セックスの価値

神崎

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告白

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 いつの間にか寝ていたらしい。春川は目を覚ますと温かな腕の中にいた。嬉しくてその胸に手を伸ばす。裸ではない、布越しの温かさに、喜びを感じる。
 すると無意識だろうか。桂の腕の力も強くなった。
「春。」
 すっと彼の目が開く。すると彼はその手を頭に持ってきた。
「夢みたいだ。あんたが腕の中にいるなんてな。」
「いつの間に眠ったのかしら。」
「ずっと泣いてた。目が腫れてる。」
「……ん。」
「温めた方がいい。今日も出るんだろう?」
 そして帰ってくるのはここでいい。帰したくない。
「……仕事のデータが家にある。帰らないといけないわ。」
「春。」
「帰りたくないけど……。」
「ついて行ってやってもいい。」
「だめよ。不自然だわ。」
「気になるのか。」
「……。」
「少し早くてもいい。あんたを貰いに行ってもいい。クリスマスだと限定したことじゃないから。」
「そうね……。」
 そういって彼女はその手に手を伸ばした。大きな手だ。その手で多くの女性を喘がしてきたのだろう。それもいい。それも仕事なのだから。でも今は自分しか見ていない。
「ん?」
 手を離し、彼女は布団の中に潜り込んでいく。
「春……おい。」
「朝だもんね。さすがに元気だわ。」
「春……お前……んっ……。」
 布団が不自然に動き、桂の頬が赤くなる。

 この家に裏口があるのを北川は初めて知った。確かに大きな家の玄関ではなく裏口に回ると、庭にドアが見える。そこに手をかけると簡単にそこは開いた。そして裏庭を渡り、勝手口をノックした。すると一人の老女が出てくる。
「はい。」
「あ、すいません。私春川さんの担当のものです。」
「あぁ。奥様の。奥様から頼まれています。担当のものが来たら、渡して欲しいものがあると。」
 そういって彼女は、台所に置いてあった重いリュックを彼女に手渡す。
「奥様、どこかへ行っているのですか?」
「えぇ。急な仕事を頼まれましてね。仕事場に。」
「そうでしたか……。あまり女性が仕事仕事というのもね……。なまじ仕事が出来ると、女は腐ってしまいますから。」
 本音だろう。結婚して七年にもなるのに、子供の一人も産まないつまらない嫁だと思っていたのだろう。それなのに仕事にかまけて、食事もまともに作れるときがない。それなのに妻なのだとその老女は思っていたようだ。
「旦那さんは?」
「えぇ。いつものように仕事を……。」
 言葉を濁した。おそらく女性が来ているのだろう。それには目をつぶっているようだ。
「そうですか。では失礼いたします。あぁ、くれぐれも私が来たことを言わないで下さいと、春川さんから言われてますから。」
「わかっております。」
 この女性は家政婦だと言っていた。だが祥吾の息がかかっている。きっと北川が来たことは、彼に伝えられるだろう。そのために仕事の道具や、資料を一気にリュックに入れているものを持たせたのだ。
 そして彼女は待ち合わせている達哉に、そのリュックを手渡した。
「すげぇ荷物だな。」
「いつも何が入っているのか不思議だったわ。」
 それを車に入れると、彼女は助手席に、達哉は運転席に座る。
「ついにって感じよね。」
「さっさと別れれば良かったのに。」
「中途半端につきあいたかったのかしら。それとも……。」
「スリルを楽しみたかったとか?」
「スリルでセックスはしないでしょ?春川さんなら尚更。」
「ふーん。そんなもんかな。」
 そういうぎりぎりの撮影もしたことがある。演技とは言え、なかなか燃えるものがあった。
「そのほかのものは良かったのか?」
「ある程度のものは車に乗せてあるし、部屋にも何もないわけじゃないからって言ってたわ。冬山さんの資料集めをしないでいいから、割と時間もあるみたいだし。」
 信号に引っかかり、達哉は車を止めた。そしてラジオをつける。お気楽なリクエスト番組が始まっていた。
「この曲、前に流行ったわね。」
「去年のこの時期くらいかな。夏に発売するヤツのために、南の島に行った。そのとき飛行機で聴いたことがある。」
「あまり音楽は聴かないのね。」
「明日香はよく聴いてるな。何かいつも鼻歌みたいなの聴くし。」
「やだ。歌ってた?」
「音はずれてるけど。」
「やーだ。もう。そんなことまで聴かないでよ。」
 達哉は少し笑い、また車を走らせた。

 春川は仕事場ではなく、桂の部屋にいた。仕事場には、帰っていないのだという。そこは祥吾も知っているので、一人でいると彼が訪ねてきそうだという。
「そんなにイヤなんですか?」
「イヤ……と言うよりは。」
「いたいんだろ?桂さんと。」
 ソファで温めていたタオルを目に当てていた春川は、彼女らを見ることもない。代わりにコーヒーを入れていたのは、桂だった。その姿に達哉は少し驚きを隠せない。
「達哉。からかうな。」
 そういって桂はコーヒーとハーブティーを二人の前に置いた。ハーブティーを入れたのは、妊娠中の北川を気遣ってのことだろう。
「啓治。まだ置かないといけないの?」
「もうそろそろかな。」
 タオルを桂がとってあげると、春川は首を回して体勢を整えた。
「起きたときすごい顔だったからな。そんな顔で外に出されるか。」
「どんな顔でもかまわないと思うんだけど。」
「そんな顔で出たら、何かあったって今日会う人に次々に聞かれるだろう?ほら。コーヒー飲め。」
「ありがとう。」
 カップにコーヒーを手渡した。
「桂さんって、そんなマメだっけ?」
「お前はしないのか?」
 そういって桂は春川の隣に座り、コーヒーを飲んだ。
「いっとくけど、桂さん。達哉って案外亭主関白なんですよ。」
「明日香。」
「なーによ。お米もといでくれないくせに。」
 頭が上がらない夫婦だ。彼女はそう思いながら、コーヒーに口を付けた。そのとき北川の携帯電話に着信が入る。
「はい。北川です。え……。あの……それって……なんかの間違いじゃ……え……はい。伝えておきます。ちょうど目の前にいるので。」
 イヤな予感がした。北川は携帯電話を切ると、春川の方をみる。
「春川さん。」
「はい?」
「この間「読本」にショートショートを書いたでしょう?」
「はい。昨日、修正が終わって今からそれを納品しようと……。」
「それがですね。他の出版社に冬山祥吾が昨日、入稿しようとした話によく似ていると言われているんですよ。」
「え?」
「立場的には春川さんが、冬山祥吾を模倣したんじゃないかって「読本」では大騒ぎみたいです。」
「そんな……私は……。」
 手が震えている。それに桂は気がついて、彼女の手を握る。
「違うだろ?模倣したのはあっちだ。」
 その言葉に北川もうなづいた。
「あたしもそう思います。だってあの日、一晩でうちのポシャったインタビュー記事の穴を埋めてもらって、その日の昼にはプロットを完成させましたよね。」
「はい。」
「そのときのことをあたし知ってる。古い喫茶店に行って、ヒントを得たって言ってたんです。」
 興奮している。北川に気を使うように、達哉も彼女の肩を抱いた。
「……でも……穴は埋めないといけませんね。あの話がだめなら、他の話を書きます。」
「春。」
「大丈夫。今度こそ文句は言わせない。他の話に差し替えるなら、いつまでに終わらせればいいですか?」
 マイナスなことだ。だが彼女はマイナスと思っていない。
「連絡します。校了がいつなのか、いつまでに書けばいいのか。」
 北川もその言葉に落ち着いたようだ。再び携帯電話を取り出して、「読本」の編集部に連絡を入れはじめる。
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