123 / 172
別居
123
しおりを挟む
目を覚ます。すると春川が桂の腕の中でぐっすりと眠っていた。お互い一糸纏わぬ裸で、互いの温もりがわかるようだった。その温もりをいつまでも抱きしめていたいと思い、腕に少し力が入る。
すると彼女の目が開いた。
「啓治?」
「おはよう。起こしてしまったか。」
「もう起きなきゃって思ってたから。」
すると彼女は彼の方に背を伸ばし、唇にキスをする。
「おはよう。」
それで火がついたのかもしれない。彼は彼女の肩を押して、その上に組み敷いた。そして唇にキスをする。今度は舌を入れて、激しく求めた。
「ん……。」
そしてそれをしたまま、彼女の乳房に触れた。そこには夕べの跡がある。一つではなくそれは数カ所に及んだ。
「するの?」
「次いつ出来るかわからないなら、好きなだけさせて。」
「元気ね。」
「お前だから。」
愛しくなければこんなにしない。好きではなければ、キスだってしたくない。一人で処理をした方がまだましだ。
シーツや洗濯物を洗っている間に、朝食の用意をした。ご飯と味噌汁、納豆、卵焼き、めざし、夕べの残りのお浸し。
「美味しそうだ。」
「ありがとう。」
「いつもご飯なのか?」
「そうね。先生はあまり洋食が好きじゃないって言っていたけれど、私にあわせて食べることもあったわ。」
「優しいな。」
「女性だからじゃないかな。男性だったらそんなことをしないと思うし。」
その言葉には悪意が見え隠れした。春川は彼女なりに、祥吾のことを許せないでいたのかもしれない。気持ちはなかったかもしれないが、夫だったのだ。
「春。」
それに気が付いたのだろう。彼女は少し笑い、ご飯をついだお茶碗を彼に手渡す。
「だからって私も不貞しようと、その逃げ道にあなたを使ったわけじゃない。あなたが好きだから、そんな関係になっただけ。あなたもそうじゃない?」
「その通りだ。」
食事をしながら、啓治は彼女に聞く。
「祥吾さんは、帰りがいつになるって言ってたっけ?」
「さぁ。いつかな。でも……マスコミがいれば帰ってこないと思う。」
「そう一日二日では帰らないだろう?」
「西川充みたいな人がいれば、いつまでも張り続けるかもしれないけれど。まぁあんなにしつこい人は滅多にいないでしょう。」
味噌汁をすすり、テーブルにおくと彼の方を見る。
「何?」
「いいや。あんたがそんなに人を誉めることがあるんだなと思って。」
「あるわよ。何だと思ってんの?」
「あんたが誉めてんのって、上っ面に見えるからな。」
「そう見える?だったら直さなきゃね。一応自分に無いものを持っている人は、尊敬するわ。」
「本当に?」
「でも盛大に迷惑をかけた西川充は、誉めたくない。」
「言える。」
そのとき桂のバッグから着信音が鳴った。彼は席を立ち、それをチェックする。
「はい。……あ、わかりました。えっと……十一時でいいですか?」
仕事の電話らしい。彼女は気にせずに出しておいた浅漬けを口に運ぶ。
「今日は何の仕事?」
「ネットテレビらしい。」
「インターネット上の?今時ねぇ。」
「そう。そこで女のアレコレを質問されるらしい。」
「経験豊富だからね。何でも言えるんじゃない?」
「まぁな。でもまぁ、一番大事なのは心だって言ってやろうかな。」
その言葉に彼女は微笑む。
「そんなテレビ見てる人って、男の人だけかな。だったら心なんて言っても無理じゃない?」
「だったら演技の勉強でもすればいい。目の前を愛する人だと思いこめって。」
「あなたのように?」
「そう。最近、俺もずっとお前のことばっかり思い浮かべながら演技をしている。」
頬が赤くなった。そんなことを言われ慣れていないからだろう。
「お前じゃないと立たないなんてことになったら、責任とってくれるか?」
「そうね。悪かったわね。」
冗談を言い合いながら食事をする。そして彼は裏口から帰っていこうとジャンパーを羽織った。
「春。」
「ん?」
「しばらく帰ってこないんだったら、しばらくここに来ていいか?」
その言葉に彼女は首を横に振る。
「さすがにそこまで誤魔化せない。今はいいかもしれないけれど、記者だってアホじゃない。裏口から誰か入ってきたなんてわかったら、きっとすぐに記事にする。」
記者の中には春が春川であることを知らない人はほとんどだが、秋野であることを知っている人はいるかもしれない。それを危惧したのだ。
「だったら……いつ会える?」
「連絡する。」
そう言って彼女は彼の体に体を寄せた。
「結局毎回中で出したし、責任取って。」
「……春。」
彼はその体に手を伸ばす。そして額に口づけをした。そして軽くキスをすると、裏口から出て行った。
一人になった春川は、ため息をついて次にしないといけないことを頭でまとめる。
食器を片づければ洗濯が終わるだろう。それを干さないといけない。空は抜けるような青空だ。夕べの雪が嘘のようだと思う。
そのときだった。
テーブルに置いておいた携帯電話が鳴る。それは祥吾からの電話だった。
「もしもし。」
「あぁ。おはよう。一昨日、昨日は私の尻拭いをしてくれたそうだね。」
「いいえ。大したことはしてませんよ。」
「春川が前年齢対象の小説を書くと、担当が喜んでいた。」
「……こういったものは初めて世の中に発表するので、反応が気になりますね。それに長さ的には短編になります。本にもならないものですよ。」
「だが春。これ以上、私の仕事を奪わないでくれないか。」
「え?」
予想以上の答えに、彼女は思わず聞き直した。
「……いいや。忘れてくれ。そちらに記者はどれくらいいる?」
「そうですね……。今朝新聞を取りに行ったら、それらしき人が二、三人いらっしゃいました。」
「そうか。」
「先生。これではいつまでたっても家に帰れないのではないのですか?」
「……。」
「記者たちを黙らせるには……。」
「君も世の中に謝れというのかな。私は悪いことをしているわけではないのに、どうして謝らなければいけないのだろうか。教えてくれないか。」
「先生……。」
「春。私は悪いことをしたかな。」
「先生は悪いことなどしてませんね。でも……先生の読者の期待は裏切ってしまったかもしれません。」
「……。」
「おそらく有川さんのことも表に出ると思います。そうなる前に、一度表に出た方がいいのでは?」
「そのときは春。君も一緒に出るかな。妻として。」
「……それは出来ません。」
電話を切り、彼女はまた空を窓から見る。さっきまで抜けるように爽やかな空だと思っていたのに、今はどことなく空しく思えた。
すると彼女の目が開いた。
「啓治?」
「おはよう。起こしてしまったか。」
「もう起きなきゃって思ってたから。」
すると彼女は彼の方に背を伸ばし、唇にキスをする。
「おはよう。」
それで火がついたのかもしれない。彼は彼女の肩を押して、その上に組み敷いた。そして唇にキスをする。今度は舌を入れて、激しく求めた。
「ん……。」
そしてそれをしたまま、彼女の乳房に触れた。そこには夕べの跡がある。一つではなくそれは数カ所に及んだ。
「するの?」
「次いつ出来るかわからないなら、好きなだけさせて。」
「元気ね。」
「お前だから。」
愛しくなければこんなにしない。好きではなければ、キスだってしたくない。一人で処理をした方がまだましだ。
シーツや洗濯物を洗っている間に、朝食の用意をした。ご飯と味噌汁、納豆、卵焼き、めざし、夕べの残りのお浸し。
「美味しそうだ。」
「ありがとう。」
「いつもご飯なのか?」
「そうね。先生はあまり洋食が好きじゃないって言っていたけれど、私にあわせて食べることもあったわ。」
「優しいな。」
「女性だからじゃないかな。男性だったらそんなことをしないと思うし。」
その言葉には悪意が見え隠れした。春川は彼女なりに、祥吾のことを許せないでいたのかもしれない。気持ちはなかったかもしれないが、夫だったのだ。
「春。」
それに気が付いたのだろう。彼女は少し笑い、ご飯をついだお茶碗を彼に手渡す。
「だからって私も不貞しようと、その逃げ道にあなたを使ったわけじゃない。あなたが好きだから、そんな関係になっただけ。あなたもそうじゃない?」
「その通りだ。」
食事をしながら、啓治は彼女に聞く。
「祥吾さんは、帰りがいつになるって言ってたっけ?」
「さぁ。いつかな。でも……マスコミがいれば帰ってこないと思う。」
「そう一日二日では帰らないだろう?」
「西川充みたいな人がいれば、いつまでも張り続けるかもしれないけれど。まぁあんなにしつこい人は滅多にいないでしょう。」
味噌汁をすすり、テーブルにおくと彼の方を見る。
「何?」
「いいや。あんたがそんなに人を誉めることがあるんだなと思って。」
「あるわよ。何だと思ってんの?」
「あんたが誉めてんのって、上っ面に見えるからな。」
「そう見える?だったら直さなきゃね。一応自分に無いものを持っている人は、尊敬するわ。」
「本当に?」
「でも盛大に迷惑をかけた西川充は、誉めたくない。」
「言える。」
そのとき桂のバッグから着信音が鳴った。彼は席を立ち、それをチェックする。
「はい。……あ、わかりました。えっと……十一時でいいですか?」
仕事の電話らしい。彼女は気にせずに出しておいた浅漬けを口に運ぶ。
「今日は何の仕事?」
「ネットテレビらしい。」
「インターネット上の?今時ねぇ。」
「そう。そこで女のアレコレを質問されるらしい。」
「経験豊富だからね。何でも言えるんじゃない?」
「まぁな。でもまぁ、一番大事なのは心だって言ってやろうかな。」
その言葉に彼女は微笑む。
「そんなテレビ見てる人って、男の人だけかな。だったら心なんて言っても無理じゃない?」
「だったら演技の勉強でもすればいい。目の前を愛する人だと思いこめって。」
「あなたのように?」
「そう。最近、俺もずっとお前のことばっかり思い浮かべながら演技をしている。」
頬が赤くなった。そんなことを言われ慣れていないからだろう。
「お前じゃないと立たないなんてことになったら、責任とってくれるか?」
「そうね。悪かったわね。」
冗談を言い合いながら食事をする。そして彼は裏口から帰っていこうとジャンパーを羽織った。
「春。」
「ん?」
「しばらく帰ってこないんだったら、しばらくここに来ていいか?」
その言葉に彼女は首を横に振る。
「さすがにそこまで誤魔化せない。今はいいかもしれないけれど、記者だってアホじゃない。裏口から誰か入ってきたなんてわかったら、きっとすぐに記事にする。」
記者の中には春が春川であることを知らない人はほとんどだが、秋野であることを知っている人はいるかもしれない。それを危惧したのだ。
「だったら……いつ会える?」
「連絡する。」
そう言って彼女は彼の体に体を寄せた。
「結局毎回中で出したし、責任取って。」
「……春。」
彼はその体に手を伸ばす。そして額に口づけをした。そして軽くキスをすると、裏口から出て行った。
一人になった春川は、ため息をついて次にしないといけないことを頭でまとめる。
食器を片づければ洗濯が終わるだろう。それを干さないといけない。空は抜けるような青空だ。夕べの雪が嘘のようだと思う。
そのときだった。
テーブルに置いておいた携帯電話が鳴る。それは祥吾からの電話だった。
「もしもし。」
「あぁ。おはよう。一昨日、昨日は私の尻拭いをしてくれたそうだね。」
「いいえ。大したことはしてませんよ。」
「春川が前年齢対象の小説を書くと、担当が喜んでいた。」
「……こういったものは初めて世の中に発表するので、反応が気になりますね。それに長さ的には短編になります。本にもならないものですよ。」
「だが春。これ以上、私の仕事を奪わないでくれないか。」
「え?」
予想以上の答えに、彼女は思わず聞き直した。
「……いいや。忘れてくれ。そちらに記者はどれくらいいる?」
「そうですね……。今朝新聞を取りに行ったら、それらしき人が二、三人いらっしゃいました。」
「そうか。」
「先生。これではいつまでたっても家に帰れないのではないのですか?」
「……。」
「記者たちを黙らせるには……。」
「君も世の中に謝れというのかな。私は悪いことをしているわけではないのに、どうして謝らなければいけないのだろうか。教えてくれないか。」
「先生……。」
「春。私は悪いことをしたかな。」
「先生は悪いことなどしてませんね。でも……先生の読者の期待は裏切ってしまったかもしれません。」
「……。」
「おそらく有川さんのことも表に出ると思います。そうなる前に、一度表に出た方がいいのでは?」
「そのときは春。君も一緒に出るかな。妻として。」
「……それは出来ません。」
電話を切り、彼女はまた空を窓から見る。さっきまで抜けるように爽やかな空だと思っていたのに、今はどことなく空しく思えた。
0
お気に入りに追加
107
あなたにおすすめの小説


会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。



体育座りでスカートを汚してしまったあの日々
yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる