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騒がしいスタジオの中、桂は台本のチェックをしていた。今回は相川とのシーンで、彼の仮面が一枚一枚剥がれていくという緊迫したシーン。
桂はとにかくこの相川とのシーンが一番緊張した。品定めをするような彼の視線や、演技力に最初から最後まで押されっぱなしだったから。それでもラッシュを見てみると、自然に映っているのは相川の演技力からだろう。うまく相川が合わせているようにも見えた。
「桂君。」
「あ、今回はよろしくお願いします。」
「気負わないでいい。もう数ヶ月も一緒にいるんだ。君の演技力はわかっているつもりだしね。だが、うちにはいればもう少しレッスンを受けてもらうかもしれないが。」
スタジオに設置された豪華な部屋のセット。相川の自宅という設定。
「……そうですね。個人的に、レッスンを受けていましたけどやはり専門じゃないですし。」
「やはり今でも受けていたのか。」
「AVでも演技を求められますからね。」
「君の場合は全てが演技に見えたよ。」
「見たんですか?」
「あぁ。私はそれで抜くことはないけどね。何本が見せてもらったよ。兄妹の設定なら優しい自分を演じ、人妻であれば強引でSな自分を演じていた。君が人気があるのは容姿だけではないのはよくわかった。」
「……。」
それでもまだ演技力が足りないのだろう。自分はまだまだだ。容姿はどうしても衰えている。若い頃よりも老けた。そうなれば必要になってくるのは実力なのだから。
「あら。お揃いで。」
その次のシーンを撮る絹恵がやってきた。彼女ももう着物を着て、いつも通り綺麗なものだ。
「桂さん。何か化粧品でも代えましたの?」
「化粧品?俺、保湿くらいしかしないですけど。」
「肌艶がいいと思ったんですの。恋人に会ってきたのかしら。」
その言葉に相川も笑顔になる。
「ほう。それは興味深い。絹恵さんはそういうことにめざといね。」
「あらやだ。ゴシップ好きみたいにいわないで。」
「からかわないで下さいよ。気のせいでしょ?何も代わりはありませんから。」
すると絹恵はおかしそうに口に手を当てる。
「初々しくていいですわ。演技ではない恋人は、ずっと作れなかったのでしょう?そういう仕事をしていれば、誤解される方も多いでしょうし。」
「私もよく誤解されたよ。精を売り物にすれば、そういうことは満たされているのだろうとね。確かに体は満たされるが、心は空しくなる。そういったときの恋人は、心の支えにもなるものだ。君の恋人もそうなのかな。」
相川はそういって彼をみる。
「……どうですかね。公に出来ればもっと満たされるのかもしれませんが。」
「それは無理だろう。君は人気が出てきているところだ。ゴシップは命取りだろうね。」
そのとき相川と桂を呼ぶスタッフの声が聞こえた。リハーサルが始まるらしい。桂と相川は台本をいすに置いて、セットへ向かう。
「ゴシップは命取りね……。」
絹恵はさらに赤い口紅をあげて、その様子を見ていた。トイレに行くのにたまたま席を立っていた牧原は、その絹恵の様子に違和感を感じている。
春川からの原稿のデータが送られてきたのは、その日の夕方だった。それをチェックするのは、有川の仕事で彼女はそれを読みながら、いつの間にかその物語に心を痛めていた。
ベースになっているのは童話で、自分より美しく育つ娘に嫉妬した母親が娘を殺そうとする話。だが娘は母親に殺されなかった。そして白に戻ってきた娘は母親を殺し、娘は母親と同じ道をたどる。
自分が母親と同じ立場になったとき、やはり自分の娘を殺そうとするのだ。
「……嫉妬もここまで行くと大変だねぇ。」
後ろを向くと、そこには他の部署のゴシップ担当である青木がいた。
「まだOK出してないんです。ゲラも出来てないのに読まれたら困るんですけど。」
「知ってる。でも春川の官能以外の小説って気になるだろ?個人的にもさ。」
すると有川はため息をついて、その画面にまた目を落とす。
「ねぇ。こっちの部署では春川が冬山の小説を模倣したって思ってるの?」
「……冬山さんの方がキャリアは長いですし、多少おかしなことがあっても春川さんに折れてもらわないといけないんですよ。それでなくても冬山さんは気難しいし、連載を受けてもらうのには結構通いましたから。」
「でも実際は人気落ちてるよね?」
「そんなことないですよ。ホームページで冬山先生の連載を休載するって発表したら、問い合わせのメールが山のように……。」
「うちには、合意の上での行為っていうのが不自然だって言われてる。当事者は君だけど、君は本当に合意だったの?」
「やめて下さい。今そんなこと聞くの。」
「嫁入り前なのに傷物だって自分で発表したんだ。それほど担当って尽くすの?」
「……。」
すると彼女は何も言わずにまた画面に目を落とした。その様子にもう何も話が聞けないと、青木はその場を離れる。そして廊下に出ると、自分のオフィスから見覚えのある人が出てきた。
「青木さん。」
「あぁ。君か。」
「ご挨拶だね。」
それは西川充だった。黒ずくめの洋服と、顔の至る所にあるピアスが異質だと思う。
「あれ?怪我をしているのか。」
充の瞼が半分ふさがっているように腫れていた。そこだけではなく頬も腫れているようにみえる。
「あぁ。なんか最近すげぇ変なヤツに狙われてるみたいだ。夜道にゃ気を付けねぇといけませんね。」
変なところに足を突っ込んでいるのだろうか。そこまで調べろとは言っていないが、止めても調べるのが彼だ。
「……この間、明奈に面会したんすよ。」
「あぁ。ヤク中のAV女優か。そんなヤツに近づくから危ない目に遭うのじゃないのか。明奈のバックにはヤクザがいる。もう突っ込まない方がいい。こっちも庇いきれない。」
「でも必要なんすよ。春川の姉だし。」
「春川の?」
その言葉に青木も驚いたように彼をみる。
「明奈は家出をしたあと、ある作家に囲われてたみたいですよ。」
「作家?小説家か?」
「ですね。遠藤守っていう。」
「確か牧原絹恵の死んだ夫だな。」
牧原絹恵もきな臭いにおいのする女優だと思っていた。
「遠藤は自殺してる。そのあと明奈はヤクザの情婦になった。そのあと金を稼ぐためにAVに出るようになった。人気はありましたねぇ。」
「それでもヤク中になってしまったら、お終いだな。」
ネットで溢れている明奈の画像は、デビュー時と顔つきは全く違う。春川と姉妹だといっても、全く別人のようだ。整形もしているからますますだろう。
「でも何で遠藤に囲われながら、ヤクザと繋がりをモテるようになったんですかね。」
「……。」
「そこを調べたいと思っててですね。」
想像していることがある。おそらく表にでれば一大スキャンダルになるはずだ。しかしそれにはリスクがある。そのために充みたいな人がいるのだろうが、彼が狙われているところを見るとそう優しくない世界のようだ。
「気をつけて調べてくれ。」
「わかってますよ。あぁ。これ渡そうと思って。」
そういって彼はメモリースティックを一つ、ポケットから取り出した。そして青木に渡す。
「今まで調べたデータです。もし俺に何かあったらよろしく頼みますわ。」
「遺書か?」
「そんなもんじゃねぇっすよ。じゃ、また。」
そういって充は足を引きずりながら行ってしまった。おそらく普通の怪我ではないのだろう。それでも彼は止められないのだ。
北川が担当している春川であったり、秋野であったりするように、彼らは興味のあることには目がないのだ。
桂はとにかくこの相川とのシーンが一番緊張した。品定めをするような彼の視線や、演技力に最初から最後まで押されっぱなしだったから。それでもラッシュを見てみると、自然に映っているのは相川の演技力からだろう。うまく相川が合わせているようにも見えた。
「桂君。」
「あ、今回はよろしくお願いします。」
「気負わないでいい。もう数ヶ月も一緒にいるんだ。君の演技力はわかっているつもりだしね。だが、うちにはいればもう少しレッスンを受けてもらうかもしれないが。」
スタジオに設置された豪華な部屋のセット。相川の自宅という設定。
「……そうですね。個人的に、レッスンを受けていましたけどやはり専門じゃないですし。」
「やはり今でも受けていたのか。」
「AVでも演技を求められますからね。」
「君の場合は全てが演技に見えたよ。」
「見たんですか?」
「あぁ。私はそれで抜くことはないけどね。何本が見せてもらったよ。兄妹の設定なら優しい自分を演じ、人妻であれば強引でSな自分を演じていた。君が人気があるのは容姿だけではないのはよくわかった。」
「……。」
それでもまだ演技力が足りないのだろう。自分はまだまだだ。容姿はどうしても衰えている。若い頃よりも老けた。そうなれば必要になってくるのは実力なのだから。
「あら。お揃いで。」
その次のシーンを撮る絹恵がやってきた。彼女ももう着物を着て、いつも通り綺麗なものだ。
「桂さん。何か化粧品でも代えましたの?」
「化粧品?俺、保湿くらいしかしないですけど。」
「肌艶がいいと思ったんですの。恋人に会ってきたのかしら。」
その言葉に相川も笑顔になる。
「ほう。それは興味深い。絹恵さんはそういうことにめざといね。」
「あらやだ。ゴシップ好きみたいにいわないで。」
「からかわないで下さいよ。気のせいでしょ?何も代わりはありませんから。」
すると絹恵はおかしそうに口に手を当てる。
「初々しくていいですわ。演技ではない恋人は、ずっと作れなかったのでしょう?そういう仕事をしていれば、誤解される方も多いでしょうし。」
「私もよく誤解されたよ。精を売り物にすれば、そういうことは満たされているのだろうとね。確かに体は満たされるが、心は空しくなる。そういったときの恋人は、心の支えにもなるものだ。君の恋人もそうなのかな。」
相川はそういって彼をみる。
「……どうですかね。公に出来ればもっと満たされるのかもしれませんが。」
「それは無理だろう。君は人気が出てきているところだ。ゴシップは命取りだろうね。」
そのとき相川と桂を呼ぶスタッフの声が聞こえた。リハーサルが始まるらしい。桂と相川は台本をいすに置いて、セットへ向かう。
「ゴシップは命取りね……。」
絹恵はさらに赤い口紅をあげて、その様子を見ていた。トイレに行くのにたまたま席を立っていた牧原は、その絹恵の様子に違和感を感じている。
春川からの原稿のデータが送られてきたのは、その日の夕方だった。それをチェックするのは、有川の仕事で彼女はそれを読みながら、いつの間にかその物語に心を痛めていた。
ベースになっているのは童話で、自分より美しく育つ娘に嫉妬した母親が娘を殺そうとする話。だが娘は母親に殺されなかった。そして白に戻ってきた娘は母親を殺し、娘は母親と同じ道をたどる。
自分が母親と同じ立場になったとき、やはり自分の娘を殺そうとするのだ。
「……嫉妬もここまで行くと大変だねぇ。」
後ろを向くと、そこには他の部署のゴシップ担当である青木がいた。
「まだOK出してないんです。ゲラも出来てないのに読まれたら困るんですけど。」
「知ってる。でも春川の官能以外の小説って気になるだろ?個人的にもさ。」
すると有川はため息をついて、その画面にまた目を落とす。
「ねぇ。こっちの部署では春川が冬山の小説を模倣したって思ってるの?」
「……冬山さんの方がキャリアは長いですし、多少おかしなことがあっても春川さんに折れてもらわないといけないんですよ。それでなくても冬山さんは気難しいし、連載を受けてもらうのには結構通いましたから。」
「でも実際は人気落ちてるよね?」
「そんなことないですよ。ホームページで冬山先生の連載を休載するって発表したら、問い合わせのメールが山のように……。」
「うちには、合意の上での行為っていうのが不自然だって言われてる。当事者は君だけど、君は本当に合意だったの?」
「やめて下さい。今そんなこと聞くの。」
「嫁入り前なのに傷物だって自分で発表したんだ。それほど担当って尽くすの?」
「……。」
すると彼女は何も言わずにまた画面に目を落とした。その様子にもう何も話が聞けないと、青木はその場を離れる。そして廊下に出ると、自分のオフィスから見覚えのある人が出てきた。
「青木さん。」
「あぁ。君か。」
「ご挨拶だね。」
それは西川充だった。黒ずくめの洋服と、顔の至る所にあるピアスが異質だと思う。
「あれ?怪我をしているのか。」
充の瞼が半分ふさがっているように腫れていた。そこだけではなく頬も腫れているようにみえる。
「あぁ。なんか最近すげぇ変なヤツに狙われてるみたいだ。夜道にゃ気を付けねぇといけませんね。」
変なところに足を突っ込んでいるのだろうか。そこまで調べろとは言っていないが、止めても調べるのが彼だ。
「……この間、明奈に面会したんすよ。」
「あぁ。ヤク中のAV女優か。そんなヤツに近づくから危ない目に遭うのじゃないのか。明奈のバックにはヤクザがいる。もう突っ込まない方がいい。こっちも庇いきれない。」
「でも必要なんすよ。春川の姉だし。」
「春川の?」
その言葉に青木も驚いたように彼をみる。
「明奈は家出をしたあと、ある作家に囲われてたみたいですよ。」
「作家?小説家か?」
「ですね。遠藤守っていう。」
「確か牧原絹恵の死んだ夫だな。」
牧原絹恵もきな臭いにおいのする女優だと思っていた。
「遠藤は自殺してる。そのあと明奈はヤクザの情婦になった。そのあと金を稼ぐためにAVに出るようになった。人気はありましたねぇ。」
「それでもヤク中になってしまったら、お終いだな。」
ネットで溢れている明奈の画像は、デビュー時と顔つきは全く違う。春川と姉妹だといっても、全く別人のようだ。整形もしているからますますだろう。
「でも何で遠藤に囲われながら、ヤクザと繋がりをモテるようになったんですかね。」
「……。」
「そこを調べたいと思っててですね。」
想像していることがある。おそらく表にでれば一大スキャンダルになるはずだ。しかしそれにはリスクがある。そのために充みたいな人がいるのだろうが、彼が狙われているところを見るとそう優しくない世界のようだ。
「気をつけて調べてくれ。」
「わかってますよ。あぁ。これ渡そうと思って。」
そういって彼はメモリースティックを一つ、ポケットから取り出した。そして青木に渡す。
「今まで調べたデータです。もし俺に何かあったらよろしく頼みますわ。」
「遺書か?」
「そんなもんじゃねぇっすよ。じゃ、また。」
そういって充は足を引きずりながら行ってしまった。おそらく普通の怪我ではないのだろう。それでも彼は止められないのだ。
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