクザ?」
 桂は缶コーヒーを飲みながら、北川に聞く。北川もホットレモンを飲みながら、向かい合う彼に説明した。隣には青木が居る。彼の場合は、どちらかというと春川と言うよりも北川を心配しているようだ。
「そう。秋野さん。結構突っ走るところがあるから、大丈夫かって思ってたけど。」
「……ヤクザねぇ。」
「AV業界って、そういう人と繋がりがあるんですか?」
 青木の言葉に、彼は気を悪くしたように言う。
「いいや。偏見だな。そういう監督もいるしメーカーもあるが、そういうところは俺は受けないようにしている。まぁ、監督までなればそういうこともあるだろうが。」
 ちらりと北川をみる。達哉がこれから踏み込もうとしているのは、そういうところだ。彼女には覚悟が出来ているのだろうか。
「だったら何で桂さんに言うの?お門違いだよ。やっぱり警察に連絡をしよう。」
 青木はそういって携帯電話を取り出した。だがそれを桂が止める。
「待て。」
「何でですか?売られてからじゃ遅いでしょう。それともやっぱり繋がりが何かあるんですか?」
「俺に直接繋がりがあるわけじゃない。けど繋がりがありそうなヤツがいる。でもな……。」
 ちらっと青木を見た。こいつのことは知っている。ゴシップ記者だ。昔、相手をした顔も覚えていない、元芸能人のAV女優の記事をものにしようと現場にまで現れた奴だ。
「俺いるの邪魔ですか?」
「あぁ。邪魔だな。何なら俺が出よう。」
 桂はそう言って席を立った。
「桂さん。」
「何かあったら連絡をする。」
 エロ本の編集者だと言ったら股が緩いと思われがちだ。だが同じように青木もゴシップ記者だというと、著名人からの信用は全くない。記事にしようと必死だからだ。
 こんなところでそのしっぺ返しが来ると思ってなかった。青木はぐっと手を握る。

 桂は外に出ると、電話を始めた。ここ最近、映画の撮影が佳境に入り、人によってはクランクアップする人も多い。出演シーンが終わればもう現場に来ることはないのだ。
 そして今日一人の女優がクランクアップした。それは牧原絹恵。
 お気に入りだと言われていた桂がスタッフから花を渡され、それを彼女に渡した。彼女は花のように微笑みながらそれを受け取った。
「ありがとう。皆様。皆様のお陰で、いい演技が出来ましたわ。感謝してます。」
 上っ面の言葉に聞こえた。なぜなら彼女は花を受け取る瞬間、桂にメモ紙を渡してきたのだ。それは他の人には何かわからないだろう。それくらい自然だったのだ。
 メモ紙を開くと、そこには携帯電話の番号が書かれていた。おそらくこれに連絡しろということだろう。
「もしもし。」
 数回のコールの後、女性の声が聞こえた。
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