セックスの価値

神崎

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別居

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 台所に立って食事を作る。鯖を味噌煮にした。白菜とえのきを煮浸しにして、小松菜をお浸しにする。あとは冷や奴、梅と鰹節とオクラを刻んだものを上に載せる。ジャガイモとキャベツの味噌汁。それを作り終えたら、ご飯が炊きあがる。炊飯器ではなく、鍋で作った方が早くできる。少しお焦げが出来るおまけ付きだ。
 春川はそれらを素早く作り終えると、裏口が開いた音を聞いた。普段なら閉めっぱなしにしている。ゴミを出しに行くときなどには開けることはあるが、普段は閉まっているのだ。
 そして勝手口が開く。背の高い男が入ってきた。
「春。」
「ずいぶん大きな猫ね。」
「まだ続いていたのか。その話。」
 靴を脱いで家に上がると、彼女は彼に近づいた。
「啓治。」
 彼女は彼の体に手を伸ばす。そして彼もその体に手を伸ばした。
「エプロンが可愛いな。」
「普通のエプロンよ。」
「普段見ないから。」
 そういって彼は彼女の額に唇を寄せる。その唇がとても冷たかった。
「寒かった?」
「あぁ。今日は雪が降るといっていた。」
「外で張っている記者も大変ね。」
「二、三人それらしきヤツが居たな。声をかけられたか?」
「えぇ。裏はとれていないだろうに、ご苦労なことだわ。」
 おそらくその中には西川充がいるだろう。彼が掴んだ情報だ。きっと裏をとろうと必死なのだろうが、ここには祥吾は居ないし、体の関係を持った女性たちも決して口を割らない。彼女らは、きっと合意で祥吾とセックスをしたのだろうから。
「あんたが作ったのか?」
 テーブルに載っている食事を見て、彼は少し驚いているようだった。
「簡単なものよ。時間もなかったし。」
「いいや。上等だ。この歳になると、こういう食事の方が胃にもたれなくていい。」
「そうなの?肉食だと思ったわ。」
「肉は好きだけどな。そう前ほどがっつりは食べない。」
「お茶は?」
「あぁ。もらおうかな。」
 ご飯をついで、味噌汁をお椀に注ぐ。それを食卓に運んでくれる桂を見て、祥吾だったらきっとなにもしてくれないだろうと新鮮味を感じていた。
 何もしないのがイヤなのではない。箸一つ備えないと食べないのは、そういう人なのだろうから。それはそれで納得する。
 桂のお母さんと一緒に食事をしたことはある。しっかりしたお母さんだった。あぁいうひとが育てたのだから、桂もしっかりと自分のことは自分で出来るようになったのだろう。
 二人で向かい合って食事をする。
「美味い。」
「良かったわ。舌にあって。」
「薄めが好きだ。どうしても外食ばかりだと、味が濃くて太りそうになる。」
「太ることがあるの?」
「すぐ太る。歳が歳だからな。気を抜けばすぐに太ってしまうが、たつことを考えた食事をしないといけない。だから食事は気にする方だと思う。」
「そういえばサプリメントも飲んでたわね。」
「あぁ。一日何回もセックスしないといけないからな。今はあまり入れられないが、その分他の仕事も増えた。この間、どこかの事務所に入ったらいいといわれたよ。」
「その方がいいかもね。」
「でもどこの事務所がAV男優なんかを入れるかな。多分はいるとしたら、引退してからと言うのが条件になるかもしれない。」
「ってことは、その人は遠回しに引退しろっていってるのね。」
「そうだろうな。」
 鯖の味噌煮を食べながら、彼はため息をつく。
「引退したくないの?」
「いいや。出来ればしたくない。お前以外とセックスなどしたく無いというのが本音だ。でもしないと食ってはいけないと思ってる。」
 地上波のテレビの仕事が入ることもある。しかしそれは開くまで深夜帯。そのほかには雑誌、インターネットのウェブ上でのインタビュー、インターネットテレビや動画なども入ることはあるが、AVよりは実入りは少ない。だから今でも仕事が入り、時間の都合がつけば駆けつけて女優に自分のそそり立ったものを打ち付けることもある。
 徐々にテレビや雑誌で目にすることがあるような男に入れ込まれて、女優はうれしそうだと思っていた。
「必要とされるのはいいことね。」
「春?」
「昔ね。私は「あんたなんかいらない」って言われたことがあるの。」
「誰から?」
「母親から。父親を止められなかったからかな。」
 組み敷かれる姉の叫ぶ声を、彼女は止めることが出来なかった。体を張ってでも止めることは出来ただろうに。
「それから作家を始めても言われたことがある。「あんたの代わりなんかいくらでもいるから」とね。」
「作家がそんなにいるとは思えないが。」
「紙が売れない時代よ。それなのに、作家になりたい人は沢山いるの。紙ではなければウェブ上にアップすることもある。その中から好きな作家、商業的に売れそうな作家を見極めることも出来るんだから。」
「……そんなものなのか。」
「そんなものなのよ。私じゃなくてもいい。誰か代わりがいるって、本気で思ってたの。」
 だから桂のように桂ではなければいけないと言われるのは、彼女にとってとてもうらやましいことだった。
「今はあんたじゃないと出来ない仕事もあるだろう?」
「そうしようとしているのよ。だから必死で真実を書いて、誰が見てもおかしくない話を書いている。」
「……そういった意味では、祥吾さんはあんたじゃないといけないとは思っていないのかもしれないな。」
 有川を妊娠させた。流産したのは不幸だったが、そういった意味では彼女は妊娠できただけ羨ましいと思う。
「子供が欲しいとでも思ってる?」
「今、妊娠したら身動きがとれないわ。遠慮しておく。」
「男はどうにでもなるが、女はそうはいかない。春。一人くらい作っておくか?」
 すると彼女は少し笑って冷や奴に箸を付ける。
「どうした?」
「ううん。あなたの場合、子供よりもまずしなければいけないことがあるわ。そして私にもある。」
 祥吾から彼女を奪いたい。それを祥吾は理解してくれるだろうか。そして理解した上で、彼女を手放すだろうか。わからない。
「春。クリスマスがもうすぐだ。」
「えぇ。」
「そのとき祥吾さんの所へいく。」
「え?」
「あんたを譲ってくれって。」
「啓治。」
「殴られても蹴られてもいい。ただ、俺はあんたといたい。春。今日は生理が来て、どれくらいになる?」
「……三週間目くらい……。」
「中で出すから。」
 危険日を狙って出す。それは彼にとっても覚悟しないといけないことだろう。
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