セックスの価値

神崎

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告白

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 食事を済ませて祥吾は春川が食器を洗っている間、部屋に戻ると携帯電話を手にした。そしてある人のところに電話をする。
「……私だが。撮影途中に悪いね。今は話せるだろうか。」
 祥吾が電話をしたのは昔なじみだった。

 風呂から上がると、春川は急ぎ足で部屋に戻る。「読本」から頼まれているショートショートの原稿を上げたが、修正があると言ってあがってきたのだ。それを修正する作業をしないときっと迷惑がかかってしまう。初めて携わるところだ。なるべくなら迷惑をかけたくない。
 部屋のドアを開けると電気をつけた。そしてバッグの中からパソコンをとりだして、電源をつける。立ち上げている間に暖房をつけた。
 評判は悪くない。春川はこんな話もかけるとは思っていない人ばかりだったのだろう。だがそれは「意外にも」という言葉がついて回る。それは十八禁のものしか書けないと思いこんでいた人の、物珍しさだ。
 おそらくそれは桂も一緒だ。まともな映画に出れば、まともな演技が出来るのだといわれて、テレビに出ればまともな意見が言えるのだと驚かれる。
「ただまだ物珍しいだけ。」
 これからなのだ。彼女はそう思い、立ち上がったパソコンの前に座る。
 静かな部屋にパソコンのキーの音だけが響き、彼女はため息をつく。思ったよりは修正はないが、読み返してみればこうすれば良かったと思えるところが山のように出てくる。だがそこは修正されていない。あまりいじるのも悪いだろう。
 どうしても気になるところだけを修正して、そしてそのファイルを保存した。時計を見るともう深夜一時をすぎている。
「……。」
 バッグの中からとりだしてもいなかった携帯電話を取り出すと、そこには桂のメッセージがあった。
”体調はどうだろうか。”
 生理になって体調が悪くなりはじめたときに、無理に彼女の体に触れたのを気にしているのだろうか。その優しさが嬉しかっただけじゃない。彼からメッセージが来るというだけで顔がにやけてきそうになる。
”大丈夫。そちらは撮影が終わった?”
 それだけメッセージを送ると、机の上に携帯電話を置く。そのとき、ドアの外で声がした。
「春。まだ起きているかな。」
 それは祥吾の声だった。
「はい。」
 ドアが開き、彼はベッドに腰掛けた。
「君に話しておかないといけないことがあってね。」
「何でしょうか。」
「君は西川充という人物を知っているだろうか。」
「……えぇ。前にも仰いましたが、私を春川だと気がついている人物ですね。」
「実はね、彼は私があの温泉街に滞在しているとき、私を訪れてきたのだよ。」
「えっ?」
 あの温泉街にいることを知っている人物は限られる。どうして彼が知ったのかはわからないが、何を聞いたのだろうか。
「春。あの男に付きまとわれているのではないのか。」
「確かに付きまとわれていますね。でも……。」
「彼と個人的に会うことは?」
「ありません。」
「しかし、君は嵐の現場に二人で行ったことがあるだろう?」
「それは……。」
 確かにそうだ。あの日、あの限界集落で不本意ながら彼を連れていった。だが結果的には彼がいて良かったと思っている。あんな道を彼のナビなしで行けるわけがないから。
「春。彼に何か私のことを話したかな。」
「いいえ。何も。ただ私は先生の助手だということだけを伝えています。」
「私の滞在先は?」
「詳しい滞在先を教えていただきましたが、どんなところかまでは私は知りませんし。」
「春。正直に。」
「先生。何を疑っているのですか?私が西川に何かを伝えたとでも思っていますか?」
 彼は立ち上がると、彼女の手を引いて隣に座らせた。そして彼女を見据える。
「夕方に、君を連れ去りたい人がいるという話を聞いた。それは……西川ではないのだろうか。」
「は?」
 驚いて彼女は彼に聞き返す。
「西川が君に言い寄っているのではないのだろうか。そして君も西川に……。」
「どうしてそうなるんですか?」
「だったら誰だ。」
 そのとき彼女はうまくはめられたことに、やっと気が付いた。
「……騙しましたか?」
 すると彼は少し微笑んだ。
「誰だ。君を連れ去ろうとする人は。」
 そのとき机の上の携帯電話がなる。メッセージが届いた音だった。彼は立ち上がり、その携帯電話に手を伸ばす。
「……嵐にも教えているのか。この番号を。」
「嵐さん?」
 彼女はそういって彼から携帯電話を受け取る。そこには嵐からのメッセージがあった。
「……あぁ。今日の現場のお礼ですね。ストーリーセックスだったので、アドバイスが欲しいと。」
「君はそんなこともしているのか。」
「何の形にしても当てにされるのは嬉しいことです。」
 彼女はそういって嵐にメッセージを送ろうとした。そのときだった。
「やめなさい。」
 だが彼女はそれを無視するように、携帯電話にメッセージを打ち込む。
「やめろといっているんだ。」
 彼女は驚いたように彼を見上げる。そんなに声を荒げることは彼になかったからだ。そして彼はその携帯電話を持っている手をたたき上げた。すると携帯電話は畳に転げ落ちる。
「何を……。」
「春。そういう人と繋がりを持たないと書けないような小説は、辞めてしまいなさい。」
「イヤです。」
「春。」
「これは私の仕事です。口を出さないでください。」
「たかが官能小説だ。君は、このまま純文学をすればいい。君の若さであれば、もっといい小説を量産できるだろう。」
 たかが官能小説。やはりそう思っていたのだ。すると彼女は立ち上がり、携帯電話を手にする。
「イヤです。」
「聞き分けのない妻だ。お仕置きをされたいのか。」
 しゃがみ込んだ彼女は、彼を見上げて言う。
「どんな文章でも必要とされたい。純文学だろうと、ミステリーだろうと、官能でも、私は表現がしたいんです。」
「春。それだけじゃないだろう。その現場に誰かがいるのだろう。特殊な性癖だと思うが、他の女とセックスをしているのを見たいのか。」
「……そんなものを見て何が楽しいでしょうか。だから私も他の方と先生が交わっているときには、外に出ていたのですが。」
 その言葉に祥吾はベッドから降りて彼女の目線に降りてきた。
「見ていたのか。」
「直接は見てません。」
「私がそういうことをしていたから許せないから、男に転んでいるのか。」
「それとこれとは別です。」
「だったら何だ。やはり体だけなのか。私が抱いていないから、抱いてくれる男に転んでいるのか。」
「ちが……。」
 次の言葉を言わせなかった。彼女の口を塞ぐように、彼は彼女の唇にキスをしたからだ。
「やっ……。」
 拒否しようと彼女は彼の体を押しのけようとした。しかしその腕すらつかみ上げられる。口の中に入ってくる舌。煙草の臭い。口の中をなめ上げられて、普通なら嬉しかったかもしれない。だが今の彼女には嫌悪感しかなかった。
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